二程全書卷之四十六  伊川經說第一

易說

繫辭

天尊、地卑。尊卑之位定、而乾坤之義明矣。高卑旣別、貴賤之位分矣。陽動陰靜、各有其常、則剛柔判矣。事有理(一本作萬事理也。)、物有形也。事則有類、形則有羣、善惡分而吉凶生矣。象見於天、形成於地、變化之跡見矣。陰陽之交相摩軋、八方之氣相推盪、雷霆以動之、風雨以潤之、日月運行、寒暑相推、而成造化之功。得乾者成男、得坤者成女。乾當始物、坤當成物。乾坤之道、易簡而已。乾始物之道易、坤成物之能簡。平易故人易知、簡直故人易從。易知則可親就而奉順、易從則可取法而成功。親合則可以常久、成事則可以廣大。聖賢德業久大、得易簡之道也。天下之理、易簡而已。有理而後有象、成位乎其中也。
【読み】
天は尊く、地は卑し。尊卑の位定まりて、乾坤の義明らかなり。高卑旣に別れて、貴賤の位分かる。陽は動陰は靜、各々其の常有るときは、則ち剛柔判る。事には理有り(一本に萬事理なりに作る。)、物には形有り。事は則類有り、形は則ち羣有り、善惡分かれて吉凶生ず。象天に見れ、形地に成って、變化の跡見る。陰陽の交わり相摩軋し、八方の氣相推盪し、雷霆以て之を動かし、風雨以て之を潤し、日月運行し、寒暑相推して、造化の功を成す。乾を得る者は男と成り、坤を得る者は女と成る。乾は當に物を始め、坤は當に物を成す。乾坤の道は、易簡のみ。乾は物を始むるの道易く、坤は物を成すの能簡なり。平易なるが故に人知り易く、簡直なるが故に人從い易し。知り易きときは則ち親しみ就いて奉[う]け順う可く、從い易きときは則ち法を取って功を成す可し。親しく合うときは則ち以て常久なる可く、事を成すときは則ち以て廣大なる可し。聖賢德業の久大なるは、易簡の道を得ればなり。天下の理は、易簡のみ。理有りて而して後に象有りて、位を其の中に成す。

聖人旣設卦、觀卦之象而繫之以辭、明其吉凶之理。以剛柔相推而知變化之道。吉凶之生、由失得也。悔吝者、可憂虞也。進退消長、所以成變化也。剛柔相易而成晝夜。觀晝夜、則知剛柔之道矣。三極、上中下也。極、中也。皆其時中也。三才、以物言也。三極、以位言也。六爻之動、以位爲義、乃其序也。得其序則安矣。辭所以明義、翫其辭義、則知其可樂也。觀象翫辭而能通其意、觀變翫占而能順其時、動不違於天矣。
【読み】
聖人旣に卦を設け、卦の象を觀て之に繫くるに辭を以てして、其の吉凶の理を明らかにす。剛柔相推すを以て變化の道を知る。吉凶の生ずるは、失得に由るなり。悔吝は、憂虞す可し。進退消長は、變化を成す所以なり。剛柔相易わって晝夜を成す。晝夜を觀るときは、則ち剛柔の道を知る。三極は、上中下なり。極は、中なり。皆其の時中なり。三才は、物を以て言う。三極は、位を以て言う。六爻の動、位を以て義とするは、乃ち其の序なり。其の序を得るときは則ち安し。辭は義を明かす所以、其の辭義を翫[なら]うときは、則ち其の樂しむ可きことを知るなり。象を觀辭を翫って能く其の意に通じ、變を觀占を翫って能く其の時に順うときは、動くこと天に違わず。

彖言卦之象。爻隨時之變、因失得而有吉凶。能如是、則得无咎。位有貴賤之分、卦兼小大之義。吉凶之道、於辭可見。以悔吝爲防、則存意於微小。震懼而得无咎者、以能悔也。卦有小大、於時之中有小大也。有小大則辭之險易殊矣。辭各隨其事也。
【読み】
彖は卦の象を言う。爻は時の變に隨い、失得に因って吉凶有り。能く是の如くなれば、則ち咎无きことを得。位に貴賤の分有り、卦に小大の義を兼ぬ。吉凶の道、辭に於て見る可し。悔吝を以て防ぐことをすれば、則ち意を微小に存す。震え懼れて咎无きことを得る者は、能く悔ゆるを以てなり。卦に小大有るは、時の中に於て小大有ればなり。小大有るときは則ち辭の險易殊なり。辭各々其の事に隨うなり。

聖人作易、以準則天地之道。易之義、天地之道也。故能彌綸天地之道。彌、徧也。綸、理也。在事爲倫、治絲爲綸。彌綸、徧理也。徧理天地之道、而復仰觀天文、俯察地理、驗之著見之跡。故能知幽明之故。在理爲幽、成象爲明。知幽明之故、知理與物之所以然也。原究其始、要考其終、則可以見死生之理。聚爲精氣、散爲游魂。聚則爲物、散則爲變。觀聚散、則見鬼神之情狀。萬物始終、聚散而已。鬼神、造化之功也。以幽明之故、死生之理、鬼神之情狀觀之、則可以見天地之道。易之義、與天地之道相似。故無差違。相似、謂同也。知周乎萬物而道濟天下、故不過、義之所包知也。其義周盡萬物之理、其道足以濟天下。故無過差。旁行而不流、旁通遠及而不流失正理。順乎理、樂天也。安其分、知命也。順理安分、故無所憂。安土、安所止也。敦乎仁、存乎同也。是以能愛。範圍、俗語謂之模量。模量天地之運化而不過差、委曲成就萬物之理而無遺失、通晝夜闢闔屈伸之道而知其所以然。如此、則得天地之妙用、知道德之本源。所以見至神之妙、無有方所、而易之準道、無有形體。道者、一陰一陽也。動靜無端、陰陽無始。非知道者、孰能識之。動靜相因而成變化。順繼此道、則爲善也。成之在人、則謂之性也。在衆人、則不能識。隨其所知、故仁者謂之仁、知者謂之知、百姓則由之而不知。故君子之道、人鮮克知也。運行之跡、生育之功、顯諸仁也。神妙無方、變化無跡、藏諸用也。天地不與聖人同憂、天地不宰、聖人有心也。天地無心而成化、聖人有心而無爲。天地聖人之盛德大業、可謂至矣。富有、溥博也。日新、無窮也。生生相續、變易而不窮也。乾始物而有象、坤成物而體備、法象著矣。推數可以知來物。通變不窮、事之理也。天下之有、不離乎陰陽。惟神也、莫知其郷、不測其爲剛柔動靜也。
【読み】
聖人易を作って、以て天地の道を準則す。易の義は、天地の道なり。故に能く天地の道を彌綸す。彌は、徧なり。綸は、理なり。事に在るを倫とし、絲を治むるを綸とす。彌綸は、徧く理[おさ]むるなり。徧く天地の道を理めて、復仰いで天文を觀、俯して地理を察して、之を著に驗み之を跡に見る。故に能く幽明の故を知る。理に在るを幽とし、象を成すを明とす。幽明の故を知るは、理と物との然る所以を知るなり。其の始めを原ね究め、其の終わりを要し考うるときは、則ち以て死生の理を見る可し。聚まるを精氣とし、散ずるを游魂とす。聚まれば則ち物を爲し、散ずれば則ち變と爲る。聚散を觀るときは、則ち鬼神の情狀を見る。萬物の始終は、聚散のみ。鬼神は、造化の功なり。幽明の故、死生の理、鬼神の情狀を以て之を觀るときは、則ち以て天地の道を見る可し。易の義は、天地の道と相似れり。故に差い違うこと無し。相似るとは、同じきを謂うなり。知萬物に周くして道天下を濟[すく]う、故に過たずとは、義の包[か]ね知る所なり。其の義周く萬物の理を盡くして、其の道以て天下を濟うに足れり。故に過ち差うこと無し。旁く行われて流れずとは、旁く通じ遠く及ぼして正理を流失せざるなり。理に順うは、天を樂しむなり。其の分に安んずるは、命を知るなり。理に順い分に安んず、故に憂うる所無し。土に安んずるは、止まる所に安んずるなり。仁に敦きは、同じきに存するなり。是を以て能く愛す。範圍は、俗語に之を模量と謂う。天地の運化を模量して過差せず、萬物の理を委曲成就して遺失すること無く、晝夜闢闔屈伸の道に通じて其の然る所以を知る。此の如くなるときは、則ち天地の妙用を得、道德の本源を知る。所以に至神の妙、方所有ること無くして、易の道を準[なぞら]うる、形體有ること無きことを見る。道は、一陰一陽なり。動靜端無く、陰陽始まり無し。道を知る者に非ずんば、孰か能く之を識らん。動靜相因って變化を成す。此の道に順い繼ぐときは、則ち善とす。之を成すこと人に在るときは、則ち之を性と謂う。衆人に在っては、則ち識ること能わず。其の知る所に隨う、故に仁者は之を仁と謂い、知者は之を知と謂い、百姓は則ち之に由って知らず。故に君子の道、人克く知ること鮮し。運行の跡、生育の功は、仁に顯る。神妙方無く、變化跡無きは、用に藏るる。天地聖人と憂えを同じくせざるは、天地宰らず、聖人は心有ればなり。天地は心無くして成化し、聖人は心有ってすること無し。天地聖人の盛德大業、至れりと謂う可し。富有は、溥博なり。日新は、無窮なり。生生相續くは、變易して窮まらざるなり。乾は物を始めて象有り、坤は物を成して體備わって、法象著る。數を推して以て來物を知る可し。變に通じて窮まらざるは、事の理なり。天下の有は、陰陽を離れず。惟神のみ、其の郷を知ること莫くして、其の剛柔動靜爲ることを測られず。

易道廣大、推遠則無窮、近言則安靜而正。天地之閒、萬物之理、無有不同。乾、靜也專、動也直。専、專一。直、直易。惟其專直、故其生物之功大。坤、靜翕動闢。坤體動則開、應乾開闔而廣生萬物。廣大、天地之功也。變通、四時之運也。一陰一陽、日月之行也。乾坤易簡之功、乃至善之德也。
【読み】
易道廣大、遠くを推せば則ち窮まり無く、近く言えば則ち安靜にして正し。天地の閒、萬物の理、同じからざること有ること無し。乾は、靜かなれば專、動けば直。専は、專一なり。直は、直易なり。惟其れ專直、故に其の物を生ずるの功大なり。坤は、靜かなれば翕[つづ]まり動けば闢く。坤の體動けば則ち開いて、乾に應じ開闔して廣く萬物を生ず。廣大は、天地の功なり。變通は、四時の運なり。一陰一陽は、日月の行なり。乾坤易簡の功は、乃ち至善の德なり。

易之道、其至矣乎。聖人以易之道崇大其德業也。知則崇高、禮則卑下。高卑順理、合天地之道也。高卑之位設、則易在其中矣。斯理也、成之在人則爲性(誠之者性也。)。人心存乎此理之所存、乃道義之門也。
【読み】
易の道は、其れ至れるかな。聖人易の道を以て其の德業を崇大にす。知は則ち崇高にし、禮は則ち卑下にす。高卑理に順えば、天地の道に合す。高卑の位設くるときは、則ち易其の中に在り。斯の理や、之を成すこと人に在れば則ち性とす(之を誠にする者は性なり。)。人心此の理の存する所を存するは、乃ち道義の門なり。

聖人見天下深遠之事。賾、深遠也。而比擬其形容、體象其事類。故謂之象。天下之動無窮也。必觀其會通。會通、綱要也。乃以行其典禮。典禮、法度也、物之則也。繫之辭以斷其吉凶者爻也。言天下之深遠難知也。而理之所有、不可厭也。言天下之動無窮也。而物有其方、不可紊也。擬度而設其辭、商議以察其動、擬議以成其變化也。變化爻之時義、擬議、議而言之也。舉鳴鶴在陰以下七爻、擬議而言者也。餘爻皆然也。
【読み】
聖人は天下深遠の事を見る。賾[さく]は、深遠なり。而して其の形容に比擬し、其の事類に體象す。故に之を象と謂う。天下の動は窮まり無し。必ず其の會通を觀る。會通とは、綱要なり。乃ち以て其の典禮を行う。典禮は、法度なり、物の則なり。之が辭を繫けて以て其の吉凶を斷ずる者は爻なり。天下の深遠にして知り難きを言うなり。而れども理の有る所は、厭う可からず。天下の動窮まり無きを言うなり。而も物に其の方有って、紊[みだ]る可からず。擬度して其の辭を設け、商議して以て其の動を察し、擬議して以て其の變化を成す。變化する爻の時義、擬[なぞら]えて議[はか]り、議りて之を言うなり。鳴鶴陰に在りという以下の七爻を舉ぐるは、擬議して言う者なり。餘爻も皆然り。

有理則有氣、有氣則有數。行鬼神者、數也。數、氣之用也。大衍之數五十。數始於一、備於五。小衍之而成十、大衍之則爲五十。五十、數之成也。成則不動。故損一以爲用。天地之數五十有五。成變化而行鬼神者也。變化言功、鬼神言用。
【読み】
理有れば則ち氣有り、氣有れば則ち數有り。鬼神を行うは、數なり。數は、氣の用なり。大衍の數五十。數は一に始まって、五に備わる。小しく之を衍[し]いて十と成り、大いに之を衍けば則ち五十と爲る。五十は、數の成るなり。成れば則ち動かず。故に一を損して以て用うることをす。天地の數五十有五。變化を成して鬼神を行う者なり。變化は功を言い、鬼神は用を言う。

顯明於道、而見其功用之神。故可與應對萬變、可贊祐於神道矣。謂合德也。人惟順理以成功、乃贊天地之化育也。
【読み】
道に顯明にして、其の功用の神を見る。故に與に應對萬變す可く、神道を贊祐す可し。德に合するを謂うなり。人惟理に順って以て功を成せば、乃ち天地の化育を贊するなり。

知變化之道、則知神之所爲也。與上文相連不合。在下言所以述理。以言者尙其辭、謂於言求理者則存意於辭也。以動者尙其變化、則變也、順變而動乃合道也。制器作事當體乎象、卜筮吉凶當考其占。受命如響、遂知來物、非神乎。曰感而通、求而得、精之至也。
【読み】
變化の道を知るときは、則ち神のする所を知る。上文と相連ぬれば合わず。下に在って言いて理を述ぶる所以なり。以て言う者は其の辭を尙ぶとは、謂ゆる言に於て理を求むる者は則ち意を辭に存するなり。以て動く者は其の變化を尙ぶとは、則ち變ずれば、變に順って動いて乃ち道に合うなり。器を制し事を作すには當に象に體すべく、卜筮吉凶には當に其の占を考うべし。命を受くること響きの如くにして、遂に來物を知るは、神に非ずや。感じて通じ、求めて得ると曰うは、精の至なり。

自天一至地十、合在天數五地數五上。簡編失其次也。天一生數、地六成數。才有上五者、便有下五者。二五合而成陰陽之功、萬物變化、鬼神之用也。
【読み】
天一自り地十に至るまで、合に天の數五つ地の數五つの上に在るべし。簡編其の次を失せり。天一は生數、地六は成數。才かに上の五つの者有れば、便ち下の五つの者有り。二五合して陰陽の功、萬物變化、鬼神の用を成す。

或曰、乾坤易之門、其義難知。餘卦則易知也。曰、乾坤、天地也。萬物烏有出天地之外者乎。知道者統之有宗則然也。而在卦觀之、乾坤之道簡易。故其辭平直。餘卦隨時應變、取舍無常、尤爲難知也。知乾坤之道者、以爲易則可也。
【読み】
或るひと曰く、乾坤は易の門ということ、其の義知り難し。餘卦は則ち知り易し、と。曰く、乾坤は、天地なり。萬物烏んぞ天地の外に出る者有らんや。道を知る者之を統べて宗有るときは則ち然り。而れども卦に在って之を觀れば、乾坤の道は簡易なり。故に其の辭は平直なり。餘卦は時に隨って變に應じ、取舍常無く、尤も知り難しとす。乾坤の道を知る者、以て易しとせば則ち可なり、と。


参考文献
『和刻本漢籍 二程全書』(中文出版社)
『二程集』(里仁書局)