二程全書卷之四十一  二先生粹言

天地篇

子曰、霜、金氣也。露、星月之氣也。露結爲霜、非也。雷由陰陽相薄而成。蓋沴氣也。
【読み】
子曰く、霜は、金氣なり。露は、星月の氣なり。露結んで霜と爲るというは、非なり。雷は陰陽相薄[せま]るに由って成る。蓋し沴氣[れいき]なり、と。

子曰、雨木冰、上溫而下寒也。隕霜不殺草、上寒而下溫也。
【読み】
子曰く、雨木冰るは、上溫かにして下寒ければなり。隕つる霜草を殺[か]らさざるは、上寒くして下溫かなればなり、と。

子曰、日月之爲物、陰陽發見之尤盛者也。
【読み】
子曰く、日月の物爲る、陰陽發見の尤も盛んなる者なり、と。

劉安節問、人有死於雷霆者、無乃素積不善、常歉然於其心、忽然聞震、則懼而死乎。子曰、非也。雷震之也。然則雷孰使之乎。子曰、夫爲不善者、惡氣也。赫然而震者、天地之怒氣也。相感而相遇故也。曰、雷電相因、何也。子曰、動極則陽形也。是故鑽木戛竹皆可以得火。夫二物者、未嘗有火。以動而取之故也。擊石火出亦然。惟金不可以得火。至陰之精也。然軋磨旣極、則亦能熱矣。陽未嘗無也。
【読み】
劉安節問う、人雷霆に死すること有る者は、無乃[むし]ろ素より不善を積んで、常に其の心に歉然として、忽然として震を聞くときは、則ち懼れて死するか、と。子曰く、非なり。雷之を震するなり、と。然らば則ち雷は孰か之をしむるや、と。子曰く、夫の不善を爲す者は、惡氣なり。赫然として震する者は、天地の怒氣なり。相感じて相遇うが故なり、と。曰く、雷電相因るは、何ぞや、と。子曰く、動極まるときは則ち陽形る。是の故に木を鑽[き]り竹を戛[う]てば皆以て火を得る可し。夫れ二物は、未だ嘗て火有らず。動を以て之を取る故なり。石を擊って火出るも亦然り。惟金は以て火を得る可からず。至陰の精なればなり。然れども軋磨旣に極まるときは、則ち亦能く熱す。陽未だ嘗て無くんばあらざればなり、と。

或問、五德之運、有諸。子曰、有之。大河之患少於唐、多於今、土火異王也。
【読み】
或るひと問う、五德の運は、有りや、と。子曰く、之れ有り。大河の患え唐に少なく、今に多きは、土火王を異にすればなり、と。

關子明推占吉凶、必言致之之由與處之之道。曰、大哉人謀。其與天地相終始乎。故雖天命可以人勝也。善養生者、引將盡之年、善保國者、延旣衰之祚。有是理也。
【読み】
關子明吉凶を推し占って、必ず之を致すの由と之に處するの道とを言う。曰く、大なるかな人の謀。其れ天地と相終始するか。故に天命と雖も人を以て勝つ可し。善く生を養う者は、將に盡きんとするの年を引き、善く國を保つ者は、旣に衰うるの祚を延ぶ。是の理有るなり、と。

子曰、冬至之前、天地閉塞。可謂靜矣。日月運行、未嘗息也、則謂之不動可乎。故曰動靜不相離。
【読み】
子曰く、冬至の前は、天地閉塞す。靜なりと謂う可し。日月の運行、未だ嘗て息まざるときは、則ち之を動かずと謂いて可ならんや。故に動靜相離れずと曰う、と。

子曰、致敬乎鬼神、理也。暱鬼神而求焉、斯不知矣。
【読み】
子曰く、敬を鬼神に致すは、理なり。鬼神に暱[なじ]んで求むるは、斯れ不知なり、と。

子曰、陰過之時必害陽、小人道盛必害君子。欲無害者、惟過爲防耳。弗過防之、從或戕之。
【読み】
子曰く、陰過ぐる時は必ず陽を害し、小人の道盛んなれば必ず君子を害す。害無きことを欲する者は、惟過防ぐことを爲すのみ。過ぎざるに之を防げば、從りて或は之を戕[そこ]なう、と。

或問天帝之異。子曰、以形體謂之天、以主宰謂之帝、以至妙謂之神、以功用謂之神鬼(徐本神鬼作鬼神。)、以情性謂之乾、其實一而已。所自而名之者異也。夫天、專言之則道也。
【読み】
或るひと天帝の異なることを問う。子曰く、形體を以て之を天と謂い、主宰を以て之を帝と謂い、至妙を以て之を神と謂い、功用を以て之を神鬼(徐本神鬼を鬼神に作る。)と謂い、情性を以て之を乾と謂い、其の實は一なるのみ。自る所にして之を名づくる者は異なり。夫れ天、專ら之を言うときは則ち道なり、と。

子曰、天地所以不已、有常久之道也。人能常於可久之道、則與天地合。
【読み】
子曰く、天地の已まざる所以は、常久の道有ればなり。人能く常に久しかる可きの道に於てするときは、則ち天地と合す、と。

或問、日月有定形乎、抑氣散而復聚也。子曰、難言也。然究其極致、則二端一而已。
【読み】
或るひと問う、日月は定形有るか、抑々氣散じて復聚まるか、と。子曰く、言い難し。然れども其の極致を究むるときは、則ち二端は一なるのみ、と。

范蜀公言鬼神之際曰、佛氏謂生爲此、死爲彼、無是理也。子曰、公無惑、則有是言也。蜀公曰、鬼神影響、則世有之。子曰、公有所見、則無是言也。
【読み】
范蜀公鬼神の際を言いて曰く、佛氏生を此とし、死を彼とすると謂うは、是の理無けん、と。子曰く、公惑うこと無きときは、則ち是の言有らん、と。蜀公曰く、鬼神の影響は、則ち世々之れ有り、と。子曰く、公所見有らば、則ち是の言無けん、と。

子曰、卜筮在我、而應之者蓍龜也。祭祀在我、而享之者鬼神也。夫豈有二理哉。亦一人之心而已。卜筮者以是心求之、其應如響。徇以私意及顚錯卦象而問焉、未有能應者。蓋無其理也。古之言事鬼神者、曰如有聞焉、如有見焉、則是鬼神答之矣。非眞有見聞也。然則如有見聞者、誰歟。
【読み】
子曰く、卜筮我に在って、之に應ずる者は蓍龜なり。祭祀我に在って、之を享くる者は鬼神なり。夫れ豈二理有らんや。亦一人の心のみ。卜筮する者是の心を以て之を求むれば、其の應響きの如し。徇[とな]うるに私意を以てし及び卦象を顚錯して問えば、未だ能く應ずる者有らず。蓋し其の理無ければなり。古の鬼神に事うると言う者、聞くこと有るが如く、見ること有るが如しと曰うは、則ち是れ鬼神之に答うるなり。眞に見聞くことを有るには非ず。然らば則ち見聞くこと有るが如き者は、誰ぞや、と。

子曰、天聰明自我民聰明、言理無二也。若夫天之所爲、人之所能、則各有分矣。
【読み】
子曰く、天の聰明は我が民の聰明に自るというは、言うこころは、理二つ無ければなり。若し夫れ天のする所と、人の能くする所は、則ち各々分有り、と。

子曰、天地之心以復而見。聖人未嘗復。故未嘗見其心。
【読み】
子曰く、天地の心は復を以て見る。聖人は未だ嘗て復せず。故に未だ嘗て其の心を見ず、と。

子曰、天地之道、至順而已矣。大人先天不違、亦順理而已矣。
【読み】
子曰く、天地の道は、至順のみ。大人天に先だって違わざるも、亦理に順うのみ、と。

或問鬼神之有無。子曰、吾爲爾言無、則聖人有是言矣。爲爾言有、爾得不於吾言求之乎。
【読み】
或るひと鬼神の有無を問う。子曰く、吾れ爾が爲に無しと言うときは、則ち聖人に是の言有り。爾が爲に有りと言うときは、爾吾が言に於て之を求めざることを得んや、と。

子曰、天地之閒、感應而已。尙復何事。
【読み】
子曰く、天地の閒は、感應のみ。尙復何事かあらん、と。

子曰、日月之在天、猶人之有目。目無背見、日月無背照也。
【読み】
子曰く、日月の天に在るは、猶人の目有るがごとし。目背き見ること無く、日月背き照らすこと無し、と。

子曰、氣化之在人與在天、一也。聖人於其閒、有功用而已。
【読み】
子曰く、氣化の人に在ると天に在るとは、一なり。聖人其の閒に於て、功用有るのみ、と。

子曰、天地日月、其理一致。月受日光而不爲之虧。月之光乃日之光也。地氣不上騰、天氣不下降。天氣下降至於地中、生育萬物者、乃天之氣也。
【読み】
子曰く、天地日月、其の理一致なり。月は日の光を受けて之が爲に虧けず。月の光は乃ち日の光なり。地氣は上騰せず、天氣は下降せず。天氣下降して地中に至って、萬物を生育する者は、乃ち天の氣なり、と。

或問、日食有常數者也。然治世少而亂世多、豈人事乎。子曰、天人之理甚微。非燭理明、其孰能識之。曰、無迺天數人事交相勝負、有多寡之應耶。子曰、似之。未易言也。
【読み】
或るひと問う、日食は常數有る者なり。然れども治世に少なくして亂世に多きは、豈人事なるか、と。子曰く、天人の理は甚だ微なり。理を燭すこと明らかなるに非ずんば、其れ孰か能く之を識らん、と。曰く、無迺[むし]ろ天數人事交々相勝負して、多寡の應有りや、と。子曰く、之に似れり。未だ言い易からず、と。

子曰、君子宜獲福於天。而有貧瘁夭折者、氣之所鐘有不周耳。
【読み】
子曰く、君子は宜しく福を天に獲るべし。而るに貧瘁夭折有る者は、氣の鍾[あつ]まる所周からざること有るのみ、と。

子曰、天地陰陽之運、升降盈虛、未嘗暫息。陽常盈、陰常虧。一盈一虧、參差不齊、而萬變生焉。故曰物之不齊、物之情也。莊周强齊之。豈能齊也。
【読み】
子曰く、天地陰陽の運、升降盈虛、未だ嘗て暫くも息まず。陽常に盈ち、陰常に虧く。一盈一虧、參差として齊しからずして、萬變生ず。故に物の齊しからざるは、物の情なりと曰う。莊周强いて之を齊しくせんとす。豈能く齊しからんや、と。

或謂張繹曰、吾至於閑靜之地、則洒然心悅。吾疑其未善也。繹以告子。子曰、然。社稷宗廟之中、不期敬而自敬、是平居未嘗敬也。使平居無不敬、則社稷宗廟之中、何敬之改修乎。然則以靜爲悅者、必以動爲厭。方其靜時、所以能悅靜之心、又安在哉。
【読み】
或るひと張繹に謂いて曰く、吾れ閑靜の地に至るときは、則ち洒然として心悅ぶ。吾れ其の未だ善ならざることを疑う、と。繹以て子に告ぐ。子曰く、然り。社稷宗廟の中、敬を期せずして自づから敬するは、是れ平居未だ嘗て敬せざればなり。平居をして敬せずということ無からしめば、則ち社稷宗廟の中、何の敬をか之れ改め修めんや。然らば則ち靜を以て悅ぶことをする者は、必ず動を以て厭うことをせん。其の靜なる時に方って、能く靜なることを悅ぶ所以の心は、又安くに在るや、と。

或問、人多惑於鬼神怪異之說、何也。子曰、不明理故也。求之於事、事則奚盡。求之於理則無蔽。故君子窮理而已。
【読み】
或るひと問う、人多く鬼神怪異の說に惑うは、何ぞや、と。子曰く、理を明らかにせざるが故なり。之を事に求むれば、事則ち奚ぞ盡きん。之を理に求むれば則ち蔽わるること無し。故に君子は理を窮むるのみ、と。

子曰、古今異宜。人有所不便者、風氣之異也。日月星辰皆氣也。亦自異於古耳。月何食、不受日光也。何爲不受、與日相當。陰盛亢陽、不下於日也。古者鼓以救日月之食。然則月之食亦可鼓者、以其助陽歟。
【読み】
子曰く、古今宜しきを異にす。人便ならざる所有る者は、風氣の異なればなり。日月星辰は皆氣なり。亦自づから古に異なるのみ。月何ぞ食して、日の光を受けざる。何爲れぞ受けずして、日と相當たる。陰盛んにして陽を亢[おお]って、日に下らざればなり。古は鼓って以て日月の食を救う。然らば則ち月の食も亦鼓つ可き者は、其の陽を助くるを以てか、と。

子曰、五祀非先王之典。以爲報邪、則遺其重而舉其輕者。夫門之用、顧大於井之功乎。祭門而不祭井、何說也。
【読み】
子曰く、五祀は先王の典に非ず。以て邪に報ずとするときは、則ち其の重きを遺れて其の輕きを舉ぐる者なり。夫れ門の用、顧[あに]井の功より大ならんや。門を祭って井を祭らざるは、何の說ぞや、と。

子曰、當大震懼、能自安而不失者、惟誠敬而已。
【読み】
子曰く、大いに震して懼るるに當たって、能く自ら安んじて失せざる者は、惟誠敬のみ、と。

子曰、靜動(徐本靜動作動靜。)者、陰陽之本也。五氣之運、則參差不齊矣。
【読み】
子曰く、靜動(徐本靜動を動靜に作る。)は、陰陽の本なり。五氣の運は、則ち參差として齊しからず、と。

子曰、史遷曰、天與善人、伯夷善人非耶。此以私意度天道也。必曰顏何爲而夭、跖何爲而壽、指一人而較之。非知天者也。
【読み】
子曰く、史遷が曰く、天善人に與せば、伯夷善人というは非なるか、と。此れ私意を以て天道を度るなり。必ず顏は何の爲にして夭なる、跖は何の爲にして壽なると曰うは、一人を指して之を較ぶ。天を知る者に非ず、と。

子曰、有理則有氣、有氣則有數。鬼神者數也、數者氣之用也。
【読み】
子曰く、理有るときは則ち氣有り、氣有るときは則ち數有り。鬼神は數なり、數は氣の用なり、と。

或謂、殺孝婦而旱、豈非衆冤所感邪。子曰、衆心固冤之耳。而一人之精誠、自足以動天地也。然則殺暴姑而雨、豈婦冤旣釋邪。子曰、冤氣固散矣。而衆心之憤亦平也。
【読み】
或るひと謂えらく、孝婦を殺して旱するは、豈衆冤の感ずる所に非ずや、と。子曰く、衆心固に之に冤するのみ。而れども一人の精誠、自ら以て天地を動かすに足れり、と。然らば則ち暴姑を殺して雨ふるは、豈婦の冤旣に釋けたるか、と。子曰く、冤氣固に散ず。而して衆心の憤りも亦平らぐなり、と。

子曰、天地之閒、善惡均於覆載。未嘗有意於簡別也。顧處之有道耳。聖人卽天地也。
【読み】
子曰く、天地の閒、善惡覆載するに均し。未だ嘗て簡別するに意有らず。顧[ただ]之に處するに道有るのみ。聖人は卽ち天地なり、と。

子曰、天地之化、雖蕩無窮。然陰陽之度、寒暑晝夜之變、莫不有常久之道。所以爲中庸也。
【読み】
子曰く、天地の化、蕩すと雖も窮まり無し。然れども陰陽の度、寒暑晝夜の變は、常久の道有らずということ莫し。中庸爲る所以なり、と。

子曰、萬物皆本乎天、人本乎祖。故以冬至祭天而祖配之。以冬至者、氣至之始也。萬物成形於帝、人成形於父。故以季秋享帝而父配之。以季秋者、物成之時也。
【読み】
子曰く、萬物は皆天に本づき、人は祖に本づく。故に冬至を以て天を祭って而して祖之に配す。冬至を以てする者は、氣至るの始めなればなり。萬物は形を帝に成し、人は形を父に成す。故に季秋を以て帝を享して而して父之に配す。季秋を以てする者は、物成るの時なればなり、と。

子曰、事鬼神易、爲尸難。孝子有思親之心、以至誠持之、則可盡其道矣。惟尸象神、祖考所以來格者也。後世巫覡、蓋尸之遺意、但流爲僞妄、不足以通幽明矣。致神必用尸。後世直以尊卑、勢遂不行。三代之末、亦不得已焉廢耳。
【読み】
子曰く、鬼神に事うることは易く、尸を爲ることは難し。孝子親を思うの心有りて、至誠を以て之を持するときは、則ち其の道を盡くす可し。惟尸は神を象って、祖考來格する所以の者なり。後世の巫覡[ふげき]は、蓋し尸の遺意、但流れて僞妄を爲して、以て幽明に通ずるに足らず。神を致すには必ず尸を用う。後世直に尊卑を以てして、勢遂に行われず。三代の末、亦已むことを得ずして廢するのみ、と。

子曰、物之名義、與氣理通貫。天之所以爲天、本何爲哉。蒼蒼焉耳矣。其所以名之曰天、蓋自然之理也。名出於理、音出於氣。字書由是不可勝窮矣。
【読み】
子曰く、物の名義は、氣理と通貫す。天の天爲る所以は、本何の爲ぞや。蒼蒼焉たるのみ。其の之を名づけて天と曰う所以は、蓋し自然の理なり。名は理に出、音は氣に出づ。字書は是に由って勝[あ]げて窮む可からず、と。

子曰、陰陽之氣、有常存而不散者、日月是也。有消長而無窮者、寒暑是也。
【読み】
子曰く、陰陽の氣、常に存して散ぜざること有る者は、日月是れなり。消長して窮まり無きこと有る者は、寒暑是れなり。

子曰、天理生生、相續不息、無爲故也。使竭智功而爲之、未有能不息也。
【読み】
子曰く、天理生生、相續いて息まざるは、すること無きが故なり。智功を竭くして之を爲さしめば、未だ能く息まざるは有らず、と。

子曰、在此而夢彼、心感通也。己死而夢見、理感通也。明乎感通、則何遠近死生古今之別哉。楊定神之說、其能外是乎。
【読み】
子曰く、此に在りて彼を夢みるは、心感通すればなり。己に死して夢に見るは、理感通すればなり。感通に明らかなるときは、則ち何ぞ遠近死生古今の別あらんや。楊定神の說、其れ能く是に外ならんや、と。

子曰、老氏言虛能生氣、非也。陰陽之開闔相因。無有先也、無有後也。可謂今日有陽而後明日有陰、則亦可謂今日有形而後明日有影也。
【読み】
子曰く、老氏虛能く氣を生ずと言うは、非なり。陰陽の開闔[かいこう]相因る。先んずること有ること無く、後るること有ること無し。今日陽有って而して後に明日陰有りと謂う可きときは、則ち亦今日形有って而して後に明日影有りと謂う可し、と。

或問、天地何以不與聖人同憂也。子曰、天地不宰而成化、聖人有心而無爲。
【読み】
或るひと問う、天地何を以て聖人と憂えを同じくせざる、と。子曰く、天地宰らずして成化し、聖人心有ってすること無し、と。

子曰、天地生物之氣象、可見而不可言。善觀於此者、必知道也。
【読み】
子曰く、天地生物の氣象は、見る可くして言う可からず。善く此に觀る者は、必ず道を知る、と。


聖賢篇

或問、聖人有過乎。子曰、聖人而有過、則不足以爲聖人矣。曰、夫子學易而後無大過者、何謂也。子曰、非是之謂也。猶刪詩定書正樂之意也。自期年至于五十、然後乃贊易、則易道之過誤者鮮矣。曰、易亦有過乎。曰、如八索之類、亂易者多矣。
【読み】
或るひと問う、聖人過ち有りや、と。子曰く、聖人にして過ち有るときは、則ち以て聖人とするに足らず、と。曰く、夫子易を學んで而して後に大いに過ち無しという者は、何の謂ぞや、と。子曰く、是の謂に非ず。猶詩を刪り書を定め樂を正すの意のごとし。自ら期すらく、年五十に至って、然して後乃ち易を贊するときは、則ち易道の過誤する者鮮し、と。曰く、易も亦過ち有りや、と。曰く、八索の類の如き、易を亂る者多し、と。

子曰、聖人之道猶天然。門弟子親炙而冀及之、然後知其高且遠也。使誠若不可及、則趨向之心不幾於怠乎。故聖人之敎、常俯而就之。曰、吾無隱乎爾。吾非生知、好古敏而求之者也。非獨使資質庸下者勉思企及、而才氣高邁者亦不敢躐等而進也。
【読み】
子曰く、聖人の道は猶天のごとく然り。門弟子親炙して之に及ばんことを冀って、然して後其の高く且つ遠きことを知る。誠に若し及ぶ可からざらしめば、則ち趨向の心怠るに幾からざらんや。故に聖人の敎、常に俯して之に就く。曰く、吾れ爾に隱すこと無し。吾れ生まれながらにして知るに非ず、古を好んで敏にして之を求むる者なり、と。獨資質庸下なる者をして勉思企及せしむるのみに非ずして、才氣高邁なる者も亦敢えて等を躐[こ]えて進ませず、と。

子曰、損益文質、隨時之宜、三王之法也。孔子告顏淵爲邦者、萬世不易之法也。
【読み】
子曰く、損益文質、時の宜しきに隨うは、三王の法なり。孔子顏淵に邦を爲むるを告ぐる者、萬世不易の法なり、と。

子曰、孟子論子濯孺子之事、特曰不背師可稱也。非言事君之道也。事君而若此、不忠之大也。
【読み】
子曰く、孟子子濯孺子の事を論ずるは、特師に背かざるを稱す可きことを曰うのみ。君に事うるの道を言うには非ず。君に事えて此の若くせば、不忠の大なるなり、と。

子曰、齊威之正、正舉其事爾。非大正也。管子之仁、仁之功爾。非至仁也。
【読み】
子曰く、齊威の正は、正しく其の事を舉ぐるのみ。大正には非ず。管子の仁は、仁の功のみ。至仁には非ざるなり、と。

或問泰伯之三讓。子曰、不立一也。逃焉二也。文身三也。
【読み】
或るひと泰伯の三讓を問う。子曰く、立たざる、一なり。逃ぐる、二なり。身に文す、三なり、と。

或問、趙盾越境、果可免乎。子曰、越境而反、且不討賊、猶不免也。必也越境而不反、然後可免耳。
【読み】
或るひと問う、趙盾境を越えば、果たして免る可けんや、と。子曰く、境を越えて反って、且賊を討たずんば、猶免れじ。必ずや境を越えて反らず、然して後に免る可きのみ、と。

子曰、泰山雖高矣、絕頂之外、無預乎山也。唐・虞事業、自堯・舜觀之、亦猶一點浮雲過於太虛耳。
【読み】
子曰く、泰山高しと雖も、絕頂の外、山に預ること無し。唐・虞の事業、堯・舜自り之を觀れば、亦猶一點の浮雲太虛を過るがごときのみ、と。

子曰、桓魋不能害己、孔子知矣、乃微服過宋。象將殺己、舜知之矣、乃同其憂喜。饑溺而死、有命焉、而禹・稷必救之。國祚修短、有數焉、而周公必祈之。知性命竝行而不相悖、然後明聖人之用。
【読み】
子曰く、桓魋己を害すること能わざること、孔子知れども、乃ち微服して宋を過ぐ。象將に己を殺さんとすること、舜之を知れども、乃ち其の憂喜を同じくす。饑溺して死する、命有れども、禹・稷必ず之を救う。國祚の修短、數有れども、周公必ず之を祈る。性命竝び行われて相悖らざることを知って、然して後聖人の用に明らかなり、と。

子曰、顏囘在陋巷、淡然進德、其聲氣若不可聞者、有孔子在焉。若孟子、安得不以行道爲己任哉。
【読み】
子曰く、顏囘陋巷に在りて、淡然として德に進んで、其の聲氣聞く可からざるが若き者は、孔子在すこと有ればなり。孟子の若きは、安んぞ道を行うを以て己が任とせざることを得んや、と。

或問、聖人亦有爲貧之仕乎。子曰、爲委吏乘田是也。或曰、抑爲之兆乎。曰、非也。爲魯司寇、則爲之兆也。或人因以是勉子從仕。子曰、至於饑餓不能出門戶之時、亦徐爲之謀耳。
【読み】
或るひと問う、聖人も亦貧しきが爲にするの仕え有りや、と。子曰く、委吏乘田と爲る、是れなり、と。或るひと曰く、抑々之が兆を爲すや、と。曰く、非なり。魯の司寇と爲るときは、則ち之が兆を爲す、と。或る人因りて是を以て子仕に從わんことを勉むるか、と。子曰く、饑餓して門戶を出ること能わざるの時に至って、亦徐[ようや]く之が謀をせんのみ、と。

子曰、子厚之氣似明道。
【読み】
子曰く、子厚の氣明道に似れり、と。

子曰、天子之職守宗廟。而堯・舜以天下與人。諸侯之職守社稷。而大王委去之。惟聖賢乃與於此。學者守法可也。
【読み】
子曰く、天子の職は宗廟を守る。而して堯・舜は天下を以て人に與う。諸侯の職は社稷を守る。而して大王之を委ね去る。惟聖賢のみ乃ち此に與る。學者は法を守って可なり、と。

子曰、聖賢在上、天下未嘗無小人也。能使小人不敢肆其惡而已。夫小人之本心、亦未嘗不知聖賢之可說也。故四凶立堯朝、必順而聽命。聖人豈不察其終出於惡哉。亦喜其面革畏罪而已。苟誠信其假善、而不知其包藏、則危道也。是以惟堯・舜之盛、於此未嘗無戒。戒所當戒也。
【読み】
子曰く、聖賢上に在れども、天下未だ嘗て小人無くんばあらず。能く小人をして敢えて其の惡を肆にせざらしむるのみ。夫れ小人の本心も、亦未だ嘗て聖賢の說ぶ可きことを知らざるにはあらず。故に四凶堯の朝に立って、必ず順いて命を聽く。聖人豈其の終に惡に出ることを察せざらんや。亦其の面[まのあた]りに革めて罪を畏るることを喜ぶのみ。苟も誠に其の假善を信じて、其の包藏を知らざるときは、則ち危うき道なり。是を以て惟堯・舜の盛んなる、此に於て未だ嘗て戒むること無くんばあらず。當に戒むるべき所を戒むるなり、と。

或問、伐國不問仁人。然則古之人不伐國、其伐者皆非仁人乎。子曰、展禽之時、諸侯以土地之故、暴民逞欲、不義之伐多矣。仁人所不忍見也。況忍言之乎。昔武王伐紂、則無非仁人也。
【読み】
或るひと問う、國を伐つに仁人に問わず、と。然らば則ち古の人は國を伐たず、其の伐つ者は皆仁人に非ざるか、と。子曰く、展禽の時、諸侯土地の故を以て、民を暴し欲を逞しくして、不義の伐多し。仁人見るに忍びざる所なり。況んや之を言うに忍びんや。昔武王紂を伐つときは、則ち仁人に非ずということ無し、と。

子曰、强者易抑。子路是也。弱者難强。宰我是也。
【読み】
子曰く、强なる者は抑え易し。子路是れなり。弱なる者は强くし難し。宰我是れなり、と。

子曰、信一也。而有淺深。七十子聞一言於仲尼、則終身守之、而未必知道、此信於人者也。若夫自信、孰得而移之。
【読み】
子曰く、信は一なり。而れども淺深有り。七十子一言を仲尼に聞いて、則ち身を終うるまで之を守れども、未だ必ずしも道を知らざるは、此れ人に信ずる者なり。若し夫れ自ら信ぜば、孰か得て之を移さん、と。

劉安節問曰、志篤於善而夢其事者、正乎、不正。子曰、是亦心動也。曰、孔子夢見周公、何也。子曰、聖人無非誠。夢亦誠、不夢亦誠。夢則有矣。夢見周公則有矣。亦豈寢而必夢、夢而必見周公歟。
【読み】
劉安節問いて曰く、志善に篤くして其の事を夢みる者は、正しきか、正しからざるか、と。子曰く、是れ亦心動くなり、と。曰く、孔子夢に周公を見るは、何ぞや、と。子曰く、聖人は誠に非ずということ無し。夢みるも亦誠、夢みざるも亦誠なり。夢も則ち有り。夢に周公を見ることも則ち有り。亦豈寢て必ず夢み、夢みて必ず周公を見んや、と。

子語楊迪曰、近所講問、設端多矣。而不失大概。夫二三子豈皆智不足以知之。由不能自立于衆說漂煦之閒耳。信不篤故也。仲尼之門人、其所見非盡能與聖人同也。惟不敢執己而惟師之信。故求而後得。夫信而加思、乃致知之方也。若紛然用疑、終亦必亡而已矣。
【読み】
子楊迪に語って曰く、近ごろ講問する所、端を設くること多し。而れども大概を失せず。夫れ二三子豈皆智以て之を知るに足らざらんや。衆說漂煦[ひょうく]の閒に自立すること能わざるに由るのみ。信篤からざるが故なり。仲尼の門人、其の見る所盡く能く聖人と同じきに非ず。惟敢えて己を執らずして惟師のみ之を信ず。故に求めて而して後に得る。夫れ信じて思うことを加うるは、乃ち知を致すの方なり。若し紛然として疑うことを用うれば、終に亦必ず亡びんのみ、と。

子曰、其亡其亡、繫于苞(徐本苞作包。)桑。漢王允・唐李德裕功未及成而禍敗從之者、不知苞桑之戒也。
【読み】
子曰く、其れ亡びなん其れ亡びなんとて、苞(徐本苞を包に作る。)桑に繫るといえり。漢の王允・唐の李德裕功未だ成ること及ばずして禍敗之に從う者は、苞桑の戒めを知らざればなり、と。

李觀有言、使管仲而未死、内嬖復六人、何傷威公之伯乎。子曰、管仲爲國政之時、齊侯之心未蠱也。旣蠱矣、雖兩管仲、將如之何。未有蠱心於女色、而盡心於用賢也。
【読み】
李觀言えること有り、管仲をして未だ死せざらしめば、内嬖復六人ありとも、何ぞ威公の伯を傷らんや、と。子曰く、管仲國政を爲むる時、齊侯の心未だ蠱せず。旣に蠱せば、兩管仲と雖も、將に之を如何にせん。未だ心を女色に蠱して、心を賢を用うるに盡くすことは有らず、と。

或問、郭璞以鳩占、何理也。子曰、舉此意、向此事、則有此兆象矣。非鳩可占也。使鳩可占。非獨鳩也。
【読み】
或るひと問う、郭璞鳩を以て占うは、何の理ぞや、と。子曰く、此の意を舉げて、此の事に向かうときは、則ち此の兆象有り。鳩の占う可きに非ず。鳩をして占う可からしむ。獨り鳩のみに非ず、と。

或問、孔子不幸而遇害於匡、則顏子死之可乎、不死乎。子曰、今有二人、相與遠行、則患難有相死之道。況囘於夫子乎。曰、親在則可乎。子曰、今有二人、相與搏虎、其致心悉力、義所當然也。至於危急之際、顧曰吾有親、則舍而去之、是不義之大者也。其可否、當預於未行之前、不當臨難而後言也。曰、父母存、不許友以死、則如此義何。子曰、有可者、遠行搏虎之譬也。有不可者、如游俠之徒以親旣亡、乃爲人報仇而殺身、則亂民也。
【読み】
或るひと問う、孔子不幸にして害に匡に遇わば、則ち顏子之に死して可ならんか、死せざらんか、と。子曰く、今二人、相與に遠く行くこと有るときは、則ち患難相死するの道有り。況んや囘の夫子に於るをや、と。曰く、親在すときは則ち可ならんや、と。子曰く、今二人、相與に虎を搏[と]ること有るときは、其の心を致し力を悉くすこと、義の當に然るべき所なり。危急の際に至って、顧みて吾れ親有りと曰いて、則ち舍てて之を去るは、是れ不義の大なる者なり。其の可否は、當に未だ行わざるの前に預めすべく、當に難に臨んで而して後に言うべからず、と。曰く、父母存するときは、友に許すに死を以てせざるときは、則ち此の義を如何、と。子曰く、可なる者有り、遠行搏虎の譬えなり。不可なる者有り、游俠の徒親旣に亡きを以て、乃ち人の爲に仇を報いて身を殺すが如きは、則ち亂民なり、と。

子曰、知幾者、君子之獨見、非衆人所能及也。穆生爲酒醴而去、免於胥靡之辱、袁閎(徐本袁閎作姜肱。)爲土室之隱、免於黨錮之禍、薛方守箕山之節、免於新室之汙、其知幾矣。
【読み】
子曰く、幾を知る者は、君子の獨見、衆人の能く及ぶ所に非ず。穆生が酒醴の爲にして去って、胥靡の辱を免れ、袁閎(徐本袁閎を姜肱に作る。)が土室の隱を爲って、黨錮の禍を免れ、薛方が箕山の節を守って、新室の汙を免るるは、其れ幾を知れり、と。

子曰、漢世之賢良、舉而後至。若公孫弘、猶强起之者。今則求舉而自進也。抑曰欲廷對天子之問、言天下之事、猶之可也。苟志於科目之美、爲進取之資而已。得則肆、失則沮。肆則悅、沮則悲。不賢不良孰加於此。
【読み】
子曰く、漢の世の賢良は、舉げられて後に至る。公孫弘の若き、猶强いて之を起こす者なり。今は則ち舉を求めて自ら進む。抑曰[ここ]に天子の問いに廷對して、天下の事を言わんと欲すれば、猶之れ可なり。苟も科目の美に志すは、進み取るの資爲るのみ。得れば則ち肆にし、失すれば則ち沮[やぶ]る。肆なれば則ち悅び、沮るれば則ち悲しむ。賢んらず良ならざること孰れ此に加えん、と。

子曰、守節秉義、而才不足以濟天下之難者、李固・王允・周顗・王導之徒是已。
【読み】
子曰く、節を守り義を秉って、才以て天下の難を濟うに足らざる者は、李固・王允・周顗・王導が徒、是れのみ、と。

劉安節問、高宗得傅說於夢、何理也。子曰、其心求賢輔、雖寤寐不忘也。故精神旣至、則兆見乎夢。文王卜獵而獲太公、亦猶是也。曰、豈夢之者往乎、抑見夢之者來乎。曰、猶之明鑑、有物必見。豈可謂與鑑物有來往哉。
【読み】
劉安節問う、高宗傅說を夢に得るは、何の理ぞや、と。子曰く、其の心賢輔を求めて、寤寐と雖も忘れず。故に精神旣に至るときは、則ち兆夢に見る。文王卜獵して太公を獲るも、亦猶是のごとし、と。曰く、豈之を夢みる者往くか、抑々之を夢みらるる者來るか、と。曰く、猶之れ明鑑の、物有れば必ず見るがごとし。豈鑑と與に物來り往くこと有りと謂う可けんや、と。

或問、周公欲代武王之死。其有是理邪、抑曰爲之命邪。子曰、其欲代其兄之死也、發於至誠。而奚命之論。然則在聖人、則有可移之理也。
【読み】
或るひと問う、周公武王の死に代わらんと欲す。其れ是の理有りや、抑曰[そもそも]之れ命とせんや、と。子曰く、其れ其の兄の死に代わらんと欲するは、至誠に發す。而も奚の命をか之れ論ぜん。然らば則ち聖人に在っては、則ち移す可きの理有り、と。

子曰、聖賢於亂世、雖知道之將廢、不忍坐視而不救也。必區區致力於未極之閒、强此之衰、難彼之進、圖其暫安、而冀其引久。苟得爲之、孔・孟之屑爲也。王允之於漢、謝安之於晉、亦其庶矣。
【読み】
子曰く、聖賢の亂世に於る、道の將に廢せんとするを知ると雖も、坐しながら視て救わざるに忍びず。必ず區區として力を未だ極まらざるの閒に致し、此の衰うるを强[つと]め、彼の進むを難[はば]み、其の暫く安んぜんことを圖りて、其の引久しからんことを冀う。苟に之をすることを得るは、孔・孟のすることを屑しとするなり。王允の漢に於る、謝安の晉に於るも、亦其れ庶し、と。

子曰、仲尼無迹。顏子之迹微顯、孟子之迹著見。
【読み】
子曰く、仲尼は迹無し。顏子の迹は微しく顯れ、孟子の迹は著しく見る、と。

子曰、顏子示不違如愚之學於後世。和氣自然、不言而化者也。孟子則顯其才用。蓋亦時焉而已矣。學者以顏子爲師、則於聖人之氣象類矣。
【読み】
子曰く、顏子違わざること愚なるが如きの學を後世に示す。和氣自然、言わずして化する者なり。孟子は則ち其の才用を顯す。蓋し亦時なるのみ。學者顏子を以て師とせば、則ち聖人の氣象に於て類せん、と。

子曰、古人以兄弟之子猶子也。而人自以私意小智觀之、不見其猶也。或謂、孔子嫁其女、異於兄弟之女。是又以私意小智觀之、不知聖人之心也。夫孔子蓋以因其年德相配而歸之。何避嫌之有。避嫌之事、賢者且不爲。而況聖人乎。
【読み】
子曰く、古人兄弟の子を以て猶子のごとしとす。而れども人自ら私意小智を以て之を觀て、其の猶を見ず。或るひと謂く、孔子其の女を嫁すること、兄弟の女に異なり、と。是れ又私意小智を以て之を觀て、聖人の心を知らざるなり。夫れ孔子は蓋し其の年德相配するに因るを以て之に歸す。何の嫌を避くることか之れ有らん。嫌を避くる事は、賢者すら且つせず。而るを況んや聖人をや、と。

子曰、陳平言宰相之職、近乎有學。
【読み】
子曰く、陳平宰相の職を言うこと、學有るに近し、と。

子曰、顏子非樂簞瓢陋巷也。不以貧累其心、而改其所樂也。
【読み】
子曰く、顏子は簞瓢陋巷を樂しむに非ず。貧しきを以て其の心を累わして、其の樂しむ所を改めざるなり、と。

子曰、伯夷不食周粟。其道雖隘、而又能不念舊惡。其量亦宏。
【読み】
子曰く、伯夷周の粟を食わず。其の道隘しと雖も、又能く舊惡を念わず。其の量亦宏し、と。

朱光庭問、周公仰而思之者、其果有所合乎。子曰、周公固無不合者矣。如其有之、則必若是其勤勞而不敢已也。
【読み】
朱光庭問う、周公仰いで之を思う者、其れ果たして合する所有りや、と。子曰く、周公は固より合せざる者無し。如し其れ之れ有らば、則ち必ず是の若く其れ勤勞して敢えて已まざらんや、と。

子曰、游酢・楊時始也爲佛氏之學、旣而知不足安也、則來有所請。庶乎其能變。
【読み】
子曰く、游酢・楊時始め佛氏の學を爲び、旣にして安んずるに足らざることを知って、則ち來りて請う所有り。庶わくは其れ能く變ぜんことを、と。

謝良佐旣見明道退。而門人問曰、良佐如何。子曰、其才能廣而充之、吾道有望矣。
【読み】
謝良佐旣に明道に見えて退く。而るに門人問いて曰く、良佐如何、と。子曰く、其の才能く廣めて之を充てば、吾が道望むこと有り、と。

子曰、顏子虛中受道、子貢億度而知之。
【読み】
子曰く、顏子は中を虛にして道を受け、子貢は億度して之を知る、と。

子曰、子厚・堯夫之學、善自開大者也。堯夫細行或不謹、而其卷舒運用亦熟矣。
【読み】
子曰く、子厚・堯夫の學は、善く自ら開き大にする者なり。堯夫は細行或は謹まざれども、而れども其の卷舒運用亦熟せり、と。

子曰、邦無道而自晦以免患、可以爲智矣。而比干則非不知也。
【読み】
子曰く、邦道無くして自ら晦まして以て患を免るるは、以て智とす可し。而れども比干は則ち不知に非ず、と。

子曰、顏・孟知之所至則同。至於淵懿溫淳、則未若顏子者。
【読み】
子曰く、顏・孟も知の至る所は則ち同じ。淵懿溫淳に至っては、則ち未だ顏子に若かざる者なり、と。

子曰、觀武帝問賢良、禹・湯水旱、厥咎何由、公孫弘曰、堯遭洪水、不聞禹世之有洪水。而不對所由、姦人也。
【読み】
子曰く、武帝賢良に、禹・湯の水旱、厥の咎何に由ると問うを觀るに、公孫弘曰く、堯洪水に遭う、禹の世の洪水有ることを聞かざるなり、と。而して由る所を對えざるは、姦人なり、と。

子曰、堯・舜、生而知之者也。湯・武、學而至之者也。文之德似堯・舜、禹之德似湯・武。雖然、皆聖人也。
【読み】
子曰く、堯・舜は、生なれながらにして之を知る者なり。湯・武は、學んで之に至る者なり。文の德は堯・舜に似、禹の德は湯・武に似れり。然りと雖も、皆聖人なり、と。

子曰、身之、言履也。反之、言歸乎正也。
【読み】
子曰く、之を身にすとは、履を言うなり。之に反すとは。正しきに歸することを言うなり。

子曰、仲尼元氣也。顏子猶春生也。孟子則兼秋殺見之矣。
【読み】
子曰く、仲尼は元氣なり。顏子は猶春生のごとし。孟子は則ち秋殺を兼ねて之を見すなり、と。

子曰、學聖人者、必觀其氣象。郷黨所載、善乎厥形容也。讀而味之、想而存之、如見乎其人。
【読み】
子曰く、聖人を學ぶ者は、必ず其の氣象を觀る。郷黨に載する所、厥の形容するに善し。讀んで之を味わい、想って之を存せば、其の人を見るが如くならん、と。

子曰、魯・衛・齊・梁之君、不足與有爲、孔・孟非不知也。然自任以道、則無不可爲者也。
【読み】
子曰く、魯・衛・齊・梁の君、與にすること有るに足らざること、孔・孟知らざるには非ず。然れども自ら任ずるに道を以てするときは、則ちす可からずとする者無し、と。

子曰、顏子具體。顧微耳。在充之而已。孟子生而大全。顧未粹耳。在養之而已。
【読み】
子曰く、顏子は體を具う。顧[ただ]微かなるのみ。之を充てるに在るのみ。孟子は生なれながらにして大いに全し。顧未だ粹ならざるのみ。之を養うに在るのみ、と。

子曰、傳聖人之道、以篤實得之者、曾子是也。易簀之際、非幾於聖者不及也。推此志也、禹・稷之功、其所優爲也。
【読み】
子曰く、聖人の道を傳うるに、篤實を以て之を得る者は、曾子是れなり。簀を易うるの際、聖に幾き者に非ずんば及ばじ。此の志を推さば、禹・稷の功も、其の優[ゆた]かにする所なり、と。

子曰、聖人無夢、氣淸也。愚人多夢、氣昏也。孔子夢周公、誠也。蓋誠爲夜夢之影也。學者於此、亦可驗其心志之定否、操術之邪正也。
【読み】
子曰く、聖人夢無きは、氣淸めばなり。愚人夢多きは、氣昏ければなり。孔子周公を夢みるは、誠なり。蓋し誠夜夢の影と爲るならん。學者此に於て、亦其の心志の定否、操術の邪正を驗す可し、と。

子曰、周勃入北軍、問士卒、如有右袒、將何處哉。已知其心爲劉氏者、不必問也。當是之時、非陳平爲之謀、亦不能濟矣。迎文帝於霸橋而請問、則非其時。見河東守尉於其國、而嚴兵、則非其事。幾於無所能者、由不知學也。
【読み】
子曰く、周勃北軍に入って、士卒に問うとき、如し右に袒ぐこと有らば、何を將て處せんや。已に其の心劉氏の爲にせんことを知らば、必ずしも問わじ。是の時に當たって、陳平之が謀をするに非ずんば、亦濟すこと能わじ。文帝を霸橋に迎えて請い問うは、則ち其の時に非ず。河東の守尉を其の國に見て、兵を嚴にするは、則ち其の事に非ず。能くする所無きに幾き者は、學を知らざるに由ってなり、と。

子曰、仲尼渾然、乃天地也。顏子粹然、猶和風慶雲也。孟子巖巖然、猶泰山北斗也。
【読み】
子曰く、仲尼は渾然として、乃ち天地なり。顏子は粹然として、猶和風慶雲のごとし。孟子は巖巖然として、猶泰山北斗のごとし、と。

周茂叔曰、荀卿不知誠。子曰、旣誠矣、尙何事於養心哉。
【読み】
周茂叔曰く、荀卿は誠を知らず、と。子曰く、旣に誠あらば、尙何ぞ心を養うことを事とせんや、と。

子曰、王仲淹隱德君子也。其書有格言。非其自著也。續之者勦入其說耳。所謂售僞必假眞也。通之所得、粹矣。非荀・楊所及。續經、其僞益甚矣。自漢以來、制詔之足紀者寡矣。晉・宋以後、詩之足采者微矣。
【読み】
子曰く、王仲淹は隱德の君子なり。其の書に格言有り。其の自ら著するに非ず。之を續ぐ者其の說を勦入[そうにゅう]するのみ。所謂僞を售るは必ず眞を假るなり。通の得る所は、粹なり。荀・楊の及ぶ所に非ず。續經は、其の僞益々甚だし。漢自り以來、制詔の紀するに足る者寡し。晉・宋以後、詩の采るに足る者微なり、と。

孫覺問、孔明何如人也。子曰、王佐。曰、然則何以區區守一隅、不能大有爲於天下也。子曰、孔明欲定中原、與先主有成說矣。不及而死、天也。曰、聖賢殺一不辜而得天下則不爲。孔明保一國、殺人多矣。子曰、以天下之力、誅天下之賊、義有大於殺也。孔子請討陳恆。使魯用之、能不戮一人乎。曰、三國之興、孰爲正。子曰、蜀之君臣、志在興復漢室、正矣。
【読み】
孫覺問う、孔明は何如なる人ぞ、と。子曰く、王佐なり、と。曰く、然らば則ち何を以て區區として一隅を守って、能く大いに天下にすること有らざるや、と。子曰く、孔明中原を定めんと欲して、先主と成說有り。及ばずして死するは、天なり、と。曰く、聖賢は一つの辜あらざるを殺して天下を得ることは則ちせず。孔明一國を保ちて、人を殺すこと多し、と。子曰く、天下の力を以て、天下の賊を誅するは、義殺より大なること有り。孔子陳恆を討ぜんと請う。魯をして之を用いしめば、能く一人をも戮せざらんや、と。曰く、三國の興、孰か正とせん、と。子曰く、蜀の君臣、志漢室を興復するに在るは、正なり、と。

子曰、楊・墨學仁義而失之者。則後之學者有不爲仁義者、則其失豈特楊・墨哉。
【読み】
子曰く、楊・墨は仁義を學んで之を失する者なり。則ち後の學者仁義を爲めざる者有るときは、則ち其の失豈特楊・墨のみならんや、と。

子曰、與巽之語、聞而多礙者、先入也。與與叔語、宜礙而信者、致誠也。
【読み】
子曰く、巽之と語るに、聞いて礙[さまた]げ多き者は、先づ入ればなり。與叔と語るに、宜しく礙ぐべくして信ずる者は、誠を致せばなり、と。

子曰、君子正己而無恤乎人。沙隨之會、晉侯怒成公後期而不見。魯當是時、國家有難。彼曲我直、君子不以爲恥也。
【読み】
子曰く、君子は己を正して人を恤うること無し。沙隨の會に、晉侯成公の期に後れて見えざることを怒る。魯是の時に當たって、國家難有り。彼曲がり我れ直きは、君子不以て恥とせざるなり、と。

子曰、世云漢高能用子房、非也。子房用漢高耳。
【読み】
子曰く、世に漢高能く子房を用うと云うは、非なり。子房漢高を用うるのみ、と。

子曰、楊子雲去就無足觀。其曰明哲煌煌、旁燭無疆、則悔其蹈亂無先知之明也。其曰遜于不虞、以保天命、則欲以苟容爲全身之道也。使彼知聖賢見幾而作、其及是乎。苟至於無可奈何、則區區之命、亦安足保也。
【読み】
子曰く、楊子雲の去就は觀るに足ること無し。其の明哲煌煌として、旁く無疆を燭らすと曰うは、則ち其の亂を蹈んで先知の明無きことを悔ゆるなり。其の不虞に遜[しりぞ]きて、以て天命を保つと曰うは、則ち以て苟も容れらるることを欲して身を全くするの道を爲すなり。彼をして聖賢幾を見て作すことを知らしめば、其れ是に及ばんや。苟も奈何ともす可きこと無きに至っては、則ち區區の命も、亦安んぞ保つに足らん、と。

子曰、堯夫襟懷放曠、如空中樓閣、四通八達也。
【読み】
子曰く、堯夫は襟懷放曠にして、空中の樓閣、四通八達なるが如し、と。

子曰、楊子雲之過、非必見於美新投閣也。夫其黽勉莽・賢之閒而不能去。是安得爲大丈夫哉。
【読み】
子曰く、楊子雲の過ちは、必ずしも新を美め閣に投ずるに見るに非ず。夫れ其れ莽・賢の閒に黽勉[びんべん]として去ること能わず。是れ安んぞ大丈夫爲ることを得んや、と。

子曰、韓信多多益辨、分數明而已。
【読み】
子曰く、韓信多多益々辨ずるは、分數明らかなるのみ、と。

子曰、君實謂、其應世之具、猶藥之參苓。可以補養和平、不可以攻治沈痼。自處如是、必有救之之術矣。
【読み】
子曰く、君實謂えらく、其の世に應ずるの具は、猶藥の參苓のごとし。以て和平を補養す可く、以て沈痼を攻治す可からず、と。自ら處すること是の如くならば、必ず之を救うの術有らん、と。

或問、舜能化瞽・象於不格姦、而曷爲不能化商均也。子曰、舜以天下與人、必得如己者。故難於商均之惡。豈聞如瞽・象之甚焉。
【読み】
或るひと問う、舜能く瞽・象を姦に格らざるに化して、曷爲れぞ商均を化すること能わざる、と。子曰く、舜天下を以て人に與うるに、必ず己が如くなる者を得んとす。故に商均の惡を難しとす。豈瞽・象の甚だしきが如くなることを聞かんや、と。

子曰、張良進退出處之際皆有理。蓋儒者也。
【読み】
子曰く、張良進退出處の際皆理有り。蓋し儒者なり、と。

子曰、孔門善問、無若顏子、而乃終日如愚、無所問也。
【読み】
子曰く、孔門善く問うこと、顏子に若くは無くして、乃ち日を終うるまで愚なるが如きは、問う所無ければなり、と。

子曰、司馬君實能受盡言。故與之言必盡。
【読み】
子曰く、司馬君實能く言を受けて盡くす。故に之と言えば必ず盡くす、と。

子曰、顏子默識、曾子篤實。得聖人之道者、二子也。
【読み】
子曰く、顏子は默識、曾子は篤實。聖人の道を得る者は、二子なり、と。

或謂、顏子爲人、殆怯乎。子曰、孰勇於顏子。顏子曰、舜何人也。予何人也。有爲者亦若是。有而若無、實而若虛。孰勇於顏子。
【読み】
或るひと謂えらく、顏子の人と爲り、殆ど怯なるや、と。子曰く、孰か顏子より勇ならん。顏子曰く、舜は何人ぞや。予は何人ぞや。すること有らば亦是の若し、と。有れども無きが若く、實[み]てれども虛しきが若し。孰か顏子より勇ならん、と。

或問、漢文多災異、漢宣多祥瑞、何也。子曰、如小人日行不善、人不以爲言、君子一有不善、則羣起而議之、一道也。白者易汙、全者易毀、一道也。以風・雅考之、幽王大惡爲小惡、宣王小惡爲大惡、一道也。
【読み】
或るひと問う、漢文災異多く、漢宣祥瑞多きは、何ぞや、と。子曰く、小人日に不善を行えば、人以て言を爲さず、君子一たび不善有れば、則ち羣起して之を議するが如く、一道なり。白き者は汙し易く、全き者は毀ち易く、一道なり。風・雅を以て之を考うるに、幽王の大惡を小惡とし、宣王の小惡を大惡とするは、一道なり、と。

子曰、孟子言己志、有德之言也。論聖人之事、造道之言也。
【読み】
子曰く、孟子己が志を言うは、德有るの言なり。聖人の事を論ずるは、道に造るの言なり、と。

子曰、子貢之知、亞於顏子。知之而未能至之者也。
【読み】
子曰く、子貢の知は、顏子に亞ぐ。之を知って未だ之に至ること能わざる者なり、と。

或問、伊尹出處、有似乎孔子、而非聖之時、何也。子曰、其任也氣象勝。
【読み】
或るひと問う、伊尹の出處、孔子に似ること有りて、聖の時に非ざるは、何ぞや、と。子曰く、其の任や氣象勝ればなり、と。

子曰、人有顏子之德、則有孟子之事功。孟子之事功、與禹・稷竝。
【読み】
子曰く、人顏子の德有るときは、則ち孟子の事功有り。孟子の事功は、禹・稷と竝ぶ、と。

或問、孟子何以能知言。子曰、譬之坐乎堂上、則其辨堂下之聲如絲竹也。苟雜處乎衆言之閒、羣音囂囂然、己且不能自明。尙何暇他人之知乎。
【読み】
或るひと問う、孟子何を以て能く言を知る、と。子曰く、之を譬うるに堂上に坐するときは、則ち其の堂下の聲を辨ずること絲竹の如し。苟も衆言の閒に雜處して、羣音囂囂然たれば、己且つ自ら明らかにすること能わず。尙何ぞ他人を知るに暇あらんや、と。

子曰、孔子爲宰、爲陪臣、皆可以行大道。若孟子、必得賓師之位而後行也。
【読み】
子曰く、孔子宰爲り、陪臣爲るときは、皆以て大道を行う可し。孟子の若きは、必ず賓師の位を得て而して後に行わる、と。

子曰、明叔明辨有才氣、其於世務練習、蓋美材也。其學晩溺於佛。所謂日月至焉而已者、豈不可惜哉。
【読み】
子曰く、明叔明辨才氣有り、其の世務に於て練習するは、蓋し美材なり。其の學晩に佛に溺る。所謂日月至れるのみという者、豈惜しむ可からざらんや、と。

游酢得西銘誦之、則渙然於心曰、此中庸之理也。能求於語言之外也。
【読み】
游酢西の銘を得て之を誦じて、則ち心に渙然として曰く、此れ中庸の理なり、と。能く語言の外に求むるなり、と。

子曰、和叔任道、風力甚勁、而深潛縝密、則於與叔不逮。
【読み】
子曰く、和叔道を任じて、風力甚だ勁[つよ]けれども、而れども深潛縝密なることは、則ち與叔に逮ばず、と。

鮮于侁問曰、顏子何以不能改其樂。子曰、知其所樂、則知其不改。謂其所樂者何樂也。曰、樂道而已。子曰、使顏子以道爲可樂而樂乎、則非顏子矣。他日、侁以語鄒浩。浩曰、吾雖未識夫子、而知其心矣。
【読み】
鮮于侁問いて曰く、顏子何を以て其の樂しみを改むること能わざる、と。子曰く、其の樂しむ所を知るときは、則ち其の改めざることを知らん。謂ゆる其の樂しむ所の者は何の樂ぞや、と。曰く、道を樂しむのみ、と。子曰く、顏子をして道を以て樂しむ可しと爲して樂しましめば、則ち顏子に非ず、と。他日、侁以て鄒浩に語る。浩曰く、吾れ未だ夫子を識らずと雖も、其の心を知れり、と。

或謂、佛氏引人入道。比之孔子爲徑直乎。子曰、果其徑也、則仲尼豈固使學者迂曲其所行而難於有至哉。故求徑途而之大道、是猶冒險阻、披荆棘、以祈至于四達之衢爾。
【読み】
或るひと謂く、佛氏人を引いて道に入る。之を孔子に比するに徑直とせんか、と。子曰く、果たして其れ徑ならば、則ち仲尼豈固に學者をして其の行う所を迂曲にして至ること有るに難からしめんや。故に徑途を求めて大道に之かんとするは、是れ猶險阻を冒し、荆棘を披[ひら]いて、以て四達の衢に至ることを祈[もと]むるがごときのみ、と。

孟子曰、可以仕則任、可以止則止、可以久則久、可以速則速、孔子也。孔子聖之時者也。知易者莫如孟子矣。孟子曰、王者之迹熄而詩亡。詩亡然後春秋作。春秋天子之事也。知春秋者莫如孟子矣。
【読み】
孟子曰く、以って仕う可きときは則ち任え、以て止む可きときは則ち止み、以て久しかる可きときは則ち久しく、以て速やかなる可きときは則ち速やかなるは、孔子なり。孔子は聖の時なる者なり、と。易を知る者は孟子に如くは莫し。孟子曰く、王者の迹熄[き]えて詩亡ぶ。詩亡びて然して後に春秋作る。春秋は天子の事なり、と。春秋を知る者は孟子に如くは莫し。

子曰、孔子之道、著見於行、如郷黨之所載者、自誠而明也。由郷黨之所載而學之、以至於孔子者、自明而誠也。及其至焉、一也。
【読み】
子曰く、孔子の道、行いに著見すること、郷黨の載する所の如くなる者は、誠自りして明らかなるなり。郷黨の載する所に由って之を學んで、以て孔子に至る者は、明らかなる自りして誠なるなり。其の至るに及んでは、一なり、と。

子曰、聞善言則拜者、禹之所以爲聖也。以能問於不能者、顏子之所以爲賢也。後之學者、有一善則充然而自足。哀哉。
【読み】
子曰く、善言を聞けば則ち拜する者は、禹の聖爲る所以なり。能を以て不能に問う者は、顏子の賢爲る所以なり。後の學者、一善有れば則ち充然として自ら足れりとす。哀しいかな、と。

或問、舜不告而娶、爲無後也。而與拂父母之心孰重。子曰、非直不告也。告而不可、然後堯使之娶耳。堯以君命命瞽瞍。舜雖不告、堯固告之矣。在瞽瞍不敢違、而在舜爲可娶也。君臣父子夫婦之道、於是乎皆得。曰、然則象將殺舜、而堯不治焉、何也。子曰、象之欲殺舜、無可見之迹。發人隱慝而治之、非堯也。
【読み】
或るひと問う、舜告げずして娶るは、後無きが爲なり。而れども父母の心に拂[さか]うと孰れか重き、と
。子曰く、直に告げざるには非ず。告げて可[き]かずして、然して後に堯之をして娶らしむるのみ。堯君命を以て瞽瞍に命ず。舜告げずと雖も、堯固より之を告ぐ。瞽瞍に在っては敢えて違わずして、舜に在っては娶る可しとす。君臣父子夫婦の道、是に於て皆得、と。曰く、然らば則ち象將に舜を殺さんとして、堯治めざるは、何ぞや、と。子曰く、象の舜を殺さんと欲する、見る可き迹無し。人の隱慝を發して之を治むれば、堯に非ざるなり、と。

子曰、伊尹之耕于莘、傅說之築于巖。天下之事、非一一而學之、天下之賢才、非人人而知之也。明其在我者而已。
【読み】
子曰く、伊尹は莘に耕し、傅說は巖に築けり。天下の事、一一にして之を學ぶに非ず、天下の賢才、人人にして之を知るに非ず。其の我に在る者を明らかにするのみ、と。

子曰、董子有言、仁人正其誼不謀其利、明其道不計其功。度越諸子遠矣。
【読み】
子曰く、董子言えること有り、仁人は其の誼を正しくして其の利を謀らず、其の道を明らかにして其の功を計らず、と。諸子に度越すること遠し、と。

或問、陋巷、貧賤之人亦有以自樂。何獨顏子。子曰、貧賤而在陋巷、俄然處富貴、則失其本心者衆矣。顏子簞瓢由是、萬鍾由是。
【読み】
或るひと問う、陋巷は、貧賤の人も亦以て自ら樂しむこと有り。何ぞ獨り顏子のみならんや、と。子曰く、貧賤にして陋巷に在り、俄然として富貴に處するときは、則ち其の本心を失う者衆し。顏子は簞瓢も是に由り、萬鍾も是に由る、と。

子曰、有學不至而言至者、循其言可以入道。門人曰、何謂也。子曰、眞積力久則入、荀卿之言也。優而柔之、使自求之、饜而飫之、使自趨之、若江河之浸、膏澤之潤、渙然冰釋、怡然理順、杜預之言也。思之思之、又重思之。思而不通、鬼神將通之。非鬼神之力也。精誠之極也、管子之言也。此三者、循其言皆可以入道。而三子初不能及此也。
【読み】
子曰く、學至らずして言至る者有り、其の言に循わば以て道に入る可し、と。門人曰く、何の謂ぞや、と。子曰く、眞に力を積むこと久しきときは則ち入るというは、荀卿の言なり。優にして之を柔にし、自ら之を求めしめ、饜きるまでにして之を飫き、自ら之に趨かしめ、江河の浸し、膏澤の潤うが若くにして、渙然として冰のごとく釋け、怡然[いぜん]として理順うというは、杜預の言なり。之を思い之を思って、又重ねて之を思う。思って通ぜざれば、鬼神將に之を通ぜんとす。鬼神の力には非ず。精誠の極みなりというは、管子の言なり。此の三つの者、其の言に循わば皆以て道に入る可し。而れども三子初めより此に及ぶこと能わず、と。

子曰、孔子敎人、各因其才。有以文學入者、有以政事入者、有以言語入者、有以德行入者。
【読み】
子曰く、孔子の人を敎うるは、各々其の才に因る。文學を以て入る者有り、政事を以て入る者有り、言語を以て入る者有り、德行を以て入る者有り、と。

子曰、老氏之言雜權詐。秦愚黔首、其術蓋有所自。
【読み】
子曰く、老氏の言は權詐を雜じう。秦黔首[けんしゅ]を愚にすること、其の術蓋し自る所有らん、と。

或問、高宗之於傅說、文王之於太公、知之素矣、恐民之未信也。故假夢卜以重其事。子曰、然則是僞也。聖人無僞。
【読み】
或るひと問う、高宗の傅說に於る、文王の太公に於る、之を素に知って、民の未だ信ぜざらんことを恐る。故に夢卜を假りて以て其の事を重んず、と。子曰く、然れば則ち是れ僞りなり。聖人は僞り無し、と。

子曰、盟可用要之則不可。用要而盟、與不盟同。使要盟而可用、則賣國背君、亦可要也。是故孔子舍蒲人之約、而卒適衛。
【読み】
子曰く、盟之を要することを用う可きときは則ち不可なり。要することを用いて盟ずるは、盟ぜざると同じ。盟を要して用う可からしむるときは、則ち國を賣り君に背くとも、亦要す可し。是の故に孔子蒲人の約を舍てて、卒に衛に適く、と。

子曰、顏子之怒、在物而不在己。故不遷。
【読み】
子曰く、顏子の怒りは、物に在って己に在らず。故に遷らず、と。

子曰、仲尼之門、不任於大夫之家、惟顏・閔・曾子數人而已。
【読み】
子曰く、仲尼の門、大夫の家に任えざるは、惟顏・閔・曾子數人のみ、と。

或問、小白・子糾孰長。子曰、小白長。何以知之。子曰、漢史不云乎、齊威殺其弟。蓋古之傳者云爾。有如子糾兄也、管仲輔之爲得正。小白旣奪其國而又殺之、則管仲之於威公、乃不與同世之仇也。若計其後功而與其事威、聖人之言、無乃其害於義、而啓後世反復不忠之患乎。
【読み】
或るひと問う、小白・子糾孰れか長なる、と。子曰く、小白長なり、と。何を以て之を知る、と。子曰く、漢史云わずや、齊威其の弟を殺す、と。蓋し古の傳うる者爾か云う。子糾兄なるが如くなること有らば、管仲之を輔くること正しきを得たりとす。小白旣に其の國を奪って又之を殺さば、則ち管仲が威公に於る、乃ち與に世を同じくせざるの仇なり。若し其の後の功を計って其の威に事うることを與[ゆる]さば、聖人の言、乃ち其だ義を害して、後世反復不忠の患えを啓くこと無からんや、と。

子曰、生而知之者、謂理也、義也。若古今之故、非學不能知也。故孔子問禮樂、訪官名、而不害乎生知也。禮樂官名、其文制有舊、非可鑿知而苟爲者。
【読み】
子曰く、生まれながらにして之を知るという者は、謂ゆる理なり、義なり。古今の故の若きは、學ぶに非ざれば知ること能わず。故に孔子禮樂を問い、官名を訪ねて、而して生知に害あらず。禮樂官名は、其の文制舊有り、鑿知して苟もす可き者に非ず、と。

子曰、人所不可能者、聖人不爲也。或曰周公能爲人臣所不能爲、陋哉斯言也。
【読み】
子曰く、人の能くす可からざる所の者は、聖人せざるなり。或るひと周公能く人臣のすること能わざる所をすと曰うは、陋しいかな斯の言や、と。

子曰、荀子謂博聞廣見可以取道。欲力行堯・舜之所行、其所學皆外也。
【読み】
子曰く、荀子が謂ゆる博聞廣見以て道を取る可し、と。力めて堯・舜の行う所を行わんと欲すとも、其の學ぶ所は皆外なり、と。

子曰、工尹商陽追呉師、旣及之曰、我朝不坐、宴不與、殺三人足以反命。夫商陽惟當致力君命、而乃行私情於其閒。慢莫甚焉。孔子蓋不與也。其曰殺人之中又有禮焉、蓋記禮者之謬也。
【読み】
子曰く、工尹商陽呉の師を追って、旣に之に及んで曰く、我れ朝に坐せず、宴に與らず、三人を殺して以て反命するに足れり、と。夫れ商陽は惟當に力を君命に致すべくして、而るに乃ち私情を其の閒に行う。慢ること焉より甚だしきは莫し。孔子蓋し與せじ。其の人を殺すの中に又禮有りと曰うは、蓋し禮を記する者の謬りならん、と。

子曰、曾子易簀之際、志於正而已矣。無所慮也。與行一不義、殺一不辜而得天下不爲者、同心。
【読み】
子曰く、曾子簀を易うるの際は、正しきに志すのみ。慮る所無し。一つの義あらざるを行い、一つの辜あらざるを殺して天下を得るともせざる者と、心を同じくす、と。

子曰、孔子之道、得其傳者、曾子而已矣。時門弟子才辨明智之士非不衆也。而傳聖人之道者、乃質魯之人也。觀易簀之事、非幾於聖者不足以臻此。繼其傳者、有子思、則可見矣。
【読み】
子曰く、孔子の道、其の傳を得る者は、曾子のみ。時に門弟子才辨明智の士衆からざるには非ず。而れども聖人の道を傳うる者は、乃ち質魯の人なり。簀を易うるの事を觀るに、聖に幾き者に非ずんば以て此に臻[いた]るに足らず。其の傳を繼ぐ者、子思有るときは、則ち見る可し、と。

劉安節問、孔子未嘗以仁許人、而稱管仲曰如其仁、何也。子曰、闡幽之道也。子路以管仲不死於子糾爲未仁。其言仲者小矣。是以聖人推其有仁之功。或抑或揚、各有攸當。聖人之言類如此。學者自得可也。
【読み】
劉安節問う、孔子未だ嘗て仁を以て人に許すことあらずして、管仲を稱して其の仁に如かんと曰うは、何ぞや、と。子曰く、幽を闡[ひら]くの道なり。子路管仲子糾に死せざるを以て未だ仁ならずとす。其の仲を言う者小なり。是を以て聖人其の仁の功有るを推す。或は抑え或は揚げて、各々當たる攸有り。聖人の言は類ね此の如し。學者自得して可なり、と。

子曰、在邦家而無怨、聖人發明仲弓、使之知仁也。然在家而有怨者焉、舜是也。在邦而有怨者焉、周公是也。
【読み】
子曰く、邦家に在って怨み無しというは、聖人仲弓を發明して、之をして仁を知らしむるなり。然れども家に在って怨み有る者は、舜是れなり。邦に在って怨み有る者は、周公是れなり、と。

子曰、堯・舜・孔子、語其聖則不異。語其事功則有異。
【読み】
子曰く、堯・舜・孔子、其の聖を語るときは則ち異ならず。其の事功を語るときは則ち異なること有り、と。

子曰、象憂喜、舜亦憂喜、天理人情之至也。舜之於象、周公之於管叔、其用心一也。管叔初未嘗有惡。使周公逆度其兄將畔而不使、是誠何心哉。惟管叔之畔、非周公所能知也、則其過有所不免矣。
【読み】
子曰く、象が憂喜すれば、舜も亦憂喜するは、天理人情の至りなり。舜の象に於る、周公の管叔に於る、其の心を用うること一なり。管叔初めより未だ嘗て惡有らず。周公をして逆[あらかじ]め其の兄の將に畔かんとすることを度って使わざらしめば、是れ誠に何の心ぞや。惟管叔の畔くは、周公の能く知る所に非ざれば、則ち其の過ち免れざる所有り、と。

子曰、齊王欲養弟子以萬鍾、使夫國人有所矜式、其心善矣。於孟子有可處之義也。然時子以利誘孟子門人。故孟子曰、我非欲富也。如其欲富、則辭十萬而受萬乎。故當知孟子非不肯爲國人矜式者。特不可以利誘耳。
【読み】
子曰く、齊王弟子を養うに萬鍾を以てし、夫の國人をして矜[つつし]み式[のっと]る所有らしめんと欲するは、其の心善し。孟子に於て處す可きの義有り。然れども時子利を以て孟子の門人に誘う。故に孟子曰く、我れ富を欲するに非ず。如し其れ富を欲せば、則ち十萬を辭して萬を受けんや、と。故に當に孟子は國人矜み式ることをすることを肯んぜざる者に非ざることを知るべし。特利を以て誘う可からざるのみ、と。

子曰、不已則無閒、天之道也。純則不二、文王之德也。文王其猶天歟。
【読み】
子曰く、已まざるときは則ち閒無きは、天の道なり。純なるときは則ち二ならざるは、文王の德なり。文王は其れ猶天のごときか、と。

或問、莊周何如。子曰、其學無禮無本。然形容道理之言、則亦有善者。
【読み】
或るひと問う、莊周は何如、と。子曰く、其の學禮無く本無し。然れども道理を形容するの言は、則ち亦善なる者有り、と。

子曰、世之博聞强識者衆矣。其終未有不入於禪學者。特立不惑、子厚・堯夫而已。然其說之流、亦未免於有弊也。
【読み】
子曰く、世の博聞强識の者衆し。其の終に未だ禪學に入らざる者有らず。特立して惑わざるは、子厚・堯夫のみ。然れども其の說の流も、亦未だ弊有ることを免れず、と。

子曰、瞻之在前、未能及也。忽焉在後、則又過也。其差甚微、其失則有過不及之異。是微也、惟顏子知之。故興卓爾之歎也。
【読み】
子曰く、之を瞻るに前に在りというは、未だ及ぶこと能わざるなり。忽焉として後に在りというは、則ち又過ぐるなり。其の差は甚だ微なれども、其の失は則ち過不及の異なり有り。是の微なるや、惟顏子のみ之を知る。故に卓爾の歎を興す、と。

或問、後世有作、虞帝弗可及、何也。子曰、譬之於地、肇開而種之、其資毓於物者、如何其茂也。久則漸磨矣。虞舜當未開之時、及其聰明、如此其盛。宜乎後世莫能及也。胡不觀之、有天地之盛衰、有一時之盛衰、有一月之盛衰、有一辰之盛衰、一國有幾家、一家有幾人、其榮枯休戚未有同者。陰陽消長、氣之不齊、理之常也。
【読み】
或るひと問う、後世作ること有りとも、虞帝に及ぶ可からずというは、何ぞや、と。子曰く、之を地に譬うるに、肇めて開いて之を種うるときは、其の資って物に毓[いく]する者、如何にして其れ茂んなる。久しきときは則ち漸磨す。虞舜は未だ開かざるの時に當たって、其の聰明、此の如く其れ盛んなるに及ぶ。宜なるかな後世能く及ぶこと莫きこと。胡ぞ之を觀ざる、天地の盛衰有り、一時の盛衰有り、一月の盛衰有り、一辰の盛衰有り、一國に幾家有り、一家に幾人有り、其の榮枯休戚未だ同じき者有らざるを。陰陽消長、氣の齊しからざるは、理の常なり、と。

子曰、知之旣至、其意自誠、其心自正。顏子有不善未嘗不知、知之至也。知之至、是以未嘗復行。有復行焉者、知之不至耳。
【読み】
子曰く、知ること旣に至れば、其の意自づから誠に、其の心自づから正し。顏子不善有れば未だ嘗て知らずんばあらず、知ること至れるなり。知ること至る、是を以て未だ嘗て復行わず。復行うこと有る者は、知ること至らざるのみ、と。

子曰、善惡皆天理、謂之惡者、或過或不及。無非惡也。楊・墨之類是也。
【読み】
子曰く、善惡皆天理、之を惡と謂う者は、或は過ぎ或は不及。惡に非ずということ無し。楊・墨の類是れなり、と。

明道十五六時、周茂叔論聖道之要。遂厭科舉、慨然欲爲道學、而未知其方也、及泛濫於諸家、出入於釋・老者幾十年、反求諸六經、而後得之。
【読み】
明道十五六の時、周茂叔聖道の要を論ず。遂に科舉を厭いて、慨然として道學を爲めんと欲すれども、而れども未だ其の方を知らず、及び諸家に泛濫し、釋・老に出入する者幾十年、反って六經に求めて、而して後に之を得。

明道志康節之墓曰、先生少時、自雄其才、慷慨有大志。旣學、力慕高遠、謂先王之事爲可必致。及其學益老、德益邵、玩心高明、觀天地運化、陰陽消長、以逹乎萬物之變、然後頹然乎順、浩然乎歸、德氣粹然、望之可知其賢。然不事表暴、不設防畛、正而不諒、通而不汙、淸明坦夷、洞徹中外。其與人言、必依於孝弟忠信、樂道人之善、而未嘗及其惡。故賢者樂其德、不肖者服其化。所以厚風俗、成人材之功亦多矣。昔七十子學於仲尼、其傳可見者、惟曾子所以告子思、而子思所以授孟子者耳。其餘門人、各以其才之所宜爲。學雖同尊聖人、所因而入者、門戶則衆矣。況後此千有餘歲、師道不立、學者莫知所從來。獨先生之學、得之於李挺之、挺之得之於穆伯長。推其源流、遠有端緒。今李・穆之言及其行事、概可見也。而先生純一不雜、汪洋高大、乃其所自得者多矣。然而名其學者、豈所謂門戶之衆、各有所因而入者與。語成德者、昔難其居。若先生之道、以其所至而論之、可謂安且成矣。
【読み】
明道康節の墓に志[しる]して曰く、先生少かりし時、自ら其の才を雄として、慷慨として大いなる志有り。旣に學んで、力めて高遠を慕い、謂えらく、先王の事爲必ず致す可し、と。其の學益々老い、德益々邵[たか]きに及んで、心を高明に玩ばしめ、天地の運化、陰陽の消長を觀て、以て萬物の變に逹し、然して後頹然として順い、浩然として歸して、德氣粹然として、之を望んで其の賢を知る可し。然も表暴を事とせず、防畛を設けず、正しくして諒ならず、通じて汙れず、淸明坦夷、洞[あき]らかに中外に徹す。其の人と言うときは、必ず孝弟忠信に依り、人の善を道うことを樂しんで、未だ嘗て其の惡に及ばず。故に賢者は其の德を樂しみ、不肖者は其の化に服す。所以に風俗を厚くし、人材を成すの功も亦多し。昔七十子仲尼に學んで、其の傳見る可き者は、惟り曾子が子思に告ぐる所以にして、子思が孟子に授くる所以の者のみ。其の餘の門人は、各々其の才の宜しくすべき所を以てす。學は同じく聖人を尊ぶと雖も、因って入る所の者、門戶則ち衆し。況んや此より後千有餘歲、師道立たず、學者從って來る所を知ること莫し。獨り先生の學、之を李挺之に得、挺之は之を穆伯長に得。其の源流を推すに、遠く端緒有り。今李・穆の言及び其の行事、概ね見る可し。而るに先生純一にして雜じえず、汪洋として高大にして、乃ち其の自得する所の者多し。然れども其の學に名ある者、豈所謂門戶の衆き、各々因る所有って入る者か。成德を語る者、昔其の居を難ず。先生の道の若きは、其の至る所を以て之を論ぜば、安んじて且つ成れりと謂う可し、と。

伯淳旣沒、公卿大夫議以明道先生號之。子爲之言曰、周公死、聖人之道不行、孟軻死、聖人之學不傳。道不行、百世無善治、學不傳、千載無眞儒。無善治、士猶得以明夫善治之道、以淑諸人、以傳諸後。無眞儒、則天下貿貿焉莫知所之、人欲肆而天理滅矣。先生生千四百年之後、得不傳之學於遺經、天不憖遺、哲人早世。學者於道、知所嚮、然後見斯人之爲功、知所至、然後見斯名之稱情。山可夷、谷可堙、明道之名、亘萬古而長存也。
【読み】
伯淳旣に沒して、公卿大夫議して明道先生を以て之を號す。子之が言を爲して曰く、周公死して、聖人の道行われず、孟軻死して、聖人の學傳わらず。道行われずんば、百世善治無く、學傳わらずんば、千載眞儒無し。善治無きときは、士猶以て夫の善治の道を明らかにして、以て人に淑[よ]くし、以て後に傳うることを得ん。眞儒無きときは、則ち天下貿貿焉として之く所を知ること莫く、人欲肆にして天理滅ぶ。先生千四百年の後に生まれて、不傳の學を遺經に得、天憖[なまじ]いに遺さずして、哲人早世す。學者道に於て、嚮かう所を知って、然して後に斯の人の功爲ることを見、至る所を知って、然して後に斯の名の情[まこと]に稱うことを見ん。山は夷[たい]らかなる可く、谷は堙[うづ]まる可くとも、明道の名は、萬古に亘って長く存せん、と。


君臣篇

子曰、人君欲附天下、當顯明其道。誠意以待物、恕己以及人、發政施仁、使四海蒙其惠澤可也。若乃暴其小惠、違道干譽、欲致天下之親己、則其道狹矣。非特人君爲然也。臣之於君、竭其忠誠、致其才力、用否在君而已。不可阿諛逢迎、以求君之厚己也。雖朋友亦然。修身誠意以待之、疏戚在人而已。不可巧言令色、曲從苟合、以求人之與己也。雖郷黨親戚亦然。
【読み】
子曰く、人君天下を附けんと欲せば、當に其の道を顯明にすべし。意を誠にして以て物を待ち、己を恕して以て人に及ぼし、政を發し仁を施して、四海をして其の惠澤を蒙らしめて可なり。若し乃ち其の小惠を暴[さら]し、道に違いて譽れを干[もと]めて、天下の己に親しまんことを致さんと欲せば、則ち其の道狹からん。特に人君のみ然りとするに非ず。臣の君に於る、其の忠誠を竭くし、其の才力を致さば、用否は君に在るのみ。阿諛逢迎して、以て君の己に厚からんことを求むる可からず。朋友と雖も亦然り。身を修め意を誠にして以て之を待たば、疏戚は人に在るのみ。言を巧みし色を令[よ]くして、曲げ從い苟も合して、以て人の己に與せんことを求むる可からず。郷黨親戚と雖も亦然り、と。

子曰、君道以人心悅服爲本。
【読み】
子曰く、君道は人心悅服するを以て本とす、と。

子曰、君臣朋友之際、其合不正、未有久而不離者。故賢者順理而安行、智者知幾而固守。
【読み】
子曰く、君臣朋友の際、其の合うこと正しからずんば、未だ久しくして離れざる者は有らず。故に賢者は理に順って安んじ行い、智者は幾を知って固く守る、と。

子曰、君子有爲於天下、惟義而已。不可則止。無苟爲、亦無必爲。
【読み】
子曰く、君子天下にすること有るは、惟義のみ。可ならざれば則ち止む。苟もすること無きときは、亦必ずしもすること無し。

子曰、止惡當於其微。至盛而後禁、則勞而有傷矣。君惡旣甚、雖以聖人救之、亦不免咈違也。民惡旣甚、雖以聖人治之、亦不免於刑戮也。
【読み】
子曰く、惡を止むるは當に其の微なるに於てすべし。盛んなるに至って而して後禁ずるときは、則ち勞して傷[やぶ]ること有り。君の惡旣に甚だしきときは、聖人を以て之を救うと雖も、亦咈[たが]い違うことを免れじ。民の惡旣に甚だしきときは、聖人を以て之を治むと雖も、亦刑戮を免れじ、と。

子曰、人臣以忠信善道事其君者、必達其所蔽、而因其所明、乃能入矣。雖有所蔽、亦有所明。未有冥然而皆蔽者也。古之善諫者、必因君心所明、而後見納。是故訐直强果者、其說多忤、溫厚明辨者、其說多行。愛戚姬、將易嫡庶、是其所蔽也。素重四老人之賢而不能致、是其所明也。四老人之力、孰與夫公卿及天下之心、其言之切、孰與周昌・叔孫通也。高祖不從彼而從此者、留侯不攻其蔽而就其明也。趙王太后愛其少子長安君、不使爲質於齊、是其蔽也。愛之欲其富貴久長於齊、是其所明也。左師觸龍所以導之者、亦因其明爾。故其受命如響。夫敎人者、亦如此而已。
【読み】
子曰く、人臣忠信善道を以て其の君に事うる者は、必ず其の蔽わるる所を達して、其の明なる所に因って、乃ち能く入る。蔽わるる所有りと雖も、亦明なる所有り。未だ冥然として皆蔽わるる者は有らず。古の善く諫むる者は、必ず君の心の明なる所に因って、而して後納れらる。是の故に訐直强果なる者は、其の說多くは忤[さか]い、溫厚明辨なる者は、其の說多くは行わる。戚姬を愛して、將に嫡庶を易えんとするは、是れ其の蔽わるる所なり。素より四老人の賢を重んじて致すこと能わざるは、是れ其の明なる所なり。四老人の力、夫の公卿及び天下の心に孰れぞ、其の言の切なること、周昌・叔孫通に孰れぞ。高祖彼に從わずして此に從う者、留侯其の蔽を攻めずして其の明なるに就けばなり。趙王の太后其の少子長安君を愛して、齊に質爲らしめざるは、是れ其の蔽なり。之を愛して其の富貴にして齊に久長ならんことを欲するは、是れ其の明なる所なり。左師觸龍之を導く所以の者も、亦其の明なるに因るのみ。故に其の命を受くること響きの如し。夫の人を敎うる者も、亦此の如きのみ、と。

子曰、小人之於君、能深奪其志。未有由顯明以道合者。
【読み】
子曰く、小人の君に於る、能く深く其の志を奪う。未だ顯明に由って道を以て合う者は有らず、と。

子曰、王者奉若天道、動無非天者。故稱天王。命則天命也。討則天討也。盡天道者、王道也。後世以智力持天下者、霸道也。
【読み】
子曰く、王者は奉ずること天道の若く、動くこと天に非ざる者無し。故に天王と稱す。命は則ち天命なり。討は則ち天討なり。天道を盡くす者は、王道なり。後世智力を以て天下を持する者は、霸道なり、と。

子曰、人臣身居大位、功蓋天下、而民懷之、則危疑之地也。必也誠積於中、動不違理、威福不自己出、人惟知有君而已。然後位極而無逼上之嫌、勢重而無專權之過。斯可謂明哲君子矣。周公・孔明其人也。郭子儀有再造社稷之功、威震人主、而上不疑之也、亦其次歟。
【読み】
子曰く、人臣身大位に居して、功天下を蓋って、民之に懷くときは、則ち危疑の地なり。必ずや誠中に積み、動くこと理に違わず、威福己自り出ずんば、人惟君有ることを知るのみ。然して後位極まりて上に逼るの嫌無く、勢重くして權を專らにするの過ち無し。斯れ明哲の君子と謂う可し。周公・孔明其の人なり。郭子儀再び社稷を造すの功有り、威人主を震って、上之を疑わざるも、亦其の次か、と。

張子厚再召如京師、過子曰、往終無補也。不如退而閒居、講明道義、以資後學、猶之可也。子曰、何必然。義當往則往、義當來則來耳。
【読み】
張子厚再び召されて京師に如くとき、子に過りて曰く、往くとも終に補い無けん。如かじ、退いて閒居して、道義を講明して、以て後學を資[たす]けば、猶之れ可なり、と。子曰く、何ぞ必ずしも然らん。義當に往くべきときは則ち往き、義當に來るべきときは則ち來らんのみ、と。

子曰、剛健之臣事柔弱之君、而不爲矯飾之行者鮮矣。夫上下之交不誠而以僞也、其能久相有乎。
【読み】
子曰く、剛健の臣柔弱の君に事えて、矯飾の行いをせざる者は鮮し。夫れ上下の交わり誠ならずして僞りを以てせば、其れ能く久しく相有らんや、と。

或問、升卦有大臣之事乎。子曰、道何所不在。曰、大臣而猶升也、則何之矣。子曰、上則升君於道、下則升賢於朝、己則止其分耳。分則當止而德則當升也。盡是道者、文王也。
【読み】
或るひと問う、升の卦に大臣の事有りや、と。子曰く、道何ぞ在らざる所あらん、と。曰く、大臣にして猶升るときは、則ち何くにか之かん、と。子曰く、上は則ち君を道に升らせ、下は則ち賢を朝に升らせ、己は則ち其の分に止まるのみ。分は則ち當に止まるべくして德は則ち當に升るべし。是の道を盡くす者は、文王なり、と。

子曰、士有志在朝廷而才不足者、有才可以濟而誠不至者。誠苟至焉、正色率下、則用之天下治矣。
【読み】
子曰く、士志朝廷に在れども而れども才足らざる者有り、才以て濟す可けれども而れども誠至らざる者有り。誠苟も至って、色を正しくして下を率いるときは、則ち之を用いて天下治まらん、と。

劉安節問、賜魯天子禮樂以祀周公、可乎。子曰、不可。人臣而用天子之所用、周公之法亂矣。成王之賜、伯禽之受、皆過也。王氏謂人臣有不能爲之功、而周公能之、故賜以人臣不能用之禮樂、非也。人臣無不能爲之功。周公亦盡其分耳。人臣所當爲者而不爲、則誰爲之也。事親若曾子可也。其孝非過乎子之分也。亦免責而已。臣之於君、猶子之於父。苟不盡其責之所當爲、則事業何自而立。而謂人臣有不能爲之功、是猶曰人子有不能爲之孝也。而可乎。後世有恃功責報而怏怏於君者、必此之言夫。
【読み】
劉安節問う、魯に天子の禮樂を賜って以て周公を祀るは、可なりや、と。子曰く、可ならず。人臣にして天子の用うる所を用うれば、周公の法亂る。成王の賜うも、伯禽の受くるも、皆過ちなり。王氏謂えらく、人臣すること能わざるの功有って、周公之を能す、故に賜うに人臣用うること能わざるの禮樂を以てすとは、非なり。人臣すること能わざるの功無し。周公も亦其の分を盡くすのみ。人臣當にすべき所の者にしてせずんば、則ち誰か之をせん。親に事うること曾子の若くせば可なり。其の孝子の分に過ぎるに非ず。亦責めを免るるのみ。臣の君に於るは、猶子の父に於るがごとし。苟も其の責めの當にすべき所を盡くさずんば、則ち事業何に自って立たん。而るを人臣すること能わざるの功有りと謂うは、是れ猶人子すること能わざるの孝有りと曰うがごとし。而も可ならんや。後世有功を恃み報を責めて君に怏怏たる者、必ず此の言か、と。

子曰、當爲國之時、旣盡其防慮之道矣。而猶不免、則命也。苟唯致其命。安其然、則危塞險難無足以動其心者。行吾義而已。斯可謂之君子。
【読み】
子曰く、國を爲むるの時に當たって、旣に其の防慮の道を盡くす。而れども猶免れざるときは、則ち命なり。苟も唯其の命を致すのみ。其の然ることを安んずるときは、則ち危塞險難以て其の心を動かすに足る者無し。吾が義を行うのみ。斯れ之を君子と謂う可し、と。

子曰、君子之處高位也、有拯(徐本拯作極。)而無隨焉。在下位也、則有當拯(徐本拯作極。)、有當隨焉。
【読み】
子曰く、君子の高位に處る、拯[すく]うこと(徐本拯を極に作る。)有りて隨うこと無し。下位に在るときは、則ち當に拯う(徐本拯を極に作る。)べき有り、當に隨うべき有り、と。

或問、爲官僚而言事於長、理直則不見從也。則如之何。子曰、亦權其輕重而已。事重於去則當去、事輕於去則當留、事大於爭則當爭、事小於爭則當已。雖然、今之仕於官者、其有能去者、必有之矣。而吾未之見也。
【読み】
或るひと問う、官僚と爲りて事を長に言うに、理直なるときは則ち從わられず。則ち之を如何、と。子曰く、亦其の輕重を權るのみ。事去るに重きときは則ち當に去るべく、事去るに輕きときは則ち當に留むるべく、事爭[いさ]むるに大なるときは則ち當に爭むべく、事爭むるに小なるときは則ち當に已むべし。然りと雖も、今の官に仕うる者、其の能く去ること有る者は、必ず之れ有らん。而れども吾れ未だ之を見ず、と。

范公爲諫官、嘗諫上曰、今欲富國强兵、將何以爲。子聞之曰、野哉。烏足以格其君。周禮所記、亦有强富之術。惟孟子爲梁惠王言利之不可爲、至於不奪不饜、言兵之不可用、至於及其所愛也。庶乎其可矣。
【読み】
范公諫官爲るとき、嘗て上を諫めて曰く、今國を富まし兵を强くせんと欲せば、將に何を以てせんとす、と。子之を聞いて曰く、野なるかな。烏んぞ以て其の君を格すに足らん。周禮に記する所、亦强富の術有り。惟孟子梁惠王の爲に利のす可からざることを言いて、奪わずんば饜[あきた]らずというに至り、兵の用うる可からざることを言いて、其の愛する所に及ぼすというに至る。庶わくは其れ可なり、と。

子曰、凡諫說於君、論辯於人、理勝則事明、氣忿則招拂。
【読み】
子曰く、凡そ君に諫說し、人に論辯する、理勝つときは則ち事明らかに、氣忿るときは則ち拂を招く、と。

子曰、臣賢於君、則輔君以所不能。伊尹之於太甲、周公之於成王、孔明之於劉禪是也。臣不及君、則贊助之而已。
【読み】
子曰く、臣君に賢なるときは、則ち君を輔くるに能わざる所を以てす。伊尹の太甲に於る、周公の成王に於る、孔明の劉禪に於る、是れなり。臣君に及ばざるときは、則ち之を贊助するのみ、と。

子曰、君子之事君也、不得其心、則盡其誠以感發其志而已。誠積而動、則雖昏蒙可開也。雖柔弱可輔也。雖不正可正也。古之人、事庸君常主而克行其道者、以己誠上達、而其君信之之篤耳。管仲之相威公、孔明之輔後主是也。
【読み】
子曰く、君子の君に事うる、其の心に得られざるときは、則ち其の誠を盡くして以て其の志を感發するのみ。誠積んで動くときは、則ち昏蒙と雖も開く可し。柔弱と雖も輔く可し。正しからずと雖も正す可し。古の人、庸君常主に事えて克く其の道を行う者は、己が誠を以て上達して、其の君之を信ずることの篤きのみ。管仲が威公に相たる、孔明が後主に輔たる、是れなり、と。

或問、陳平當王諸呂時、何不諫。曰、王陵廷爭不從、則去其位。平自意復諫者、未必不激呂氏之怒也。夫漢初君臣、徒以智力相勝、勝者爲君。其臣之者非心說而臣事之也。當王諸呂時、而責平等以死節、庸肯苟死乎。
【読み】
或るひと問う、陳平諸呂を王とする時に當たって、何ぞ諫めざる、と。曰く、王陵廷爭して從わざるときは、則ち其の位を去る。平自ら意えらく、復諫むる者は、未だ必ずしも呂氏の怒りに激せずんばあらず、と。夫れ漢の初めの君臣、徒智力を以て相勝ち、勝者を君とす。其の之に臣たる者は心說んで之に臣とし事うるに非ず。諸呂を王とする時に當たって、平等を責むるに節に死することを以てすとも、庸[いづ]くんぞ肯えて苟も死なんや、と。

子曰、士方在下、自進而干君、未有信而用之者也。古之君子、必待上致敬盡禮而後往者、非欲崇己以爲大也。蓋尊德樂道之誠心、不如是不足與有爲耳。
【読み】
子曰く、士方に下に在って、自ら進んで君に干めば、未だ信じて之を用うる者は有らず。古の君子、必ず上敬を致し禮を盡くすを待って而して後に往く者は、己を崇んで以て大なりとせんと欲するに非ず。蓋し德を尊び道を樂しむの誠心、是の如くならざれば與にすること有るに足らざるのみ、と。

或謂、屯之九五曰、屯其膏。然則人君亦有屯乎。子曰、非謂其名位有損也。號令有所不行、德澤有所不下、威權去己而不識所收。如魯昭公・高貴郷公是也。或不勝其忿起而驟正之、則致凶之道。其惟盤庚・周宣乎。修德用賢、追先王之政、而諸侯復朝焉。蓋以道馴致、不以暴爲之也。若唐之僖宗・昭宗是也。恬然不爲。至於屯極、則有亡而已。
【読み】
或るひと謂く、屯の九五に曰く、其の膏[めぐみ]を屯[とどこお]らす、と。然らば則ち人君も亦屯ること有りや、と。子曰く、其の名位損すること有りと謂うには非ず。號令行われざる所有り、德澤下らざる所有り、威權己を去って收むる所を識らず。魯の昭公・高貴郷公の如き是れなり。或は其の忿起に勝えずして驟[にわか]に之を正さんとするは、則ち凶を致すの道なり。其れ惟盤庚・周宣か。德を修め賢を用いて、先王の政を追って、諸侯復朝す。蓋し道を以て馴致して、暴を以て之を爲めざればなり。唐の僖宗・昭宗の若き是れなり。恬然としてせざるなり。屯極まるに至っては、則ち亡ぶこと有るのみ、と。

昔有典選、其子當遷官、而固不之遷者、其心本自以爲公、而不知乃所以爲私也。或曰、古者直道而行。於嫌有所不必避。後世人僞競生。是以不免耳。
【読み】
昔典選有り、其の子當に官に遷すべくして、固に之を遷さざる者は、其の心本自づから以て公とすれども、而れども乃ち私とする所以を知らず。或るひと曰く、古は直道にして行う、と。嫌に於て必ずしも避けざる所有り。後世人僞競生す。是を以て免れざるのみ。

子曰、非無時也。時者人之所爲。蓋無其人耳。
【読み】
子曰く、時無きには非ず。時は人のする所。蓋し其の人無きのみ、と。

子曰、擇才而用、雖在君、以身許國、則在己。道合而後進、得正則吉矣。汲汲以求遇者、終必自失。非君子自重之道也。故伊尹・武侯救世之心非不切。必待禮而後出者以此。
【読み】
子曰く、才を擇んで用うることは、君に在りと雖も、身を以て國を許すことは、則ち己に在り。道合して而して後に進んで、正しきを得るときは則ち吉なり。汲汲として以て遇うことを求むる者は、終に必ず自ら失す。君子自ら重んずるの道に非ざるなり。故に伊尹・武侯世を救うの心切ならざるに非ず。必ず禮を待って而して後に出る者は此を以てなり、と。

子曰、事君者、知人主不當自聖、則不爲諂諛之言。知人臣義無私交、則不爲阿黨之計。
【読み】
子曰く、君に事うる者、人主當に自ら聖とすべからざることを知るときは、則ち諂諛の言をせず。人臣義私に交わること無きことを知るときは、則ち阿黨の計をせず、と。

或問、臣子加謚於君父、當極其美、有諸。曰、正終大事也。加君父以不正之謚、知忠孝者不爲也。
【読み】
或るひと問う、臣子謚を君父に加うるに、當に其の美を極むべきこと、有りや、と。曰く、終わりを正しくするは大事なり。君父に加うるに正しからざるの謚を以てすること、忠孝を知る者はせず、と。

子曰、人臣之義、位愈高而思所以報國者當愈勤。饑則爲用、飽則飛去、是以鷹犬自期也。曾是之謂愛身乎。
【読み】
子曰く、人臣の義、位愈々高くしては國に報ずる所以の者を思って當に愈々勤むべし。饑うるときは則ち用いらるることをし、飽くときは則ち飛び去るは、是れ鷹犬を以て自ら期するなり。曾て是れ之を身を愛すと謂わんや、と。

或謂、禮局設官、地淸而職閑、可居也。子曰、朝廷舉動有一違禮、則禮官當任其責。安得謂之閑。
【読み】
或るひと謂えらく、禮局官を設くる、地淸くして職閑ならば、居す可し、と。子曰く、朝廷の舉動一つも禮に違うこと有るときは、則ち禮官當に其の責めに任ずべし。安んぞ之を閑と謂うことを得ん、と。

或曰、未有大臣如介甫得君者。子曰、介甫自知之、其求去。自表於上曰、忠不足取信、事事待於自明。使君臣之契果深、而有是言乎。
【読み】
或るひと曰く、未だ大臣にして介甫が君を得るが如き者有らず、と。子曰く、介甫自ら之を知って、其れ去らんことを求む。自ら上に表して曰く、忠信を取るに足らず、事事自ら明らかにすることを待つ、と。君臣の契りをして果たして深からしめば、而も是の言有らんや、と。

子曰、君貴明、不貴察。臣貴正、不貴權。
【読み】
子曰く、君は明を貴んで、察を貴ばず。臣は正を貴んで、權を貴ばず、と。

子曰、君子不輕天下而重其身、不輕其身而重天下。凡爲其所當爲、不爲其所不可爲者而已。
【読み】
子曰く、君子は天下を輕んじて其の身を重んぜず、其の身を輕んじて天下を重んぜず。凡そ其の當にすべき所をし、其のす可からざる所の者をせざるのみ、と。

或問、孔子事君盡禮、而人以爲諂。禮與諂異矣。諂何疑於盡禮。子曰、當時事君者、於禮不能盡也。故以譏聖人。非孔子而言、必曰小人以爲諂也。孔子曰人以爲諂而已。聖人道大德宏。故其言如此。
【読み】
或るひと問う、孔子君に事うるに禮を盡くせば、人以て諂えりとす、と。禮と諂と異なり。諂何ぞ禮を盡くすに疑わん、と。子曰く、當時君に事うる者、禮に於て盡くすこと能わず。故に以て聖人を譏る。孔子に非ずして言わば、必ず小人以て諂えりとするなりと曰わん。孔子は人以て諂えりとすと曰うのみ。聖人は道大に德宏し。故に其の言此の如し、と。

子進講至南容三復白圭、中侍謂講至南字、請隱之。子不聽。講畢進曰、人君居兆人之上、處天下之尊。只懼怕人過爲崇奉、以生驕慢之心。此皆近習諂媚以養之耳。昔仁宗之世、宮嬪謂正月爲初月、易蒸餅曰炊餅、皆此類。天下至今以爲非。嫌名舊名、請勿復諱也。翼日、孫覺講曰、子畏於正。子曰、以諱之故、獨無地名可稱也。謂畏於正、此何義也。
【読み】
子進講して南容白圭を三復するに至って、中侍謂えらく、講じて南の字に至って、請う、之を隱せ、と。子聽かず。講畢わって進んで曰く、人君兆人の上に居し、天下の尊に處する。只人過って崇奉を爲して、以て驕慢の心を生ぜんことを懼れ怕る。此れ皆近習諂媚して以て之を養うのみ。昔仁宗の世に、宮嬪正月を謂いて初月と爲し、蒸餅を易えて炊餅と曰うは、皆此の類なり。天下今に至って以て非とす。嫌[うたが]わしき名舊き名、請う復諱むこと勿かれ、と。翼日、孫覺講じて曰く、子正に畏る、と。子曰く、諱むことを以ての故に、獨地の名稱す可き無し。正に畏ると謂うは、此れ何の義ぞ、と。

司馬溫公・呂申公・韓康公上子行義於朝、遂命以官典西都之敎子。辭不聽。又辭曰、上嗣位之初、方圖大治、首拔一人於畎畝之中、宜得英材、使天下聳動、知朝廷之急賢也。今乃官使庸常之人、則天下何望。後世何觀。朝廷之舉何爲。臣之受也何義。臣雖至愚、敢貪寵祿以速戾於厥躬。是以罔虞刑威、而必盡其說。願陛下廣知人之明以照四方、充取臣之心以求眞賢、求之以其方、待之以其道、雖聖賢亦將爲陛下出矣。況如臣者、何足道哉。又不聽而召之至京師、且使校讐館閣。子以布衣造朝也。則曰、草萊之臣蒙召而至。未見君、先受命、非禮也。旣見于庭、又命之陛對、遂有講筵之除。子退而上疏曰、知人則哲、堯・舜所難。臣進對於頃刻之閒、陛下見臣何者而遽加擢任也。今之用臣、蓋非常之舉、必將責其報效。此天下之所觀聽也。苟或不然、則失望於今、而貽笑於後。可不謹哉。臣請有所言焉。古之人君、守成業而致盛治者、莫如周成王。其所以成德、則由乎周公。周公之輔成王也、幼而習之。所見必正事、所聞必正言、左右前後皆正人。故習與性長、化與心成。今陛下春秋方富。輔養之道不可不至也。所謂輔養之道、非謂告詔以言、過而後諫也。尤在涵養薫陶之而已矣。今夫一日之閒、接賢士大夫之時多、親寺人宦官之時少、則氣質自化、德器自成。臣欲謹選賢德之士、以侍勸講。講讀旣罷、常留以備訪問、從容燕語、不獨漸磨德義、至於人情物態、稼穡艱難、日積旣久、自然通逹。比之深處宮闈、爲益多矣。夫傅德義者、在乎防聞見之非、節嗜慾之過。保身體者、在乎適起居之宜、存畏謹之心。故左右近侍、宜選老成重厚小心之人。服飾器用、皆須朴實之物。俾華巧靡麗不至於前、淺俗之言不入於耳。凡動作言語、必使勸講者知之、庶幾隨事箴規、應時諫正、調護聖躬、莫過乎此矣。人君居崇高之位、持威福之柄、百官畏懼而莫敢仰視、萬方崇奉而所欲必得。苟非知道畏義、所養如此、其惑可知(徐本其惑可知作其成。)、則中常之君、無不驕肆。英明之主、自然滿假。此古今同患、治亂所由也。所以周公告成王、稱前王之德、以寅畏祗懼爲首云。夫儒者得以經術進說於人君、言聽則志行。自昔抱道之士、孰不願之。顧恨弗獲。然自古君臣道合、靡不由至誠感通、信以發志。臣也道未行於室家、善未孚於郷黨、而何足以動人主之心乎。苟不度其誠之未至、而姑善辭說於進退之閒。爲一時之觀則可矣。必欲通于神明、光于四海、久而無斁、臣知其不可也。是以欲進而思義、喜時而(徐本而作以。)愧己。夫海宇至廣、賢俊非一人。願博謀羣臣、旁加收擇、期得出類之賢、寘諸左右、輔成聖德、則爲宗社生靈之福矣。久之、意有不合、上書太后曰、臣鄙人也。少不喜進取、以讀書求道爲事、于玆幾三十年。昔在兩朝、累爲當塗者薦揚。臣於是時、自顧道學之不足、不願仕也。及上嗣位、陛下臨朝、大臣仰體求賢願治之心、捜揚巖穴、首及微臣。以爲、召而不往、子思・孟軻則可。蓋二人者處賓師之位、不往所以規其君也。如臣微賤、食土之毛而爲王民。召而不至、則邦有常憲矣。是以奔走承命、甫至闕廷(徐本廷作庭。)之外。又有館職之除、方且表辭、遂蒙賜對。臣於是時、尙未有意於仕也。進至簾陛、咫尺天光、未嘗一言及於朝政。陛下視臣、豈求進者哉。旣而親奉玉音、擢寘經筵。事出望外、惘然驚惕。臣於斯時、雖以不才而辭、然許國之心已萌矣。辭不獲命、於是服勤厥職。夫性朴而言拙、臣之所短也。若夫愛上之心、事上之禮、告上之道、則不敢不盡也。陛下心存至公、躬行大道、開納忠言、委用耆德、直欲舉太平、不止於因循苟安而已。苟能日謹一日、天下之事、誠不足慮。而方今所謂至急爲長久之計、則莫若輔養上德。歷觀前古、成就幼主、莫備於周公、爲萬世之法。願陛下擴高世之見、以聖人之言爲必可信、以先王之道爲必可行、勿狃滯於近規、勿遷惑於衆口、然後知周公誠不我欺也。考之立政之書、其言常伯常仕之尊、與綴衣虎賁之賤、同以爲戒、要在得人、以爲知恤者鮮也。終篇反覆、惟此一事而已。夫僕臣正、厥后克聖、左右侍御僕從、罔匪正人、旦夕承弼、然後起居出入無違禮也。發號施令無不善也。後世不復知此、以謂人主就學、所以涉書史覽古今也。夫此一端而已。苟曰如是而足、則能文宮人可以備勸講、知書内侍可以充輔導。又何必置官設職、求賢德之士哉。自古帝王才質、鮮不過人。然完德有道之君至少、其故何哉。皆輔養不得其道、而勢位使之然也。臣服職以來、六侍扆御。但見諸臣拱手默坐、當講說者竦立案傍、解釋數行、則已肅退。如此、雖彌年積歲、所益幾何也。亦已異於周公輔成王之道矣。或以謂上方幼沖。宜爾者、不知本之論也。古之人、自能食能言而敎之。是故大學之法、以豫爲先。蓋人之幼也、智愚未有所主、則當以格言至論、日陳於前、盈耳充腹、久自安習、若固有之者、日復一日、雖有讒說搖惑、不能入也。若爲之不豫、及乎稍長、私慮偏好生於内、衆口辯言鑠於外、欲其純全、不可得已。故所急在先、而不憂其太早也。或又曰、聖上天資至美、自無違道、則尤非也。莫聖於禹、而益以丹朱傲游慢虐爲之戒。禹豈不知是也。以唐太宗之聰睿、躬歷艱難、力平禍亂、年亦長矣。其始也、惡隋煬帝之侈麗、毀其層觀。未六七年、乃欲治乾陽殿矣。人心奚常之有。所以聖賢處崇高之位、當盛明之際、不忘規戒、爲慮至深遠也。況幼沖之君、而可懈於閑邪拂違之道乎。夫開發之道有方、而朋(徐本朋作明。)習之益至切。夫學悅而後入。宜使上心泰而體舒、然後有所悅懌。今也前對大臣、動虞違謬、一言之出、史必書之、非所以遜人主之志而樂於學也。凡侍講讀、皆使兼視他職、比於輔導、則弗專矣。夫告於人者、非積其誠意則不能感發。古人以蒲盧喩敎、謂以誠化也。今夫鐘、怒而擊之則聲武、悲而擊之則聲哀。誠意之入也、其於人亦猶是矣。若使營營於職事、紛紛於心思、及至上前、然後責功於簡册、望化於頰舌、不亦淺乎。道衰學廢、世不得聞此言也久矣。雖聞之、必笑之、以爲迂且誕也。陛下高識遠見、當蒙鑒采。聖學不傳、臣幸得之於遺經、不自量度、方且區區駕其說於學以示天下後世。不虞幸會得備講說於人主之側。誠使臣得以所學上沃帝聽、則聖人之道有可行之望。豈特臣之幸哉。
【読み】
司馬溫公・呂申公・韓康公子の行義を朝に上[たてまつ]り、遂に命じて官を以て西都の敎子を典らしむ。辭して聽かず。又辭して曰く、上位を嗣ぐ初め、方に大いに治むることを圖って、首めて一人を畎畝の中に拔き、宜しく英材を得て、天下をして聳動して、朝廷の賢に急なるを知らしむべし。今乃ち官庸常の人を使わば、則ち天下何をか望まん。後世何をか觀ん。朝廷の舉は何の爲ぞ。臣が受くるは何の義ぞ。臣至愚なりと雖も、敢えて寵祿を貪って以て戾ることを厥の躬に速やかにせんや。是を以て刑威を虞ること罔くして、必ず其の說を盡くす。願わくは陛下人を知るの明を廣めて以て四方を照らし、臣を取るの心を充たして以て眞賢を求め、之を求むるに其の方を以てし、之を待つに其の道を以てせば、聖賢と雖も亦將に陛下の爲に出んとす。況んや臣が如き者、何ぞ道うに足らんや、と。又聽かずして之を召して京師に至らしめ、且つ館閣に校讐せしむ。子布衣を以て朝に造る。則ち曰く、草萊の臣召を蒙って至る。未だ君に見えずして、先づ命を受くるは、非禮なり、と。旣に庭に見え、又之に陛對を命じて、遂に講筵の除有り。子退いて上疏して曰く、人を知るは則ち哲なり、堯・舜も難しとする所なり。臣進んで頃刻の閒に對し、陛下臣を見ること何者にして遽に擢任を加うるや。今の臣を用うるは、蓋し非常の舉、必ず將に其の報效を責めんとす。此れ天下の觀聽する所なり。苟も或は然らずんば、則ち望みを今に失して、笑いを後に貽[のこ]さん。謹まざる可けんや。臣請う、言う所有り。古の人君、成業を守って盛治を致す者は、周の成王に如くは莫し。其の德を成す所以は、則ち周公に由れり。周公の成王を輔くる、幼にして之を習わす。見る所は必ず正事、聞く所は必ず正言、左右前後皆正人。故に習って性と長じ、化して心と成る。今陛下春秋方に富めり。輔養の道至らずんばある可からず。所謂輔養の道は、告げ詔ぐるに言を以てし、過って後諫むるを謂うに非ず。尤も之を涵養薫陶するに在るのみ。今夫れ一日の閒、賢士大夫に接する時多くして、寺人宦官に親しくする時少なきときは、則ち氣質自づから化し、德器自づから成らん。臣謹んで賢德の士を選んで、以て勸講に侍せしめんと欲す。講讀旣に罷めて、常に留めて以て訪問に備え、從容として燕語せば、獨漸く德義を磨すのみにあらず、人情物態、稼穡艱難に至るまで、日に積むこと旣に久しくして、自然に通逹せん。之を宮闈に深處するに比ぶるに、益多しとす。夫れ德義を傅くる者は、聞見の非を防ぎ、嗜慾の過ぐるを節するに在り。身體を保つ者は、起居の宜しきに適い、畏謹の心を存するに在り。故に左右近侍は、宜しく老成重厚小心の人を選ぶべし。服飾器用は、皆朴實の物を須[もち]いん。華巧靡麗前に至らず、淺俗の言耳に入らざらしむ。凡そ動作言語は、必ず勸講の者をして之を知らしめば、庶幾わくは事に隨って箴規し、時に應じて諫正して、聖躬を調護すること、此より過ぎたるは莫からん。人君崇高の位に居て、威福の柄を持せば、百官畏れ懼れて敢えて仰ぎ視ること莫く、萬方崇奉して欲する所必ず得ん。苟も道を知り義を畏れ、養う所此の如く、其の惑い知る可き(徐本其惑可知を其れ成すに作る。)に非ずんば、則ち中常の君は、驕肆ならざること無く、英明の主も、自然に滿假せん。此れ古今同患、治亂の由る所なり。所以に周公成王に告ぐるに、前王の德を稱して、寅[つつし]み畏れ祗[つつし]み懼るるを以て首めとすと云う。夫れ儒者は經術を以て進んで人君に說くことを得て、言聽くときは則ち志行わる。昔自り道を抱く士、孰か之を願わざらん。顧みるに獲ざることを恨む。然れども古自り君臣の道の合する、至誠感通して、信じて以て志を發するに由らざるは靡し。臣や道未だ室家に行われず、善未だ郷黨に孚あらずして、何ぞ以て人主の心を動かすに足らんや。苟も其の誠の未だ至らざるを度らずして、姑く辭說を進退の閒に善くす。一時の觀ものと爲せば則ち可なり。必ず神明に通じ、四海に光[み]つること、久しくして斁[いと]うこと無らんことを欲せば、臣其の不可なることを知る。是を以て進まんと欲して義を思い、時を喜んで(徐本而を以に作る。)己を愧づ。夫れ海宇の至廣、賢俊一人に非ず。願わくは博く羣臣に謀り、旁く收擇を加え、出類の賢を得んことを期して、諸を左右に寘[お]き、聖德を輔成せば、則ち宗社生靈の福爲らん、と。之を久しくして、意合わざること有り、太后に上書して曰く、臣は鄙人なり。少くして進取を喜ばず、書を讀み道を求むるを以て事とすること、玆に幾ど三十年なり。昔兩朝に在って、累[しき]りに當塗の者の爲に薦揚せらる。臣是の時に於て、自ら道學の足らざることを顧みて、仕えんことを願わず。上位を嗣ぐに及んで、陛下朝に臨み、大臣仰いで賢を求め治を願うの心に體して、巖穴を捜揚して、首めて微臣に及ぶ。以爲えらく、召されて往かざることは、子思・孟軻は則ち可なり。蓋し二人は賓師の位に處して、往かざるは其の君を規す所以なり。臣が微賤なるが如き、土の毛を食って王の民爲り。召されて至らずんば、則ち邦に常の憲有らんや。是を以て奔走して命を承け、甫[はじ]めて闕廷(徐本廷を庭に作る。)の外に至る。又館職の除有り、方に且表辭すれども、遂に對を賜ることを蒙る。臣是の時に於て、尙未だ仕に意有らず。進んで簾陛に至り、咫尺[しせき]天光、未だ嘗て一言も朝政に及ばず。陛下臣を視ること、豈進むることを求むる者ならんや。旣にして親しく玉音を奉って、擢[あ]げられて經筵に寘く。事望外に出、惘然として驚惕す。臣斯の時に於て、不才を以て辭すと雖も、然れども國に許すの心已に萌す。辭するに命を獲ず、是に於て厥の職に服勤す。夫の性朴にして言拙きは、臣の短なる所なり。夫の上を愛するの心、上に事うるの禮、上に告ぐるの道の若きは、則ち敢えて盡くさずんばあらず。陛下心至公を存し、躬大道を行い、忠言を開納し、耆德を委用して、直に太平を舉せんと欲せば、因循して苟も安んずるに止まらざらんのみ。苟に能く日に一日より謹むときは、天下の事、誠に慮るに足らざらん。而して方に今所謂至急にして長久の計を爲すは、則ち上の德を輔養するに若くは莫し。前古を歷觀するに、幼主を成就することは、周公より備わるは莫くして、萬世の法爲り。願わくは陛下高世の見を擴め、聖人の言を以て必ず信ず可しとし、先王の道を以て必ず行う可しとし、近規に狃滯すること勿く、衆口に遷惑すること勿くして、然して後に周公誠に我を欺かざることを知らん。之を立政の書に考うるに、其の言常伯常仕の尊と、綴衣虎賁の賤と、同じく以て戒めを爲し、要は人を得るに在りとして、以て恤いを知る者鮮しとす。終篇反覆、惟此の一事のみ。夫れ僕臣正しく厥の后克く聖に、左右侍御僕從、正人に匪ずということ罔くして、旦夕承[たす]け弼[たす]けて、然して後起居出入禮に違うこと無し。號を發し令を施すこと善ならざること無し。後世復此を知らずして、以謂えらく、人主學に就くは、書史に涉り古今を覽る所以なり、と。夫れ此は一端のみ。苟も是の如くにして足れりと曰わば、則ち文を能くする宮人以て勸講に備う可く、書を知る内侍以て輔導に充つ可し。又何ぞ必ずしも官を置き職を設けて、賢德の士を求めんや。古自り帝王の才質、人に過ぎざるは鮮し。然れども完德有道の君至って少なきことは、其の故何ぞや。皆輔養其の道を得ずして、勢位之をして然らしむるなり。臣職に服してより以來、六たび扆御[いぎょ]に侍す。但諸臣手を拱して默坐するを見、講說に當たる者案傍に竦立して、數行を解釋すれば、則ち已に肅退す。此の如くならば、年を彌り歲を積むと雖も、益する所幾何ならん。亦已に周公の成王を輔くるの道に異なり。或るひと以謂えらく、上方に幼沖なり、と。爾ることを宜しとする者は、本を知らざるの論なり。古の人、能く食し能く言いて自りして之に敎う。是の故に大學の法、豫めするを以て先とす。蓋し人の幼きや、智愚未だ主とする所有らざるときは、則ち當に格言至論を以て、日に前に陳べて、耳に盈ち腹に充たしむべく、久しくして自ら安習して、之を固有する者の若くにして、日に一日より復るときは、讒說搖惑すること有りと雖も、入ること能わじ。若し之をするに豫めせざれば、稍[やや]長ずるに及んでは、私慮偏好内に生じ、衆口辯言外に鑠[しゃく]して、其の純全を欲すとも、得可からざらんのみ。故に急にする所先に在って、其の太だ早きことを憂えず。或るひと又曰く、聖上天資至美、自づから道に違うこと無しというは、則ち尤も非なり。禹より聖なるは莫けれども、而れども益丹朱が傲游慢虐を以て之が戒めをす。禹豈是を知らざらんや。唐の太宗の聰睿を以て、躬ら艱難を歷、力めて禍亂を平らげて、年亦長ず。其の始めや、隋の煬帝の侈麗を惡んで、其の層觀を毀つ。未だ六七年ならずして、乃ち乾陽殿を治めんと欲す。人心奚の常か有らん。所以に聖賢は崇高の位に處し、盛明の際に當たって、規戒を忘れず、慮りをすること至って深遠なり。況んや幼沖の君にして、邪を閑ぎ違を拂うの道に懈る可けんや。夫れ開發の道方有って、朋(徐本朋を明に作る。)習の益至って切なり。夫れ學は悅んで而して後に入る。宜しく上をして心泰にして體舒ならしむべく、然して後に悅懌する所有らん。今や前に對する大臣、動けば違謬を虞り、一言出れば、史必ず之を書すは、人主の志を遜[うやま]って學に樂しましむる所以に非ず。凡そ講讀に侍するは、皆他の職を兼視せしめて、輔導に比ぶれば、則ち專らならず。夫の人に告ぐる者は、其の誠意を積むに非ずんば則ち感發すること能わず。古人蒲盧を以て喩し敎うるは、誠を以て化するを謂うなり。今夫れ鐘、怒って之を擊つときは則ち聲武く、悲しんで之を擊つときは則ち聲哀し。誠意の入るや、其の人に於るも亦猶是のごとし。若し職事に營營として、心思に紛紛たらしめて、上の前に至るに及んで、然して後功を簡册に責め、化を頰舌に望めば、亦淺からずや。道衰え學廢れて、世に此の言を聞くことを得ざること久し。之を聞くと雖も、必ず之を笑って、以て迂にして且つ誕なりとす。陛下の高識遠見、當に鑒采を蒙るべし。聖學傳わらず、臣幸いに之を遺經に得、自ら量り度らず、方に且區區として其の說を學に駕して以て天下後世に示す。虞らずして幸いに會々講說に人主の側に備わることを得。誠に臣をして學ぶ所を以て上帝聽に沃することを得せしめば、則ち聖人の道行わる可きの望み有り。豈特臣の幸いのみならんや、と。

神宗首召伯淳、首訪致治之要。子對曰、君道稽古正學、明善惡之歸、辨忠邪之分、曉然趨道之至正。君志定而天下之治成矣。上曰、定志之道何如。子對曰、正心誠意、擇善而固執之也。夫義理不先定、則多聽而易惑。志意不先定、則守善而或移。必也以聖人之訓爲必當從、以先王之治爲必可法、不爲後世駮雜之政所牽滯、不爲流俗因循之論所遷改、信道極於篤、自知極於明、去邪勿疑、任賢勿貳、必期致治如三代之隆而後已也。然患常生於忽微、而志亦戒乎漸習。故古之人君、雖從容燕閒、必有誦訓箴諫、左右前後、罔匪正人、輔成德業。臣願尊禮老成、訪求儒學之士、不必勞以官職、俾日親便座、講論道義、又博延俊彥、陪侍法從、朝夕延見、講磨治體、則睿智益明、王猷允塞矣。今四海靡靡、日益偸薄、末俗曉曉、無復廉恥。蓋亦尊德楽義之風未孚、而篤誠忠厚之化尙鬱也。惟陛下稽聖人之訓、法先王之治體、乾剛健而力行之、則天下之幸。上嘉納焉。
【読み】
神宗首めて伯淳を召して、首めて治を致すの要を訪う。子對えて曰く、君道は古の正學を稽え、善惡の歸を明らかにし、忠邪の分を辨え、曉然として道の至正に趨く。君の志定まりて天下の治成るなり、と。上曰く、志を定むるの道何如、と。子對えて曰く、心を正し意を誠にして、善を擇んで固く之を執る。夫れ義理先づ定まらざるときは、則ち多く聽いて惑い易し。志意先づ定まらざるときは、則ち善を守れども或は移る。必ずや聖人の訓を以て必ず當に從うべしとし、先王の治を以て必ず法とす可しとし、後世駮雜の政の爲に牽滯せられず、流俗因循の論の爲に遷改せられず、道を信ずること篤きを極め、自ら知ること明を極め、邪を去って疑うこと勿く、賢に任じて貳[うたが]うこと勿くして、必ず治を致すこと三代の隆んなるが如くなることを期して後已む。然れども患えは常に忽微に生じて、志は亦漸習に戒む。故に古の人君は、從容燕閒と雖も、必ず誦訓箴諫有り、左右前後、正人に匪ずということ罔くして、德業を輔成す。臣願わくは老成を尊禮し、儒學の士を訪ね求めて、必ずしも勞するに官職を以てせず、日に親しく便座せしめて、道義を講論せしめ、又博く俊彥を延いて、陪侍法從せしめ、朝夕延見せしめて、治體を講磨するときは、則ち睿智益々明らかに、王猷允に塞がらん。今四海靡靡として、日に益々偸薄し、末俗曉曉として、復廉恥なること無し。蓋し亦德を尊び義を楽しむの風未だ孚あらずして、篤誠忠厚の化尙鬱たり。惟陛下聖人の訓えを稽え、先王の治體に法り、乾の剛健にして力めて之を行わば、則ち天下の幸いならん、と。上嘉して焉を納る。

明道告神宗曰、人主當防未萌之欲。上拱手前坐曰、當爲卿戒之。因論人才。上曰、朕未之見也。曰、陛下奈何輕天下士。上聳然曰、朕不敢、明道之未爲臺諫也、察荆公已信用矣。明道每進見、必陳君道以至誠仁愛爲本、未嘗一言及功利。上始疑其迂闊、而禮貌不少替也。一日、極論治道。上斂容謝曰、此堯・舜之事也。朕何敢當。明道愀然曰、陛下此言、非天下之福。上益敬之。荆公畫策寖行。子意多不合。令出有不便者、卽論奏之。其尤有益、則論大臣不同心、謂小臣預大計、謂靑苗收二分之息、謂鬻祠部度牒良民爲僧、謂民情怨咨而公論壅遏、謂興利之臣日進而尙德之風寖衰。上不敢用子、遂以罪去。
【読み】
明道神宗に告して曰く、人主は當に未だ萌さざるの欲を防ぐべし、と。上手を拱して前に坐して曰く、當に卿の爲に之を戒むべし、と。因りて人才を論ず。上曰く、朕未だ之を見ず、と。曰く、陛下奈何ぞ天下の士を輕んずる、と。上聳然として曰く、朕敢えてせざるは、明道の未だ臺諫せざれば、荆公を察して已に信用す、と。明道進み見る每に、必ず君道を陳べて至誠仁愛を以て本とし、未だ嘗て一言も功利に及ばず。上始め其の迂闊なることを疑って、禮貌少しも替わらず。一日、極めて治道を論ず。上容を斂めて謝して曰く、此れ堯・舜の事なり。朕何ぞ敢えて當たらん、と。明道愀然として曰く、陛下の此の言、天下の福に非ず、と。上益々之を敬す。荆公の畫策寖[ようや]く行わる。子の意多くは合わず。令出て便ならざる者有れば、卽ち論じて之を奏す。其の尤も益有るは、則ち大臣心を同じくせざることを論じ、小臣大計に預ることを謂い、靑苗二分の息を收むることを謂い、祠部の度牒を鬻[ひさ]ぎ良民の僧と爲ることを謂い、民情怨咨して公論壅遏[ようあつ]することを謂い、利を興すの臣日に進んで德を尙ぶの風寖く衰うることを謂う。上敢えて子を用いず、遂に罪を以て去る。

明道補外官入辭。上猶眷眷問政。他日、明道曰、當是時、吾不能感動君心、顧吾學未至、德未成也。雖然、河濱之人捧土塞孟津。亦復可笑。人力不勝、以至于今。豈非命哉。
【読み】
明道外官に補せられて入りて辭す。上猶眷眷として政を問う。他日、明道曰く、是の時に當たって、吾れ君の心を感動すること能わざるは、顧みるに吾が學未だ至らず、德未だ成らざればなり。然りと雖も、河濱の人土を捧げて孟津を塞がんとす。亦復笑う可し。人力勝たずして、以て今に至る。豈命に非ずや、と。


心性篇

劉安節問、心有限量乎。曰、天下無性外之物。以有限量之形氣、用之不以其道、安能廣大其心也。心則性也。在天爲命、在人爲性、所主爲心。實一道也。通乎道、則何限量之有。必曰有限量、是性外有物乎。
【読み】
劉安節問う、心は限量有りや、と。曰く、天下に性外の物無し。限量有るの形氣を以て、之を用うるに其の道を以てせずんば、安んぞ能く其の心を廣大にせん。心は則ち性なり。天に在っては命とし、人に在っては性とし、主る所を心とす。實は一道なり。道に通ずるときは、則ち何の限量か之れ有らん。必ず限量有りと曰わば、是れ性外に物有るか、と。

子曰、耳目能視聽而不能遠者、氣有限也。心無遠近。
【読み】
子曰く、耳目能く視聽すること遠きこと能わざる者は、氣に限り有ればなり。心は遠近無し、と。

子曰、占出於自然之理、聲發於自然之氣。聽聲者知其資之善惡、善卜者知其人之姓氏。是一道也。
【読み】
子曰く、占は自然の理に出、聲は自然の氣に發す。聲を聽く者は其の資の善惡を知り、卜を善くする者は其の人の姓氏を知る。是れ一道なり、と。

子曰、論性而不及氣、則不備。論氣而不及性、則不明。
【読み】
子曰く、性を論じて氣に及ばざるときは、則ち備わらず。氣を論じて性に及ばざるときは、則ち明らかならず、と。

子曰、沖漠無朕、而萬象森然、未應不爲先、已應不爲後。如百尋之木、本根枝葉則一氣也。若曰高明之極、無形可見、必也形諸軌轍之閒、非也。高明之極、軌轍之閒、皆一貫耳。
【読み】
子曰く、沖漠無朕にして、萬象森然たり、未だ應ぜざるを先とせず、已に應ずるを後とせず。百尋の木、本根枝葉則ち一氣なるが如し。若し高明の極、形の見る可き無く、必ずや軌轍の閒に形ると曰わば、非なり。高明の極、軌轍の閒、皆一貫のみ、と。

子曰、見聞之知、乃物交而知、非德性所知。德性所知、不待於聞見。
【読み】
子曰く、見聞の知は、乃ち物交わって知って、德性の知る所に非ず。德性の知る所は、聞見を待たず、と。

子曰、告子言生之謂性、通人物而言之也。孟子道性善、極本原而語之也。生之謂性、其言是也。然人有人之性、物有物之性、牛有牛之性、馬有馬之性。而告子一之、則不可也。使孟子不申問、告子不嗣說、烏知告子之未知義、孟子爲知言。
【読み】
子曰く、告子生まれしまま之を性と謂うと言うは、人物に通じて之を言うなり。孟子性善と道うは、本原を極めて之を語るなり。生まれしまま之を性を謂う、其の言是なり。然れども人は人の性有り、物は物の性有り、牛は牛の性有り、馬は馬の性有り。而るを告子之を一にするは、則ち不可なり。孟子をして申ねて問わしめず、告子をして嗣說せざらしめば、烏んぞ告子の未だ義を知らず、孟子の言を知れりとすることを知らんや、と。

子曰、凡物旣散則盡。未有能復歸本原之地也。造化不窮、蓋生氣也。近取諸身、於出入息氣見闔闢往來之理。呼氣旣往。往則不返。非吸旣往之氣而後爲呼也。
【読み】
子曰く、凡そ物旣に散ずるときは則ち盡く。未だ能く本原の地に復歸すること有らず。造化窮まらざるは、蓋し生氣なればなり。近く諸を身に取るに、出入の息氣に於て闔闢往來の理を見る。呼氣旣に往く。往けば則ち返らず。旣に往くの氣を吸って而して後呼[は]くとするに非ず、と。

子曰、上天之載、無聲無臭之可聞。其體則謂之易、其理則謂之道、其命在人則謂之性、其用無窮則謂之神、一而已矣。
【読み】
子曰く、上天の載は、聲も無く臭いの聞く可きも無し。其の體は則ち之を易と謂い、其の理は則ち之を道と謂い、其の命じて人に在るを則ち之を性と謂い、其の用窮まり無きは則ち之を神と謂いて、一なるのみ、と。

或問、性與天道、是誠不可得而聞乎。子曰、可自得之、而不可以言傳也。他日、謝良佐曰、子貢卽夫子之文章而知性與天道矣。使其不聞、又安能言之。夫子可謂善言。子貢可謂善聽。
【読み】
或るひと問う、性と天道と、是れ誠に得て聞く可かららざるか、と。子曰く、之を自得す可くして、言を以て傳う可からざればなり、と。他日、謝良佐曰く、子貢夫子の文章に卽いて性と天道とを知る。其をして聞かざらしめば、又安んぞ能く之を言わん。夫子善く言うと謂う可し。子貢善く聽くと謂う可し、と。

子曰、人心必有所止。無止則聽於物。惟物之聽、何所往而不妄也。或曰、心在我。旣已入於妄矣。將誰使之。子曰、心實使之。
【読み】
子曰く、人心は必ず止まる所有り。止まること無きときは則ち物に聽[したが]う。惟物に之れ聽うときは、何の往く所として妄ならざらん、と。或るひと曰く、心我に在り。旣已に妄に入る。將に誰か之をせしむる、と。子曰く、心實に之をせしむ、と。

子曰、視聽言動、身之用也。由中而應乎外。制乎外所以養其中也。
【読み】
子曰く、視聽言動は、身の用なり。中由りして外に應ず。外に制するは其の中を養う所以なり、と。

子曰、心本至虛。必應物無迹也。蔽交於前、其中則遷。故視聽言動、必復於禮。制於外所以安其中也。久則誠矣。
【読み】
子曰く、心は本至虛なり。必ず物に應じて迹無し。前に蔽交すれば、其の中則ち遷る。故に視聽言動は、必禮に復す。外に制するは其の中を安んずる所以なり。久しきときは則ち誠なり、と。

張子曰、性通極於無。氣其一物爾。命同稟於性。遇其適然爾。力行不至、難以語性。可以言氣。行同報異、難以語命。可以言遇也。或問、命與遇異乎。子曰、遇不遇卽命也。曰、長平死者四十萬、其命齊乎。子曰、遇白起則命也。有如四海九州之人、同日而死也、則亦常事爾。世之人以爲是駭然耳。所見少也。
【読み】
張子曰く、性は極を無に通ず。氣は其の一物なるのみ。命は稟を性に同じくす。遇は其の適然なるのみ。力行至らずんば、以て性を語り難し。以て氣を言う可し。行い同じく報異なるは、以て命を語り難し。以て遇を言う可し、と。或るひと問う、命と遇とは異なるか、と。子曰く、遇と不遇とは卽ち命なり、と。曰く、長平の死者四十萬、其の命齊しきか、と。子曰く、白起に遇うは則ち命なり。四海九州の人、同日にして死するが如きこと有るは、則ち亦常事なるのみ。世の人以て是が爲に駭然たるのみ。見る所少なければなり、と。

或問、韓文公・揚雄言性如何。子曰、其所言者才耳。
【読み】
或るひと問う、韓文公・揚雄性を言うこと如何、と。子曰く、其の言う所の者は才のみ、と。

或問、盡心之道、豈謂有惻隱之心而盡乎惻隱、有羞惡之心而盡乎羞惡也哉。子曰、盡則無不盡。苟一一而盡之、烏乎而能盡。
【読み】
或るひと問う、心を盡くすの道、豈惻隱の心有って惻隱を盡くし、羞惡の心有って羞惡を盡くすを謂うや、と。子曰く、盡くすときは則ち盡くさずということ無し。苟も一一にして之を盡くさば、烏にか而も能く盡くさん、と。

韓侍郎曰、凡人視聽言動、不免幻妄者、蓋性之不善也。子哂之曰、謂性不善者、則求一善性而易之可乎。
【読み】
韓侍郎曰く、凡そ人の視聽言動、幻妄を免れざる者は、蓋し性は之れ不善なればなり、と。子之を哂[わら]って曰く、性不善と謂う者は、則ち一つの善性を求めて之を易えて可ならんや、と。

子曰、君子慮及天下後世、而不止乎一身者、窮理而不盡性也。小人以一朝一夕之忿、曾身之不遑恤、非其性之盡也。
【読み】
子曰く、君子慮り天下後世に及ぼして、一身に止まらざる者は、理を窮めて性を盡くさざればなり。小人一朝一夕の忿りを以て、曾て身を恤うるに遑あらざるは、其の性を盡くすに非ざればなり、と。

子曰、天人無二。不必以合言。性無内外。不可以分語。
【読み】
子曰く、天人に二無し。必ずしも合うを以て言わず。性に内外無し。分かつを以て語る可からず、と。

子曰、理與心一、而人不能會爲一者、有己則喜自私。私則萬殊。宜其難一也。
【読み】
子曰く、理と心とは一にして、人會して一とすること能わざる者は、己を有して則ち自ら私することを喜べばなり。私は則ち萬殊。宜なるかな其の一にし難きこと、と。

子曰、氣質沈靜、於受學爲易。
【読み】
子曰く、氣質沈靜なるは、學を受くるに於て易しとす、と。

子曰、志御氣則治、氣役志則亂。人忿慾勝志者有矣。以義理勝氣者鮮矣。
【読み】
子曰く、志氣を御するときは則ち治まり、氣志を役するときは則ち亂る。人忿慾志に勝つ者は有り。義理を以て氣に勝つ者は鮮し、と。

王介甫曰、因物之性而生之、直内之敬也。成物之形而不可易、方外之義也。子曰、信斯言也、是物先有性、然後坤因而生之、則可乎。
【読み】
王介甫曰く、物の性に因りて之を生ずるは、内を直くするの敬なり。物の形を成して易う可からざるは、外を方にするの義なり、と。子曰く、斯の言を信ぜば、是れ物先づ性有って、然して後坤因りて之を生ずとせば、則ち可ならんや、と。

子曰、動以人則妄、動以天則无妄。
【読み】
子曰く、動くに人を以てするは則ち妄、動くに天を以てするは則ち无妄、と。

子曰、言愈多、於道未必明。故言以簡爲貴。
【読み】
子曰く、言愈々多ければ、道に於て未だ必ずしも明ならず。故に言は簡を以て貴しとす、と。

子曰、不知性善、不可以言學。知性之善而以忠信爲本、是曰先立乎其大者也。
【読み】
子曰く、性善を知らざれば、以て學を言う可からず。性の善を知って忠信を以て本とす、是を先づ其の大なる者を立つと曰う、と。

或曰、窮理、智之事也。盡性、仁之事也。至於命、聖人之事也。子曰、不然也。誠窮理、則性命皆在是。蓋立言之勢、不得不云爾也。
【読み】
或るひと曰く、理を窮むるは、智の事なり。性を盡くすは、仁の事なり。命に至るは、聖人の事なり、と。子曰く、然らず。誠に理を窮むるときは、則ち性命は皆是に在り。蓋し言を立つるの勢、爾か云わざることを得ざるなり、と。

子曰、有爲不善於我之側而我不見、有言善事於我之側而我聞之者、敬也。心主於一也。
【読み】
子曰く、不善を我が側にすること有って我れ見ず、善事を我が側に言うこと有って我れ之を聞く者は、敬なり。心一を主とすればなり、と。

或曰、惟閉目靜坐、爲可以養心。子曰、豈其然乎。有心於息慮、則思慮不可息矣。
【読み】
或るひと曰く、惟目を閉ぢて靜坐して、以て心を養う可しとす、と。子曰く、豈其れ然らんや。慮りを息むるに心有るときは、則ち思慮息む可からず、と。

子曰、人之知識未嘗不全。其蒙者猶寐也。呼而覺之、斯不蒙矣。
【読み】
子曰く、人の知識は未だ嘗て全からずんばあらず。其の蒙なる者は猶寐るがごとし。呼んで之を覺ませば、斯れ蒙ならず、と。

子曰、有得無得、於其心氣驗之、裕然而無不充悅者、實有得也。切切然心勞而氣耗、謂己有得、皆揣度而知之者也。
【読み】
子曰く、得ること有ると得ること無きと、其の心氣に於て之を驗せば、裕然として充悅せずということ無き者は、實に得ること有るなり。切切然として心勞して氣耗して、己得ること有りと謂うは、皆揣[はか]り度って之を知る者なり、と。

子曰、所守不約、則泛然而無功。約莫如敬。
【読み】
子曰く、守る所約ならざるときは、則ち泛然として功無し。約にするは敬に如くは莫し、と。

子曰、守之必嚴、執之必定。少怠而縱之、則存者亡矣。
【読み】
子曰く、之を守ること必ず嚴にし、之を執ること必ず定む。少しく怠りて之を縱にするときは、則ち存する者亡ぶ、と。

子曰、義理客氣相爲消長者也。以其消長多寡、而君子小人之分、日以相遠矣。
【読み】
子曰く、義理と客氣は消長を相爲す者なり。其の消長多寡を以て、君子小人の分、日に以て相遠る、と。

子曰、公則同、私則異。同者天心也。
【読み】
子曰く、公なれば則ち同じく、私なれば則ち異なり。同じき者は天心なり、と。

或問、人有恥不能之心、可乎。子曰、恥不能而爲之、可也。恥不能而隱之、不可也。至於疾人之能、又大不可也。若夫小道曲藝、雖不能焉、君子不恥也。
【読み】
或るひと問う、人不能を恥づるの心有らば、可ならんや、と。子曰く、不能を恥ぢて之をするは、可なり。不能を恥ぢて之を隱すは、不可なり。人の能を疾むに至っては、又大いに不可なり。若し夫れ小道曲藝は、能くせずと雖も、君子恥ぢざるなり、と。

或問、君子存之、何所存也。子曰、存天理也。天理未嘗亡、而庶民則亡之者衆矣。
【読み】
或るひと問う、君子之を存するは、何の存する所ぞ、と。子曰く、天理を存するなり。天理未だ嘗て亡びずして、庶民は則ち之を亡ぼす者衆し、と。

或問、志乎道、而玩之不樂、居之不安、何也。子曰、無乃助之長歟。
【読み】
或るひと問う、道に志して、之を玩んで樂しまず、之に居りて安んぜざるは、何ぞや、と。子曰く、乃ち之を助けて長ぜしむること無からんか、と。

子曰、人莫不知命之不可遷也。臨患難而能不懼、處貧賤而能不變、視富貴而能不慕者、吾未見其人也。
【読み】
子曰く、人命の遷る可からざることを知らざるは莫し。患難に臨んで能く懼れず、貧賤に處して能く變ぜず、富貴を視て能く慕わざる者、吾れ未だ其の人を見ず、と。

或問敬忠孚信之別。子曰、一心之謂敬、盡心之謂忠、存之於中之謂孚、見之於事之謂信。
【読み】
或るひと敬忠孚信の別を問う。子曰く、心を一にする之を敬と謂い、心を盡くす之を忠と謂い、之を中に存する之を孚と謂い、之を事に見す之を信と謂う、と。

子曰、自得而動者、猶以手舉物。無不從也。慮而後動者、猶以物取物。有中有不中矣。
【読み】
子曰く、自得して動く者は、猶手を以て物を舉ぐるがごとし。從わずということ無し。慮って而して後に動く者は、猶物を以て物を取るがごとし。中ること有り中らざること有り、と。

或問、人情本明。其有蔽、何也。子曰、性無不善。其偏蔽者、由氣稟淸濁之不齊也。
【読み】
或るひと問う、人情は本明らかなり。其の蔽わるること有るは、何ぞや、と。子曰く、性は不善無し。其の偏蔽する者は、氣稟淸濁の齊しからざるに由ってなり、と。

子曰、德性云者、言性可貴也。性之德、言性所有也。
【読み】
子曰く、德性と云う者は、性の貴ぶ可きを言う。性の德は、性の有する所を言う、と。

張子曰、太虛至淸。淸則無礙。無礙故神。反淸則濁。濁則有礙。礙則形窒矣。子曰、神氣相極、周而無餘。謂氣外有神、神外有氣、是兩之也。淸者爲神、濁者何獨非神乎。
【読み】
張子曰く、太虛は至淸なり。淸ければ則ち礙[さまた]ぐこと無し。礙ぐこと無きが故に神なり。淸きに反するは則ち濁るなり。濁れば則ち礙ぐこと有り。礙ぐれば則ち形窒がる、と。子曰く、神氣相極まり、周って餘り無し。氣の外に神有り、神の外に氣有りと謂うは、是れ之を兩にするなり。淸き者を神として、濁れる者何ぞ獨り神に非ざらんや、と。

或問、獨處夜行而多懼心、何也。子曰、燭理不明也。明理則知所懼者皆妄。又何懼矣。知其妄而猶不免者、氣不充也、敬不足也。
【読み】
或るひと問う、獨り處り夜行って懼るる心多きは、何ぞや、と。子曰く、理を燭らすこと明らかならざればなり。理を明らかにすれば則ち懼るる所の者は皆妄なることを知る。又何ぞ懼れん。其の妄を知って猶免れざる者は、氣充たざればなり、敬足らざればなり、と。

子曰、以私己爲心者、枉道拂理、諂曲邪佞、無所不至。不仁孰甚焉。
【読み】
子曰く、以て己に私するを心とする者は、道を枉げ理に拂[そむ]いて、諂曲邪佞、至らざる所無し。不仁なること孰れか焉より甚だしからん、と。

子曰、盡性至命、必本於孝弟。窮神知化、由通於禮樂。劉安節曰、孝弟之行、何以能盡性至命也。子曰、世之言道者、以性命爲高遠、孝弟爲切近、而不知其一統。道無本末精粗之別。灑掃應對、形而上者在焉。世豈無孝弟之人。而不能盡心至命者、亦由之而弗知也。人見禮樂壞崩、則曰禮樂亡矣。然未嘗亡也。夫盜賊、人之至不足道者也。必有總屬、必有聽順、然後能羣起。而謂禮樂一日亡、可乎。禮樂無所不在、而未嘗亡也、則於窮神知化乎何有。
【読み】
子曰く、性を盡くし命に至るは、必ず孝弟に本づく。神を窮め化を知るは、禮樂に通ずるに由る、と。劉安節曰く、孝弟の行、何を以て能く性を盡くし命に至るや、と。子曰く、世の道を言う者、性命を以て高遠とし、孝弟を切近として、而して其の一統なることを知らず。道に本末精粗の別無し。灑掃應對にも、形よりして上なる者焉に在り。世豈孝弟の人無からんや。而れども心を盡くし命に至ること能わざる者は、亦之に由って知らざるなり。人禮樂の壞崩を見れば、則ち禮樂亡ぶと曰う。然れども未だ嘗て亡びず。夫れ盜賊は、人の道うに足らざるに至る者なり。必ず總屬有り、必ず聽順有って、然して後能く羣起す。而るを禮樂一日亡ぶと謂って、可ならんや。禮樂在らずという所無くして、未だ嘗て亡びざるときは、則ち神を窮め化を知るに於て何か有らん、と。

子曰、未有不能體道而能無思者。故坐忘則坐馳。有忘之心、是則思而已矣。
【読み】
子曰く、未だ道を體すること能わずして能く思うこと無き者は有らず。故に坐忘は則ち坐馳なり。忘るること有るの心は、是れ則ち思うのみ、と。

或問、性之成形、猶金之爲器歟。子曰、氣比之金可也。不可以比性。
【読み】
或るひと問う、性の形を成すは、猶金の器を爲すがごときか、と。子曰く、氣は之を金に比して可なり。以て性に比す可からず、と。

子曰、言不足以得意。得意則言可忘矣。非心自得之、終非己物。
【読み】
子曰く、言は以て意を得るに足らず。意を得るときは則ち言忘る可し。心之を自得するに非ずんば、終に己が物に非ず、と。

子曰、泛乎其思之、不如守約。思則來、捨則去、思之弗熟也。
【読み】
子曰く、泛乎として其れ之を思うは、約を守るに如かず。思えば則ち來り、捨つれば則ち去るは、思うこと熟せざればなり、と。

子曰、天德云者、謂所受於天者未嘗不全也。苟無汚壞、則直行之耳。或有汚壞、則敬以復之耳。其不必治而修、則不治而修、義也。其必治而修、則治而修、亦義也。其全天德一也。
【読み】
子曰く、天德と云う者は、天に受くる所の者未だ嘗て全からずんばあらざるを謂う。苟も汚壞すること無ければ、則ち直に之を行うのみ。或は汚壞すること有れば、則ち敬以て之を復するのみ。其の必ずしも治めずして修むるときは、則ち治めずして修むるも、義なり。其の必ず治めて修むるときは、則ち治めて修むるも、亦義なり。其の天德を全くするは一なり、と。

或問、性善而情不善乎。子曰、情者性之動也。要歸之正而已。亦何得以不善名之。
【読み】
或るひと問う、性は善にして情は善ならざるか、と。子曰く、情は性の動なり。之を正しきに歸することを要するのみ。亦何ぞ不善を以て之を名づくることを得ん、と。

子曰、受於天之謂性、稟於氣之謂才。才有善否、由氣稟有偏正也。性則無不善。能養其氣以復其正、則才亦無不善矣。
【読み】
子曰く、天に受くる之を性と謂い、氣に稟くる之を才と謂う。才に善否有るは、氣稟に偏正有るに由ってなり。性は則ち不善無し。能く其の氣を養って以て其の正しきに復すときは、則ち才も亦不善無し、と。

或問、赤子之心與聖人之心何以異。子曰、赤子之心、已發。發而去道未遠也。聖人之心、如明鏡、如止水。
【読み】
或るひと問う、赤子の心と聖人の心と何を以て異なる、と。子曰く、赤子の心は、已に發す。發して道を去ること未だ遠からざるなり。聖人の心は、明鏡の如し、止水の如し、と。

或問志意之別。子曰、志自所存主言之。發則意也。發而當、理也。發而不當、私也。
【読み】
或るひと志意の別を問う。子曰く、志は存主する所自り之を言う。發するときは則ち意なり。發して當たるは、理なり。發して當たらざるは、私なり、と。

子曰、弘而不毅、則難立、毅而不弘、則無以居之。
【読み】
子曰く、弘にして毅ならざれば、則ち立ち難く、毅にして弘ならざれば、則ち以て之に居ること無し、と。

楊迪言於子曰、心迹固夫子以爲無可判之理。迪也疑焉。子曰、然則舜同象之憂喜、孟子不以爲僞。卽是宜精思以得之。而何易言也。
【読み】
楊迪子に言いて曰く、心迹は固に夫子以て判ず可きの理無しとす。迪や疑う、と。子曰く、然らば則ち舜が象の憂喜に同じき、孟子以て僞りとせざらんや。卽ち是れ宜しく精しく思って以て之を得るべし。而れども何ぞ言い易からんや、と。

子曰、與叔昔者之學雜。故常以思慮紛擾爲患。而今也求所以虛而靜之、遂以養氣爲有助也。夫養氣之道、非槁形灰心之謂也。人者生物也。不能不動、而欲槁其形、不能不思、而欲灰其心。心灰而形槁、則是死而已也。其從事於敬以直内、所患則亡矣。
【読み】
子曰く、與叔の昔の學は雜なり。故に常に思慮紛擾を以て患えとす。而して今や虛しくして之を靜かにする所以を求めて、遂に氣を養うを以て助有りとす。夫れ氣を養う道は、槁形灰心の謂に非ず。人は生物なり。動かざること能わずして、而して其の形を槁[か]らさんと欲し、思わざること能わずして、其の心を灰にせんと欲す。心灰にして形槁らせば、則ち是れ死なるのみ。其れ事に敬以て内を直くするに從わば、患うる所則ち亡からん、と。

游酢曰、能戒謹於不覩不聞之中、則上天之載、可循序而進矣。子曰、是則然矣。雖然、其序如之何、循之又如何也。荀卿曰、始乎爲士、終也爲聖。其言是也。而曰性者惡也、禮者僞也。然則由士而聖人者、彼亦不知其所循之序矣。可不深思而謹擇乎。
【読み】
游酢曰く、能く覩ざる聞かざるの中に戒謹するときは、則ち上天の載、序に循って進む可し、と。子曰く、是れ則ち然り。然りと雖も、其の序之を如何、之に循うこと又如何。荀卿曰く、始め士と爲り、終わりは聖と爲る、と。其の言は是なり。而れども性は惡なり、禮は僞りなりと曰う。然らば則ち士由りして聖人となる者、彼亦其の循う所の序を知らざるなり。深く思って謹み擇ばざる可けんや、と。

子曰、有能全體此心、學雖未盡、但隨分以應事物、雖不中不遠矣。
【読み】
子曰く、能く全く此の心を體すること有れば、學未だ盡くさずと雖も、但分に隨って以て事物に應ずれば、中らずと雖も遠からじ、と。

子曰、西北與東南、人材不同、氣之厚薄異也。
【読み】
子曰く、西北と東南と、人材同じからざるは、氣の厚薄異なればなり、と。

或問、心有存亡乎。子曰、以心無形體也。自操舍言之耳。夫心之所存、一主乎事、則在此矣。子因以目視地曰、過則無聲臭矣。其曰放心者、謂心本善而流於不善。是放也。心則無存亡矣。
【読み】
或るひと問う、心は存亡有りや、と。子曰く、心を以てするに形體無し。操舍自り之を言うのみ。夫れ心の存する所、一に事を主とするときは、則ち此に在り、と。子因りて目を以て地を視て曰く、過ぐるときは則ち聲臭無し。其の放心と曰う者は、心は本善なれども而れども不善に流るを謂う。是れ放つなり。心は則ち存亡無し、と。

子曰、佛者平居高談、自謂見性得盡。至其應物處事、則有惘然不知者。是實未盡所得也。
【読み】
子曰く、佛者平居高談して、自ら性を見て盡くすことを得ると謂う。其の物に應じ事に處するに至っては、則ち惘然として知らざる者有り。是れ實に未だ得る所を盡くさざるなり、と。

或問有言、求中於喜怒哀樂未發之前可也。子曰、求則是有思也。思則是已發也。然則何所據依、何以用功哉。子曰、存養而已矣。及其久也、喜怒哀樂之發、不期中而自中矣。
【読み】
或るひと問いて言えること有り、中を喜怒哀樂未發の前に求めて可なるや、と。子曰く、求むるときは則ち是れ思うこと有るなり。思うは則ち是れ已發なり、と。然らば則ち何の據依する所にして、何を以て功を用いんや、と。子曰く、存養のみ。其の久しきに及んでや、喜怒哀樂の發、中を期せずして自づから中ならん、と。

子曰、不欲則不惑。惑者由有所欲也。欲、非必盤樂也。心有所向、無非欲也。
【読み】
子曰く、欲せざるときは則ち惑わず。惑う者は欲する所有るに由る。欲は、必ずしも盤樂のみに非ず。心の向かう所有る、欲に非ざること無し、と。

或曰、心未有所感之時、何所寓也。子曰、莫知其郷。何爲而求所寓。有寓、非所以言心也。惟敬以操之而已。
【読み】
或るひと曰く、心未だ感ずる所有らざる時、何の寓する所ぞ、と。子曰く、其の郷を知ること莫し。何爲れぞ寓する所を求めん。寓すること有るは、心を言う所以に非ず。惟敬以て之を操るのみ、と。

子曰、邪說雖熾、終不能勝正道、以人之秉彝不可亡也。然亦惡其善惑人心。是以孟子欲正人心、息邪說。
【読み】
子曰く、邪說熾んなりと雖も、終に正道に勝つこと能わざるは、人の彝を秉ること亡ぶ可からざるを以てなり。然れども亦其の善く人の心を惑わすことを惡む。是を以て孟子人の心を正し、邪說を息めんと欲す、と。

子曰、人必有仁義之心、然後仁義之氣睟然逹於外。
【読み】
子曰く、人必ず仁義の心有りて、然して後仁義の氣睟然として外に逹す、と。

子曰、善惡云云者、猶杞柳之論也。善惡混云者、猶湍水之說也。
【読み】
子曰く、善と惡と云云は、猶杞柳の論のごとし。善惡混ずと云うは、猶湍水の說のごとし、と。

子曰、性果惡耶、則聖人何爲能反其性、以至於斯也。
【読み】
子曰く、性果たして惡かとならば、則ち聖人何爲れぞ能く其の性に反って、以て斯に至らんや、と。

子曰、命受於天、或者服餌致壽。是天命而可增益也。
【読み】
子曰く、命を天に受くるに、或は服餌壽きを致す。是れ天命なれども增益す可し、と。

子曰、卜筮將以決疑也。今之人獨計其一身之窮通而已。非惑夫。
【読み】
子曰く、卜筮は將に以て疑いを決せんとす。今の人は獨其の一身の窮通を計るのみ。惑えるに非ざらんや、と。

子曰、君子以識爲本、行次焉。今有人、力能行之、而識不足以知之、則有異端之惑、將流蕩而不知反。好惡失其宜、是非亂其眞、雖有尾生之信、曾子之孝、吾弗貴也。
【読み】
子曰く、君子は識を以て本とし、行いは焉に次ぐ。今人有り、力めて能く之を行えども、而れども識以て之を知るに足らざれば、則ち異端の惑い有りて、將に流蕩して反ることを知らざらんとす。好惡其の宜しきを失し、是非其の眞を亂れば、尾生の信、曾子の孝有りと雖も、吾れ貴ばじ、と。

子厚曰、必有事焉而勿正、心勿忘、勿助長者、其入神之奧乎。學者欲以思慮求之、旣以自累其心於不神矣。烏得而求之哉。子曰、有所事、乃有思也。無思則無事矣。孟子於是論養氣之道、而未遽及夫神也。子厚曰、勿忘者、亦不捨其靈明、善應之耳。子曰、存不捨之心、安得謂之靈明。然則其能善乎。子曰、意必固我旣亡之後、必有事焉。此學者所宜盡心也。
【読み】
子厚曰く、必ず事とすること有って正[あてて]すること勿かれ、心に忘るること勿かれ、助け長ぜしむること勿かれとは、其れ神に入るの奧か。學者思慮を以て之を求めんと欲して、旣に以て自ら其の心を神ならざるに累わす。烏んぞ得て之を求めんや、と。子曰く、事とする所有るときは、乃ち思うこと有るなり。思うこと無きときは則ち事とすること無きなり。孟子是に於て氣を養うの道を論じて、未だ遽に夫の神に及ばざるなり、と。子厚曰く、忘るること勿かれとは、亦其の靈明を捨てず、善く之に應ずるのみ、と。子曰く、捨てざるの心を存す、安んぞ之を靈明と謂うことを得ん、と。然らば則ち其れ能く善ならんや、と。子曰く、意必固我旣に亡ぶるの後、必ず事とすること有り。此れ學者の宜しく心を盡くすべき所なり、と。

子曰、夜氣之所存者、良知也、良能也。苟擴而充之、化旦晝之所梏、爲夜氣之所存、然後有以至於聖人也。
【読み】
子曰く、夜氣の存する所の者は、良知なり、良能なり。苟も擴めて之を充たせば、旦晝の梏する所を化して、夜氣の存する所と爲して、然して後に以て聖人に至ること有らん、と。

子曰、甚矣、慾之害人也。人爲不善、慾誘之也。誘之而不知、則至於滅天理而不知反。故目則欲色、耳則欲聲、鼻則欲香、口則欲味、體則欲安。此皆有以使之也。然則何以窒其慾。曰思而已矣。覺莫要於思。惟思爲能窒慾。
【読み】
子曰く、甚だしきかな、慾の人を害すること。人不善を爲すは、慾之を誘えばなり。之を誘って知らざれば、則ち天理を滅ぼして反ることを知らざるに至る。故に目は則ち色を欲し、耳は則ち聲を欲し、鼻は則ち香を欲し、口は則ち味を欲し、體は則ち安きを欲す。此れ皆以て之をせしむること有ればなり。然らば則ち何を以て其の慾を窒がん。曰く、思うのみ。覺るは思うより要なるは莫し。惟思うこと能く慾を窒ぐことをす、と。

子曰、自性得者皆善也。而有仁義禮智之名者、以其所施之不同。合而言之、一道也。舍而行之、是悖理而違道也。而世言道與性者、必曰超然眇乎四端之外、是亦不學之過也。
【読み】
子曰く、性自り得る者は皆善なり。而して仁義禮智の名有る者は、其の施す所の同じからざるを以てす。合わせて之を言わば、一道なり。舍てて之を行うは、是れ理に悖り道に違うなり。而れども世の道と性とを言う者、必ず超然として四端の外に眇なりと曰うは、是れ亦學ばざるの過ちなり、と。

子曰、聞見之知非德性之知。德性所知、不假聞見。
【読み】
子曰く、聞見の知は德性の知に非ず。德性の知る所は、聞見を假りず、と。

子曰、世之人樂其所不當樂、不樂其所當樂、慕其所不當慕、不慕其所當慕、皆由不思輕重之分。不知求放心而求放雞犬者也。
【読み】
子曰く、世の人其の當に樂しむべからざる所を樂しみ、其の當に樂しむべき所を樂しまず、其の當に慕うべからざる所を慕わず、其の當に慕うべき所を慕わざるは、皆輕重の分を思わざるに由れり。放心を求むることを知らずして放てる雞犬を求むる者なり、と。

子曰、有一物而相離者、如形無影、不害其成形、水無波、不害其爲水。有兩物而必相須者。心無目不能視、目無心不能識也。
【読み】
子曰く、一物にして相離るる者有り、形の影無き、其の形を成すことを害せず、水の波無き、其の水爲ることを害せざるが如し。兩物にして必ず相須うる者有り。心目無ければ視ること能わず、目心無ければ識ること能わず、と。

子曰、莫大於性。小人云者、非其性然也。自溺於小而已。是故聖人閔之。
【読み】
子曰く、性より大なるは莫し。小人と云う者は、其の性然るに非ず。自ら小に溺るるのみ。是の故に聖人之を閔れむ、と。

子曰、人之性猶器受光於日。佛氏言性、猶置器日下、傾此於彼爾。日固未嘗動也。
【読み】
子曰く、人の性は猶器の光を日に受くるがごとし。佛氏性を言うは、猶器を日の下に置いて、此を彼に傾むけるがごときのみ。日は固より未だ嘗て動かず、と。

子曰、心具天德。心有不盡、則於天德不盡。其於知天難矣。
【読み】
子曰く、心は天德を具う。心盡くさざること有れば、則ち天德に於て盡きず。其の天を知るに於て難し、と。

子曰、眞元之氣、氣所由生、外物之氣、不得以雜之。然必資物之氣而後可以養元氣。本一氣也。人居天地一氣之中、猶魚之在水。飮食之眞味、寒暑之節宣、皆外氣涵養之道也。
【読み】
子曰く、眞元の氣は、氣の由って生ずる所、外物の氣、以て之に雜じることを得ず。然れども必ず物の氣に資って而して後に以て元氣を養う可し。本一氣なり。人の天地一氣の中に居するは、猶魚の水に在るがごとし。飮食の眞味、寒暑の節宣は、皆外氣涵養の道なり。

子曰、神與氣未嘗相離、不以生存、不以死亡。而佛言有一物不亡而常存、能盜胎奪陰、則無是理也。
【読み】
子曰く、神と氣とは未だ嘗て相離れず、生を以て存せず、死を以て亡せず。而れども佛が一物亡せずして常に存する有りて、能く胎を盜み陰を奪うと言うは、則ち是の理無し、と。

子曰、不誠不莊、而曰盡性者、無之。性之德無僞慢。不免乎僞慢者、未嘗知其性也。
【読み】
子曰く、誠ならず莊ならずして、性を盡くすと曰う者は、之れ無し。性の德は僞慢無し。僞慢を免れざる者は、未だ嘗て其の性を知らず、と。

子曰、體會必以心。謂體會非心、於是有心小性大之說。聖人之心、與天爲一。或者滯心於智識之閒、故自見其小耳。
【読み】
子曰く、體會は必ず心を以てす。體會は心に非ずと謂う、是に於て心小性大の說有り。聖人の心は、天と一爲り。或は心を智識の閒に滯らす、故に自ら見ること其れ小なるのみ、と。

或問、克伐怨欲不行而非仁、何也。子曰、無是四者、非仁而何。原憲之問、在於止而不行、未免於有是心也。故曰可以爲難而已。蓋將以起原憲之問而進之。而憲不能也。
【読み】
或るひと問う、克伐怨欲行わずして仁に非ざるは、何ぞや、と。子曰く、是の四つの者無くんば、仁に非ずして何ぞ。原憲の問い、止めて行わざるに在って、未だ是の心有ることを免れず。故に以て難しとす可しと曰うのみ。蓋し將に以て原憲の問いを起こして之を進めんとす。而れども憲能わず、と。

或問、君子存之、如何其存也。子曰、必有事焉而勿正、心勿忘勿助長、乃存之之道也。
【読み】
或るひと問う、君子之を存するは、如何にしてか其れ存する、と。子曰く、必ず事とすること有りて而して正すること勿かれ、心に忘るること勿かれ助けて長ぜしむること勿かれというは、乃ち之を存するの道なり、と。

子曰、无妄、天性也。萬物各得其性、一毫不加損矣。
【読み】
子曰く、无妄は、天性なり。萬物各々其の性を得ること、一毫も加損せず、と。

子曰、感而遂通、感非自外也。
【読み】
子曰く、感じて遂に通ずとは、感ずること外自りするに非ず、と。

子曰、退藏於密者、用之源也。
【読み】
子曰く、退いて密に藏るとは、用の源なり、と。

子曰、人心、私欲也。危而不安。道心、天理也。微而難得。惟其如是。所以貴於精一也。精之一之、然後能執其中。中者極至之謂也。
【読み】
子曰く、人心は、私欲なり。危うくして安からず。道心は、天理なり。微にして得難し。惟其れ是の如し。精一を貴ぶ所以なり。之を精にし之を一にして、然して後に能く其の中を執る。中は極至の謂なり、と。

子曰、鳶飛戾天、魚躍于淵、言其上下察也、此子思開示學者切要之語也。孟子曰、必有事焉而勿正、心勿忘、其意亦猶是也。有得於此者、樂則生、生則烏可已也。無得於此者、役役於見聞知思、爲機變之功而已。
【読み】
子曰く、鳶飛んで天に戾[いた]り、魚淵に躍る、其の上下察らかなることを言えりとは、此れ子思學者に開示する切要の語なり。孟子曰く、必ず事とすること有りて而して正すること勿かれ、心に忘るること勿かれとは、其の意亦猶是のごとし。此に得ること有る者は、樂しむときは則ち生じ、生ずるときは則ち烏んぞ已む可き。此に得ること無き者は、見聞知思に役役として、機變の功をするのみ、と。

子曰、知命者達理也。受命者得其應也。天之應若影響然。得其應者常理也。致微而觀之、未有不應者、自淺狹之所見、則謂其有差矣。天命可易乎。然有可易者、惟其有德者能之。
【読み】
子曰く、命を知る者は理に達するなり。命を受くる者は其の應を得るなり。天の應は影響の若く然り。其の應を得る者は常理なり。微を致して之を觀るときば、未だ應ぜざる者有らず、淺狹の見る所自りするときは、則ち其れ差い有りと謂う。天命易う可けんや。然れども易う可きこと有る者は、惟其れ有德の者之を能くす、と。

韓康公曰、今有人頓然明盡者、子信諸。子曰、必也生而知之。然未之見也。凡所貴乎學者、不謂生而知之者也。孟子曰、盡其心者、知其性也。存其心、養其性、所以事天也。言其至也。佛氏於陰陽生死古今、未之識也。而謂得夫形而上者與吾聖人無二致、可乎。人才智愈明、其所陷溺愈深。可不戒乎。
【読み】
韓康公曰く、今人頓然として明らかに盡くす者有らば、子信ぜんや、と。子曰く、必ずや生まれながらにして之を知るならん。然れども未だ之を見ざるなり。凡そ學に貴ぶ所の者は、生まれながらにして之を知る者を謂わざるなり。孟子曰く、其の心を盡くす者は、其の性を知る。其の心を存し、其の性を養うは、天に事うる所以なり、と。其の至れるを言うなり。佛氏陰陽生死古今に於て、未だ之を識らず。而も夫の形よりして上なる者を得ること吾が聖人と二致無しと謂わば、可ならんや。人の才智愈明らかなれば、其の陷溺する所愈々深し。戒めざる可けんや、と。

子曰、學必知自慊之道。有一毫不自慊、則子厚所謂有外之心、不足以合天心也。
【読み】
子曰く、學は必ず自ら慊るの道を知るべし。一毫も自ら慊らざること有るときは、則ち子厚の所謂外に有るの心、以て天心に合するに足らず、と。

子曰、率氣在志、養氣在直内。有私意則餒、無不義則浩然。
【読み】
子曰く、氣を率いることは志に在り、氣を養うことは内を直くするに在り。私意有るときは則ち餒え、不義無きときは則ち浩然たり、と。

子曰、心活則周流無窮、而不滯於一隅。
【読み】
子曰く、心活するときは則ち周流窮まり無くして、一隅に滯らず、と。

子曰、質之美者、一明卽盡、濁滓渾化。斯與天地同體矣。莊敬持養、抑其次也。及其至、則一也。
【読み】
子曰く、質の美なる者は、一たび明らかにして卽ち盡くして、濁滓渾化す。斯れ天地と體を同じくするなり。莊敬持養は、抑々其の次なり。其の至れるに及んでは、則ち一なり、と。

或問、多怒多驚、何也。子曰、主心不定也。
【読み】
或るひと問う、多く怒り多く驚くは、何ぞや、と。子曰く、心を主とすること定まらざればなり、と。

子曰、心盡乎智周萬物、而不盡乎如死灰。形盡乎動容周旋、而不盡乎如槁木。以寂滅湛靜爲道者、其分遠矣。
【読み】
子曰く、心は智萬物に周きに盡きて、死灰の如きに盡きず。形は動容周旋に盡きて、槁木の如きに盡きず。寂滅湛靜を以て道とする者は、其の分遠し、と。

張子厚問伯淳曰、定性未能不動、猶累於外物、何也。子曰、所謂定者、靜亦定、動亦定、無將迎、無内外。苟以物爲外、牽己而從之、是以性爲有内外也。性爲隨於外、則當其在外時、何者在内也。是有意於絕外誘、而不知性之無内外也。旣以内外爲二本、則又烏可語定哉。夫天地之常、以其心普萬物而無心、聖人之常、以其情順萬事而無情。故君子之學、莫若廓然而大公、物來而順應。苟規規於外誘之除、將見滅於東、生於西也。非其日之不足。顧其端無窮、不可得而除也。人之情各有所蔽。故不能適道。其害在於是内、而自私也、用智也。自私則不能以有爲爲應迹、用智則不能以明覺爲自然。今以惡外物之心、而求照無物之地、是反鑑而索照也。與其非外而是内、不若内外之兩忘也。兩忘、則澄然無事矣。無事則定、定則明。明則何者之爲累哉。聖人之喜、以物之當喜、聖人之怒、以物之當怒。喜怒不繫於心而繫於物。聖人未嘗絕物而不應也。人之情易發而難制者、惟怒爲甚。能以方怒之時、遽忘怒心、而觀理之是非、亦可見外誘之不足惡、而於道亦思過半矣。
【読み】
張子厚伯淳に問いて曰く、性を定むれども未だ動かざること能わず、猶外物に累わさるるは、何ぞや、と。子曰く、所謂定とは、靜も亦定まり、動も亦定まり、將迎無く、内外無し。苟も物を以て外とし、己を牽いて之に從わば、是れ性を以て内外有りとするなり。性外に隨うことを爲せば、則ち其の外に在る時に當たって、何者か内に在らん。是れ外誘を絕つに意有りて、性の内外無きことを知らざるなり。旣に内外を以て二本とせば、則ち又烏ぞ定を語る可けんや。夫れ天地の常は、其の心萬物に普きを以て心無く、聖人の常は、其の情萬事に順うを以て情無し。故に君子の學は、廓然として大公、物來りて順應するに若くは莫し。苟も外誘を除くに規規たらば、將に東に滅び、西に生ずるを見んとす。其の日の足らざるのみに非ず。顧みるに其の端窮まり無くして、得て除く可からざればなり。人の情は各々蔽わるる所有り。故に道に適くこと能わず。其の害内を是とするに在りて、自私するなり、智を用うるなり。自私するときは則ちすること有るを以て應迹とすること能わず、智を用うるときは則ち明覺を以て自然とすること能わず。今外物を惡むの心を以て、物無きの地を照らさんことを求むるは、是れ鑑に反いて照らさんことを索むるなり。其の外を非として内を是とせん與りは、内外の兩ながら忘れんには若かず。兩ながら忘るるときは、則ち澄然として事無し。事無きときは則ち定まり、定まるときは則ち明らかなり。明らかなるときは則ち何者か之れ累うことをせんや。聖人の喜ぶは、物の當に喜ぶべきを以てし、聖人の怒るは、物の當に怒るべきを以てす。喜怒は心に繫らずして物に繫る。聖人は未だ嘗て物を絕って應ぜずんばあらず。人の情の發し易くして制し難き者は、惟怒りを甚だしとす。能く方に怒る時を以て、遽に怒る心を忘れて、理の是非を觀ば、亦外誘の惡むに足らざることを見る可くして、道に於て亦思い半ばに過ぎん、と。


人物篇

子曰、萬物之始、氣化而已。旣形氣相禪、則形化長而氣化消。
【読み】
子曰く、萬物の始めは、氣化のみ。旣に形氣相禪るときは、則ち形化長じて氣化消ず、と。

子曰、人以累物爲患、必以忘物爲賢。其失一也。
【読み】
子曰く、人物に累わさるるを以て患えとし、必ず物を忘るるを以て賢とす。其の失は一なり、と。

子曰、物固有是理、因而充長之、不俟乎造爲。故曰、益長裕而不設。設則僞矣。
【読み】
子曰く、物固より是の理有りて、因りて之を充長して、造爲を俟たず。故に曰く、益は長裕して設けず、と。設くるときは則ち僞りなり、と。

子曰、觀物理、於察己之理明、則無往而不識矣。
【読み】
子曰く、物理を觀ること、己を察するの理に於て明らかにするときは、則ち往くとして識らずということ無し、と。

子曰、君子循理。故常泰。小人役於物。故多憂戚。
【読み】
子曰く、君子は理に循う。故に常に泰なり。小人は物に役せらる。故に多く憂戚す、と。

子曰、時者、聖人之所不能爲也。而人之智愚、世之治亂、聖人必示以可易之道者、豈徒爲敎哉。蓋有其理也。
【読み】
子曰く、時は、聖人のすること能わざる所なり。而るに人の智愚、世の治亂、聖人必ず示すに易う可きの道を以てする者は、豈徒に敎を爲すのみならんや。蓋し其の理有ればなり、と。

子曰、物形有小大精粗之不同。神則一而已。
【読み】
子曰く、物の形は小大精粗の不同有り。神は則ち一なるのみ、と。

子曰、物相入則相說。說則相入。說以正爲貴。君子之道、致說於民、如天地之施焉。
【読み】
子曰く、物相入るときは則ち相說ぶ。說ぶときは則ち相入る。說ぶは正を以て貴しとす。君子の道、說びを民に致すは、天地の施しの如し、と。

子曰、君子之自尙、蓋非一致。有抱道不偶、而高潔自守者焉。有知止足之戒、退而保身者焉。有量能度分、安於不求者焉。有淸介遠引、不屑世故者焉。孔子所謂志可則者、進退合道者也。
【読み】
子曰く、君子の自ら尙ぶは、蓋し一致に非ず。道を抱いて偶せずして、高潔にして自ら守る者有り。足るに止まるの戒めを知って、退いて身を保つ者有り。能を量り分を度って、求めざるに安んずる者有り。淸介にして遠く引いて、世故を屑しとせざる者有り。孔子の所謂志則る可き者は、進退道に合う者なり、と。

子曰、二氣五行、剛柔萬殊、聖人由一理復其初也。
【読み】
子曰く、二氣五行、剛柔萬殊、聖人は一理に由って其の初めに復るなり、と。

子曰、非仁無以見天地。
【読み】
子曰く、仁に非ざれば以て天地を見ること無し、と。

子曰、感慨殺身、常人之所易。處死生之際、雍容就義、君子之所難。
【読み】
子曰く、感慨して身を殺すは、常人の易しとする所。死生の際に處して、雍容として義に就くは、君子の難しとする所、と。

子曰、觀物於靜中、皆有春意。
【読み】
子曰く、物を靜中に觀れば、皆春意有り、と。

子曰、聖賢之處世、莫不於大同之中有不同焉。不能大同者、是亂常拂理而已。不能不同者、是隨俗習汚而已。
【読み】
子曰く、聖賢の世に處する、大いに同じきの中に於て同じからざること有らずということ莫し。大いに同じきこと能わざる者は、是れ常を亂り理に拂[もと]るのみ。同じからざること能わざる者は、是れ俗に隨い汚に習うのみ、と。

子曰、一行非所以名聖人。
【読み】
子曰く、一行は聖人と名づくる所以に非ず、と。

子曰、有志之士、不以天下萬物撓己。己立矣、則運天下、濟萬物、必有餘裕。
【読み】
子曰く、志有るの士は、天下萬物を以て己を撓[たわ]めず。己立つときは、則ち天下を運らし、萬物を濟すに、必ず餘裕有り、と。

或問、凡人辨論、自直其說、求勝人而無含容之氣、何也。子曰、識量狹也。聖人之有量、天資也。君子之有量、學識也。聖人與日月竝明。故天地同量。下此者、猶之紅海也、鐘鼎也、釜斛也、斗筲也。其涯雖異、其受也不齊、而未有不滿者也。惟道無限量。知道者量必宏。學而充之、則亦隨其知之所至而已。人有受一薦而滿者、有得一官而滿者、推而上之、至於爲公輔而滿者。方其未滿、猶可蔽也。旣不能承、則必盈溢、不可掩也。鄧艾位登三公、年七十矣。其自處亦善。及破蜀有功、則心動矣。謝安聞苻堅之敗、不形喜色。及折屐齒、則心動矣。有飮酒旣醉而執禮愈恭者。雖賢於顚沛、而爲酒所動、一也。富貴公子折身過於謙抑。視驕傲者亦賢矣。亦爲富貴所動也。
【読み】
或るひと問う、凡そ人辨論するに、自ら其の說を直しとして、人に勝たんことを求めて含容の氣無きは、何ぞや、と。子曰く、識量狹ければなり。聖人の量有るは、天資なり。君子の量有るは、學識なり。聖人は日月と明を竝ばす。故に天地に量を同じくす。此より下なる者は、猶之れ紅海なり、鐘鼎なり、釜斛なり、斗筲のごときなり。其の涯異なりと雖も、其の受くること齊しからずして、未だ滿たざる者は有らず。惟道は限量無し。道を知る者は量必ず宏し。學んで之を充つるときは、則ち亦其の知の至る所に隨うのみ。人一薦を受けて滿つる者有り、一官を得て滿つる者有り、推して之を上げては、公輔と爲りて滿つる者に至る。其の未だ滿たざるに方っては、猶蔽う可し。旣に承くること能わざるときは、則ち必ず盈ち溢れて、掩う可からず。鄧艾位三公に登り、年七十なり。其の自ら處するも亦善し。蜀を破って功有るに及んでは、則ち心動く。謝安苻堅の敗るるを聞いて、喜色を形さず。屐齒[げきし]を折るに及んでは、則ち心動く。酒を飮んで旣に醉って禮を執って愈々恭しき者有り。顚沛に賢なりと雖も、酒の爲に動かさるることは、一なり。富貴の公子身を折って謙抑に過ぐ。驕傲の者に視ぶるに亦賢なり。亦富貴の爲に動かさるるなり、と。

或問、視朋友之過、不告則不忠。善告之不聽、則當何如。子曰、誠意交孚於未言之前、雖不言而人信之矣。不信者、誠不至也。
【読み】
或るひと問う、朋友の過ちを視て、告げざるときは則ち不忠なり。善く之に告げて聽かずんば、則ち當に何如にすべき、と。子曰く、誠意にして交々未だ言わざるの前に孚あらば、言わずと雖も人之を信ぜん。信ぜざる者は、誠至らざればなり、と。

子曰、匹夫悍卒、見難而能死者、多矣。惟妻孥之牽、情慾之愛、能斷而不惑者、鮮矣哉。
【読み】
子曰く、匹夫悍卒、難を見て能く死する者は、多し。惟妻孥の牽、情慾の愛、能く斷って惑わざる者は、鮮いかな、と。

子曰、勇一也。而用不同。勇於氣者、小人也。勇於義者、君子也。
【読み】
子曰く、勇は一なり。而して用うること同じからず。氣に勇める者は、小人なり。義に勇める者は、君子なり、と。

劉安節問、人有少而勇、老而怯、少而廉、老而貪、何爲其然也。子曰、志不立、爲氣所使故也。志勝氣、則一定而不可變也。曾子易簀之際、其氣微可知也。惟其志旣堅、則雖死生之際、亦不爲之動。況老少之異乎。
【読み】
劉安節問う、人少くして勇み、老いて怯え、少くして廉に、老いて貪ること有るは、何の爲に其れ然る、と。子曰く、志立たず、氣の爲に使わるるが故なり。志氣に勝つときは、則ち一定して變ずる可からず。曾子簀を易うるの際、其の氣の微なること知る可し。惟其の志旣に堅きときは、則ち死生の際と雖も、亦之が爲に動かされず。況んや老少の異なりをや、と。

子曰、以己及物、仁也。推己及物、恕也。
【読み】
子曰く、己を以て物に及ぼすは、仁なり。己を推して物に及ぼすは、恕なり、と。

子曰、天下之聚、貴以正。聚不以正、於人則爲苟合、於財則爲悖入。
【読み】
子曰く、天下の聚むるは、正しきを以てすることを貴ぶ。聚むること正しきを以てせざれば、人に於ては則ち苟も合うとし、財に於ては則ち悖り入るとす、と。

子曰、學者必識聖賢之體。聖人猶化工也、賢人猶巧工也。翦綵以爲花、設色以畫之。非不宛然肖之、而欲觀生意之自然、則無之也。
【読み】
子曰く、學者は必ず聖賢の體を識れ。聖人は猶化工のごとく、賢人は猶巧工のごとし。綵[あや]を翦って以て花を爲り、色を設けて以て之を畫く。宛然として之に肖らざるに非ざれども、生意の自然を觀んと欲するときは、則ち之れ無し、と。

子曰、不以己待物、而以物待物、是謂無我。
【読み】
子曰く、己を以て物を待たずして、物を以て物を待つは、是を我れ無しと謂う、と。

子曰、聖人之明猶日月不可過也。過則不明矣。
【読み】
子曰く、聖人の明は猶日月の過ぐる可からざるがごとし。過ぐるときは則ち明ならず、と。

子曰、一介之士、苟存心於愛物、亦必有所濟。
【読み】
子曰く、一介の士、苟も心を物を愛するに存せば、亦必ず濟す所有らん、と。

子曰、氣之所鍾、有偏正故有人物之殊。有淸濁故有智愚之等。
【読み】
子曰く、氣の鍾[あつ]まる所、偏正有るが故に人物の殊有り。淸濁有るが故に智愚の等有り、と。

劉安節問、太古之時、人物同生。子曰、然。純氣爲人、繁氣爲物乎。子曰、然。其所生也、無所從受、則氣之所化乎。子曰、然。
【読み】
劉安節問う、太古の時、人物同じく生ずるか、と。子曰く、然り、と。純氣人と爲り、繁氣物に爲るか、と。子曰く、然り、と。其の生ずる所、從受する所無きときは、則ち氣の化する所か、と。子曰く、然り、と。

子曰、物窮而不變、則無不易之理。易者、變而不窮也。
【読み】
子曰く、物窮まって變ぜざるときは、則ち不易の理無し。易は、變じて窮まらざるなり、と。

子曰、萬物始生也、鬱結未通、則實塞於天地之閒。至於暢茂、則塞意亡矣。
【読み】
子曰く、萬物の始めて生ずるや、鬱結して未だ通ぜざるときは、則ち天地の閒に實ち塞がる。暢茂するに至っては、則ち塞意亡ぶ、と。

子曰、哲人知幾、誠之於思乎。志士勵行、守之於爲乎。順理則裕、而從欲則危乎。
【読み】
子曰く、哲人幾を知るは、之を思に誠にするか。志士行いを勵するは、之をするに守るか。理に順うときは則ち裕にして、欲に從うときは則ち危うきか、と。

子曰、君子之敎人、或引之、或拒之、或各因所虧者成之而已。
【読み】
子曰く、君子の人を敎うる、或は之を引き、或は之を拒み、或は各々虧くる所の者に因って之を成すのみ、と。

張子曰、洪鐘未嘗有聲、由扣乃有聲。聖人未嘗有知、由問乃有知。子曰、謂聖人無知、則當不問之時、其猶木石乎。張子曰、有不知則有知、無不知則無知。故曰聖人未嘗有知、由問乃有知也。
【読み】
張子曰く、洪鐘は未だ嘗て聲有らず、扣[たた]くに由って乃ち聲有り。聖人未だ嘗て知ること有らず、問うに由って乃ち知ること有り、と。子曰く、聖人知ること無しと謂うときは、則ち問わざる時に當たって、其れ猶木石のごときか、と。張子曰く、知らざること有るときは則ち知ること有り、知らざること無きときは則ち知ること無し。故に聖人未だ嘗て知ること有らず、問うに由って乃ち知ること有りと曰う、と。

或問、天民與大人之道何以異。子曰、順天而行道者、天民也。順天而爲政者、天吏也。大人則進乎此矣。
【読み】
或るひと問う、天民と大人の道と何を以て異なる、と。子曰く、天に順って道を行う者は、天民なり。天に順って政を爲むる者は、天吏なり。大人は則ち此に進む、と。

子曰、君子處難、貴守正而不知其他也。守正而難不解、則命也。遇難而不固其守、以自放於邪濫、雖使苟免、斯亦惡德也。知義命、不爲也。
【読み】
子曰く、君子の難に處する、正しきを守ることを貴んで其の他を知らず。正しきを守って難解けざるは、則ち命なり。難に遇って其の守りを固くせずして、以て自ら邪濫に放[ほしいまま]にすれば、苟も免れしむと雖も、斯れ亦惡德なり。義命を知るものは、せざるなり、と。

子曰、先儒母弟之說、非也。禮云立嫡子母弟者謂嫡也。非以同母爲加親也。以同母爲加親、是知母而不知父、非人道也。
【読み】
子曰く、先儒母弟の說は、非なり。禮に嫡子母弟を立つと云う者は嫡を謂うなり。同母を以て親を加うることをするに非ざるなり。同母を以て親を加うることをするは、是れ母を知って父を知らず、人の道に非ざるなり、と。

子曰、聖人之德、無所不盛。古之稱聖人者、自其尤盛而言之。尤盛者、見於所遇也。而或以爲聖人有能有不能、非知聖人者也。
【読み】
子曰く、聖人の德は、盛んならずという所無し。古の聖人と稱する者は、其の尤も盛んなる自りして之を言う。尤も盛んなる者は、遇う所に見る。而るを或は以て聖人と爲るには能有り不能有りとするは、聖人を知る者に非ざるなり、と。

子曰、厚責於吾所感、薄責於吾所應、惟君子能之。
【読み】
子曰く、厚く吾が感ずる所に責め、薄く吾が應ずる所に責むることは、惟君子のみ之を能くす、と。

子曰、聖人責人緩而不迫。事正則已矣。
【読み】
子曰く、聖人の人を責むるは緩くして迫らず。事正しきときは則ち已む、と。

或問、君子之與小人處也、必有侵陵困辱之患、則如之何。曰、於是而能反己、兢謹以遠其禍、則德益進矣。詩不曰、他山之石、可以攻玉。
【読み】
或るひと問う、君子と小人と處するに、必ず侵陵困辱の患え有るときは、則ち之を如何、と。曰く、是に於て能く己に反して、兢謹して以て其の禍を遠ざくるときは、則ち德益々進む。詩に曰わずや、他山の石、以て玉を攻[みが]く可し、と。

子曰、人各親其親、然後能不獨親其親。
【読み】
子曰く、人各々其の親を親として、然して後能く獨り其の親を親とするのみにあらず、と。

子曰、君子常過於厚、小人常過於薄。君子常過於愛、小人常過於忍。
【読み】
子曰く、君子は常に厚きに過ぎ、小人は常に薄きに過ぐ。君子は常に愛に過ぎ、小人は常に忍に過ぐ、と。

子曰、欲利己者必損人、欲利財者必斂怨。
【読み】
子曰く、己を利せんと欲する者は必ず人を損し、財を利せんと欲する者は必ず怨みを斂[あつ]む、と。

子曰、今之世、稱曰善人者、豈如無惡可欲也哉。殆亦昏棄無立之異名。
【読み】
子曰く、今の世、稱して善人と曰う者は、豈惡むこと無く欲す可きが如くならんや。殆ど亦昏棄無立の異名なり、と。

子曰、聖人之心未嘗有、志亦無不在。蓋其道合内外、體萬物。
【読み】
子曰く、聖人の心未だ嘗て有らず、志も亦在らずということ無し。蓋し其の道内外に合し、萬物に體す、と。

子曰、聖人之心、雖當憂勞、未嘗不安靜。其在安靜、亦有至憂、而未嘗勞也。
【読み】
子曰く、聖人の心、憂勞に當たると雖も、未だ嘗て安靜ならずんばあらず。其の安靜に在って、亦至憂有りとも、未だ嘗て勞せず、と。

子曰、萬物之理皆至足。而人於君臣父子之閒、不能盡其分者多矣。
【読み】
子曰く、萬物の理皆至って足る。而れども人君臣父子の閒に於て、其の分を盡くすこと能わざる者多し、と。

子曰、無物無理。惟格物可以盡理。
【読み】
子曰く、物無ければ理無し。惟物に格って以て理を盡くす可し、と。

或問聖人之道、其難知也。子曰、聖人未嘗言易以驕人之志、亦未嘗言難以阻人之進。蓋曰未之思也、夫何遠之有。是言也、涵蓄無窮之旨。學者宜深思也。
【読み】
或るひと聖人の道、其の知り難きことを問う。子曰く、聖人未だ嘗て易しと言いて以て人の志を驕らしめず、亦未だ嘗て難しと言いて以て人の進むを阻まず。蓋し未だ之を思わざるなり、夫れ何の遠いことか有らんと曰う。是の言や、窮まり無きの旨を涵蓄す。學者宜しく深く思うべし、と。

子曰、羈靮以御馬、而不以制牛。人皆知羈靮之制在人、而不知羈靮之用本於馬也。聖人之化亦如之。
【読み】
子曰く、羈靮[きてき]は以て馬を御して、以て牛を制せず。人皆羈靮の制人に在ることを知れども、而れども羈靮の用馬に本づくことを知らず。聖人の化も亦之の如し、と。

子曰、君子之道、貴乎有成。有濟物之用、而未及乎物、猶無有也。
【読み】
子曰く、君子の道は、成ること有ることを貴ぶ。物を濟すの用有れども、而れども未だ物に及ばざれば、猶有ること無きがごとし、と。

子曰、天地萬物之理、無獨必有對。
【読み】
子曰く、天地萬物の理、獨無くして必ず對有り、と。

子曰、聖人、天地之用也。
【読み】
子曰く、聖人は、天地の用なり、と。

子曰、聖人盡道、以其身之所行者敎人、是欲天下之人皆至於聖人之域也。佛氏逃父棄家、毀絕倫類、獨處山林之下、乃以所輕所賤者施諸人。豈聖人君子之心哉。
【読み】
子曰く、聖人道を盡くして、其の身の行う所の者を以て人を敎うるは、是れ天下の人皆聖人の域に至らんことを欲してなり。佛氏父を逃れ家を棄て、倫類を毀絕し、山林の下に獨處して、乃ち輕んずる所賤しくする所の者を以て人に施す。豈聖人君子の心ならんや、と。

子曰、凡物有形、則聲色臭味具焉。四者之虛實均而實勝也。意言數象亦然。
【読み】
子曰く、凡そ物形有るときは、則ち聲色臭味具わる。四つの者の虛實均しくして實勝てり。意うに數象を言うも亦然り、と。

子曰、夢之所接無形聲、而心所感通則有形聲之理。物生者氣聚也。物死者氣散也。
【読み】
子曰く、夢の接する所形聲無けれども、心の感通する所は則ち形聲の理有り。物生ずる者は氣聚まるなり。物死する者は氣散ずるなり、と。

子曰、君子在蹇則有以處蹇、在困則有以處困。道無時而不可行也。不以蹇而蹇、困而困也。
【読み】
子曰く、君子蹇に在っては則ち以て蹇に處すること有り、困に在っては則ち以て困に處すること有り。道は時として行う可からざること無し。以て蹇にして蹇し、困にして困するにあらず、と。

子曰、元者物之先也。物之先、未有不善者。成而後有敗、興而後有衰、得而後有失、事無不然者。故孔子贊之曰、元者善之長也。
【読み】
子曰く、元は物の先なり。物の先は、未だ不善なる者有らず。成って後に敗るること有り、興って後に衰うること有り、得て後に失うこと有り、事然らざる者無し。故に孔子之を贊して曰く、元は善の長なり、と。

子曰、凡人有己、必用才。聖人忘己。何才之足言。
【読み】
子曰く、凡そ人己を有するは、必ず才を用う。聖人は己を忘る。何の才か之れ言うに足らん、と。

或問、符瑞之事有諸。子曰、有之。聖人不道焉、何也。曰、因災異而修德則無損、因禎祥而自恃則有害。是以不道也。
【読み】
或るひと問う、符瑞の事有りや、と。子曰く、之れ有り、と。聖人道わざるは、何ぞや、と。曰く、災異に因って德を修むるときは則ち損なうこと無く、禎祥に因って自ら恃むときは則ち害有り。是を以て道わざるなり、と。

子曰、堯夫云、能物物、則我爲物之人也。不能物物、則我爲物之物也。夫人自人、物自物、其理昭矣。
【読み】
子曰く、堯夫云う、能く物を物とするときは、則ち我れ物の人爲り。能く物を物とせざるときは、則ち我れ物の物爲り。夫れ人は自づから人、物は自づから物なれば、其の理昭らかなり、と。

子曰、合而生、非來也。盡而死、非往也。然而精氣歸於天、形魄歸於地、謂之往亦可矣。
【読み】
子曰く、合して生ずるも、來るに非ず。盡きて死するも、往くに非ず。然れども精氣天に歸し、形魄地に歸する、之を往くと謂うも亦可なり、と。

子曰、與昧者語、如持掖醉人。左扶之則右仆、右扶之則左仆。欲其卓立中塗、不可得也。
【読み】
子曰く、昧者と語るは、醉人を持掖するが如し。左に之を扶くれば則ち右に仆れ、右に之を扶くれば則ち左に仆る。其の中塗に卓立せんことを欲すとも、得る可からず、と。

子曰、莊周言神人者、非也。聖而不可知、則不可得而名。故以神稱之。非謂神人加於聖人一等也。
【読み】
子曰く、莊周が神人と言う者は、非なり。聖にして知る可からざるときは、則ち得て名づく可からず。故に神を以て之を稱す。神人聖人に加うること一等と謂うには非ず、と。

子嘗言、昔游乎雍・華之閒、關西學者六七人從予行。一日亡千錢。僕者曰、非晨裝遺失(徐本無失字。)。必涉水沈之矣。子曰、惜哉。有謂子曰、是誠可惜也。又有曰、微哉千錢。亦何足惜也。又有曰、水中囊中、人亡人得。可以一視。何歎可惜也。子曰、人苟得之、則非亡矣。今迺墜諸水、則無用。我是以歎之。及語呂與叔曰、人之器識、乃如是之不同也。與叔曰、夫三子之言如何。子曰、最後者善。與叔曰、善則善矣。觀夫子之言、則見其有體而無用也。予因善誌之。旣十有五年、閱故編見之、思與叔。不幸而蚤死。爲之隕涕。
【読み】
子嘗て言く、昔雍・華の閒に游ぶとき、關西の學者六七人予に從って行く。一日千錢を亡う。僕者曰く、晨裝に遺失(徐本失の字無し。)するに非ず。必ず水を涉って之を沈むるならん、と。子曰く、惜しいかな、と。子に謂えるもの有って曰く、是れ誠に惜しむ可し、と。又曰えるもの有り、微なるかな千錢。亦何ぞ惜しむに足らん、と。又曰えるもの有り、水中の囊中、人亡えば人得る。以て一視す可し。何ぞ惜しむ可きことを歎ぜん、と。子曰く、人苟も之を得ば、則ち亡うには非ず。今迺ち水に墜とすときは、則ち用うること無し。我れ是を以て之を歎ず、と。呂與叔に語るに及んで曰く、人の器識は、乃ち是の如く同じからず、と。與叔曰く、夫の三子の言如何、と。子曰く、最後なる者善し、と。與叔曰く、善きことは則ち善し。夫子の言に觀れば、則ち其の體有って用無きことを見る、と。予因りて善く之を誌す。旣に十有五年にして、故編を閱て之を見て、與叔を思う。不幸にして蚤[はや]く死す。之が爲に涕を隕とす、と。

子曰、君子之學、必日進則日新。不日進者必日退。未有不進而不退者。惟聖人之道無進退。以其所造者極也。
【読み】
子曰く、君子の學、必ず日に進むときは則ち日に新たなり。日に進まざる者は必ず日に退く。未だ進まずして退かざる者は有らず。惟聖人の道は進退無し。其の造る所の者極まれるを以てなり、と。

子曰、聖人之言、其遠如天、若不可階而升也。其近若地、則亦可以履而行也。
【読み】
子曰く、聖人の言、其の遠きこと天の如きは、階して升る可からざるが若し。其の近きこと地の若きは、則ち亦以て履んで行く可し、と。

子曰、有求爲聖人之志、然後可以共學。學而善思、然後可以適道。
【読み】
子曰く、聖人と爲ることを求むるの志有りて、然して後に以て共に學ぶ可し。學んで善く思って、然して後に以て道に適く可し、と。

子曰、多權者害誠、好功者害義、取名者賊心。
【読み】
子曰く、權多き者は誠を害し、功を好む者は義を害し、名を取る者は心を賊なう、と。

子曰、君子好成物、故吉。小人好敗物、故凶。
【読み】
子曰く、君子は物を成すことを好む、故に吉。小人は物を敗ることを好む、故に凶、と。

子曰、萬物皆備於我。心與事遇、則内之所重者更互而見。此一事重、則此一事出。惟能物各付物、則無不可矣。
【読み】
子曰く、萬物皆我に備わる。心と事と遇うときは、則ち内の重き所の者更に互いして見る。此の一事重きときは、則ち此の一事出づ。惟能く物各々物に付するときは、則ち不可なること無し、と。

子曰、爲有爲而以無爲爲之、是乃有爲耳。聖人無爲異於是。
【読み】
子曰く、有爲を爲して無爲を以て之を爲すは、是れ乃ち有爲のみ。聖人の無爲は是に異なり、と。

子曰、元氣會則生聖賢。
【読み】
子曰く、元氣會するときは則ち聖賢を生ず。

子曰、凡物參和交感則生、離散不和則死。
【読み】
子曰く、凡そ物參和交感するときは則ち生じ、離散して和せざるときは則ち死す、と。

子曰、君子之於義、猶小人之於利也。唯其深喩、是以篤好。
【読み】
子曰く、君子の義に於るは、猶小人の利に於るがごとし。唯其れ深く喩る、是を以て篤く好む、と。

子曰、聖人濟物之心無窮、而力或有所不及。
【読み】
子曰く、聖人物を濟すの心窮まり無くして、力或は及ばざる所有り、と。

子曰、聚爲精氣、散爲游魂。聚則爲物、散則爲變。觀聚散、則鬼神之情狀著矣。萬物之始終、不越聚散而已。鬼神者、造化之功也。
【読み】
子曰く、聚まるを精氣とし、散ずるを游魂とす。聚まるときは則ち物と爲り、散ずるときは則ち變と爲る。聚散を觀るときは、則ち鬼神の情狀著る。萬物の始終は、聚散を越えざるのみ。鬼神は、造化の功なり、と。

子曰、才高者多過。過則一出焉、一入焉。才卑者多不及。不及者殆且弛矣。
【読み】
子曰く、才高き者は多く過ぐ。過ぐるときは則ち一たびは出、一たびは入る。才卑き者は多くは及ばず。及ばざる者は殆ど且つ弛む、と。

或曰、凡物之出、各自其氣之所勝而化焉。子曰、何以見之。曰、如木之生、新根旣大、則舊根化矣。子曰、是克也。或曰、克則非木化爲土而何。子曰、非化也、克也。物無一定、盛衰相因。古之人以迭王言五行盡之矣。或曰、五行一氣也。其本一物耳。子曰、五物也。五物備、然後生。猶五常一道也、無五則亦無道。然而旣曰五矣、則不可渾而爲一也。
【読み】
或るひと曰く、凡そ物の出る、各々其の氣の勝つ所に自って化す、と。子曰く、何を以て之を見る、と。曰く、木の生ずるが如き、新根旣に大なるときは、則ち舊根化す、と。子曰く、是れ克つなり、と。或るひと曰く、克つときは則ち木化して土と爲るに非ずして何ぞ、と。子曰く、化するに非ず、克つなり。物は一定無く、盛衰相因る。古の人迭いに王するを以て五行を言うこと之を盡くせり、と。或るひと曰く、五行は一氣なり。其の本は一物のみ、と。子曰く、五物なり。五物備わって、然して後生ず。猶五常は一道なれども、五つ無きときは則ち亦道無きがごとし。然して旣に五と曰いえば、則ち渾じて一とす可からず、と。

子曰、物有本末、而本末非二道也。
【読み】
子曰く、物の本末有り、而して本末は二道に非ず、と。

子曰、致中和、天地位焉、萬物育焉。曰致曰位、非聖人不能言。子思蓋得之云爾。
【読み】
子曰く、中和を致して、天地位し、萬物育す、と。致すと曰い位すと曰う、聖人に非ずんば言うこと能わず。子思蓋し之を得ること云爾[かくのごとし]、と。

子曰、聖人無私無我。故功高天下、而無一介累其心。蓋有一介存焉、未免乎私己也。
【読み】
子曰く、聖人は私無く我無し。故に功天下に高けれども、一介も其の心を累わすこと無し。蓋し一介も存すること有れば、未だ己を私することを免れず、と。

子曰、聖人之心、如天地之造。生養萬物而不尸其功。應物而見於彼、復何存於此乎。
【読み】
子曰く、聖人の心は、天地の造るが如し。萬物を生養して其の功を尸[つかさど]らず。物に應じて彼に見るれども、復何ぞ此に存せんや、と。

子曰、輕浮功利之人、去仁遠矣。
【読み】
子曰く、輕浮功利の人は、仁を去ること遠し、と。

子曰、天理無私。一入於私、雖欲善其言行、皆非禮。
【読み】
子曰く、天理は私無し。一たび私に入れば、其の言行を善くせんと欲すと雖も、皆非禮なり、と。

子曰、不履聖賢之行、則亦不能入其閫奧。
【読み】
子曰く、聖賢の行いを履まざるときは、則ち亦其の閫奧に入ること能わず、と。

子曰、不可爲而爲之、聖人無忘天下之心也。
【読み】
子曰く、す可からずして之をするは、聖人天下を忘るること無きの心なり、と。

子曰、隘與不恭、君子不由、拔本塞源之敎也。
【読み】
子曰く、隘と不恭とは、君子由らざるなりとは、本を拔き源を塞ぐの敎なり、と。

子曰、因是人有可喜則喜之。聖人之心本無喜也。因是人有可怒則怒之。聖人之心本無怒也。譬諸明鏡。試懸、美物至則美、醜物至則醜。鏡何有美醜哉。君子役物、小人役於物。今人見可喜可怒之事、必容心其閒。若不啻在己者、亦勞矣。
【読み】
子曰く、是の人喜ぶ可きこと有るに因るときは則ち之を喜ぶ。聖人の心は本喜ぶこと無し。是の人怒る可きこと有るに因るときは則ち之を怒る。聖人の心は本怒ること無し。諸を明鏡に譬う。試みに懸けるに、美物至るときは則ち美しく、醜物至るときは則ち醜し。鏡何ぞ美醜有らんや。君子は物を役し、小人は物に役せらる。今の人喜ぶ可く怒る可きの事を見れば、必ず心を其の閒に容る。若しくは啻己に在らざる者も、亦勞す、と。

子曰、上下一於敬、則天地自位、萬物自育。氣無不和、四靈何所不至。此聖人修己以安百姓之道也。
【読み】
子曰く、上下敬に一なるときは、則ち天地自づから位し、萬物自づから育す。氣和せざること無くんば、四靈何の至らざる所あらん。此れ聖人己を修めて以て百姓を安んずるの道なり、と。

子曰、爲惡之人、原於不知思。有思則心悟。
【読み】
子曰く、惡を爲す人は、思うことを知らざるに原づく。思うこと有れば則ち心悟る、と。

子曰、物未嘗不齊也。强欲齊之者、非物不齊也。汝自不齊耳。
【読み】
子曰く、物未だ嘗て齊しからずんばあらず。强いて之を齊しくせんと欲する者は、物齊しからざるに非ず。汝自ら齊しからざるのみ、と。

子曰、上竿而戲者、自數尺至百尺、習化其高也。況聖人至誠妙物之功乎。
【読み】
子曰く、竿に上って戲る者、數尺自り百尺に至るは、習い化して其れ高きなり。況んや聖人の至誠物に妙なるの功をや、と。

子曰、聖人一言、卽全體用。不期然而然也。
【読み】
子曰く、聖人の一言は、卽ち體用を全くす。然ることを期せずして然り、と。

子曰、人之所以爲人者、以有天理也。天理之不存、則與禽獸何異矣。
【読み】
子曰く、人の人爲る所以の者は、天理有るを以てなり。天理存せざるときは、則ち禽獸と何ぞ異ならん、と。

或問、於傳有言、太古之時人有牛頭蛇身者。信乎。子曰、謂之人、則無是矣。或言其賦形之有肖焉、則可謂云爾已矣。
【読み】
或るひと問う、傳に於て言えること有り、太古の時人牛頭蛇身の者有り、と。信なりや、と。子曰く、之を人と謂えば、則ち是れ無し。或は其の形を賦すること肖ること有りと言うことは、則ち爾か云うと謂う可きのみ、と。

子曰、物我一理、明此則盡彼、盡則通此。合内外之道也。語其大、至天地之所以高厚、語其小、至於一草木所以如此者、皆窮理之功也。
【読み】
子曰く、物我は一理、此を明らかにするときは則ち彼を盡くし、盡くすときは則ち此に通ず。内外を合するの道なり。其の大を語って、天地の高厚なる所以に至り、其の小を語って、一草木の此の如くなる所以に至る者は、皆理を窮むるの功なり、と。

子曰、窮物理者、窮其所以然也。天之高、地之厚、鬼神之幽顯、必有所以然者。苟曰天惟高耳、地惟厚耳、鬼神惟幽顯耳、是則辭而已。尙何有哉。
【読み】
子曰く、物理を窮むる者は、其の然る所以を窮むるなり。天の高き、地の厚き、鬼神の幽顯は、必ず然る所以の者有り。苟も天は惟高きのみ、地は惟厚きのみ、鬼神は惟幽顯なるのみと曰わば、是れ則ち辭なるのみ。尙何か有らんや、と。

子曰、惟聖人凝然不動。
【読み】
子曰く、惟聖人は凝然として動かず、と。

子曰、惟聖人善通變。
【読み】
子曰く、惟聖人は善く變に通ず、と。

子曰、五行在天地之閒、有則具有、無生出先後之次也。或水火金木土之五者爲有序不可也。然則精神魂魄意之五者爲序亦不可也。
【読み】
子曰く、五行の天地の閒に在る、有れば則ち具に有りて、生出先後の次無し。或は水火金木土の五つの者序有りとするは不可なり。然らば則ち精神魂魄意の五つの者序とするも亦不可なり、と。


参考文献
『和刻本漢籍 二程全書』(中文出版社)
『二程集』(里仁書局)