二程全書卷之四十八  程氏經說第三

詩解(世傳胡氏本、辭多不同。疑後人刪潤。今悉從舊本也。)
【読み】
詩解(世に傳うる胡氏の本、辭多くして同じからず。疑うらくは後人刪り潤すならん。今悉く舊本に從うなり。)

周南 關雎
詩者、言之述也。言之不足而長言之、詠歌之所由興也。其發於誠感之深、至於不知手之舞、足之蹈。故其入於人也亦深至。可以動天地、感鬼神。虞之君臣、迭相賡和、始見於書。夏・商之世、雖有作者、其傳鮮矣。至周而世益文、人之怨樂、必形於言、政之善惡必見刺美。至夫子之時、所傳者多矣。夫子刪之、得三百篇。皆止於禮義、可以垂世。立敎。故曰、興於詩。又曰、誦詩三百、授之以政不逹、使於四方、不能專對、雖多亦奚以爲。古之人、幼而聞歌誦之聲、長而識刺美之意。故人之學、由詩而興。後世老師宿儒、尙不知詩義。後學豈能興起也。世之能誦三百篇者多矣。果能逹政專對乎。是後之人未嘗知詩也。夫子慮後世之不知詩也、故序關雎以示之。學詩而不求序、猶欲入室而不由戶也。天下之治、正家爲先。天下之家正、則天下治矣。二南、正家之道也。陳后妃夫人大夫妻之德。推之士庶人之家、一也。故使邦國至於郷黨皆用之、自朝廷至於委巷、莫不謳吟諷誦。所以風化天下。如小雅鹿鳴而下、各於其事而用之也。爲此詩者、其周公乎。古之人由是道者、文王也。故以當時之詩繫其後。其化之之成、至如一作。於麟趾・騶虞、乃其應也。天下之治、由茲而始、天下之俗、由此而成。風之正也。自衛而下、王道衰、禮義廢、今正風者無幾矣。其刺上、至指詆其惡。豈復有譎諫之義也。蓋發於人情怨憤。聖人取其歸止於禮義而已。惟雅亦然。所美者正也。所刺者變也。規誨者漸失而未至於刺也。爲詩之義有六。曰風、曰賦、曰比、曰興、曰雅、曰頌。風以動之。上之化下、下之風上、凡所刺美皆是也。賦者、詠述其事。蔽芾甘棠、勿翦勿伐、召伯所茇、是也。比者、以物相比。狼跋其胡、載疐其尾、公孫碩膚、赤舄几几、是也。興者、興起其義。采采卷耳、不盈傾筐、嗟我懷人、寘彼周行、是也。雅者、陳其正理。天生烝民、有物有則、民之秉彝、好是懿德、是也。頌者、稱美其事。假樂君子、顯顯令德、宜民宜人、受祿于天、是也。學詩而不分六義、豈知詩之體也。詩之別有四。曰風、曰小雅、曰大雅、曰頌。言一國之事、謂之風、言天下之事、謂之雅。事有大小、雅亦分焉。稱美盛德與告其成功、謂之頌。有是四端、所謂四始也。詩不出此四者。故曰詩之至也。得失之迹、刺美之義、則國史明之矣。史氏得詩、必載其事。然後其義可知。今小序之首是也。其下則說詩者之辭也。關雎・麟趾之化、王者之風。故繫之周南。化自周而南也。鵲巢・騶虞之德、諸侯之風。國君而下、正家之道、先王之所以敎天下也。故繫之召南。化自召而南也
(今本南字皆誤作公。)。召伯爲諸侯長。故諸侯之風主之於召南。二南者、正家之道、王化之所由興也。故關雎之義、樂得淑女、以爲后妃、配君子也。其所憂思、在於進賢淑、非說於色也。哀窈窕、思之切也。切於思賢才、而不在於淫色、無傷善之心也。是則關雎之義也。
【読み】
周南 關雎[かんしょ]
詩は、言の述ぶるなり。言の足らずして長く之を言う、詠歌の由って興る所なり。其の誠に發して感ずること深ければ、手の舞い、足の蹈むことを知らざるに至る。故に其の人に入ることも亦深く至る。以て天地を動かし、鬼神を感ぜしむ可し。虞の君臣、迭いに相賡[つ]ぎ和すること、始めて書に見る。夏・商の世、作者有りと雖も、其の傳鮮し。周に至って世益々文にして、人の怨樂、必ず言に形れ、政の善惡必ず刺美を見す。夫子の時に至って、傳うる所の者多し。夫子之を刪って、三百篇を得。皆禮義に止まって、以て世に垂る可し。敎を立つ。故に曰く、詩に興る、と。又曰く、詩三百を誦じて、之を授くるに政を以てするに逹せず、四方に使いして、專對すること能わずんば、多しと雖も亦奚を以てせん、と。古の人、幼にして歌誦の聲を聞き、長じて刺美の意を識る。故に人の學は、詩由りして興る。後世老師宿儒も、尙詩の義を知らず。後學豈能く興起せんや。世の能く三百篇を誦ずる者多し。果たして能く政に逹し專對せんや。是れ後の人未だ嘗て詩を知らざるなり。夫子後世の詩を知らざることを慮る、故に關雎に序して以て之を示す。詩を學んで序を求めずんば、猶室に入らんと欲して戶に由らざるがごとし。天下の治、家を正しくすることを先とす。天下の家正しきときは、則ち天下治まる。二南は、家を正しくするの道なり。后妃夫人大夫の妻の德を陳ぶ。之を士庶人の家に推すも、一なり。故に邦國より郷黨に至るまで皆之を用い、朝廷自り委巷に至るまで、謳吟諷誦せずということ莫からしむ。天下を風化する所以なり。小雅鹿鳴よりして下の如きは、各々其の事に於て之を用う。此の詩を爲る者は、其れ周公か。古の人是の道に由る者は、文王なり。故に當時の詩を以て其の後に繫ぐ。其の之を化するの成、一作の如きに至る。麟趾・騶虞に於ては、乃ち其の應なり。天下の治、茲れ由りして始り、天下の俗、此れ由りして成る。風の正しきなり。衛自りして下は、王道衰え、禮義廢れて、今の正風という者幾ばくも無し。其の上を刺[そし]る、其の惡を指し詆るに至る。豈復譎諫の義有らんや。蓋し人情怨憤に發す。聖人其の歸禮義に止まるに取るのみ。惟雅も亦然り。美する所の者は正なり。刺る所の者は變なり。規し誨[おし]うる者漸失すれども未だ刺るに至らず。詩を爲るの義六つ有り。曰く風、曰く賦、曰く比、曰く興、曰く雅、曰く頌なり。風は以て之を動かすなり。上の下を化し、下の上を風する、凡そ刺美する所は皆是れなり。賦は、其の事を詠述するなり。蔽芾[へいはい]たる甘棠[かんとう]、翦ること勿かれ伐[き]ること勿かれ、召伯の茇[やど]りし所という、是れなり。比は、物を以て相比するなり。狼其の胡を跋[ふ]む、載ち其の尾に疐[つまづ]く、公碩[おお]いなる膚[よ]きことを孫[ゆづ]りて、赤舄[せき]几几たりという、是れなり。興は、其の義を興起するなり。卷[けん]耳を采り采る、傾筐にも盈たず、嗟我れ人を懷[おも]って、彼の周行に寘[お]くという、是れなり。雅は、其の正理を陳ぶるなり。天烝民を生ず、物有れば則有り、民の彝[つね]を秉[と]る、是の懿德を好んずという、是れなり。頌は、其の事を稱美するなり。假樂の君子、顯顯たる令德あり、民に宜しく人に宜し、祿を天に受くという、是れなり。詩を學んで六義を分かたずんば、豈詩の體を知らんや。詩の別に四つ有り。曰く風、曰く小雅、曰く大雅、曰く頌なり。一國の事を言うは、之を風と謂い、天下の事を言うは、之を雅と謂う。事に大小有り、雅も亦分かつ。盛德を稱美すると其の成功を告ぐるとは、之を頌と謂う。是の四端有るは、所謂四始なり。詩は此の四つの者を出ず。故に曰く、詩の至り、と。得失の迹、刺美の義は、則ち國史之を明らかにせり。史氏詩を得れば、必ず其の事を載す。然して後に其の義知る可し。今の小序の首め、是れなり。其の下は則ち詩を說く者の辭なり。關雎・麟趾の化は、王者の風なり。故に之を周南に繫ぐ。周自りして南を化するなり。鵲巢・騶虞の德は、諸侯の風なり。國君よりして下、家を正しくするの道、先王の天下に敎うる所以なり。故に之を召南に繫ぐ。召自りして南を化するなり(今の本南の字を皆誤って公に作る。)。召伯は諸侯の長爲り。故に諸侯の風之を召南に主とす。二南は、家を正しくするの道、王化の由って興る所なり。故に關雎の義は、淑女を得て、以て后妃と爲して、君子に配することを樂しむなり。其の憂え思う所は、賢淑を進むるに在りて、色を說ぶに非ず。哀しんで窈窕[ようちょう]たるは、思いの切なるなり。賢才を思うに切にして、色に淫するに在ず、善を傷るの心無し。是れ則ち關雎の義なり。

漢廣
漢廣、言漢之廣大、猶云江永也。本言文王之道、南被江・漢之域。因取漢水爲興。水之爲限、不可踰也。以興禮義之爲閑、不可犯也。南國被文王之化、家齊俗厚、婦人知守禮義。旣以禮義爲防、則非僻之思自絕。雖有以非禮求之者、亦不可得而犯也。不可得而犯、則不思犯矣。夫人之休於木下、必攀枝跛倚。喬木不可攀及也。故人絕欲休之思。興女有高潔之行、非禮者自無求之之思也。重稱、漢水之廣、不可思游泳以濟、江之長永、不可思方而渡也。江大於漢。雖方尙不可濟。難於泳矣。興以禮自閑不可侵凌也。女之游者、謂曠僻獨行。可動之地、異乎閨門之内、姆傅之側也。錯薪翹翹然、必擇其端直者刈之。如是之女、豈所不願得哉。之子者、若得之以歸、則言秣其馬矣
(情切之意。)。惟其禮法之限、不可得也。不止無非禮之私思、又知其端直之美而願慕之也。
【読み】
漢廣[かんこう]
漢の廣きとは、漢の廣く大なるを言い、猶江の永きと云うがごとし。本文王の道、南のかた江・漢の域に被らしむることを言う。因りて漢水を取りて興[たと]えとす。水の限を爲す、踰ゆ可からず。以て禮義の閑ぐことを爲して、犯す可からざるに興う。南國文王の化を被って、家齊い俗厚くして、婦人禮義を守ることを知る。旣に禮義を以て防ぐことを爲せば、則ち非僻の思い自づから絕つ。非禮を以て之を求むる者有りと雖も、亦得て犯す可からず。得て犯す可からざるときは、則ち犯すことを思わず。夫人の木の下に休[いこ]う、必ず枝を攀[ひ]いて跛倚す。喬木は攀き及ぼす可からず。故に人休わんと欲するの思いを絕つ。女高潔の行い有って、非禮の者自づから之を求むるの思い無きに興う。重ねて稱す、漢水の廣き、游泳して以て濟ることを思う可からず、江の長く永き、方[いかだ]して渡ることを思う可からず、と。江は漢より大なり。方すと雖も尙濟る可からず。泳ぐより難し。禮を以て自ら閑いで侵し凌ぐ可からざるに興う。女の游ぶという者は、曠僻獨行を謂う、動かす可きの地、閨門の内、姆傅の側に異なり。錯薪翹翹然たり、必ず其の端直なる者を擇んで之を刈る。是の如きの女、豈得ることを願わざる所ならんや。之の子とは、若し之を得て以て歸らば、則ち言[ここ]に其の馬に秣[まぐさ]かわん(情切なるの意。)。惟其の禮法の限、得可からずとなり。止非禮の私思無きのみにあらず、又其の端直の美を知って之を願い慕うなり。

汝墳
關雎之化行、則天下之家齊俗厚、婦人皆由禮義、王道成矣。古之人有是道、使天下蒙是化者、文王是也。故以文王之詩附於周南之末。又周家風天下、正身齊家之道、貽謀自於文王。故其功皆推本而歸焉。漢廣、婦人之能安於禮義也。汝墳、則又能勉其君子以正也。君子從役於外、婦人爲樵薪之事、思念君子之勤勞、如久饑也。調作輖。重也。二章、自勉之意。伐肄、見踰年矣。言將見君子不遠棄我也。三章、勉君子以正言。其勤勞、猶魴魚之赬尾。蓋王室暴政如焚焰。雖則如是、文王之德如父母望之甚邇。被文王之德化、忘其勞苦也。
【読み】
汝墳[じょふん]
關雎の化行わるるときは、則ち天下の家齊い俗厚くして、婦人皆禮義に由って、王道成る。古の人是の道有りて、天下をして是の化を蒙らしむる者は、文王是れなり。故に文王の詩を以て周南の末に附く。又周家天下に風して、身を正し家を齊うるの道、謀を貽[のこ]すこと自ら文王に於てす。故に其の功皆推し本づけて歸す。漢廣は、婦人の能く禮義に安んずるなり。汝墳は、則ち又能く其の君子を勉めして以て正す。君子役に外に從い、婦人樵薪の事を爲して、君子の勤勞を思い念って、久しく饑ゆるが如しとなり。調は輖[しゅう]と作す。重きなり。二章は、自ら勉むるの意。肄[い]を伐るとは、踰年を見すなり。言うこころは、將に君子を見んとして我を遠ざけ棄てずとなり。三章は、君子を勉めしむるに正言を以てす。其の勤勞、猶魴魚の赬[あか]き尾あるがごとくにせよとなり。蓋し王室の暴政焚焰の如し。則ち是の如しと雖も、文王の德父母之を望むが如くにして甚だ邇[ちか]し。文王の德化を被って、其の勞苦を忘るるなり。

麟之趾
關雎而下、齊家之道備矣。故以麟趾言其應。關雎之化行、則其應如此、天下無犯非禮也。自衰世公子己下、序之誤也。以詩有公子字、故誤耳。麟趾之時、麟趾不成辭。言之時、謬矣。關雎始於衽席、及於子孫、至於宗族、以被天下。故自近而言之。麟取其仁厚。趾・角・定、皆於麟取之。皆有仁厚之象也。趾不踐生草、定之狀必有異常物、角端有肉。公子之仁厚如是也。旣言之、又嘆美之曰、吁嗟麟兮。
【読み】
麟之趾[りんしし]
關雎よりして下、家を齊うるの道備わる。故に麟趾を以て其の應を言う。關雎の化行わるるときは、則ち其の應此の如くにして、天下非禮を犯すこと無し。衰世の公子という自り己下は、序の誤りなり。詩に公子の字有るを以て、故に誤まれるのみ。麟趾の時とは、麟趾は辭を成さず。之を時と言うは、謬れり。關雎は衽席に始まって、子孫に及び、宗族に至って、以て天下に被らしむ。故に近き自りして之を言う。麟は其の仁厚に取る。趾・角・定[ひたい]は、皆麟に於て之を取る。皆仁厚の象有ればなり。趾生草を踐まず、定の狀必ず常物に異なること有り、角の端に肉有り。公子の仁厚是の如し。旣に之を言いて、又之を嘆美して曰く、吁嗟麟たり、と。

召南 江有汜
此亦文王時詩。因附於此。其嫡不使備嬪妾之數、以侍君也。汜、水之分。渚、水之岐。沱、水之別。歸、謂從君子也。美人君當使妾媵均承其澤。故以歸言。非謂是嫁來之歸也。汜、分之小。洲・渚之岐、則大矣。沱之爲言、別也。幾相類矣。言水之分流、興夫人之不專君子。前二章止言嫡不由是道、其後自悔。卒章則言不過我而無怨、笑歌順命。蓋言其所以致嫡之自悔也。處、得其所處也。過、及也。笑喜樂而已。歌之發於中也。
【読み】
召南 江有汜[こうゆうし]
此れ亦文王の時の詩。因りて此に附く。其の嫡嬪妾の數を備えて、以て君に侍せしめざるなり。汜は、水の分なり。渚は、水の岐なり。沱[だ]は、水の別なり。歸は、君子に從うを謂う。人君當に妾媵をして均しく其の澤を承けしむることを美む。故に歸を以て言う。是れ嫁し來るの歸を謂うには非ず。汜は、分の小なるなり。洲・渚の岐は、則ち大なり。沱の言爲る、別なり。幾ど相類せり。言うこころは、水の分流、夫人の君子を專らにせざるに興う。前の二章は止嫡是の道に由らずして、其後自ら悔ゆることを言う。卒わりの章は則ち我に過[およ]ばざれども而れども怨ること無くして、笑歌して命に順うことを言う。蓋し其の嫡の自ら悔ゆることを致す所以を言うなり。處は、其の處する所を得るなり。過は、及ぶなり。笑って喜樂するのみ。歌の中に發すればなり。

谷風
習習和風、陰陽交和、則感陰而成雨
(其感也陰、其成也雨。)。夫婦之道同、黽勉和同、不宜有怨怒也。蓋和則夫婦之道成而家室正、如陰陽和而成雨。采葑菲者、以其有下體也。無以、以也。夫婦之道、貴其有終。德音、好音也。當期好音無違、至於偕老。承上章意。我行道而遲遲者、中心念其有違乎此也。不遠伊邇、謂此道不遠而邇。何莫置我當其分乎。送、置也。畿、分也。所以疆畿者、所畫之界分耳。荼、至苦也。乃以爲甘。新昏、非禮之至也。反好之如弟。涇濁而渭淸。今涇反以渭爲濁。湜湜、淸貌。視於淺處則見淸。彼以爲濁、而其沚自湜湜。以言其惑而不得其正也。愛其新昏、而反不以我爲屑也。梁笱喩己所治家事。惜爲其毀敗。梁、所以壅蔽。使毋撤而逝之。笱、所以捕(徐本捕作在。)魚。使毋發而去之。我身之所爲、且不能省閱、暇惜我旣去之後乎。就其深矣己下、陳其躬所爲治家勤勞之事。隨事盡其心力而爲之、深則方舟、淺則泳游、不可計其有與亡也。强勉求爲之耳。不特如是治其家而已、又周睦其鄰里郷黨、莫不盡其道。我所爲者如是、不能心知念我、而反以我爲讎惡。慉、心所畜也。惟其心旣阻絕我之善。故雖勤勞如是、而不見取、如賈之不售。凡人所以憎而不知其善、由心阻絕其善也。昔惟恐養生之道窮困、及爾至於顚覆。今旣遂其生旣饒息矣、乃比我於毒。所以蓄藏美物者、以禦冬爲卒歲之備也。今乃止以我禦窮困之時、終乃見棄。肄、習也。貽我以武暴憤怨、習而爲常矣。塈、息也。不念昔之安息於我室家、心所歸息也。
【読み】
谷風[こくふう]
習習たる和風、陰陽交わり和するときは、則ち感ずれば陰[くも]りて成れば雨ふる(其の感ずるや陰り、其の成るや雨ふる。)。夫婦の道同じく、黽勉[びんべん]として和同すれば、宜しく怨み怒ること有るべからず。蓋し和すれば則ち夫婦の道成って家室正しきこと、陰陽和して雨と成るが如し。葑菲[ほうひ]を采る者は、其の下體有るを以てなり。以てすること無けんやとは、以てするなり。夫婦の道は、其の終わり有ることを貴ぶ。德音は、好き音なり。當に好き音違うこと無きことを期して、偕老に至るべし。上の章の意を承く。我が道を行くこと遲遲たる者は、中心其の此に違うこと有るを念ってなり。遠からずして伊[こ]れ邇しとは、此の道遠からずして邇きを謂う。何ぞ我を置くこと其の分に當たること莫きやとなり。送は、置くなり。畿は、分なり。所以に疆畿は、畫くる所の界分のみ。荼[にがな]は、至って苦し。乃ち以て甘しとす。新昏は、非禮の至りなり。反って之を好すること弟の如し。涇[けい]は濁って渭は淸む。今涇反って渭を以て濁れるとす。湜湜[しょくしょく]は、淸き貌。淺き處を視るときは則ち淸きを見る。彼以て濁れるとすれども、其の沚自づから湜湜たり。以て其の惑いて其の正しきを得ざることを言う。其の新昏を愛して、反って我を以て屑しとせざるなり。梁[やな]笱[うえ]は己が家を治むる所の事に喩う。其の毀敗を爲すことを惜しむ。梁は、壅蔽する所以。撤して之を逝かしむること毋からしめよ。笱は、魚を捕る(徐本捕を在に作る。)所以。發いて之を去らしむること毋からしめよ。我が身のする所すら、且つ省閱すること能わず、我が旣に去るの後を惜しむに暇あらんや。其の深きに就くというより己下は、其の躬ら家を治むることをする所の勤勞の事を陳ぶ。事に隨いて其の心力を盡くして之を爲して、深ければ則ち方[いかだ]し舟し、淺ければ則ち泳し游して、其の有と亡とを計る可からざるなり。强め勉めて之をすることを求むるのみ。特り是の如く其の家を治むるのみにあらず、又周く其の鄰里郷黨に睦まじくして、其の道を盡くさずということ莫し。我がする所の者是の如くなれども、心に我を知り念うこと能わずして、反って我を以て讎惡とす。慉[きく]は、心の畜うる所なり。惟其の心旣に我が善を阻絕す。故に勤勞すること是の如しと雖も、而れども取られざること、賈の售[う]られざるが如し。凡そ人憎んで其の善を知らざる所以は、心に其の善を阻絕するに由れり。昔惟生を養うの道窮困して、爾と顚覆するに至らんことを恐る。今旣に其の生を遂げて旣に饒息して、乃ち我を毒に比す。美物を蓄え藏むる所以は、冬を禦ぎ歲を卒うるの備えをするを以てなり。今乃ち止むるに我が窮困を禦ぐの時を以てして、終に乃ち棄てらる。肄は、習うなり。我に貽[おく]るに武暴憤怨を以てして、習いて常とせしむ。塈[き]は、息うなり。昔我が室家に安息することを念わずとは、心の歸息する所なり。

簡兮
賢才之人、可以爲王臣。而簡擇取之、方將使之爲萬舞。日之方中、明朗之時、又在前列而處上。見之宜可辨、而不能知之也。碩德之人、俁俁然、心廣體胖、在公庭爲萬舞也。次章又言其才藝之美。有力如虎、才武也。執轡如組、藝也。言其藝如此、非在公庭見之也。左執籥而右秉翟、言其能之備、羽籥二事皆能之也。其顔色如渥丹然。必言其顔色之充美者、以其在前易見。其才藝容色如是。而公錫之以爵而已。勞賤者之道也。榛之在山、苓之在隰、乃其宜也。賢者宜在王朝也。云誰之思。思彼王國之賢者、言彼美德之人、爲王朝之臣、乃得其所也。言之、所以嘆此之不得其所也。或云、美人蓋謂衛之賢者、文意不然。
【読み】
簡兮[かんけい]
賢才の人は、以て王臣と爲る可し。而るに簡び擇んで之を取って、方に將に之をして萬舞を爲さしめんとす。日の方に中するは、明朗の時、又前列に在りて上に處す。之を見ること宜しく辨ず可くして、之を知ること能わざるなり。碩德の人、俁俁[ぐぐ]然として、心廣體胖にして、公庭に在って萬舞せんとす。次の章は又其の才藝の美を言う。力有ること虎の如しとは、才の武きなり。轡を執ること組の如しとは、藝なり。其の藝此の如くなることを言いて、公庭に在って之を見ることを非[そし]るなり。左に籥[やく]を執って右に翟を秉るとは、言うこころは、其の能の備わって、羽籥の二事皆之を能くするなり。其の顔色渥丹の如く然り。必ず其の顔色の充美なるを言う者は、其の前に在って見易きを以てなり。其の才藝容色是の如し。而るに公之に錫うに爵を以てするのみ。賤者を勞[いたわ]るの道なり。榛[はじばみ]の山に在り、苓の隰[さわ]に在るは、乃ち其の宜しきなり。賢者は宜しく王朝に在るべし。云[ここ]に誰をか思う。彼の王國の賢者を思うとは、言うこころは、彼の美德の人、王朝の臣爲るは、乃ち其の所を得るなり。之を言うは、此が其の所を得ざることを嘆ずる所以なり。或るひと云う、美人は蓋し衛の賢者を謂うとは、文意然らず。

北風
序云竝爲威虐、謂君臣上下皆然。四時之風、春而自東、則生物也。夏而自南、則養物也。秋而自西、則成物也。冬而自北、則殺物也。以北風之殺害於物、故以興虐政。詩序謂、百姓不親、相攜持而去。乃述當時之事。然考詩之辭、乃君子見幾而作。相招無及於禍患者也。風旣涼冷、必將至於雨雪。旣尙威虐、必將殘暴於人也。以恩惠相好、則攜持而去耳。虚、寬貌。徐、緩也。雍容之狀。亟、急也。只且、辭也。言尙可寬容虚徐乎。旣急也哉。涼氣喈聲雱霏皆雨散之狀。行、去也。歸、擇所安而往也。同車亦偕行耳。但卒章辭意益迫切。同車、已有駕之意。莫赤者匪狐乎。莫黑者匪烏乎。以其色、則知其物矣。豈難辨哉。觀其爲政之道、則知暴虐禍難將及於人矣。君子全身遠害、惟恐去之不速。故其辭迫切。其虚其邪、旣亟只且是也。
【読み】
北風[ほくふう]
序に竝びに威虐を爲すと云うは、君臣上下皆然ることを謂う。四時の風、春にして東自りすれば、則ち物を生ず。夏にして南自りすれば、則ち物を養う。秋にして西自りすれば、則ち物を成す。冬にして北自りすれば、則ち物を殺すなり。北風の物を殺害するを以て、故に以て虐政に興う。詩の序に謂く、百姓親しまず、相攜持して去る。乃ち當時の事を述ぶ、と。然れども詩の辭を考うるに、乃ち君子幾を見て作つ。相招いて禍患に及ぶこと無き者なり。風旣に涼冷なれば、必ず將に雨雪に至らんとす。旣に尙威虐なれば、必ず將に人を殘暴せんとす。恩惠を以て相好んずれば、則ち攜持して去らんのみ。虚は、寬なる貌。徐は、緩きなり。雍容の狀なり。亟は、急なり。只且は、辭なり。言うこころは、尙寬容虚徐なる可けんや。旣に急[はや]くせよやとなり。涼氣喈聲[かいせい]雱霏[ほうひ]は皆雨散ずるの狀。行は、去るなり。歸は、安んずる所を擇んで往くなり。車を同じくすとは亦偕[とも]に行るのみ。但卒わりの章の辭意は益々迫切なり。車を同じくするは、已に駕するの意有り。赤き者狐に匪[あら]ざること莫けんや。黑き者烏に匪ざること莫けんや。其の色を以てするときは、則ち其の物を知る。豈辨じ難からんや。其の政をするの道を觀るときは、則ち暴虐禍難將に人に及ばんとすることを知る。君子身を全くして害を遠ざけば、惟去ることの速やかならざらんことを恐る。故に其辭迫切なり。其れ虚[ゆる]くせんや其れ邪[ゆる]くせんや、旣に亟やかにせよという、是れなり。

君子偕老
其德之深厚、如山如河、乃稱象德之服。服章之設、象其德位之宜。德尊位隆、乃稱盛服。今子之不淑、奈何。一章言人君之德、服飾之盛宜如是、而奈何反不稱。次章又言服章容貌之美、與德相稱、則可尊仰。故云、胡然而仰之如天乎。胡然而尊之爲君乎。帝、君也。帝言以其有德也。三章重陳衣服德容之美。誠如此之人、乃是邦人之媛也
(媛、美德之女。)
【読み】
君子偕老[くんしかいろう]
其の德の深く厚きこと、山の如く河の如くなれば、乃ち德に象るの服に稱う。服章の設けは、其の德位の宜しきに象る。德尊く位隆ければ、乃ち盛服に稱う。今子の淑[よ]からざる、奈何となり。一章には人君の德、服飾の盛んなるは宜しく是の如くなるべくして、奈何ぞ反って稱わざるということを言う。次の章には又服章容貌の美、德と相稱うときは、則ち尊び仰ぐ可きことを言う。故に云く、胡ぞ然[しか]くして之を仰いで天の如くせんか。胡ぞ然くして之を尊んで君とせんか、と。帝は、君なり。帝は言うこころは其の德有るを以てなり。三章には重ねて衣服德容の美を陳ぶ。誠に此の如きの人は、乃ち是れ邦人の媛なり、と(媛は、美德の女。)

定之方中
美建國之得其時制。一章言建國之事、次章言相土地之初。屬文之勢然也。今文首言其事、然後原其初者多矣。旣度其可、然後卜以決之。卜洛亦然。古人之爲皆是也。人謀臧、則龜筮從矣。卒章序其勤勞、以致殷富。塞、當也。淵、深也。當其深。所以成其富盛。
【読み】
定之方中[ていしほうちゅう]
國を建つるの其の時の制を得ることを美む。一章には國を建つるの事を言い、次の章には土地を相[み]るの初めを言う。文を屬[つづ]るの勢然り。今文首めに其の事を言いて、然して後に其の初めに原づく者多し。旣に其の可なるを度って、然して後に卜して以て之を決す。洛を卜するも亦然り。古人の爲[しわざ]皆是なり。人謀臧[よ]きときは、則ち龜筮從う。卒わりの章は其の勤勞して、以て殷富を致すことを序づ。塞は、當たるなり。淵は、深きなり。當たること其れ深し。其の富盛を成す所以なり。

蝃蝀
言奔則女就男。衛國化文王之道、淫奔人知恥而惡絕之。詩人道是意、以風止其事。蝃蝀、陰陽氣之交、映日而見。故朝西而暮東。在東者、陰方之氣就交於陽也。猶易之自我西郊。夫陽唱陰和、男行女隨、乃理之正。今陰來交陽、人所醜惡。故莫敢指之。今世俗不以手指者、因詩之言。女子之義、從於人也。必待父母之命、兄弟之議、媒妁之言、男先下之、然後從焉。不由是而奔就於男者、猶蝃蝀之東。故以興焉。人所醜而不敢指視也。奈何女子之行、而違背父母兄弟乎。違謂違背不由其命而奔也。朝隮升於西者、乃陽方之氣、來交於陰、則理之順。故和而爲雨。崇朝、不日之義。奈何女子反遠其父母兄弟乎。如是之人無他也、懷男女之欲耳。婚姻、男女之交也。人雖有欲、當有信而知義。故言其大無信、不知命、爲可惡也。苟惟欲之從、則人道廢而入於禽獸矣。女子以不自失爲信。所謂貞信之敎。違背其父母、可謂無信矣。命、正理也。以道制欲則順命。言此所以風也。
【読み】
蝃蝀[ていとう]
奔ると言うは則ち女男に就くなり。衛の國文王の道に化して、淫奔の人恥を知って之を惡み絕つ。詩人是の意を道いて、以て風して其の事を止む。蝃蝀は、陰陽の氣の交わり、日に映じて見るなり。故に朝には西にして暮には東にす。東に在るは、陰の方の氣就いて陽に交わるなり。猶易の我が西郊自りすというがごとし。夫れ陽唱え陰和し、男行き女隨うは、乃ち理の正しきなり。今陰來りて陽に交わるは、人の醜み惡む所。故に敢えて之を指すこと莫し。今世俗手を以て指さざる者は、詩の言に因れり。女子の義は、人に從うなり。必ず父母の命、兄弟の議、媒妁の言を待って、男先づ之に下りて、然して後に從う。是に由らずして奔って男に就く者は、猶蝃蝀の東するがごとし。故に以て興う。人醜んで敢えて指し視さざる所なり。奈何ぞ女子の行きて、父母兄弟に違い背くや。違うとは違い背いて其の命に由らずして奔るを謂うなり。朝に西に隮[のぼ]り升る者は、乃ち陽の方の氣、來りて陰に交わるは、則ち理の順なり。故に和して雨と爲る。朝を崇[お]わるとは、日あらざるの義。奈何ぞ女子反って其の父母兄弟に遠るや。是の如きの人は他無し、男女の欲を懷うのみ。婚姻は、男女の交わりなり。人欲有りと雖も、當に信有りて義を知るべし。故に其の大いに信無くして、命を知らざることを言いて、惡む可しとす。苟も惟欲に之れ從うときは、則ち人道廢れて禽獸に入る。女子は自ら失せざるを以て信とす。所謂貞信の敎なり。其の父母に違い背くは、信無しと謂う可し。命は、正理なり。道を以て欲を制すれば則ち命に順う。此を言いて風する所以なり。

相竄
相竄之爲物、貪而畏人、舉止驚攫、無體態。故以興人之無禮儀。視竄之有皮革以成其身、有牙以完其形、具形體以成物、而動作如此、猶有人之形質。而無禮儀容止、不若死也。
【読み】
相竄[しょうそ]
竄の物爲るを相[み]るに、貪りて人を畏れ、舉止驚攫して、體態無し。故に以て人の禮儀無きに興う。竄の皮革有りて以て其の身を成し、牙有りて以て其の形を完くし、形體を具えて以て物と成りて、動作すること此の如きを視るに、猶人の形質有るがごとし。而して禮儀容止無くんば、死するに若かじとなり。

干旄
卿大夫公子多好善者、賢者受其禮意之厚、當以善道告之。詩推其意、知樂告也。干旌、注旄干首。九旗皆然。九旗之物、所建各不同。若王建太常、諸侯建旗、而來就浚之郊、禮下賢者。素絲、束帛也。謂以束帛乘馬、行禮於賢者。彼姝美之人、謂有美德者。受其禮意如是、當何以畀之。知其必告以善道也。紕、疎布之狀。組、錯密之狀。祝、疑爲竺。厚積之意。馬四至於五六、馬帛之益多。見其禮之益加也。始畀之、畀與也。謂答之。中與之、謂交親之。終告之、謂忠告之。待之益至、報之益厚。是爲樂告也。郊、野外。都、邑。城、國中。好賢益篤、則賢者益至、不好賢、則士亦遠遯也。
【読み】
干旄[かんぼう]
卿大夫公子善を好する者多くして、賢者其の禮意の厚きを受けば、當に善道を以て之に告ぐべし。詩其の意を推すに、告ぐるを樂しむことを知るなり。干旌は、旄を首に注[つ]くるなり。九旗皆然り。九旗の物、建つる所各々同じからず。若し王太常を建て、諸侯旗を建てて、來りて浚の郊に就くは、賢者に禮し下るなり。素絲は、束帛なり。束帛乘馬を以て、禮を賢者に行うを謂う。彼の姝美[しゅび]の人は、美德有る者を謂う。其の禮意を受くること是の如くならば、當に何を以て之に畀[あた]えんとす。其の必ず告ぐるに善道を以てせんことを知る。紕は、疎布の狀。組は、錯密の狀。祝は、疑うらくは竺爲らん。厚積の意なり。馬四より五六に至るは、馬帛の益々多きなり。其の禮の益々加うることを見るなり。始めに之を畀うというは、畀は與うるなり。之に答うるを謂う。中に之に與うというは、交わりて之に親しくするを謂う。終わりに之に告ぐとは、忠をもって之に告ぐるを謂う。之に待すること益々至れば、之に報ずること益々厚し。是れ告ぐることを樂しむとするなり。郊は、野外。都は、邑。城は、國中なり。賢を好んずること益々篤ければ、則ち賢者益々至り、賢を好んじざれば、則ち士も亦遠ざかり遯[のが]るるなり。

淇澳 
淇澳之地、潤澤膏沃、而生綠竹。竹、生物之美者、興武公之美内充、而文章威儀著於外也。有斐、斐然文章貌。君子有文章、由其在學以自修。如切如磋、言學也。如琢如磨、自修也。以象治玉、譬人之治學修身。瑟兮僴兮、怐謹莊栗貌。赫兮喧兮、成德顯著於外也。故云威儀也。有斐君子、終不可諼兮、言文章君子盛德之至善、人不能忘也。此首章言德美文章、由善學自治而然。二章言其威儀之美、服飾之盛。三章言其成質之美、如金錫圭璧然。寬兮綽兮、寬弘裕也、綽開豁也。重較、大車。言其多容而任重如大車也。善戲謔、言其樂易而以禮自飾、防節不至於過。是不爲虐也。猗猗、言竹之態。靑靑、言其色。如簀、言其盛密、比爲簀。綠竹、竹也。淇澳所有。
【読み】
淇澳[きいく] 
淇澳の地は、潤澤膏沃にして、綠竹を生ず。竹は、生物の美なる者、武公の美内に充ちて、文章威儀外に著るに興う。斐たる有りとは、斐然として文章ある貌。君子文章有るは、其の學在りて以て自ら修むるに由れり。切るが如く磋[みが]くが如しとは、學を言うなり。琢[うが]つが如く磨くが如しとは、自ら修むるなり。以て玉を治むるに象って、人の學を治め身を修むるに譬うるなり。瑟[しつ]たり僴[かん]たりとは、怐謹莊栗なる貌。赫たり喧たりとは、成德外に顯著するなり。故に威儀なりと云う。斐たる君子有り、終に諼[わす]可からずとは、文章ある君子は盛德の至善、人忘るること能わざるを言う。此の首めの章には德の美文章は、善く學び自ら治むる由りして然ることを言うなり。二章には其の威儀の美、服飾の盛んなるを言うなり。三章には其の成質の美、金錫圭璧の如く然ることを言うなり。寬たり綽[しゃく]たりとは、寬は弘裕なり、綽は開豁なり。重較は、大車なり。其の多く容れて任重きこと大車の如くなることを言う。善く戲謔すとは、言うこころは、其の樂しみ易すれども禮を以て自ら飾って、防ぎ節すれば過ちに至らず。是れ虐[そこな]うことをせざるなり。猗猗は、竹の態を言う。靑靑は、其の色を言う。簀の如しとは、其の盛密を言いて、比して簀とするなり。綠竹は、竹なり。淇澳の有する所なり。

考槃
賢者之退、窮處澗谷閒、雖德體寬裕、而心在朝廷、寤寐不能忘懷、深念其不得以善道告君。故陳其由也。
【読み】
考槃[こうはん]
賢者の退いて、澗谷の閒に窮處する、德體寬裕なりと雖も、心朝廷に在りて、寤寐懷[こころ]に忘るること能わず、深く其の善道を以て君に告ぐることを得ざることを念う。故に其の由を陳ぶ。

碩人
碩人、大人尊賢之稱
(賢一作貴。)。頎頎、容質之偉盛。言其位尊服飾之美、又陳其家之貴盛、德容之如是。其來也、禮數之備、至近郊而說止、復整車服而後入於朝。君爲之早退、以與夫人燕處。見禮之之重。河水洋洋、北流活活、旣盡言夫人之尊位重。因以河水興。人情故縱難制。所以致嬖妾上僣、而薄於夫人。洋洋、浩蕩。活活、流激貌。河水如是。故施罛不安。强大之魚不能制也。君情放縱、故禮法不能制。葭菼興衆多。庶姜衆多、孽孽不順、如葭菼然。賢士大夫莫能正、有去而已。
【読み】
碩人[せきじん]
碩人は、大人尊賢の稱(賢は一に貴に作る。)。頎頎[きき]は、容質の偉[おお]いに盛んなるなり。其の位尊く服飾の美なるを言い、又其の家の貴く盛んに、德容の是の如くなることを陳ぶ。其の來れるや、禮數備わりて、近郊に至って說[やど]り止まりて、復車服を整えて而して後に朝に入る。君之が爲に早く退いて、以て夫人と燕處す。之に禮するの重きを見る。河水洋洋、北に流れて活活は、旣に盡く夫人の尊くして位重きことを言う。因りて河水を以て興う。人情故縱にして制し難し。所以に嬖妾上に僣して、夫人に薄[せま]ることを致す。洋洋は、浩蕩。活活は、流激する貌。河水是の如し。故に罛[あみ]を施[もう]くること安からず。强大の魚制すること能わず。君の情放縱、故に禮法制すること能わず。葭菼[かたん]は衆多に興う。庶姜衆多、孽孽[げつげつ]として不順なること、葭菼の如く然り。賢士大夫能く正すこと莫くして、去ること有るのみ。

君子陽陽
簧、爲樂之器。房、安息之所。苟自爲樂、又招其類、由安息之所也。翿、舞所持。自爲歌舞、又招其侶、由傲樂之道。陽陽、自得。陶陶、自樂之狀。皆不任憂責、全身自樂而已。君子居亂世、如是而已。
【読み】
君子陽陽[くんしようよう]
簧[ふえ]は、樂を爲すの器。房は、安息の所。苟も自ら樂を爲すは、又其の類を招いて、安息の所に由るなり。翿[とう]は、舞の持する所。自ら歌舞を爲すは、又其の侶を招いて、傲樂の道に由る。陽陽は、自得。陶陶は、自ら樂しむの狀。皆憂責に任ぜず、身を全くして自ら樂しむのみ。君子の亂世に居する、是の如きのみ。

揚之水
周人勞於戍申、而怨思諸侯有患。天子命保衛之、亦宜也。平王獨私其母家耳。非有王者保天下之心也。人怨宜也。況天子當使方伯鄰國保助之。豈當獨勞畿内之民。故周人怨諸侯之人不共戍申也。彼其之子、謂諸侯之人。申・甫・許、皆申之地名。揚之水、瀾也。淺故激力不足以流薪。興力不足也。楚・蒲益輕。言力不足愈深。
【読み】
揚之水[ようしすい]
周人申を戍[まも]るに勞して、諸侯患え有ることを怨み思う。天子命じて保んじ之を衛ること、亦宜なり。平王獨り其の母家に私するのみ。王者天下を保んずるの心有るに非ず。人の怨むること宜なり。況んや天子は當に方伯鄰國をして之を保助すべし。豈當に獨り畿内の民を勞すべけんや。故に周人諸侯の人共に申を戍らざることを怨むなり。彼の其の之の子とは、諸侯の人を謂う。申・甫・許は、皆申の地の名。揚たる之の水は、瀾なり。淺きが故に激す力以て薪を流すに足らず。力足らざるに興う。楚・蒲は益々輕し。言うこころは、力足らざること愈々深きなり。

中谷有蓷
蓷、谷中所生之物。待陰潤而後能生。故暵則乾矣。興夫婦樂歲則能相保、凶年則至相棄也。始章歎其遇艱難。次章歎其人之不善。歗、長吟也。悲恨深於歎矣。卒章笑其恩義之素薄、非由於今也。故云何嗟及矣。其怨益深也。暵其濕矣、當作隰矣。亦乾也。
【読み】
中谷有蓷[ちゅうこくゆうたい]
蓷は、谷中生ずる所の物。陰潤を待って而して後に能く生ず。故に暵[かわ]かせば則ち乾く。夫婦樂歲には則ち能く相保んじ、凶年には則ち相棄つるに至るに興う。始めの章には其の艱難に遇うことを歎ず。次の章には其の人の不善を歎ず。歗[しょう]は、長く吟ずるなり。悲しみ恨んで歎くより深し。卒わりの章には其の恩義の素より薄き、今に由るに非ざることを笑う。故に何ぞ嗟[なげ]くとも及ばんと云う。其の怨み益々深し。暵かせば其れ濕うとは、當に隰[しゅう]に作るべし。亦乾くなり。

丘中有麻
丘中、宛宛平窊之處、地之美者也。麻可衣、麥可食。宜植丘中。興賢者宜在朝、則能養於人。彼、謂不賢者、乃留於朝。子之賢反窮處而咨嗟。故思望其施施而來。次章云、彼乃留而子反歸郷國、思望其來食於朝。李者、徒能甘人之口、而不能養人之物。丘中反有李、乃比不賢之人也。佩者外飾、玖非眞玉。彼留之人所貽我者、徒文飾而無實。貽我及人者。
【読み】
丘中有麻[きゅうちゅうゆうば]
丘中は、宛宛たる平窊[へいわ]の處、地の美なる者なり。麻は衣る可く、麥は食す可し。宜しく丘中に植うべし。賢者宜しく朝に在るべく、則ち能く人を養うに興う。彼とは、不賢者、乃ち朝に留まるを謂う。子が賢反って窮處して咨嗟す。故に其の施施として來らんことを思い望むとなり。次の章に云う、彼乃ち留まりて子反って郷國に歸る、其の來りて朝に食せんことを思い望む、と。李は、徒に能く人の口を甘すれども、人を養うこと能わざるの物。丘中に反って李有りというは、乃ち不賢の人に比するなり。佩は外の飾り、玖[きゅう]は眞の玉に非ず。彼の留まる人我に貽[おく]る所の者、徒文飾にして實無しとなり。我に貽るとは人に及ぼす者なり。

緇衣 
武公父子相繼爲王司徒、善於其職。國人美其爲國君而能好善道、享服章宮室祿廪之報。緇衣、卿衣也。宜、言其稱。敝又改爲、言久其職、適其館、授之宮室、授之粲、賜之祿廪。予、謂王朝。還、更也。今人言還知・還解。若還、皆更義。還予、猶予還。旣授之居、復賜之祿也。蓆、安舒之義。服稱其德、則安舒。享此、皆善善之功也。
【読み】
緇衣[しい] 
武公父子相繼いで王の司徒と爲って、其の職を善くす。國人其の國君と爲りて能く善道を好み、服章宮室祿廪の報を享くることを美む。緇衣は、卿の衣なり。宜は、其の稱えるを言う。敝[やぶ]れば又改め爲るとは、其の職に久しく、其の館に適きて、之に宮室を授け、之に粲[さん]を授け、之に祿廪を賜うを言う。予とは、王朝を謂う。還は、更なり。今の人還知・還解と言う。還の若きは、皆更の義なり。還予は、猶予還のごとし。旣に之に居を授け、復之に祿を賜うとなり。蓆は、安舒なるの義。服其の德に稱えば、則ち安舒なり。此を享くるは、皆善の功を善してなり。

子衿
衿靑、學者之服。靑靑、舉家之辭。世亂、學校不修、學者棄業。賢者念之而悲傷。故曰、悠悠我心。縱我不可以反求於汝、謂往敎强聒也。子寧不思其所學、而繼其音問。遂爾棄絕於善道乎。世治、則庠序之敎行、有法以率之。不率敎者有至於移屛不齒。又禮義廉讓之風所漸陶、父兄朋友之義所勸督、故人莫不强於進學。及夫亂世、上不復主其敎、則無以率之、風俗雜亂浮偸、父兄所敎者趨利、朋友所習者從時。故人莫不肆情廢惰、爲自棄之人。雖有賢者、欲强之於學、亦豈能也。故悲傷之而已。佩、爲靑組綬。挑、輕躍。達、放恣。不事於學、則遨遊城闕而己。賢者念之、一日不見、如三月之久也。蓋士之於學、不可一日忘廢。一日忘之、則其志荒矣。放辟邪侈之心勝之矣。
【読み】
子衿[しきん]
衿[えり]の靑きは、學者の服。靑靑は、舉家の辭。世亂れて、學校修まらず、學者業を棄つ。賢者之を念って悲傷す。故に曰く、悠悠たる我が心、と。縱[たと]い我れ以て反って汝に求む可からずともというは、往いて敎え强いて聒[かまびす]しきを謂うなり。子寧ろ其の學ぶ所を思って、其の音問を繼がざらんや。遂に爾善道を棄て絕つや。世治まるときは、則ち庠序の敎行われて、法有って以て之に率わしむ。敎に率わざる者は移し屛[しりぞ]けて齒せざるに至ること有り。又禮義廉讓の風漸陶する所、父兄朋友の義勸督する所、故に人學に進むことを强めざるは莫し。夫の亂世に及んで、上復其の敎を主らざるときは、則ち以て之に率うこと無くして、風俗雜亂浮偸して、父兄敎うる所の者利に趨り、朋友習う所の者時に從う。故に人情を肆にして廢惰して、自ら棄つるの人と爲らざるは莫し。賢者有って、之を學に强めんと欲すと雖も、亦豈能くせんや。故に之を悲傷するのみ。佩は、靑き組綬を爲す。挑は、輕躍。達は、放恣なり。學を事とせざるときは、則ち城闕に遨遊するのみ。賢者之を念って、一日も見ざれば、三月の久しきが如しとす。蓋し士の學に於る、一日も忘れ廢す可からず。一日之を忘れば、則ち其の志荒せん。放辟邪侈の心之に勝たんとなり。

東方之日 
齊國政衰、君臣皆失道。故風俗敗壊、男女淫奔。日興君、月興臣。日月明照、則物無隱蔽、姦慝莫容、如朝廷明於上也。今君不明、故有淫奔之俗。詩人以東方之日、刺其當明而昏也。日出當明。而姝美之人在我室。所以在我室、履我卽而來也。卽、就也。謂行跡。履我跡而來奔也。月出亦當明照。而姝美之人在我門内。所以在我門内、履我發而來奔也。發、行步。履其行步而來奔也。由在上之人不明、容此姦慝也。
【読み】
東方之日[とうぼうしじつ] 
齊の國政衰えて、君臣皆道を失す。故に風俗敗壊し、男女淫奔す。日は君に興え、月は臣に興う。日月明らかに照らせば、則ち物隱し蔽うこと無く、姦慝容るること莫きこと、朝廷上に明らかなるが如し。今君明ならず、故に淫奔の俗有り。詩人東方の日を以て、其の當に明らかなるべくして昏きことを刺るなり。日出ては當に明らかなるべし。而るに姝美の人我が室に在り。所以に我が室に在れば、我を履んで卽いて來るとなり。卽は、就くなり。行跡を謂う。我が跡を履んで來り奔るとなり。月出ては亦當に明らかに照らすべし。而るに姝美の人我が門内に在り。所以に我が門内に在れば、我を履んで發して來り奔るとなり。發は、行步なり。履んで其れ行步して來り奔るとなり。上に在る人明ならざるに由って、此の姦慝を容るるとなり。

東方未明
政亂無節、動非其時、或早或暮、無常度也。挈壺氏司漏刻。而朝廷興居不時。是其職廢也。言其不能正時矣。非特刺是官也。折柳以樊圃、狂夫見之且驚躩、知其爲限也。柳、柔脆易折之物。折之以爲藩籬、非堅固也。狂夫以知其有限、見之則躩然而驚。晝夜之限、非不明也。乃不能知、而不早則晏。言無節之甚。樊、籬也。營營靑蠅、止於樊、是也。
【読み】
東方未明[とうぼうみめい]
政亂れて節無くして、動くこと其の時に非ず、或は早く或は暮[おそ]く、常度無し。挈壺氏漏刻を司る。而るに朝廷の興居時ならず。是れ其の職廢せるなり。其の時を正すこと能わざるを言う。特に是の官を刺るのみに非ず。柳を折って以て圃に樊[まがき]すれば、狂夫之を見て且つ驚躩[きょうかく]して、其の限り爲ることを知る。柳は、柔脆にして折れ易き物。之を折って以て藩籬とすれば、堅固なるに非ず。狂夫以て其の限り有ることを知って、之を見れば則ち躩然として驚く。晝夜の限りは、明らかならざるに非ず。乃ち知ること能わずして、早からざれば則ち晏[おそ]し。節無きの甚だしきを言う。樊は、籬なり。營營たる靑蠅、樊に止[い]るという、是れなり。

盧令
君荒於田獵。故百姓苦之。詩人陳古之賢君畋狩以時、百姓見則善而美之。
【読み】
盧令[ろれい]
君田獵に荒む。故に百姓之を苦しむ。詩人古の賢君畋狩[でんしゅ]時を以てして、百姓見れば則ち善して之を美むることを陳ぶ。

園有桃 
觀此詩、可見其憂深思遠矣。所刺者、不能用其民耳。不能用其民、則不能治。豈復有德敎。其致侵削可知也。國無政事則亡。故詩人憂思之深也。桃、果之賤者。園有桃、亦知其實以爲殽。興國有民雖寡、能用則治。今不能用其民。故心憂之、至歌且謠。誦詠之爲謠。不知我者、謂我驕慢、彼人如是、子曰何哉。蓋未之知也。故言、我心之憂、人莫知之。重言人不知者、不思耳。其情至深切也。棘、尤賤物、可用以食也。行國、猶駕言出游。所以寫憂。罔極、不中也。
【読み】
園有桃[えんゆうとう] 
此の詩を觀て、其の憂え深く思い遠きことを見る可し。刺る所の者は、其の民を用うること能わざるのみ。其の民を用うること能わざれば、則ち治むること能わず。豈復德敎有らんや。其の侵し削らるることを致すこと知る可し。國に政事無ければ則ち亡ぶ。故に詩人憂え思うこと深きなり。桃は、果の賤しき者。園に桃有れば、亦其の實以て殽[こう]とすることを知る。國に民有れば寡しと雖も、能く用うれば則ち治まるに興う。今其の民を用うること能わず。故に心に之を憂えて、歌って且つ謠するに至る。誦詠する之を謠とす。我を知らざる者は、謂う、我れ驕慢なり、彼の人是の如し、子が曰えるは何ぞや、と。蓋し未だ之を知らざればなり。故に言う、我が心の憂え、人之を知ること莫し、と。重ねて人知らずと言うは、思わざるのみ。其の情至って深切なり。棘は、尤も賤しき物、用って以て食す可し。國に行くとは、猶駕して言[ここ]に出て游ばんというがごとし。憂えを寫[のぞ]く所以なり。極まり罔しとは、中ならざるなり。

無衣 
武公始有晉國、而能請命天子。故詩人美之。美其所可美也。六七、衣之數。或曰、繼世之君、比受封有降。然不知六七者何物也。燠煖亦謂安耳。
【読み】
無衣[ぶい] 
武公始め晉の國を有って、能く命を天子に請う。故に詩人之を美む。其の美む可き所を美むるなり。六七は、衣の數。或るひと曰く、世を繼ぐの君、封を受くること降ること有るに比す、と。然れども六七は何物ということを知らず。燠煖[いくだん]は亦安きを謂うのみ。

葛生
此詩思存者、非悼亡者。序爲誤矣。好攻戰則多離闊之恨。葛之生託於物、蘞之生依於地。興婦人依君子。誰與、獨處
(是兩句。)、誰與乎、獨處而己。獨旦、獨處至旦也。晝夜之永時、思念之情尤切。故期於死而同、穴乃不相離也。
【読み】
葛生[かつせい]
此の詩存者を思って、亡者を悼むに非ず。序誤れりとす。攻戰を好めば則ち離闊の恨み多し。葛の生ずるは物に託[つ]き、蘞[れん]の生ずるは地に依る。婦人君子に依るに興う。誰にか與にせん、獨り處らん(是れ兩句。)とは、誰にか與にせんや、獨り處らんのみ。獨り旦[あ]かさんとは、獨り處りて旦に至らんとなり。晝夜の永き時、思念の情尤も切なり。故に死して穴を同じくして、乃ち相離れざらんことを期するなり。

采苓
首陽山生堅實之物。故以興讒誣不實之人。山者物之所生。故采必於山。苓生於山顚、苦生於下。葑蓺山陽之平地。又各其所也。興采言必於誠實之人下。因誡於信讒之人。造爲巧言、且無用信之。又重誡曰、置之置之。且無以爲然。人之造爲言者、皆讒誣不實、何所得乎。謂不得實事也。
【読み】
采苓[さいれい]
首陽山は堅實の物を生ず。故に以て讒誣不實の人に興う。山は物の生ずる所。故に采ること必ず山に於てす。苓は山の顚に生じ、苦は下に生ず。葑[ほう]は山陽の平地に蓺[う]う。又各々其の所あるなり。言を采ること必ず誠實の人の下に於てするに興う。因りて讒を信ずる人を誡む。巧言を造り爲すは、且用って之を信ずること無かれ、と。又重ねて誡めて曰く、之を置け之を置け。且以て然りとすること無かれ。人の言を造り爲す者は、皆讒誣不實、何の得る所あらんや、と。實事を得ざるを謂うなり。

蒹葭 
蒹葭、蘆葦衆多而强。草類之强者、民之象也。葭待霜而後成。猶民待禮而後治。故以興焉。蒼蒼而成白露爲霜矣。伊人猶斯人。謂人情所在。人情譬諸在水之中。順而求之則易且近、逆而求之則艱且遠。淒淒、靑蒼之閒也。未晞、未凝也。猶禮敎之未至。采采、茂盛。未己、方濃之狀。未有禮敎也。禮敎未立、則人心不服而俗亂。國何以安乎。
【読み】
蒹葭[けんか] 
蒹葭は、蘆葦衆多にして强し。草類の强き者、民の象なり。葭は霜を待って而して後に成る。猶民禮を待って而して後に治まるがごとし。故に以て興う。蒼蒼として白露霜と爲るに成るとなり。伊[か]の人とは猶斯の人のごとし。人情の在る所を謂う。人情の諸を水の中に在るに譬う。順って之を求むれば則ち易くして且つ近く、逆って之を求むれば則ち艱くして且つ遠し。淒淒は、靑蒼の閒なり。未だ晞せざるは、未だ凝らざるなり。猶禮敎の未だ至らざるがごとし。采采は、茂盛[さか]んなるなり。未だ己まざるは、方に濃なるの狀。未だ禮敎有らず。禮敎未だ立たざるときは、則ち人心服せずして俗亂る。國何を以て安からんや。

終南
終南崇高厚大、以興君位之尊。山之高大、必生美材、人君尊崇、必有令德。條梅、美材也。有令德、故宜稱顯服。又美其容貎、稱人君之位。至止、在此耳。不必自外至也。紀、稜角。堂、平寬。紀興禮法、堂興德度。山必有紀堂、君必有禮德。故宜其服、稱其位。當修其身、修其德、保其位。故曰、壽考不忘也。
【読み】
終南[しゅうなん]
終南の崇高厚大、以て君位の尊きに興う。山の高大は、必ず美材を生じ、人君の尊崇は、必ず令德有るとなり。條梅は、美材なり。令德有り、故に宜しく顯服に稱うべし。又其の容貎を美しくして、人君の位に稱うとなり。至止は、此に在るのみ。必ずしも外自り至るにあらず。紀は、稜角。堂は、平寬。紀は禮法に興え、堂は德度に興う。山は必ず紀堂有り、君は必ず禮德有り。故に其の服に宜しく、其の位に稱う。當に其の身を修め、其の德を修めて、其の位を保んずべし。故に曰く、壽考にして忘れず、と。

晨風
序言、始棄其賢臣。詩中又見其不求賢之意。鴥、飛疾貎。以晨風興君子者、取其來去之疾。人君好賢、待士有道、則賢者歸之。禮貌不至、則浩然去矣、如晨風之疾也。林木茂盛、則飛鳥所集。興朝廷有道、則賢者所就也。故人君未見君子之時、當憂心欽欽然念、恐己之有未至也。人君當如此。而如何今乃忘我之多乎。此詩主賢者見棄之意而言。故云、忘我。欽欽、不懈之意。如何如何、歎其如是也。上章言朝廷有道、則賢者歸之、下章言當念下之有賢才也。櫟、山之所有也。而有茂盛而苞者、衆人之中固有秀異者矣。隰有六駁亦然。六、見其盛多也。義亦苞聚之類。如下之有賢、則當求而用之。故於未見、則憂而靡樂。如何反忘我乎。棣檖亦然。言樹、蓋其茂大者乃成樹耳。欽欽、靡樂、如醉、淺深之次、漸言其至也。
【読み】
晨風[しんふう]
序に言う、始め其の賢臣を棄つ、と。詩中又其の賢を求めざるの意を見す。鴥[いつ]は、飛ぶこと疾き貎。晨風を以て君子に興うる者は、其の來去の疾きに取る。人君賢を好み、士を待すること道有るときは、則ち賢者之に歸す。禮貌至らざるときは、則ち浩然として去ること、晨風の疾きが如し。林木茂盛は、則ち飛鳥の集[い]る所。朝廷道有れば、則ち賢者の就く所に興う。故に人君未だ君子を見ざるの時、當に憂うる心欽欽然として念うべし、恐れらくは己が未だ至らざること有らんことを。人君當に此の如くなるべし。而るに如何ぞ今乃ち我を忘るることの多きや。此の詩は賢者棄てらるるの意を主として言う。故に云く、我を忘る、と。欽欽は、懈らざるの意。如何ぞ如何ぞとは、其の是の如くなるを歎ずるなり。上の章は朝廷道有れば、則ち賢者之に歸することを言い、下の章は當に下の賢才有ることを念うべきことを言うなり。櫟は、山の有る所。而して茂盛にして苞[しげ]る者有るは、衆人の中固に秀異なる者有るなり。隰[さわ]に六駁有るも亦然り。六は、其の盛んに多きを見すなり。義も亦苞り聚まるの類。如し下に之れ賢有るときは、則ち當に求めて之を用うべし。故に未だ見ざるに於ては、則ち憂えて樂しむこと靡[な]し。如何ぞ反って我を忘るるや。棣[てい]檖[すい]も亦然り。言うこころは、樹、蓋し其の茂大なる者乃ち樹と成るのみ。欽欽たり、樂しむこと靡し、醉えるが如しとは、淺深の次、漸く其の至ることを言うなり。

無衣
不與民同欲、故民疾上之爲。詩人言爲君當與民同欲也。能同袍、則雖寒不怨矣。若推同袍之恩、則民亦同上之欲。王于興師、謂若以王道興兵、則百姓皆修其戈矛、與之同仇矣。澤、猶今謂汗衫之類。
【読み】
無衣[ぶい]
民と欲を同じくせざる、故に民上の爲[しわざ]を疾む。詩人君と爲らば當に民と欲を同じくすべきことを言う。能く袍を同じくすれば、則ち寒しと雖も怨みず。若し同袍の恩を推すときは、則ち民も亦上の欲に同じ。王于[ここ]に師を興すとは、謂うこころは、若し王道を以て兵を興さば、則ち百姓皆其の戈矛を修めて、之と仇を同じくせんとなり。澤は、猶今の謂ゆる汗衫[かんさん]の類のごとし。

墓門
人情不修治、則邪惡生、猶道路不修治、則荊棘生。故以興焉。墓門、墓道之門也。有荆棘、則當以斧斤開析之。他才不善、宜得賢師良傅以道義輔正之。今夫也不良、衆皆知之、而不去之。自昔誰如是乎。此追咎自他幼小、不擇師傅、致成其惡。誰昔然矣、猶云從來誰如是乎。前章言有棘、言他之不善。後章言有梅、深咎輔道之使然。梅、美木。雖美木生墓門荊棘荒蕪之處、則惡鳥萃矣。雖有良心善性、與不善人處、則惡歸矣。夫也不良、詩人作詩以告責之。告責之而不我顧、必待顚沛、當思我言。
【読み】
墓門[ぼもん]
人情修治せざれば、則ち邪惡生ずること、猶道路修治せざれば、則ち荊棘生ずるがごとし。故に以て興う。墓門は、墓道の門なり。荆棘有らば、則ち當に斧斤を以て之を開き析[さ]くべし。他[かれ]才かに不善ならば、宜しく賢師良傅を得て道義を以て之を輔正せしむべし。今夫や良ならず、衆皆之を知れども、而れども之を去らず。昔自り誰か是の如くなるや。此れ他幼小自り、師傅を擇ばずして、其の惡を成すことを致すことを追い咎むるなり。誰か昔より然るとは、猶從來誰か是の如きやと云うがごとし。前の章に棘有りと言うは、他の不善なるを言うなり。後の章に梅有りと言うは、深く輔道の然らしむることを咎むるなり。梅は、美木。美木と雖も墓門荊棘荒蕪の處に生ずるときは、則ち惡鳥萃[あつ]まる。良心善性有りと雖も、不善人と處するときは、則ち惡に歸す。夫や良ならず、詩人詩を作って以て之に告げ責む。之に告げ責むれども我を顧みず、必ず顚沛を待って、當に我が言を思うべしとなり。

防有鵲巢
起土爲防壟、以爲疆場之限、上植以木。於是鵲往巢焉。有叢林之蔽翳、則鵲巢之。興人心有敝昏、則讒誣者至。卭、丘也。謂丘原廣平之處、則有苕生之。美草。興人心高明平夷、則來善言。侜謂譸張。迂迴誣罔人者、必迂曲以致其惡。予美、心所賢者。憂讒誣賢善也。中唐、窊下之地、瓦礫所聚也。興處汙則不善者從焉。鷊、文草也。旨、言美也。惕惕、懼也。
【読み】
防有鵲巢[ぼうゆうじゃくそう]
土を起こして防壟と爲して、以て疆場の限りとし、上に植うるに木を以てす。是に於て鵲往いて巢くう。叢林の蔽翳有れば、則ち鵲之に巢くう。人心敝昏有れば、則ち讒誣の者至るに興う。卭[きょう]は、丘なり。謂ゆる丘原廣平の處には、則ち苕[ちょう]有りて之に生ず。美草なり。人心高明平夷なれば、則ち善言を來すに興う。侜[ちゅう]は譸[だま]し張るを謂う。迂迴して人を誣い罔[し]うる者は、必ず迂曲して以て其の惡を致す。予が美するとは、心の賢とする所の者なり。賢善を讒[そし]り誣うるを憂うるなり。中唐は、窊[わ]下の地、瓦礫の聚まる所なり。汙に處れば則ち不善の者從うに興う。鷊[げき]は、文草なり。旨は、美なるを言う。惕惕は、懼るるなり。

匪風 
亂極思治、人情所然。風者天之動、以興上政。車者人所爲。以興民俗。天氣順則風時、上德修則政舉。法制備則車成、政敎衰則民僻。故以興上下焉。匪風不和之風、匪車無法之車。發、迅烈。偈、軒輊不定。顧瞻、盼戀思而傷怛也。飄、回旋。嘌、輕搖。弔、傷憫。魚、美好之物、人所欲。興善政人所思。誰能烹魚以食人。人將喜而助之。誰能歸從周之道。人將樂而與之。懷、相要結也。好音、和聲。喜樂相從也。
【読み】
匪風[ひふう] 
亂極まって治を思うは、人情の然る所。風は天の動、以て上の政に興う。車は人の爲る所。以て民俗に興う。天氣順なれば則ち風時ない、上德の修まれば則ち政舉ぐ。法制備われば則ち車成り、政敎衰うれば則ち民僻す。故に以て上下に興う。風和せざるの風に匪ず、車無法の車に匪ず。發は、迅烈。偈[けつ]は、軒輊定まらざるなり。顧み瞻るとは、盼[かえり]みて戀い思って傷怛するなり。飄は、回り旋るなり。嘌[ひょう]は、輕く搖れるなり。弔は、傷憫なり。魚は、美好の物、人の欲する所なり。善政は人の思う所に興う。誰か能く魚を烹て以て人に食わせしめん。人將に喜んで之を助けん。誰か能く周の道に歸し從わん。人將に樂しんで之に與せんとなり。懷は、相要結するなり。好音は、和聲。喜び樂しんで相從うなり。

蜉蝣 曹
蜉蝣朝生而暮死。以興國將亡、不能久也。蜉蝣之羽、羽、翅稍、猶曹君之奢靡、衣裳楚楚然鮮美。胡能久乎。故憂其安所歸處也。翼、翅也。采采、華飾。息、止息。掘閱、升騰游翔之狀。如雪、潔白。(說、稅也)。經文說駕皆用說字。憩也。亦有悅義。故通用。
【読み】
蜉蝣[ふゆう] 曹
蜉蝣は朝に生じて暮に死す。以て國將に亡びんとして、久しきこと能わざるに興う。蜉蝣の羽とは、羽は、翅の稍、猶曹の君の奢靡、衣裳楚楚然として鮮美なるがごとし。胡ぞ能く久しからんや。故に其の安んぞ歸處する所あらんことを憂うるなり。翼は、翅なり。采采は、華飾。息は、止息。掘閱は、升騰游翔の狀。雪の如しとは、潔白なるなり。(說は、稅なり)。經文に駕を說[と]くを皆說の字を用う。憩うなり。亦悅の義有り。故に通用す。

候人
共公遠君子而好近小人、則所用多小人、其進者非一也。獨取候人而言者、蓋時用者、其微有自候人而升者。故取其甚者而言耳。彼候人者、使荷戈祋以守疆場、乃其宜也。如彼之人、乃使服大夫之服、又至於三百之多。所以刺也。三百、言其多爾。如三百廛、三百囷。曹國之小、豈容有三百之多。左傳乘軒者三百人、蓋因此詩也。鵜乃在梁、不濡而食、興無功受祿、不稱其服章之美、待遇之禮。遂、稱也。卒章興小人之無所取。薈蔚、草木之盛、鬱茂之狀。朝隮乎南山者、以草木之盛有所取也。饑渇乎季女者、謂其有婉孌之容也。今小人無德義可取、何爲而近乎。
【読み】
候人[こうじん]
共公君子を遠ざけて好んで小人を近づくるは、則ち用うる所多くは小人、其の進む者一に非ざるなり。獨り候人を取って言う者は、蓋し時に用いらるる者、其の微なるは候人自りして升る者有り。故に其の甚だしき者を取って言うのみ。彼の候人は、戈祋[かたい]を荷って以て疆場を守らしむること、乃ち其の宜しきなり。彼が如きの人、乃ち大夫の服を服せしめ、又三百の多きに至る。刺る所以なり。三百は、其の多きを言うのみ。三百廛[てん]、三百囷[きん]の如し。曹國の小さき、豈三百の多きこと有る容けんや。左傳に軒に乘る者三百人というは、蓋し此の詩に因れり。鵜乃ち梁に在り、濡らさずして食むは、功無くして祿を受け、其の服章の美、待遇の禮に稱わざるに興う。遂は、稱うなり。卒わりの章は小人の取る所無きに興う。薈蔚[わいい]は、草木の盛んに、鬱茂するの狀。南山に朝に隮[のぼ]る者は、草木の盛んにして取る所有るを以てなり。季女に饑渇する者は、謂ゆる其の婉孌の容有ればなり。今小人德義の取る可き無き、何の爲にして近づくるやとなり。

下泉
泉之潤物、猶政令膏澤之及人。泉寒冽、則不能潤物、在下則不能及物、浸漬則害物。苞、叢生之茂者。乃反害之、是皆不得其所也。稂・蕭・蓍、皆下澤所生。愾然旣寤而歎、念周道之衰也。所謂思明王之詩也。其卒也、又傷無賢伯以糾率之。故致如是。芃芃然盛之黍苗、蓋陰雨膏澤使然。四方諸侯能勤王事、由郇伯勞免之故也。郇伯、古方伯之有功者。
【読み】
下泉[かせん]
泉の物を潤すは、猶政令膏澤の人に及ぼすがごとし。泉寒冽なれば、則ち物を潤すこと能わず、下に在れば則ち物に及ぼすこと能わず、浸漬すれば則ち物を害す。苞[ほう]は、叢生の茂れる者。乃ち反って之を害するは、是れ皆其の所を得ざればなり。稂[ろう]・蕭[しょう]・蓍[し]は、皆下澤の生ずる所。愾[がい]然として旣に寤めて歎くは、周の道の衰えたるを念ってなり。所謂明王を思うの詩なり。其の卒わりは、又賢伯以て之を糾し率いること無し。故に是の如くなることを致すことを傷む。芃芃[ぼうぼう]然として盛んなる黍の苗は、蓋し陰雨の膏澤然らしむ。四方の諸侯能く王事を勤むるは、郇伯[しゅんはく]勞免するの故に由るとなり。郇伯は、古の方伯の功有る者。

豳七月
周公爲此詩、欲成王知先公先王致王業之由、民之勞力趨時、稼穡之艱難如此。大火流下、歲過中而行暮矣。當有卒歲之具、禦冬之備。故以七月流火爲首章也。一、一陽之月也。一之日、猶云冬之日、夏之日也。同我婦子、我婦子同來致餉也。盡室從事耕作、農官至而喜之也。春日遲遲、采蘩祈祈、女心傷悲、殆及公子同歸、再云春日遲遲
(上已云春日載陽。)、此道人情之感時也。女心之感、不由(缺一字。)而由遲遲。故重言之。蘩之用、云生蠶。正義云、今亦用之。應是也。祈祈、衆多(祈祈如雲。)。女勤力蠶事、勞且傷悲也。蓋所以爲衣裝之備。庶幾得如富貴之子、及時而行也。○八月萑葦、亦蠶備也。蠶月條桑、當蠶長之月也。計歲氣之早晩、不可指定幾月也。言蠶長之月、當枝落桑、則用斧斨。亦預備其器具也。伐遠揚以猗女桑、皆用斨斧。我朱孔陽、言染爲玄黃之色。我特致功於朱使鮮明、蓋所以供公上爲公子之衣裳故也。爲公子裘、獻豣於公、皆此義也。民之知義如此、則美俗成矣。○其同、謂會聚共事也。纘、繼續之義、謂修肄也。後我稼旣同、謂收聚也。斯螽・莎雞・蟋蟀、說者雖爲三物、然考詩意、恐是一物、隨時異名耳。動股始躍、振羽翅成穹窒(東山中已解。)。嗟我婦子、嘆其勤勞歲事旣終、又復爲改歲之事、歲暮入居室也。自六月食鬱及薁己下、果蔬棗酒、皆爲養老之具。七月食瓜己下、皆爲壯者之食。故云、食我農夫。○諸種皆入、農事畢矣。故嘆我農夫之勤勞、又復執宮功也。上入、遷入都邑之居也。乘屋、蓋治也。綯、所用蓋屋。鑿氷必在歲末、而藏之須待春至。故云三之日納於凌陰。藏氷所以備暑、而開氷必以仲春、所以順時氣也。其蚤用之於獻羔祭韭時、夏頒氷、是其後用時也。朋酒斯饗、歲功旣畢、朋聚以饗其樂。殺羔羊、謂盛禮。公堂、公爲衆人會集之所、郷校是也。稱兕觥、祝觴之辭。民相與爲樂、祝以壽考也。此詩多陳節物、大要言歲序之遷、人事當及時耳。所言或與月令異者、月令多舉其始、此但言其有時。不必始有也。
【読み】
豳七月[ひんしちげつ]
周公の此の詩を爲る、成王が先公先王王業を致すの由、民の力を勞し時に趨いて、稼穡の艱難此の如くなることを知らんことを欲してなり。大火流れ下るは、歲中を過ぎて暮に行くなり。當に歲を卒えるの具、冬を禦ぐの備え有るべし。故に七月流[くだ]れる火を以て首章とするなり。一とは、一陽の月なり。一の日とは、猶冬の日、夏の日と云うがごとし。我が婦子と同じくとは、我が婦子同じく來りて餉[かれいい]を致すとなり。室を盡[こぞ]って事に耕作に從って、農官至って之を喜ぶとなり。春の日遲遲たり、蘩[はん]を采ること祈祈[きき]たり、女の心傷み悲しむ、殆ど公子と同じく歸らんとは、再び春の日遲遲たりと云うは(上に已に春の日載[はじ]めて陽[あたた]かなりと云う。)、此れ人情の時を感ずるを道うなり。女の心の感ずる、(一字を缺[か]く。)に由らずして遲遲に由る。故に重ねて之を言う。蘩の用は、蠶を生ずるを云う。正義に云い今亦之を用う。應に是なるべし。祈祈は、衆多なり(祈祈たること雲の如し。)。女蠶事を勤め力めて、勞して且傷み悲しむ。蓋し衣裝の備えとする所以なり。庶幾わくは富貴の子の、時に及んで行うが如くなることを得んとなり。○八月萑葦[かんい]とるも、亦蠶の備えなり。蠶月に條ながら桑とるは、蠶長ずるの月に當たればなり。歲氣の早晩を計るに、幾月と指し定む可からず。言うこころは、蠶長ずるの月、當に枝ながら桑を落とすべきときは、則ち斧斨[ふしょう]を用う。亦預め其の器具を備うるなり。遠く揚がれるを伐って以て女[ちい]さき桑を猗[い]するは、皆斨斧を用う。我が朱孔[はなは]だ陽[あき]らかなりとは、染めて玄黃の色を爲すを言う。我れ特に功を朱に致して鮮明ならしむるは、蓋し公上に供し公子の衣裳を爲る所以の故なり。公子の裘を爲り、豣[けん]を公に獻るというは、皆此の義なり。民の義を知ること此の如きときは、則ち美俗成る。○其れ同[とも]にすとは、謂ゆる會聚して事を共にするなり。纘[さん]は、繼續の義、修め肄[なら]うを謂うなり。後の我が稼旣に同[あつ]まるというは、收め聚まるを謂うなり。斯螽[しちゅう]・莎雞[さけい]・蟋蟀[しっしゅつ]は、說く者三物とすと雖も、然れども詩の意を考うるに、恐らくは是れ一物、時に隨いて名を異にするのみ。股を動かして始めて躍り、羽翅を振って穹[あな]窒ぐことを成すなり(東山の中に已に解けり。)。嗟我が婦子とは、其の歲事を勤勞すること旣に終わって、又復改歲の事を爲して、歲暮に入って室に居することを嘆ずるなり。六月鬱と薁[いく]とを食うという自り己下は、果蔬棗酒は、皆養老の具爲り。七月瓜を食うより己下は、皆壯者の食爲り。故に云く、我が農夫を食[やしな]う、と。○諸種皆入って、農事畢う。故に我農夫の勤勞を嘆じて、又復宮功を執るというなり。上に入れるは、都邑の居に遷し入れるなり。屋に乘[のぼ]るとは、蓋い治むるなり。綯[とう]は、屋を蓋うに用うる所。氷を鑿つは必ず歲末に在って、之を藏めて須く春至るを待つべし。故に三の日凌陰に納むと云う。氷を藏むるは暑に備うる所以にして、氷を開くに必ず仲春を以てするは、時氣に順う所以なり。其れ蚤[つと]に之を羔を獻り韭[きゅう]を祭る時に用い、夏氷を頒かつは、是れ其の後用うる時なり。朋酒斯れ饗すとは、歲功旣に畢わって、朋聚まって以て其の樂に饗するなり。羔羊を殺すとは、盛禮を謂う。公堂は、公衆人會集を爲す所、郷校是れなり。兕觥[じこう]を稱[あ]ぐとは、觴を祝するの辭。民相與に樂を爲して、祝するに壽考を以てするなり。此の詩多くは節物を陳べ、大要は歲序の遷、人事當に時に及ぶべきことを言うのみ。言う所或は月令と異なる者は、月令は多くは其の始めを舉げ、此は但其の時有るを言う。必ずしも始めに有らざるなり。

鴟鴞
管・蔡流言及叛是亂也。成王幼而未知周公之志、公爲此詩、告以王業艱難、不忍其毀壊之意、以悟王心。此周公出征救亂之心、作詩之志也。此詩章句不完。莫可究其全體。據所存而言之可也。鴟鴞、惡鳥、呼而謂之。爾旣取我子矣、無更毀壊我室。鴟鴞喩爲惡者、子喩管・蔡、室喩王室。管・蔡骨肉、而與之爲亂。是旣取我子矣。毋更毀壞我王室也。恩斯、謂情愛。勤斯、謂篤厚。以骨肉情愛之心、篤厚之意、養鬻
(育字通用。)子之道、可憫惻也。今乃取之、其毒甚矣。此皆謂鴟鴞之言、不知謂之者主何物也。迨天之未陰雨而下、言自爲安固閑防之道、深至如此。而尙或侮之。興禽出而謂曰、汝下民、義不安。拮据、持捋貎。捋荼、披折貎。疑其義然。蓄租、積取也。卒瘏、致病也。所以如是勞苦、以未有室家也。興成王業之艱。予羽尾殘敝、然後成室。翹翹然高壯貎。旣其成就之勞如此。故爲風雨漂搖、則其聲憂懼。此周公之詩、所以辭哀而意切也。
【読み】
鴟鴞[しきょう]
管・蔡流言し及び叛くは是れ亂なり。成王幼にして未だ周公の志を知らず、公此の詩を爲って、告ぐるに王業の艱難、其の毀壊に忍びざるの意を以てして、以て王の心を悟らしむ。此れ周公出征して亂を救うの心、詩を作るの志なり。此の詩章句完からず。其の全體を究む可き莫し。存する所に據って之を言って可なり。鴟鴞は、惡鳥、呼んで之を謂う。爾旣に我が子を取る、更に我が室を毀壊すること無かれ、と。鴟鴞は惡を爲す者に喩え、子は管・蔡に喩え、室は王室に喩う。管・蔡骨肉にして、之と亂を爲す。是れ旣に我が子を取るなり。更に我が王室を毀壞すること毋かれとなり。斯を恩[いとおし]むとは、情愛を謂う。斯を勤[あつ]くすとは、篤厚を謂う。骨肉情愛の心、篤厚の意を以て、子を養鬻[よういく](育の字通用す。)するの道、憫惻す可し。今乃ち之を取る、其の毒甚だしとなり。此れ皆鴟鴞に謂う言、之を謂う者は何物を主とすということを知らず。天の未だ陰雨せざるに迨[およ]んでというより下は、自ら安固閑防を爲す道、深く至ること此の如し。而るに尙或は之を侮ることを言う。禽出て謂うに興えて曰く、汝下民、義安からず、と。拮据は、持ち捋[と]る貎。荼[と]を捋るとは、披[さ]き折る貎。疑うらくは其の義然らん。蓄租とは、積み取るなり。卒瘏[と]は、病を致すなり。是の如く勞苦する所以は、未だ室家有らざるを以てなり。王業を成すの艱きに興う。予が羽尾殘敝して、然して後に室を成す。翹翹[ぎょうぎょう]然は高く壯んなる貎。旣に其の成就するの勞此の如し。故に風雨の爲に漂搖せらるれば、則ち其の聲憂え懼る。此れ周公の詩、辭哀れんで意切なる所以なり。

東山
完、言其完師而歸、無死亡之患也。思、謂念其勤勞、思其廬室荒廢也。東山、所征之地、淮夷也。慆慆、紛紛不窮之狀。言其久也。陰雨則行役尤苦、濛濛之時、羇旅愁慘。我在東而念歸則西悲、謂懷西而悲也。制彼裳衣、治歸裝也。士、事也
(孔悝鼎銘曰作率慶士。)。枚、歷也(枚卜之枚。)。勿事行枚、言當歸也。蠋卷在葉中居、如士卒之獨處、自保其身、敦然獨宿於車下也。烝、上比也。猶云升也。蠋在葉中、故云烝在桑野。其在外之久、往來之勞、每章重言、見其感念之深。丁夫于役、田事廢、室廬遂荒。果臝己下是也。在彼思念其如此。町畽、廬傍畦壠、爲麋鹿之場也。不可以荒毀爲畏、當以爲懷也。此言與勿士行枚、皆人情之正當然、有自勉之意。垤、丘垤也。有陰雨之候、則婦思念其勞而悲嘆、又計其行之久、念其將至。我征聿至、謂我之行者其遂至也。穹窒、竄穴。穹、空也。窒、所壅土也。念其將至而灑●(注)(甫問切)、復恨其留繫之久。見其思望之情切也。有敦、圓成之狀。瓜苦、瓜之苦者、延蔓栗薪之上。栗薪、堅木。以其苦、人所不取、常在其所施於堅木。言繫之固、以比君子于役、久留滯不還。言如苦瓜而繫堅木也。自我不見、今三年矣。四章言歸、而及時成婚姻之禮。人情之所樂也。倉庚之羽鮮明、婚姻之時也。嫁女之歸、其馬皇駁、有文彩也。親結其縭、女之親結之。九十其儀、儀之多也。其歸而成新昏且甚嘉。其舊昏相見之歡、當如何也。
【読み】
東山[とうざん]
完は、其の師を完くして歸って、死亡の患え無きを言う。思は、其の勤勞を念うを謂い、其の廬室荒廢するを思うなり。東山は、征する所の地、淮夷なり。慆慆[とうとう]は、紛紛として窮まらざるの狀。其の久しきを言う。陰雨に則ち役に行けば尤も苦しむ、濛濛の時、羇旅愁慘することを。我れ東に在りて歸らんことを念えば則ち西悲しみありとは、西を懷って悲しむを謂うなり。彼の裳衣を制すとは、歸裝を治むるなり。士は、事なり(孔悝の鼎の銘に曰く、作[た]ちて慶士に率う、と。)。枚は、歷[あまね]くなり(枚卜の枚。)。行枚を事とすること勿かれとは、當に歸らんとすべきことを言うなり。蠋[しょく]は葉中に卷在して居ること、士卒の獨り處して、自ら其の身を保って、敦然[たいぜん]として車の下に獨り宿するが如しとなり。烝は、上の比[たぐい]なり。猶升ると云うがごとし。蠋は葉の中に在り、故に烝して桑野に在りと云う。其の外に在ることの久しき、往來の勞せる、每章重ねて言いて、其の感念の深きことを見す。丁夫役に于[ゆ]けば、田事廢し、室廬遂に荒る。果臝[から]己下是れなり。彼に在って思い念うこと其れ此の如し。町畽[ていたん]は、廬傍の畦壠[けいろう]、麋鹿[びろく]の場と爲る。荒毀を以て畏るることを爲す可からず、當に以て懷うことを爲すべし。此の言行枚を士[こと]とすること勿かれと、皆人情の正しき當に然るべく、自ら勉むるの意有り。垤は、丘垤なり。陰雨の候有れば、則ち婦其の勞を思い念って悲嘆し、又其の行くことの久しきことを計って、其の將に至らんとすることを念う。我れ征きて聿[つい]に至るとは、我が行く者其れ遂に至ることを謂うなり。穹窒とは、竄穴なり。穹は、空なり。窒は、土を壅ぐ所。其の將に至らんとするを念って灑●(注)(甫問切)し、復其の留繫の久しきを恨む。其の思い望むの情切なることを見すなり。敦たる有りとは、圓成の狀。瓜の苦きとは、瓜の苦き者、栗薪の上に延蔓するなり。栗薪は、堅木。其の苦きを以て、人の取らざる所、常に其の堅木に施する所に在り。之を固きに繫かるを言いて、以て君子役に于きて、久しく留滯して還らざるに比す。言うこころは、苦瓜にして堅木に繫かるが如し。我が見ざりし自り、今三年となり。四章は歸って、時に及んで婚姻の禮を成すことを言う。人情の樂しむ所なり。倉庚の羽鮮明なるは、婚姻の時なり。女を嫁するの歸、其の馬皇駁たりとは、文彩有るなり。親其の縭[り]を結ぶとは、女の親之を結べるなり。其の儀を九十にすとは、儀の多きなり。其の歸って新昏を成すも且甚だ嘉す。其の舊昏相見るの歡、當に如何にすべきとなり。
(注)●は手偏に弃。辞書に拌の俗字とある。詩経本文は埽の字。

破斧
是詩也、周大夫刺朝廷之不知周公也。而云惡四國。四國爲亂、何足云惡也。斧也、斨也、以及錡銶、皆人之所用。建國封親、制典禮、立政刑、皆爲天下之用。猶人之有器用也。故以斧爲興。言旣破毀我斧、又將缺我斨矣
(斨方孔而大者。)。商・奄始率管・蔡爲流言、遂以叛、將益動天下、以傷壊王業。惡日以滋、當速誅也。周公所以東征、四國是皇也(皇釋言匡正也。)。周公之心、勤勞王家如是。可哀也。其德亦甚大矣。將、大也。我人、猶云我公也。云斯人可哀、迫切之辭。錡、斧屬。言益將有害。訛與吪同、動也。或寢或吪、振動於四國、爲是四國之亂振動。恐其益亂天下。嘉、善也。銶、不知何物、要之器之大於錡者。遒、逕急也。加切於訛。休、美也。哀周公之忠勤、謂之甚美、所以刺朝廷之不知也。豳詩、七月陳王業、鴟鴞遺王、東山言東征、破斧・伐柯・九罭皆刺朝廷之不知周公。於刺也、復有淺深之異、觀詩可見。狼跋、美不失其聖。
【読み】
破斧[はふ]
是の詩は、周の大夫朝廷の周公を知らざることを刺るなり。而して四國を惡むと云う。四國亂を爲す、何ぞ惡むと云うに足らんや。斧や、斨[しょう]より、以て錡銶[ききゅう]に及ぶまで、皆人の用うる所。國を建つること親を封じ、典禮を制し、政刑を立つるは、皆天下の用爲り。猶人の器用有るがごとし。故に斧を以て興えとす。言うこころは、旣に我が斧を破毀し、又將に我が斨を缺かんとす(斨は方孔にして大なる者。)。商・奄始めて管・蔡を率いて流言を爲さしめ、遂に以て叛いて、將に益々天下を動かして、以て王業を傷り壊らんとす。惡日に以て滋く、當に速やかに誅すべし。周公所以に東征して、四國是れ皇[ただ]すとなり(皇は釋言に匡正、と。)。周公の心、王家を勤勞すること是の如し。哀れむ可し。其の德も亦甚だ大なりとなり。將は、大なり。我が人とは、猶我が公と云うがごとし。斯の人哀れむ可しと云うは、迫切の辭。錡は、斧の屬。言うこころは、益々將に害有らんとするなり。訛は吪[か]と同じ、動くなり。或は寢或は吪して、四國を振動して、是の四國の亂振動することをす。恐らくは其の益々天下を亂さんとなり。嘉は、善きなり。銶は、何物ということを知らず、之を要するに器の錡より大なる者ならん。遒[しゅう]は、逕急なり。加[ます]々訛より切なり。休は、美なり。周公の忠勤を哀れんで、之を甚だ美しと謂うは、朝廷の知らざることを刺る所以なり。豳の詩、七月は王業を陳べ、鴟鴞は王に遺り、東山は東征を言い、破斧・伐柯・九罭は皆朝廷の周公を知らざることを刺る。刺るに於て、復淺深の異なり有り、詩を觀て見る可し。狼跋は、其の聖を失わざるを美す。

伐柯
破斧言周公之忠勤、憂四國之亂天下。征之之急、如此伐柯。乃旣得罪人之後、周公遲留未歸、士大夫刺朝廷之不知所以還周公之道。斧也、柯也、二物合而後成用。故以興君臣夫婦之合。伐柯、匪斧則不能。娶妻、匪媒則不成、言各有其道。今欲周公之歸、亦必有其道也。二章言其道。伐柯、其取則不遠、所執而伐者乃柯也。以之爲則則是矣。今欲反周公、取則於周公可也。周公者、動必以禮者也。亦當以禮致之、則周公可得而覯見也。故云、我欲覯見之子、惟以禮乃可。籩豆、禮器、所以行禮。語云、俎豆之事。籩豆有踐、謂禮儀是用也。
【読み】
伐柯[ばっか]
破斧には周公の忠勤、四國の天下を亂ることを憂うることを言う。之を征することの急なること、此の柯を伐るが如し。乃ち旣に罪人を得るの後、周公遲留して未だ歸らず、士大夫朝廷の周公を還す所以の道を知らざることを刺る。斧や、柯や、二物合わせて而して後に用を成す。故に以て君臣夫婦の合うに興う。柯を伐ること、斧に匪ざれば則ち能わず。妻を娶ること、媒に匪ざれば則ち成らずとは、言うこころは、各々其の道有るなり。今周公の歸るを欲せば、亦必ず其の道有らんとなり。二章は其の道を言う。柯を伐るに、其の則を取ること遠からず、執って伐る所の者は乃ち柯なり。之を以て則とするは則ち是なり。今周公を反さんと欲せば、則を周公に取って可なり。周公は、動くに必ず禮を以てする者なり。亦當に禮を以て之を致さば、則ち周公得て覯[あ]い見ゆ可しとなり。故に云く、我れ之の子に覯い見えんと欲せば、惟禮を以て乃ち可なり、と。籩豆は、禮の器、禮を行う所以。語に云く、俎豆の事、と。籩豆踐たる有りとは、禮儀是れ用うることを謂うなり。

九罭
周公爲詩遺王、王未知周公之志。故公居東未反。士大夫始刺朝廷不知反周公之道
(伐柯是也。)。旣又思之切、刺之深、責在朝廷之人不速還公也。九罭、網之固密者也。鱒魴、魚之美者(詩云必河之魴。)。九罭之網、則得鱒魴之魚。用隆厚之禮、則得聖賢。我欲覯之子、當用上公之禮服往逆之。二章言公之不得其所也。鴻飛、戾天者也。今乃遵渚、言不得其所。公旣征而歸、則未得其所。蓋朝廷未以師保重禮往逆也。使公不得所於外、於汝信安處也矣。深責在朝廷之人也。宿、安息也。不復、謂未還舊職。四章祈反周公誠切之意。是以、猶所以。朝廷所以有袞衣之章、用尊禮聖賢。無以用也。無以是服逆我公歸來、無使士民之心悲思望公也。
【読み】
九罭[きゅうよく]
周公詩を爲って王に遺れども、王未だ周公の志を知らず。故に公東に居して未だ反らず。士大夫始めて朝廷の周公を反す道を知らざることを刺る(伐柯是れなり。)。旣に又之を思うこと切に、之を刺ること深くして、責め朝廷の人速やかに公を還さざるに在り。九罭は、網の固密なる者なり。鱒魴は、魚の美なる者(詩に必ず河の魴と云う。)。九罭の網は、則ち鱒魴の魚を得る。隆厚の禮を用うれば、則ち聖賢を得。我れ之の子に覯[あ]わんと欲すれば、當に上公の禮服を用いて往いて之を逆うべし。二章は公の其の所を得ざることを言う。鴻は飛んで、天に戾[いた]る者なり。今乃ち渚に遵うは、言うこころは、其の所を得ざるなり。公旣に征して歸るときは、則ち未だ其の所を得ず。蓋し朝廷未だ師保の重禮を以て往いて逆えざればなり。公をして所を外に得ざらしむ、汝に於て信安して處するとなり。深く責め朝廷の人に在るなり。宿は、安息なり。復せずとは、未だ舊職に還らざるを謂う。四章は周公を反さんことを祈って誠切なるの意。是を以てとは、猶所以にというがごとし。朝廷所以に袞衣の章有りて、聖賢を尊禮するに用う。以て用うること無し。是の服を以て我が公を逆えて歸り來ること無くんば、士民の心をして悲しみ思って公を望ましむること無けんとなり。

狼跋
周公攝政、居危疑之地、雖成王不知、四國流言、終不能損其聖德者、以其忠誠在於王家、無貪欲之私心也。狼、獸之貪者。猛於求欲。故檻於機穽、羅縶前跋後疐、進退困險。詩人取之以言、夫狼之所以致禍難危困如是者、以其有貪欲故也。若周公者、至公不私、進退以道、無利欲之蔽、以謙退自處、不有其尊、不矜其德。故雖在危疑之地、安步舒泰、赤舄几几然也。碩、大也。謂崇大之位。膚、美也。謂盛美之德。孫者、避而不居也。其謙遜不以崇高聖智自處。所以天下稱聖、處危而安也。几、安義。几之立名取其義也。此大舜所謂汝惟不矜、天下莫與汝爭能、汝惟不伐、天下莫與汝爭功也。使周公有貪欲崇高得名之心、其能得天下之與如是乎。唯其處己也夔夔然有恭畏之心、存誠也蕩蕩焉無顧慮之意。所以不失其聖、德音所以不瑕也。先儒以狼跋疐不失其猛、興周公不失其聖。不失其猛、奚若虎豹、胡獨取狼也。古之詩人、比興以類也。是以香草譬君子、惡鳥譬小人。豈有以豺狼興聖人乎。且上二句言跋言疐、實有几几不瑕之義。但此詩體與他詩不類。故不通耳。此詩在六義比。
【読み】
狼跋[ろうばつ]
周公政を攝して、危疑の地に居して、成王知らず、四國流言すと雖も、終に其の聖德を損すること能わざる者は、其の忠誠王家に在って、貪欲の私心無きを以てなり。狼は、獸の貪なる者。欲を求むるに猛なり。故に機穽[きせい]に檻して、羅縶[らちゅう]して前に跋[ふ]み後に疐[つまづ]いて、進退困險す。詩人之を取りて以て言う、夫の狼の禍難危困を致すこと是の如くなる所以は、其の貪欲有るを以ての故なり。周公の若きは、至公にして私あらず、進退道を以てして、利欲の蔽無く、謙退を以て自ら處して、其の尊きを有せず、其の德を矜[ほこ]らず。故に危疑の地に在りと雖も、安步舒泰にして、赤舄[せき]几几然たるなり、と。碩は、大なり。崇大の位を謂う。膚は、美なり。盛美の德を謂う。孫は、避けて居らざるなり。其の謙遜崇高聖智を以て自ら處せず。所以に天下聖と稱して、危うきに處して安きなり。几は、安きの義。几の名を立つる、其の義を取れり。此れ大舜の所謂汝惟れ矜らずとも、天下汝と能を爭うもの莫し、汝惟れ伐[ほこ]らずとも、天下汝と功を爭うもの莫しなり。周公をして貪欲崇高名を得るの心有らしめば、其れ能く天下の與すること是の如くなることを得んや。唯其の己を處すること夔夔[きき]然として恭み畏るるの心有り、誠を存すること蕩蕩焉として顧み慮るの意無し。所以に其の聖を失せずして、德音瑕あらざる所以なり。先儒狼跋み疐くを以て其の猛を失せずとして、周公の其の聖を失せざるに興う。其の猛を失せずとせば、奚ぞ虎豹に若かん、胡ぞ獨り狼を取らん。古の詩人、比興するに類を以てす。是を以て香草は君子に譬え、惡鳥は小人に譬う。豈豺狼を以て聖人に興うること有らんや。且つ上の二句跋むと言い疐くと言うは、實に几几不瑕の義有り。但此の詩の體は他の詩と類せず。故に通ぜざるのみ。此の詩六義の比に在り。

小雅 鹿鳴
自鹿鳴以下二十二篇、各賦其事、於其事而用之。其周公之謂乎、與二南同也。燕羣臣嘉賓、則用鹿鳴。鹿食則相呼。故以興燕樂。呦呦、和聲。和聲相呼、共食野之草、物情相樂也。君臣賓主相樂如此。云我有嘉賓、鼓瑟吹笙、言其相樂。又以幣帛將其誠意。故云承筐是將。承以藉之。筐以貯之。旣有誠樂之厚意、則人心感悅而相好。以此示我之列位。故人勸而得盡其懽心。次章又言所燕禮嘉賓、聞望昭明、示民以厚之之意、使儀法之。三章言其樂之長久無斁。
【読み】
小雅 鹿鳴[ろくめい]
鹿鳴自り以下の二十二篇、各々其の事を賦して、其の事に於て之を用う。其れ周公の謂かとは、二南と同じければなり。羣臣嘉賓を燕するには、則ち鹿鳴を用う。鹿食むときは則ち相呼ぶ。故に以て燕樂に興う。呦呦[ゆうゆう]は、和聲。和聲相呼んで、共に野の草を食むは、物情相樂しむなり。君臣賓主相樂しむこと此の如し。我に嘉賓有り、瑟を鼓し笙を吹くと云うは、其の相樂しむことを言う。又幣帛を以て其の誠意を將[おこな]う。故に承筐是れ將うと云う。承は以て之を藉[し]くなり。筐は以て之を貯うるなり。旣に誠に樂しむの厚意有れば、則ち人心感悅して相好す。此を以て我が列位に示す。故に人勸めて其の懽心を盡くすことを得。次の章も又燕禮する所の嘉賓、聞望昭明なることを言いて、民に示すに之を厚くするの意を以てして、之に儀[のっと]り法らしむ。三章は其の樂しみの長久にして斁[やぶ]るること無きことを言う。

四牡
四牡之義、憫使臣之勤勞。故云、有功而見知則說矣。上不知下之勞、則下不自盡其力。故四牡之義廢、則君臣缺矣。周道、猶通途也。倭遲、回遠。豈不懷歸乎。以王事不可廢敗。心傷悲念此也。騑騑、不止。嘽嘽、迅疾。駱馬、强而耐遠。鵻、翩翩能飛之物。蓋或飛或下集于所安之處、以興使臣之勤勞、乃不暇遂其私、至不遑將父。將、事也。卒章勸以義也。駕而馳驟不息。豈不懷歸。以王事不可廢敗也。是用以此義作歌、以告其母。父則知義、母主恩。故以義告之。豈不懷歸、言使臣之心。是用作歌、將母來諗、作是歌、使以此義告其母也。
【読み】
四牡[しぼ]
四牡の義は、使臣の勤勞を憫れむ。故に云く、功有りて知らるるときは則ち說ぶ、と。上下の勞を知らざれば、則ち下自ら其の力を盡くさず。故に四牡の義廢すれば、則ち君臣缺く。周道は、猶通途のごとし。倭遲は、回遠なり。豈歸ることを懷わざらんや。王事廢敗す可べからざるを以てなり。心傷み悲しむは此を念ってなり。騑騑[ひひ]は、止まらざるなり。嘽嘽[たんたん]は、迅疾なり。駱馬は、强くして遠きに耐う。鵻[すい]は、翩翩として能く飛ぶの物。蓋し或は飛び或は下って安んずる所の處に集[い]るは、以て使臣の勤勞、乃ち其の私を遂ぐるに暇あらずして、父に將[つか]うるに遑あらざるに至るに興う。將は、事うるなり。卒わりの章は勸むるに義を以てするなり。駕して馳せ驟[は]すこと息まず。豈歸ることを懷わざらんや。王事廢敗す可からざるを以てなり。是を用て此の義を以て歌を作って、以て其の母に告ぐるなり。父は則ち義を知り、母は恩を主とす。故に義を以て之に告ぐるなり。豈歸ることを懷わざらんやとは、使臣の心を言う。是を用て歌を作って、母に將うることを來り諗[つ]ぐとは、是の歌を作って、此の義を以て其の母に告げしむるなり。

皇皇者華
天子遣使四方、以觀省風俗、采察善惡、訪問疾苦、宣道化于天下、下國蒙被聲敎、是有光華。皇皇、猶煌煌。光采之狀。皇華之光明於野、猶王澤之流布光華天下也。故以爲興。於彼原隰、言高下皆同其光華。征夫、使人。駪駪、俊健之狀。惟恐不能宣達。是每懷靡及也。駒・騏・駱・駰、皆以俊言。濡、鮮澤。絲、條理。沃若、旣均、皆整順之狀。諏・謀・詢・度、前載雖各有義、要之詢訪耳。採察求訪、使臣之大務。
【読み】
皇皇者華[こうこうしゃか]
天子使いを四方に遣らしめ、以て風俗を觀省し、善惡を采察し、疾苦を訪問して、道化を天下に宣べて、下國聲敎を蒙り被れば、是れ光華有るなり。皇皇は、猶煌煌のごとし。光采の狀なり。皇華の野に光り明らかなるは、猶王澤の天下に流れ布き光り華[かがや]くがごとし。故に以て興えとす。彼の原隰[げんしゅう]に於てすとは、言うこころは、高下皆其の光華を同じくするなり。征夫は、使人。駪駪[しんしん]は、俊健の狀。惟恐れらくは宣達すること能わざわらんことを。是れ每に及ぶこと靡からんことを懷うなり。駒・騏・駱・駰は、皆俊を以て言う。濡は、鮮澤なり。絲は、條理なり。沃若なり、旣に均[ととの]えるとは、皆整順の狀。諏・謀・詢・度は、前に載すもの各々義有りと雖も、之を要するに詢訪するのみ。採察求訪は、使臣の大務なり。

常棣
此燕樂兄弟、親睦宗族之詩。不因管・蔡而作也。常棣、今所謂玉李花。花萼相承甚力。故以興兄弟。鄂不韡韡、韡韡、鮮華壯盛之貌。不當作拊亦可、如字亦可。以花萼相依生相親力相承、興人之莫如兄弟也。次章敍兄弟相賴之事。人當死生患難之事可畏、則思兄弟之助。方困窮離散、羣聚於郊野之時、則求所親以相依恃。三章言兄弟相須之急、猶鶺鴒首尾相應。急難之際、其相應如是也。每有良朋、猶豈無他人。每有猶亦有也。況也永歎、校之則可永歎也。骨肉不能相爲、而求他人、是可歎也。四章重明兄弟之親、義不能忘。譬之兄弟狠鬩於牆、雖有不睦之心、猶將外禦其侮。若他人、則衆人之分也。無兵戎之爲之義。五章言平時則皆可遂其私意、急難則莫如兄弟也。六章勸其相宴樂、養恩義。陳爾籩豆、飮食飫足、兄弟旣偕來、當和樂且孺也。小兒親慕父母、謂之孺子。孺、親慕之義、和樂而相親慕也。七章言兄弟相樂、則妻子好合、其和如鼓瑟琴。兄弟旣志意翕合。故其和樂久、而不厭。卒章言能如是親睦其宗族、則能宜其室家、樂其妻孥。窮究是理、圖念是事、信其然乎、言信然。此詩句少而章多。章多所以極其鄭重、句少則各陳一義故也。
【読み】
常棣[じょうてい]
此れ兄弟を燕樂し、宗族を親睦するの詩。管・蔡に因って作らず。常棣は、今の所謂玉李花。花萼相承[たす]けて甚だ力[つよ]し。故に以て兄弟に興う。鄂として韡韡[いい]たらざらんやとは、韡韡は、鮮華壯盛の貌。不は當に拊に作るも亦可、如の字も亦可なるべし。花萼[がく]相依り生じ相親しみ力くして相承くるを以て、人の兄弟に如くは莫きに興う。次の章には兄弟相賴る事を敍づ。人死生患難の事に當たって畏る可きときは、則ち兄弟の助けを思う。困窮離散して、郊野に羣聚する時に方っては、則ち親しむ所を求めて以て相依り恃むとなり。三章には兄弟相須[もと]むるの急なること、猶鶺鴒[せきれい]の首尾相應ずるがごとくなることを言う。急難の際、其の相應ずること是の如し。每に良朋有りとは、猶豈他人無からんやというがごとし。每に有りは猶亦有りというがごとし。況として永く歎くとは、之を校ぶれば則ち永く歎く可けんとなり。骨肉相爲すこと能わずして、他人に求むるは、是れ歎く可し。四章には重ねて兄弟の親、義忘るること能わざることを明かす。之を譬うるに兄弟牆に狠鬩[こんげき]して、睦まじからざるの心有りと雖も、猶將に外其の侮りを禦がんとするがごとし。他人の若きは、則ち衆人の分なり。兵戎の之が義を爲す無しとなり。五章には平時には則ち皆其の私意を遂ぐ可けれども、急難には則ち兄弟に如くは莫きことを言う。六章には其の相宴樂して、恩義を養わんことを勸む。爾の籩豆を陳ね、飮食飫[あ]き足り、兄弟旣に偕[とも]に來りて、當に和樂して且つ孺[した]うべしとなり。小兒父母を親み慕う、之を孺子と謂う。孺は、親しみ慕うの義、和樂して相親しみ慕うなり。七章には兄弟相樂しむときは、則ち妻子好く合って、其の和瑟琴を鼓するが如くなることを言う。兄弟旣に志意翕合[きゅうごう]す。故に其和樂久しくして、厭かず。卒わりの章には言うこころは、能く是の如く其の宗族を親睦するときは、則ち能く其の室家を宜しくし、其の妻孥を樂しましむ。是の理を窮め究めて、是の事を圖り念うに、信に其れ然るかなとは、信に然ることを言う。此の詩句少なくして章多し。章多きは其の鄭重を極むる所以、句少なきは則ち各々一義を陳ぶるが故なり。

伐木
山中伐木、非一人能獨爲、必與同志者共之。旣同其事、則相親好、成朋友之義。伐木之人、尙有此義。況士君子乎。故賦伐木之人、敍其情、推其義、以勸朋友之義、燕朋友故舊則歌之。所以風天下也。朋友故舊篤、則民德歸厚矣。二人伐木、更運斧斤聲丁丁相應、相須以成其事。賦此可以見朋友之義。繼言鳥鳴嚶嚶、又以物情興朋友之好。嚶嚶、相應和之和聲。鳥鳴相應和、自幽谷升喬木、相追隨、嚶嚶然其鳴。蓋求其應友。聲、謂應聲。猶人之朋友相從也。次章因鳥以興朋友之義。相鳥如是。豈人而不求友乎。朋友之信、常久不渝、可質于神明。和、謂相好。平、謂不變。三章陳伐木共力、因相聚飮食、見歡樂厚篤之意。許許、衆人共力之狀。因聚衆共力、而具酒食相樂也。先儒以藇爲美、未喩是否。伐木之際、尙釃酒相樂。況旣有肥羜、當以召諸父也。寧其不來、無使我恩意不至也。諸父・諸舅、謂朋友故舊也。四章陳厚意以具飮食。洒掃精潔、盛陳簋器。況旣有肥牡、當以召諸舅也。寧其不來、不可使我有不厚之罪。五章重陳此義之不可不然。伐木于峻阪、尤須衆力。故釃酒之多。況乎有盛具、籩豆成列、當以燕樂兄弟、無相疎遠。兄弟、朋友也。民之失德、故不能修親睦之道、厚朋友故舊之禮。乾餱不相及、蓋人之失德也。豈當然乎。卒章陳所當然者。有酒則我醑之、無酒則我酤之、以至鼓舞我。爲之我及暇時、則相與宴飮、以篤恩義。
【読み】
伐木[ばつぼく]
山中に木を伐るは、一人能く獨り爲すに非ず、必ず同志の者と之を共にす。旣に其の事を同じくすれば、則ち相親好して、朋友の義を成す。木を伐る人すら、尙此の義有り。況んや士君子をや。故に木を伐る人を賦して、其の情を敍で、其の義を推して、以て朋友の義を勸めて、朋友故舊を燕すれば則ち之を歌う。天下に風する所以なり。朋友故舊篤きときは、則ち民の德厚きに歸す。二人木を伐れば、更に斧斤を運ぶ聲丁丁[とうとう]として相應じて、相須けて以て其の事を成す。此を賦して以て朋友の義を見る可し。繼くに鳥の鳴くこと嚶嚶[おうおう]たりと言うは、又物情を以て朋友の好みに興う。嚶嚶は、相應和するの和聲。鳥鳴いて相應和して、幽谷自り喬木に升って、相追隨して、嚶嚶然として其れ鳴く。蓋し其の友に應ずることを求むるなり。聲は、應ずる聲を謂う。猶人の朋友相從うがごとし。次の章は鳥に因って以て朋友の義に興う。鳥を相[み]るに是の如し。豈人として友を求めざらんや。朋友の信は、常久にして渝[か]わらざれば、神明に質す可し。和とは、相好するを謂う。平とは、變ぜざるを謂う。三章には木を伐るに力を共にして、因りて相聚まって飮食して、歡樂厚篤の意を見ることを陳ぶ。許許[ここ]は、衆人力を共にするの狀。衆を聚め力を共にするに因りて、酒食を具えて相樂しむなり。先儒藇[じょ]を以て美とす。未だ是否を喩らず。木を伐るの際、尙酒を釃[こ]して相樂しむ。況んや旣に肥羜[ひちょ]有らば、當に以て諸父を召くべし。寧ろ其れ來らずとも、我が恩意をして至らざらしむること無けんとなり。諸父・諸舅は、朋友故舊を謂う。四章には意を厚くして以て飮食を具うることを陳ぶ。洒掃精潔して、盛んに簋器[きき]を陳ぬ。況んや旣に肥牡有らば、當に以て諸舅を召くべし。寧ろ其れ來らずとも、我をして厚からざるの罪有らしむ可からずとなり。五章には重ねて此の義の然らずんばある可からざることを陳ぶ。木を峻阪に伐るは、尤も衆力を須う。故に酒を釃すること多し。況んや盛んに具わりて、籩豆列を成すこと有らば、當に以て兄弟を燕樂して、相疎遠にすること無かるべし。兄弟は、朋友なり。民德を失える、故に親睦の道を修め、朋友故舊の禮を厚くすること能わず。乾餱[かんこう]相及ばざるは、蓋し人德を失えるなり。豈に當に然るべけんや。卒わりの章には當に然るべき所の者を陳ぶ。酒有れば則ち我れ之に醑[こ]し、酒無くば則ち我れ之に酤[か]って、以て我に鼓舞するに至る。之が爲に我れ暇ある時に及べば、則ち相與に宴飮して、以て恩義を篤くすとなり。

天保
恩惠周物、君之下下也。歸美于君、下之報上也。天保之詩、盛陳人君受天之祐、福祿之厚、蒙被臣民、由君德之所致也。天保定爾、君位甚安固也。俾爾單厚、何福不除。除、更新也。日益之義。俾之多增益、莫不繁庶。次章重陳其盛。旣保定爾、俾爾享福、至無所不宜。受天之百祿衆福、又降爾以遐遠之福、惟欲其長。三章言旣受天之福祿、莫不繁庶。如山阜崗陵、如川之流聚、莫不增盛。四章言旣享豐盛之福、用報祀其祖先、得無疆之壽。君曰卜爾、君使卜之設辭也。五章言其所獲。神之至、謂降監則錫爾多福。民所實有、則日用飮食、謂享其豐樂質實也。羣衆百族、皆化上德。六章言其德光顯無虧、庇覆生民。恆亦猶升。言光照遠廣、如南山之無虧崩、如松柏之茂盛、無不承其庇覆。
【読み】
天保[てんほう]
恩惠物に周きは、君の下を下とするなり。美を君に歸するは、下の上に報ずるなり。天保の詩は、盛んに人君天の祐[さいわい]を受け、福祿の厚き、臣民に蒙り被らしむるは、君德の致す所に由ることを陳ぶ。天爾を保んじ定むとは、君の位甚だ安固なるなり。爾をして單[ことごと]く厚からしめ、何の福か除[あら]たならざらんとは。除は、更め新たなるなり。日に益すの義なり。之をして多く增し益さしめば、繁庶ならずということ莫し。次の章には重ねて其の盛んなることを陳ぶ。旣に爾を保んじ定め、爾をして福を享けしめ、宜からざる所無きに至る。天の百祿衆福を受け、又爾に降すに遐遠の福を以てして、惟其の長からんことを欲す。三章には言うこころは、旣に天の福祿を受けて、繁庶ならずということ莫し。山阜崗陵の如く、川の流れ聚まるが如く、增し盛んならずということ莫しとなり。四章には言うこころは、旣に豐盛の福を享けて、用て其の祖先を報祀して、無疆の壽を得せしむ。君曰く爾に卜せしむとは、君卜せしむるの設くる辭なり。五章には其の獲る所を言う。神の至るとは、降鑒して則ち爾に多福を錫うを謂う。民の實に有する所は、則ち日に用うる飮食とは、其の豐樂質實を享くるを謂う。羣衆百族、皆上の德に化するなり。六章には其の德光顯して虧くること無くして、生民を庇覆することを言う。恆は亦猶升るのごとし。言うこころは、光照遠く廣きこと、南山の虧け崩るること無きが如く、松柏の茂ること盛んにして、其の庇覆を承けざる無きが如しとなり。

采薇
文王之時、有昆夷・玁狁之事、遣戍役以守衛。歌此詩以遣之、敍其勤勞悲傷之情。且風以義。當時之事也。後世因用之以遣戍役。采薇采薇、以薇爲遣戍役之候也。曰歸曰歸、深念歸時在歳暮也。作止、生出地。舍其室家、不遑暇起居、以玁狁之故也。毒民不由上、則人懷敵愾之心矣。薇始長而柔矣。行期將至也。念歸期之遠而憂也。憂心烈烈、如饑如渇。戍事未休、已念、誰使歸問安否。薇壯而剛矣。且當行也。歸期須歳之陽、王事不可盬也。故啓處不遑、憂心雖甚病、我行不可歸也。首章述事之由、次章三章極道勞苦憂傷之情。上能察其情、則雖勞而不怨、雖憂而能厲。四章五章則勸以義。彼爾、猶云於彼。亦與彼路同。常棣之華、華萼相親、興下盡力以爲上。言當如常棣然也。彼路何也。乃君子所乘之車也。君子則知義矣。總强盛之車甲、豈敢安居。當期成功之速
(一月而三捷言速。)。五章再言。騤騤、强盛貌、付與之重。依、依上所處也。腓、從動之義。人之腓、身行則從動也。腓是足肚也。言君子小人從其所處而動也。翼翼、行列整治之狀。旣臨其衆、則整練其車甲、修治其器械。弭服是也。日爲戒備、玁狁之事甚急故也。先言勞苦憂傷以盡其情、次陳之以義以堅其志。戍事盡於此矣。卒章言歸以憫其勞。春而往、冬而旋、行遠而時久。言行道遲遲、則見其思歸之切。心如饑渇、其傷悲甚哀、人莫知也。此據小序爲說。於義無害。然魚麗序云、文・武以天保以上治内、采薇以下治外。於義不然。則采薇等二篇或非文王時作、乃武王・成王時作。南仲不知何時人。古者戍役再期而還。今年春暮行、明年夏代者至。復留備秋至、過十一月而歸。又明年中春至、春暮遣次戍者。每秋與冬初兩番、戍者皆在疆圉。乃今之防秋也。
【読み】
采薇[さいび]
文王の時、昆夷・玁狁[げんいん]の事有り、戍役を遣わして以て守衛す。此の詩を歌って以て之を遣わして、其の勤勞悲傷の情を敍づ。且風するに義を以てす。當時の事なり。後世因りて之を用いて以て戍役を遣わす。薇を采る薇を采るとは、薇を以て戍役を遣わすの候とするなり。歸らんと曰い歸らんと曰うとは、深く歸る時歳暮に在ることを念うなり。作止とは、生いて地を出るなり。其の室家を舍てて、起居するに遑暇あらざるは、玁狁の故を以てなり。民を毒[そこ]なうこと上に由らざれば、則ち人敵愾の心を懷く。薇始めて長じて柔らかなり。行期將に至らんとす。歸期の遠きことを念って憂うるなり。憂うる心烈烈として、饑ゆるが如く渇するが如し。戍事未だ休まずして、已に念う、誰か歸って安否を問わしめん、と。薇壯にして剛し。且當に行くべし。歸期歳の陽[かんなづき]を須って、王事盬[もろ]かる可からず。故に啓[ひざまづ]き處るに遑[いとま]あらず、憂うる心甚だ病めんと雖も、我れ行きて歸る可からず。首めの章には事の由を述べ、次の章三章には極めて勞苦憂傷の情を道う。上能く其の情を察すれば、則ち勞すと雖も怨みず、憂うると雖も能く厲む。四章五章には則ち勸むるに義を以てす。彼爾とは、猶彼にと云うがごとし。亦彼の路と同じ。常棣の華、華萼相親しむは、下力を盡くして以て上の爲にするに興う。言うこころは、當に常棣の如く然すべし。彼の路は何ぞや。乃ち君子乘る所の車なり。君子は則ち義を知る。强盛の車甲を總ぶる、豈敢えて安居せんや。當に成功の速やかなるを期すべし(一月にして三たび捷[か]つを速やかと言う。)。五章には再び言う。騤騤[きき]は、强盛の貌、付與の重きなり。依は、上の處る所に依るなり。腓は、從い動くの義。人の腓は、身行けば則ち從い動く。腓は是れ足肚なり。言うこころは、君子小人其の處る所に從って動くなり。翼翼は、行列整治の狀。旣に其の衆に臨むときは、則ち其の車甲を整練し、其の器械を修治す。弭服是れなり。日に戒め備うることをするは、玁狁の事甚だ急なるが故なり。先づ勞苦憂傷を言って以て其の情を盡くし、次に之に陳ぶるに義を以てして以て其の志を堅くす。戍事此に盡く。卒わりの章には歸って以て其の勞を憫れむことを言う。春にして往き、冬にして旋れば、行くこと遠くして時久し。道を行くこと遲遲たりと言うは、則ち其の歸ることを思うの切なることを見す。心饑渇するが如くにして、其の傷み悲しむこと甚だ哀しけれども、人知ること莫しとなり。此れ小序に據って說を爲す。義に於て害無し。然れども魚麗の序に云う、文・武天保以上を以て内を治め、采薇以下は外を治む、と。義に於て然らず。則ち采薇等の二篇或は文王の時の作に非ず、乃ち武王・成王の時の作ならん。南仲は何れの時の人ということを知らず。古は戍役再期にして還る。今年春暮に行って、明年の夏代わる者至る。復留まって秋至るに備え、十一月を過ぎて歸る。又明年中春至り、春暮次戍の者を遣わす。每に秋と冬初と兩番、戍する者は皆疆圉に在り。乃ち今の防秋なり。

出車
勞將率之旋也。此詩所賦、自受命至還歸、其事有敍、大要在歸功將率。首章陳出車于牧。王命之征、赴事之急、不敢寧也。謂我、命我也。次章旣受命而行、有旗章之盛、見付與之重、憂勞其事也。于郊、行矣。旟旐斾斾華盛。斾斾、垂委之狀。胡不猶莫不。其憂念之深、僕夫左右之人亦爲之意瘁。三章指元帥之名、以顯其功。赫赫、德名顯盛。襄、上也。謂勝。彭彭、衆多。央央、華盛。主言城而勝玁狁。禦戎之道、守備爲本、不以攻擊爲先。其事卒矣。四章言其歸、敍其久戍也。以多難故、不遑啓居。豈無思歸之心。畏法令不敢自遂。五章復言出兵、而衆和爲一方所徯望。南仲之功、於此尤盛。草蟲・阜螽、其類相應。民心之望王師猶是也。此南仲之伐西戎也。觀此詩意、疑似當時西戎兵不加而服、玁狁兵加而服。或於于小大、亦不可知。卒章喜其歸。因敍歸時景物和妍。其歡樂可見也。訊其魁首、當訊問者。醜、徒衆。
【読み】
出車[すいしゃ]
將率の旋るを勞するなり。此の詩の賦する所、命を受けて自り還り歸るに至るまで、其の事敍有り、大要は功を將率に歸するに在り。首めの章には車を牧に出すことを陳ぶ。王之に征せよと命じて、事の急に赴いて、敢えて寧んぜずとなり。我に謂うとは、我に命ずるなり。次の章には旣に命を受けて行き、旗章の盛んなる有りて、付け與くこと重くして、其の事を憂勞することを見す。于郊は、行くなり。旟旐[よちょう]斾斾[はいはい]として華盛なり。斾斾は、垂委の狀。胡不は猶莫不のごとし。其の憂え念うの深き、僕夫左右の人も亦之が爲に意瘁[や]みぬ。三章には元帥の名を指して、以て其の功を顯らかにす。赫赫は、德名顯盛なるなり。襄は、上るなり。勝つことを謂う。彭彭は、衆多なり。央央は、華盛なるなり。城いて玁狁[げんいん]に勝つと言うを主とす。戎を禦ぐの道は、守備を本とし、攻擊を以て先とせず。其の事卒わりぬ。四章には其の歸ることを言い、其の久しく戍することを敍づ。多難を以ての故に、啓き居るに遑あらず。豈歸ることを思う心無からんや。法令を畏れて敢えて自ら遂げずとなり。五章には復兵を出して、衆和して一方の爲に徯望[けいぼう]せらるることを言う。南仲の功、此に於て尤も盛んなり。草蟲・阜螽は、其の類相應ず。民心の王の師を望むこと猶是のごとし。此れ南仲の西戎を伐つなり。此の詩の意を觀るに、疑うらくは當時西戎は兵加えずして服し、玁狁は兵加えて服するに似れり。或は止小大に於るか、亦知る可からず。卒わりの章には其の歸るを喜ぶ。因りて歸る時景物和妍[わけん]なることを敍づ。其の歡樂見る可し。訊は其の魁首、當に訊問すべき者。醜は、徒衆。

魚麗
美萬物盛多、能備禮也。太平之時、庶物繁盛、故能備禮。六月序云、魚麗廢則法令缺矣。物不足則不能備法度也。文・武以天保以上治内以下、傳詩者之言也。不可取。罶、魚笱之易作者。麗於罶者、亦美大之魚也。見其盛多。魚與君子之酒、皆美且多。多且旨、同旨且有。多、止云酒。多有、有富有之意。物多可嘉也。有而能備禮也。盛有及時也。明王在上養育、萬物莫不盛多。故美之也。
【読み】
魚麗[ぎょり]
萬物盛多にして、能く禮を備うることを美す。太平の時は、庶物繁盛、故に能く禮を備う。六月の序に云く、魚麗廢するときは則ち法令缺く。物足らざるときは則ち法度を備うること能わず、と。文・武天保以上を以て内を治むというより以下は、詩を傳うる者の言なり。取る可からず。罶[りゅう]は、魚笱の作り易き者。罶に麗[か]かる者は、亦美大の魚なり。其の盛多なるを見す。魚と君子の酒と、皆美しくして且多し。多くして且旨しというは、旨くして且有りというに同じ。多きは、止酒を云う。多有は、富有の意有り。物多きは嘉んず可し。有りて能く禮に備うればなり。盛んに有れば時に及ぶなり。明王上に在して養育すれば、萬物盛多ならずということ莫し。故に之を美す。

南山有臺
此詩樂君臣倶賢、邦家榮盛、爲福之長也。南山興君、北山興臣。臺・萊皆草。草之衣被於山、成薈蔚之美盛、猶君子爲邦家之基本、萬壽無期。重言爲福長久。桑・楊、充用之物。言山生財以濟用、興君子爲邦家之光榮。無疆猶無期。杞・李可食之物。興君子養人如父母。德音不已、言令聞無窮。栲・杻、木之高者。益山之高。興君子德音茂盛。遐不眉壽、猶云不遐遠眉壽乎。枸・楰、木之尤高大者。興君子德澤長遠。至施及後世。故云、保艾爾後。
【読み】
南山有臺[なんざんゆうだい]
此の詩は君臣倶に賢、邦家榮盛にして、福を爲すの長きことを樂しむなり。南山は君に興え、北山は臣に興う。臺・萊は皆草なり。草の山に衣被して、薈蔚[わいうつ]の美盛を成すは、猶君子邦家の基本と爲りて、萬壽期無きがごとし。重ねて言うは福を爲すこと長く久しければなり。桑・楊は、用に充つる物。言うこころは、山財を生じて以て用を濟すは、君子邦家の光榮を爲すに興う。疆り無しは猶期無きがごとし。杞・李は食う可きの物。君子人を養うこと父母の如きに興う。德音已まざるは、言うこころは、令聞窮まり無きなり。栲[こう]・杻[ちゅう]は、木の高き者。山の高きに益す。君子の德音茂盛なるに興う。遐[とお]く眉壽ならずやとは、猶遐遠の眉壽ならずやと云うがごとし。枸[く]・楰[ゆ]は、木の尤も高大なる者。君子の德澤長く遠きに興う。施して後世に及ぼすに至る。故に云く、爾の後を保んじ艾[やしな]わん、と。

湛露
湛湛、厚濃之狀。露之濃厚、匪日出則不晞。興燕樂恩惠之厚、不醉則不歸也。厭厭、足意之義。豐草、柔從而盛者。以興同姓之親。在宗載考、在同宗成歡樂禮數也。杞・棘、卑下之物。興小國諸侯。言諸國之君、皆明信君子、承王惠澤、莫不修德以奉上。忠順之心、溫克之容、皆令德也。其桐其梓、其實離離。桐・梓、高大之木。興大國諸侯。湛露在桐梓之上、二物之茂盛、其實離離然。言大國之君、承王惠澤、莫不皆修其令善之儀。先親、次小、後大。德澤所懷、其序然也。離離猶累累。
【読み】
湛露[たんろ]
湛湛は、厚濃の狀。露の濃厚、日出るに匪ざれば則ち晞[かわ]かず。燕樂恩惠の厚き、醉わざれば則ち歸らざるに興う。厭厭は、足る意の義。豐草は、柔らぎ從って盛んなる者。以て同姓の親に興う。宗に在りて載[すなわ]ち考[な]すとは、同宗に在りて歡樂の禮數を成すなり。杞・棘は、卑下の物。小國の諸侯に興う。言うこころは、諸國の君、皆明らかに信あるの君子、王の惠澤を承けて、德を修めて以て上に奉ぜずということ莫し。忠順の心、溫克の容は、皆令德なり。其の桐其の梓、其の實離離たり。桐・梓は、高大の木。大國の諸侯に興う。湛露桐梓の上に在り、二物の茂盛、其の實離離然たり。言うこころは、大國の君、王の惠澤を承けて、皆其の令善の儀を修めずということ莫し。親を先にし、小を次にし、大を後にす。德澤の懷う所、其の序然り。離離は猶累累のごとし。

采芑
芑、美菜。地方壯盛、則可植美菜。興文武之將、甲兵之强、則能成茂功。薄言、發語辭。采芑於新田菑畝、皆地力方盛處。方叔所總臨三千乘之衆。師干、猶今云兵甲。試、肄習也。衆且練也。率止、往征也。言四騏翼翼、壯健路車、儀飾之盛。次章重言之。中郷亦美田。旂旐央央言整肅。首章言肄習、次章言整肅、蓋其敍也。其行也受服章之尊美、言付之重。三章言雖將之才、士之衆且勇、進退得宜、趣舍有節。言隼之急疾、亦集于所止、以興兵雖强、用之有節而不過也。鉦人、擊鉦者。伐鼓、擊鼓者。方叔行師有鉦鼓、爲陳師鞠旅之節。鞠、止也。遂美之、言明信之方叔。其伐鼓也淵淵、平和不暴急。其振旅也鼓聲闐闐、整緩之狀。振旅之行、亦以鼓、止行則以鉦。卒章言成功。因言其致伐之由。蠢、動而無知之義。蠢爾之蠻、乃與大邦爲仇。方叔克壯其猶、故征而執獲。戎車之盛如雷霆。方叔之明信、自伐玁狁時聞于四方。故荆蠻畏威來服。
【読み】
采芑[さいき]
芑は、美菜。地方壯盛なるときは、則ち美菜を植う可し。文武の將、甲兵の强きときは、則ち能く茂功を成すに興う。薄[いささ]か言[ここ]にとは、發語の辭。芑を新田菑畝[しほ]に采るは、皆地力方に盛んなる處。方叔が總臨する所三千乘の衆あり。師干は、猶今兵甲と云うがごとし。試は、肄[なら]い習うなり。衆ありて且つ練れるなり。率止は、往き征するなり。四騏翼翼たりと言うは、路車を壯健にして、儀飾の盛んなるなり。次の章には重ねて之を言う。中郷も亦美田なり。旂旐[きちょう]央央たりとは整肅なるを言う。首めの章には肄習を言い、次の章には整肅を言うは、蓋し其の敍なり。其の行くに服章の尊美を受くるは、言うこころは、付することの重ければなり。三章には將の才あり、士の衆くありて且つ勇めると雖も、進退宜しきを得て、趣舍節有ることを言う。隼の急疾も、亦止まるべき所に集[い]ることを言いて、以て兵强しと雖も、之を用うること節有りて過たざるに興う。鉦[せい]人は、鉦を擊つ者。伐鼓は、鼓を擊つ者。方叔師を行[や]るに鉦鼓有り、師を陳ね旅を鞠[とど]むるの節を爲す。鞠は、止むるなり。遂に之を美して、明らかに信ある方叔と言う。其の鼓を伐つこと淵淵として、平和にして暴急ならず。其の旅を振すること鼓の聲闐闐[てんてん]たりとは、整緩の狀。旅の行を振するには、亦鼓を以てし、行を止むるには則ち鉦を以てす。卒わりの章には成功を言う。因りて其の伐つことを致すの由を言う。蠢は、動いて無知なるの義。蠢爾の蠻は、乃ち大邦と仇を爲す。方叔克く其の猶[はかりごと]を壯んにして、故に征して執え獲。戎車の盛なること雷霆の如し。方叔の明らかに信ある、自ら玁狁を伐つ時に四方に聞こゆ。故に荆蠻威を畏れて來り服すとなり。

車攻
文王撫有四方
(四方一作西。文一作武。)、至是蹙矣。故云、復文・武境土也。此詩美其修政事、治車甲、因田狩而簡車徒。諸侯順從、軍法肅治如此。故能成中興之功。先王之政、後嗣所當守、失則罪也。故詩・春秋於復古之事不加美辭。此詩但稱其復古也(吉日則言美矣。)。旣攻謂堅治。旣同謂調一。孔阜爲肥壯。之子猶云二三子。指所任者。囂囂盛衆貌。有繹聨屬。決拾、不知是一物是二物。助、射者傾助也。射夫、衆射者。同謂同力如此。故獲多。助我助斂禽者舉●(注)(土賣切)、衆射夫助舉、見其多。不倚不偏、不失持中範也。蕭蕭馬鳴、悠悠斾旌、詠肅靜如此。徒御不其警戒乎。庖厨不其充盈乎(承上言。)。有聞無聲、聞師之行而不聞其聲。言至肅。信哉君子之治戎、其成如此之善。
【読み】
車攻[しゃこう]
文王四方を撫で有ち(四方は一に西に作る。文は一に武に作る。)、是に至って蹙[せま]る。故に云く、文・武の境土に復す、と。此の詩は其の政事を修め、車甲を治め、田狩に因って車徒を簡[けみ]することを美す。諸侯順い從って、軍法肅[おごそ]かに治まること此の如し。故に能く中興の功を成す。先王の政は、後嗣の當に守るべき所、失するは則ち罪なり。故に詩・春秋に古に復する事に於ては美辭を加えず。此の詩は但其の古に復することを稱す(吉日は則ち言美す。)。旣に攻[かた]しとは堅く治むるを謂う。旣に同[ひと]しとは調一なるを謂う。孔だ阜[おお]しとは肥壯とす。之の子とは猶二三子と云うがごとし。任ずる所の者を指す。囂囂は盛んに衆き貌。繹たる有りとは聨屬するなり。決拾は、是れ一物是れ二物ということを知らず。助くとは、射る者傾き助くるなり。射夫は、衆の射る者。同は力を同じくすること此の如きを謂う。故に獲ること多し。我を助くとは、禽を斂むる者を助けて●(注)(土賣切)を舉ぐるなり。衆の射夫助け舉ぐるは、其の多きことを見す。倚ならざるは偏ならざるなり、中範を持することを失せざるなり。蕭蕭たる馬鳴、悠悠たる斾旌[はいせい]は、肅靜なること此の如きを詠ず。徒御其れ警戒せざらんや。庖厨其れ充盈せざらんや(上を承けて言う。)。聞くこと有りて聲無しとは、師の行を聞いて其の聲を聞かず。至って肅[しづ]めることを言う。信なるかな君子の戎を治むる、其の此の如きの善を成すとなり。
(注)●は上が此、下が手。

吉日
宣王將田而卜吉日、見其愼微。詩人因美之、更稱其接下、得羣下之自盡。詩中所陳是也。戊、剛日之吉。旣伯旣禱、祭馬祖而禱之。伯爲馬祖。據爾雅之文、戊日祭禱、庚午于田。漆沮之從、天子之所、悉率左右、以燕天子、皆羣下盡力奉上。以御賓客、且以酌醴、先王接下之誠意。發小豝、殪大兕、言所獲耳。不須爲多說也。大兕、牛類、今西方有之
(旄牛。)
【読み】
吉日[きつじつ]
宣王將に田[かり]せんとして吉日を卜し、其の微を愼むことを見る。詩人因りて之美し、更に其の下に接して、羣下の自ら盡くすことを得ることを稱す。詩の中に陳ぶる所是れなり。戊は、剛日の吉。旣に伯旣に禱るとは、馬祖を祭って之を禱るなり。伯は馬祖とす。爾雅の文に據るに、戊の日祭禱し、庚午田に于く。漆沮之れ從う、天子の所、悉く左右を率いて、以て天子を燕[たの]しましむとは、皆羣下力を盡くして上に奉ずるなり。以て賓客に御[すす]めて、且つ以て醴を酌むとは、先王下に接するの誠意。小豝[は]に發[はな]ちて、大兕[じ]を殪[たお]すとは、獲る所を言うのみ。多しとするの說を須いず。大兕は、牛の類、今西方に之れ有り(旄牛。)

庭燎
天下之事、貴乎得中而可常。是之謂宜。苟以意之所欲而已、靡不勤於始而怠於終。故其進銳者其退速。宣王之於始也、不守法以治、盡其力以勤於事。固可知其不能於終也。夙興視朝、固有常節。始自於夜之未央、任其勤而不知節也。無節則早晩不能常也。故次云未艾。向晨也。不惟見無常節、且知其必將怠矣。此所以方美其勤、而遂以箴之也。箴之於事、如鍼砭之刺病矣。央、中也。艾、向盡也。晨、曉也。將將、鸞鈴聲。噦噦、車軨會聚聲。光、明之盛。晰晰、明也。輝、光之散也。
【読み】
庭燎[ていりょう]
天下の事、中を得て常にす可きを貴ぶ。是を之れ宜しきと謂う。苟も意の欲する所のみを以てせば、始めを勤めざるは靡けれども終わりに怠る。故に其の進むこと銳き者は其れ退くこと速やかなり。宣王の始めに於る、法を守って以て治めず、其の力を盡くして以て事を勤む。固に其の終わりに能くせざらんことを知る可し。夙に興きて朝を視るは、固に常の節有り。夜の未だ央[なかば]ならざる自り始むるは、其の勤めに任じて節を知らざるなり。節無きときは則ち早晩常にすること能わず。故に次に未だ艾[つ]きずと云う。晨に向かうなり。惟常の節無きを見るのみにあらず、且其の必ず將に怠らんとすることを知る。此れ方に其の勤めを美して、遂に以て之を箴[いまし]むる所以なり。箴の事に於るは、鍼砭の病を刺すが如し。央は、中なり。艾は、盡くるに向[なんなん]とするなり。晨は、曉なり。將將は、鸞鈴の聲。噦噦[かいかい]は、車軨會聚する聲。光は、明の盛んなるなり。晰晰[せいせい]は、明らかなり。輝は、光の散ずるなり。

白駒
刺不能用賢、賢者去而不留也。皎皎、潔白也。駒、馬之俊者。古文千里駒。又曰、白駒過隙。白、色之貴者。以貴色之俊馬、興賢德之才士。場圃所食、非常苗、必美蔬也。白駒當食以美物、賢才當待以殊禮。白駒則維縶之不使去、留玩樂以永日。唐風云、且以永日。人暇樂則日永也。所謂伊人者、宜使於此逍遙。豈當使遠去也。藿、蔬之葉。夕猶朝也。賢人君子、當使於此爲嘉賓。賁然、光彩。來思、思其賁然而來也。上二章言賢者當在朝廷、此一章言思其來。思其來是不在位也。爾公爾侯、謂公卿在位者。但逸豫無期。度不思求賢致治之道乎。戒使欽愼優游、無所事之際、當勉强思天下之有潛遯之賢者而進用之也。三章思賢者之來。是不在位也。卒章言其遠遯而思之之意。遠遯空谷、處窮困而享淡薄、雖所享生芻
(徐本芻作蒭。)一束而已、然其人之美則如玉也。毋金玉爾音、而有遐心、賢者旣遠遯矣。國之好賢者、猶望其相聞問而不見絕也。曰、毋自貴重其音聲、而有遠棄我之心。
【読み】
白駒[はっく]
賢を用うること能わず、賢者去って留まらざることを刺るなり。皎皎[こうこう]は、潔白なり。駒は、馬の俊なる者。古文に千里の駒、と。又曰く、白駒隙を過ぐ、と。白は、色の貴き者。貴き色の俊馬を以て、賢德の才士に興う。場圃の食する所は、常の苗に非ず、必美蔬ならん。白駒は當に食するに美物を以てすべく、賢才は當に待するに殊禮を以てすべし。白駒は則ち之を維[つな]ぎ縶[まと]って去らしめず、留めて玩樂せしめて以て日を永[ひさ]しくせよとなり。唐風に云く、且つ以て日を永しくす、と。人暇樂すれば則ち日永し。所謂伊[か]の人は、宜しく此に於て逍遙せしむべし。豈に當に遠く去らしむべけんや。藿[かく]は、蔬の葉。夕は猶朝のごとし。賢人君子は、當に此に於て嘉賓爲らしむべし。賁然は、光彩なり。來ることを思うとは、其の賁然として來らんことを思うなり。上の二章には賢者當に朝廷に在るべきことを言い、此の一章には其の來らんことを思うを言う。其の來らんことを思うは是れ位に在らざればなり。爾の公爾の侯とは、公卿の位に在る者を謂う。但逸豫期無けん。度るに賢を求め治を致すの道を思わざらんか。戒めて優游として、事とする所無きの際を欽愼せしめて、當に勉强して天下に潛み遯るるの賢者有ることを思って之を進め用いしむべしとなり。三章には賢者の來らんことを思う。是れ位に在らざればなり。卒わりの章には其の遠く遯れて之を思うの意を言う。遠く空谷に遯れ、窮困に處して淡薄を享くるは、享くる所生芻(徐本芻を蒭に作る。)一束のみと雖も、然れども其の人の美は則ち玉の如しとなり。爾が音を金玉にして、遐[さか]れる心有ること毋かれとは、賢者旣に遠遯るなり。國の賢者を好する、猶其の相聞問して絕たれざらんことを望む。曰く、自ら其の音聲を貴重にして、我を遠ざけ棄つるの心有ること毋かれとなり。

白華
幽王寵褒姒而黜申后。周人爲之作詩以刺王。王字誤作后字。序自下國化之以下、言當時事如此。詩中所不及也。詩大意刺王專寵、失上下之分。白華則漚以爲菅。白茅則用之裹束。物之美惡、其用各有其所。興尊卑上下各有其分。今王亂貴賤之序、而遠棄我、俾我窮獨失所也。之子、謂王也。英英白雲、雲之貌。天之道雲蒸露降、則菅茅皆被其澤。王如以道、則嫡妾當均被其寵。今天運艱難、而之子不猶是道也。天步、時運也。猶、如也。滮池北流、小水微流也。尙能浸漑稻田。王之崇高尊大、而反不能通流其寵澤、念此所以嘯歌而傷懷也。滮、池名。無源易竭之水。樵彼桑薪、桑、薪之善者。樵彼桑薪不用、而我烘於煁竈、興王之捨嫡后之尊、而專寵于嬖人也。維彼王之崇大、而所爲如此。所以勞傷我心。言之子者、直謂是人也。言碩人者、言其居尊大之位、而所爲如是也。鼓鐘于宮。此章自傷其誠意之不能動王也。鼓鐘于宮中、而聲聞于外。今我中心念子、慘慘然憂蹙、而曾不感動。視我邁邁而去。邁邁、去遠不顧之意。鶖之在梁、鶴之在林、皆其所也。今王使我不得其所。是以傷心。鴛鴦、雌者右翼掩左。是雄之常也。今王爲夫之道乃不常。二三其德、謂初終改易也。扁、乘石之形。設乘石、以爲高也。而反覆卑。興王捨后之尊、而寵微賤之人也。之子見遠、使我困病。底
(徐本底作疷。)、病也。此詩八章、有次序、更不煩解。第四章中、卬字訓我也。謂幽王。我却烘于煁、今俗語如此。
【読み】
白華[はくか]
幽王褒姒を寵して申后を黜く。周人之が爲に詩を作って以て王を刺る。王の字誤って后の字に作る。序に下國之に化すという自り以下は、當時の事此の如きを言う。詩の中の及ばざる所なり。詩の大意は王寵を專らにして、上下の分を失することを刺る。白華は則ち漚[ひた]して以て菅とす。白茅は則ち之を用いて裹[つつ]み束ぬるなり。物の美惡、其の用各々其の所有り。尊卑上下各々其の分有るに興う。今王貴賤の序を亂りて、我を遠ざけ棄てて、我をして窮獨にして所を失せしむとなり。之の子とは、王を謂うなり。英英たる白雲とは、雲の貌。天の道雲蒸し露降るときは、則ち菅茅皆其の澤を被る。王如し道を以てせば、則ち嫡妾當に均しく其の寵を被るべし。今天運艱難にして、之の子猶是の道のごとくならずとなり。天步は、時運なり。猶は、如きなり。滮[ひょう]池北に流るとは、小水の微流なり。尙能く稻田を浸漑す。王の崇高尊大にして、反って其の寵澤を通流すること能わず、此を念って嘯[うそぶ]き歌って傷み懷う所以なり。滮は、池の名。源無くして竭し易きの水。彼の桑の薪を樵[こ]るとは、桑は、薪の善なる者。彼の桑の薪を樵りて用いずして、我れ煁竈[じんそう]に烘[た]くは、王の嫡后の尊きを捨てて、寵を嬖人に專らするに興う。維れ彼の王の崇大にして、する所此の如し。我が心を勞傷する所以なり。之の子と言うは、直に是の人を謂うなり。碩人と言うは、其の尊大の位に居して、する所是の如くなることを言うなり。鐘を宮に鼓つ。此の章自ら其の誠意の王を動かすこと能わざるを傷むなり。鐘を宮中に鼓って、聲外に聞こゆ。今我が中心子を念って、慘慘然として憂蹙すれども、曾て感動せず。我を視て邁邁として去るとなり。邁邁は、去り遠ざけて顧みざるの意。鶖[しゅう]の梁に在り、鶴の林に在るは、皆其の所なり。今王我をして其の所を得ざらしむ。是を以て心を傷ましむ。鴛鴦[えんおう]は、雌なる者右の翼左を掩う。是れ雄の常なり。今王夫爲るの道乃ち常ならず。其の德を二三にすとは、初終改易するを謂うなり。扁は、乘石の形。乘石を設けて、以て高しとす。而れども反覆すれば卑し。王后の尊きを捨てて、微賤の人を寵するに興う。之の子遠ざけられて、我をして困病せしむ。底(徐本底を疷に作る。)は、病むなり。此の詩八章、次序有り、更に煩わしく解せず。第四章の中、卬の字我と訓ず。幽王を謂う。我れ却って煁に烘けりとは、今の俗語此の如し。

大雅 旱麓
言周家承受先祖之業也。后稷・公劉積德於始、世修其業、至太王・王季、重修百福、以干天祿
(申重也。)。人爲善而獲福。修善乃福也。爲善而獲福、所謂自求多福、乃干祿也。瞻彼旱麓。旱、山名。麓、山足。高峻非生物之所。麓乃百物所聚生也。瞻彼旱麓之榛楛、草木得麓之氣、濟濟茂盛。興此周家之愷悌君子、承其祖先愷悌之道、所以興盛受福也(榛楛、旱山所有之木。)。瑟彼玉瓉。此章言先祖積德、必有善承之子孫也。瑟、密義。謂縝密。溫潤之玉瓉、其中所盛必黃流也。愷悌君子、則福祿所降、必有賢子孫也。瓉、圭瓉、玉器。黃流、鬱鬯也。鳶飛戾天。此章言先祖之德、可以作後人也。鳶飛至天、興上得其道。謂先祖。魚躍于淵、興下得其宜。謂後嗣。後嗣之賢、自先世之貽謀。故愷悌君子、遐不作人。作、興起之于善也。言不遠作人于善乎。淸酒旣載。此章言子孫承受其業、致其誠孝之報、先祖饗其成功也。載、事。謂造也。後人載酒備牲、以享祀其先君。祖先享報而子孫受福也。故云以介景福。介、至也。謂以來大福也。瑟彼柞棫。瑟然密茂之狀。前章言先祖享成功之報、此章重明成功由先祖之力。柞棫之所以密茂、由人焚燎而然。今之君子成其王業、亦猶神勞力於昔也。神指先祖。今人種楡、亦焚之使茂。莫莫葛藟。前章言由先祖之爲、此章重言率循先祖之道。莫莫、葛藟柔曼茂盛之狀。施者、謂依緣木之條幹。興君子率循先祖之道、以干天祿。不囘、謂無邪囘他道也。此詩所稱愷悌君子、或目先祖、或謂子孫。觀文意可辨。
【読み】
大雅 旱麓[かんろく]
周家先祖の業を承け受くることを言うなり。后稷・公劉德を始めに積み、世々其の業を修め、太王・王季に至って、重ねて百福を修めて、以て天の祿を干[もと]む(申ね重ぬるなり。)。人善を爲して福を獲。善を修むれば乃ち福なり。善を爲して福を獲るは、所謂自ら多福を求めて、乃ち祿を干むるなり。彼の旱の麓を瞻る。旱は、山の名。麓は、山の足[ふもと]。高峻は物を生ずる所に非ず。麓は乃ち百物の聚生する所なり。彼の旱の麓の榛楛[こ]を瞻るに、草木麓の氣を得て、濟濟として茂盛なり。此の周家の愷悌の君子、其の祖先愷悌の道を承く、所以に興盛にして福を受くるに興う(榛楛は、旱の山有する所の木。)。瑟たる彼の玉瓉[ぎょくさん]。此の章には先祖の積德、必ず善く承くるの子孫有ることを言う。瑟は、密なるの義。縝密を謂う。溫潤の玉瓉は、其の中の盛る所は必ず黃流なり。愷悌の君子は、則ち福祿の降る所、必ず賢子孫有りとなり。瓉は、圭瓉、玉器。黃流は、鬱鬯[うっちょう]なり。鳶飛んで天に戾[いた]る。此の章には先祖の德、以て後人を作す可きことを言う。鳶飛んで天に至るは、上其の道を得るに興う。先祖を謂う。魚淵に躍るは、下其の宜しきを得るに興う。後嗣を謂う。後嗣の賢は、先世の貽謀[いぼう]自りす。故に愷悌の君子、遐[とお]く人を作さずという。作は、之を善に興起せしむるなり。言うこころは、遠く人を善に作さざらんやとなり。淸酒旣に載る。此の章には子孫其の業を承け受け、其の誠孝の報を致し、先祖其の成功を饗することを言う。載は、事なり。造るを謂う。後人酒を載り牲を備えて、以て其の先君に享祀す。祖先享け報いて子孫福を受くるなり。故に以て景[おお]いなる福に介[いた]ると云う。介は、至るなり。以て大福を來すことを謂うなり。瑟たる彼の柞棫[さくよく]。瑟然は密茂の狀。前章には先祖成功を享くるの報を言い、此の章には重ねて成功は先祖の力に由ることを明かす。柞棫の密茂なる所以は、人焚燎するに由って然り。今の君子其の王業を成すは、亦猶神力を昔に勞すればなり。神とは先祖を指す。今の人楡を種うるも、亦之を焚いて茂らしむ。莫莫たる葛藟[かつるい]。前章には先祖の爲[しわざ]に由ることを言い、此の章には重ねて先祖の道に率い循うことを言う。莫莫は、葛藟柔曼茂盛の狀。施は、木の條幹に依り緣るを謂う。君子先祖の道に率い循って、以て天の祿を干むるに興う。囘ならずとは、他の道に邪囘すること無きを謂う。此の詩に稱する所の愷悌の君子、或は先祖に目づけ、或は子孫を謂う。文意を觀て辨ず可し。

皇矣
此詩美周家所以興王業。故言、天監代殷、莫若周。然此詩主意、在美王季、終言王業之成、而盛述文王之事。序因云世世修德、莫若文王也。皇矣上帝、臨下有赫。皇、大也。臨視天下、有赫赫威明也。下章云、王赫斯怒。監觀四方、求民之莫、求民所定也。此泛言天祐下民、作之君長、使得安定也。維此二國、其政不獲、維彼四國、爰究爰度、惟求民所定。故君不善則絕之、如彼夏・商二國。不得其政、謂失君道也。則於四方之國、求謀有德之君、使王天下。究、尋究也。度、謀度也。上帝耆之、增其式廓、耆、致也。頌云、耆定爾功。上帝耆之、謂天命所歸。式廓、謂規限也。猶云規模範圍也。天命所致、則增大其規限、自諸侯而升天子、由百里而撫四海。是增而大之也。憎字、與增同。憎、心有所超也。義與增通矣。乃眷西顧、此惟與宅、上泛言天道如此。上所云求德可安民者、大而王之。故其眷西顧而歸於周。此維與宅、謂使其居西土以王天下也。作之屛之、上章之末言天命歸周、此言其居西土所興之業。其去惡養善、生息其人民、皆以養治材木爲興。作之謂拔之。屛之謂去之。作屛之者、其菑其翳也。菑、立死。翳、自斃。意者、立死則全枯。翳謂枝幹之死耳。故菑上配作之、翳上配屛之
(作、幷根出之。屛、伐去而已。)。夫人之爲惡以自亡。故以自死之木興之。修之平之、修治之也。叢生曰灌、行生曰栵(故字以列。)。謂修治其叢列(徐本列作栵。)、使疎密正直得其宜。此興平治民物、各得其宜也。啓之辟之、謂芟除也。檉椐(檉、河柳也。椐、樻也。)、必芟除而後茂盛。此興養民也。上四句止言所當去者及行列(徐本行列作灌栵。)、至此言檉椐、乃興民也。二木、常木衆多者。故以興民。攘之剔之、謂穿剔去其繁冗、使成長也。檿柘、待用之木。以興養育賢才也。帝遷明德、串夷載路、上述其治矣、此云天監就其明德。其治如此。串夷載路也。串、循順之義。穿物一貫爲串。字形亦然。夷、平也。載路、猶滿路。謂充塞也。周家之治、順平之道、充塞也。天立厥配、受命旣固、言天以其德之配天、而立之使王、則其受命堅固而不易也。言天命終歸之、必成王業也。帝省其山。此章將言王季受命配天之事。故再言帝省其山、以見其所爲之可以配天也。帝省其山、言天視周家之治、以山爲興也。柞棫常木、興民。松柏良材、興賢才。拔長盛、興生民繁庶。兌潤澤、興賢才得其所。帝作、謂天道。邦作、謂人君之爲。人君之德、能與天對合者、自太伯與王季也。○太伯雖不爲人君、然其爲與王季相須、皆周家之事。王季之治、能對天、而由太伯與之固。故云自太伯・王季也。維此王季、因心則友、又述其事也。因心者、出其天性也。言王季天性友愛其兄。故其兄賢之而讓之國、卒受天命、興王業之篤厚、周家之福慶、又成其兄讓德之光顯也。載、辭也。錫、與也。謂與其兄之光顯。受天福祿、保而不失、以至奄有四方。奄字之義、在忽遂之閒。此詩本意、在美王季。故其言泰伯之讓、皆由王季、下言文王之事、亦歸本王季也。維此王季、帝度其心。此章述王季之德。帝度其心、謂天鑒其衷誠也。貊其德音、貊字之義、疑是大也。德音、德聲也。其德聲旣大、而其實德克明。非徒能明、又能類。類、肖也。今人能知而弗克踐之者、明及之、而行弗類也。是非誠有也。言王季旣明、又能類。所以爲至德。長、謂能居長上之道。君、謂能君撫人民、興王此大國。克順、又克俾順。謂順道。俾化民貽後皆是也。夫身不行道、不行於妻子。己能順道、然後能使人。王季所以能化民成俗、貽厥子孫也。故不特俾民遷善而已、又俾其子文王守其德而不失。故無悔也。旣受天福祿、而能施及於子孫。此二句結之、而下述文王之事也。帝謂文王、上章之末言王季之業施於子孫、此章言文王承王季之緒、復受天命、終成王業也。至文王而有救民征伐之事。畔援、黨比也、畔、近岸。援、攀援。歆、欲之動也。羨、愛羨。誕、與但同義。登岸、旣濟之義。天謂文王、無黨援以爲强、無以貪欲而動、惟是所先者、濟天下於險難。此謂順天征伐之道。於是密人不恭、拒我大邦之命、旣侵阮、而又往將侵共。文王赫然而怒、整其師旅、以遏止密人徂共之師、救亂安人、以厚周家之福、以答天下望周之心也。此文王征伐之始也。依其在京、依、憑也。京、周國。文王本據周地以興。侵廣土疆、自阮而始。謂密侵阮、文王救安之、遂歸服也。開地益廣、至於岐・隴。高山皆有之。陟我、猶云廣我疆宇、至登高岡也。矢、陳也。謂墾闢。言人無耕闢我陵阜乎。陵阜皆我之阿也。無飮我水泉乎。水泉皆我之池也。言皆屬其有也。其地旣廣。於是擇高明之處而安居之、度相其鮮原。鮮原、謂高明之地。得其地於岐山之南、渭水之傍。將、猶傍也。謂其傍建其都邑。其德爲萬國所歸向。是天下萬民之王也。帝謂文王、予懷明德。上章言文王開拓土宇、天下歸服、此章乃言其聖德所以化人如此。帝謂文王、予懷爾之明德。不大其聲色而人化。夫聖人之誠、感無不通。故所過者化、所存者神。豈暴著於形迹也哉。是不發見其大聲色也。故聖人曰、聲色之於化民末也。其化之感人、雖不大其聲色、而其應之疾、人之惡不及長大而革也。夏、大也。言不待遲久而化也。民由之、而不知日遷善、而不知爲之者。是不識不知、而順夫天理也。此聖人之神化、非文王孰能及之。帝謂文王、詢爾仇方。此章首言文王之化如此、章末言聖人之化如此。而天下有昏惡之甚、不能化者、伐而誅之、則天下皆善而王業成。帝謂文王、當謀與爾爲仇之方。詢、謀也。同爾兄弟之國、以爾攻伐之具、以伐爲仇之崇。鉤援、登城之梯。臨・衝、二車、皆兵車。臨衝閑閑。此章述伐崇而天下畏服也。閑閑、徐緩之狀。言言、猶齗齗也。校訟不服之狀。凡聖人之伐、未有不俟其革心順服者。旣不服、然後攻之。崇侯迷惡、當文王之徐緩之時、則齗齗不服。故文王遂加之兵。執訊連連之多。連連、屬續之狀。訊、生獲者也。安安、不輕暴也。馘、斬獲也。聖人之伐、殺其犯、順者非輕肆殺戮也。故於馘也安安然審重。又爲類・禡之祭。古者出征、類於上帝、禡於所征之地。所以暴明其罪、告之神明。言其當誅伐、伐而告之神明、其伐合神明之道也。又明其罪惡、以著逆順之理。是可致所不服而來附其人也。於是四方畏服、莫敢侮慢。伐而猶不服、於是力攻之。茀茀、盛强之狀。旣力攻之、崇乃仡仡然。仡仡、壯勇之狀。堅拒守。是其惡之終不革者也。於是攻伐之。肆、謂縱攻也。絕、滅之。忽、滅也。天誅旣行、四方畏服、無敢違拂者矣。文王之征始於密、王功之始也。終於崇、天下遂無不服、王功之成也。文王有聲言作豐在伐崇之後。而此言度居乃在前章者、蓋此章自侵自阮疆、言其廣疆宇、以至於及遠、建都邑一倂盡言之耳。非謂事在伐崇前也。
【読み】
皇矣[こうい]
此の詩は周家王業を興す所以を美す。故に言く、天監みるに殷に代わるは、周に若くは莫し、と。然して此の詩の主意は、王季を美するに在り、終わりに王業の成れることを言って、盛んに文王の事を述ぶ。序に因りて云う、世世德を修むること、文王に若くは莫し、と。皇[おお]いなるかな上帝、下を臨[み]て赫たること有り。皇は、大なり。天下を臨み視るに、赫赫たる威明有りとなり。下の章に云う、王赫として斯に怒るとなり。四方を監み觀て、民の莫[さだ]まらんことを求むとは、民の定まる所を求むるなり。此れ泛く天下民を祐けて、之が君長を作し、安定を得せしむることを言うなり。維れ此の二國、其の政獲ず、維れ彼の四國、爰に究[たづ]ね爰に度るとは、惟れ民の定まらん所を求む。故に君不善なれば則ち之を絕つこと、彼の夏・商の二國の如し。其の政を得ずとは、君道を失えるを謂うなり。則ち四方の國に於て、有德の君を求め謀って、天下に王たらしめんとす。究は、尋ね究むるなり。度は、謀り度るなり。上帝之を耆[いた]して、其の式廓[しょくかく]を增すとは、耆は、致すなり。頌に云う、爾の功を耆し定む、と。上帝之を耆すとは、天命の歸する所を謂う。式廓は、規限を謂うなり。猶規模範圍と云うがごとし。天命の致す所は、則ち其の規限を增大にして、諸侯自りして天子に升り、百里由りして四海を撫す。是れ增して之を大いにするなり。憎の字は、增と同じ。憎は、心の超ゆる所有るなり。義增と通ず。乃ち眷[かえり]みること西に顧みて、此れ惟れ與え宅[お]らしむとは、上には泛く天道此の如くなることを言う。上に云う所は德民を安んず可き者を求めて、大いにして之を王とす。故に其の眷みること西に顧みて周に歸す。此れ維れ與え宅らしむとは、其をして西土に居して以て天下に王たらしむるを謂うなり。之を作[ぬ]き之を屛[さ]るとは、上の章の末に天命周に歸することを言い、此には其の西土に居して興す所の業を言う。其の惡を去り善を養い、其の人民を生息すること、皆材木を養い治むるを以て興えとす。之を作くとは之を拔くを謂う。之を屛つとは之を去るを謂う。之を作き屛る者は、其の菑[し]し其の翳[えい]すればなり。菑は、立ち死[か]るるなり。翳は、自ら斃るるなり。意は、立ち死るれば則ち全く枯るるなり。翳は枝幹の死るるを謂うのみ。故に菑は上之を作くというに配し、翳は上之を屛るというに配す(作は、根と幷に之を出す。屛は、伐り去るのみ。)。夫れ人惡を爲して以て自ら亡ぶ。故に自ら死るるの木を以て之を興う。之を修め之を平らぐとは、之を修め治むるなり。叢生するを灌と曰い、行生するを栵[れい](故字列を以てす。)と曰う。其の叢列(徐本列を栵に作る。)を修め治めて、疎密正直其の宜しきを得せしむるを謂う。此れ民物を平らげ治めて、各々其の宜しきを得るに興う。之を啓き之を辟[ひら]くとは、芟[か]り除くことを謂う。檉[てい]椐[きょ]は(檉は、河柳なり。椐は、樻[き]なり。)、必ず芟り除いて而して後に茂盛す。此れ民を養うに興う。上の四句は止當に去るべき所の者及び行列(徐本行列を灌栵に作る。)を言い、此に至って檉椐を言って、乃ち民に興う。二木は、常木の衆多なる者。故に以て民に興う。之を攘[はら]い之を剔[き]るとは、穿ち剔って其の繁冗を去って、成長せしむるを謂う。檿[えん]柘[せき]は、用を待つの木。以て賢才を養育するに興う。帝明德を遷して、串夷路に載[み]つとは、上には其の治まることを述べて、此には天監みて其の明德に就くことを云う。其の治此の如し。串夷路に載つとなり。串は、循い順うの義。物を穿ちて一貫するを串とす。字形も亦然り。夷は、平らぐなり。路に載つとは、猶路に滿つというがごとし。充塞するを謂う。周家の治、順平の道、充塞するなり。天厥の配[たぐい]を立てて、命を受くること旣に固しとは、言うこころは、天其の德の天に配するを以て、之を立てて王たらしむるときは、則ち其の命を受くること堅固にして易わらざるとなり。天命終に之に歸して、必ず王業を成すことを言う。帝其の山を省る。此の章將に王季命を受けて天に配するの事を言わんとす。故に再び帝其の山を省ると言って、以て其のする所の以て天に配す可きことを見す。帝其の山を省るとは、天周家の治を視ることを言って、山を以て興えとするなり。柞棫[さくよく]は常木、民に興う。松柏は良材、賢才に興う。拔は長く盛んなり、生民繁庶に興う。兌は潤澤、賢才其の所を得るに興う。帝作すとは、天道を謂う。邦作すとは、人君の爲を謂う。人君の德、能く天と對合する者は、太伯と王季と自りなり。○太伯は人君爲らずと雖も、然れども其の王季と相須[もと]むることをするは、皆周家の事。王季の治、能く天に對して、太伯之に與にするに由って固し。故に太伯・王季自りすと云う。維れ此の王季、心に因って則ち友ありとは、又其の事を述ぶるなり。心に因るとは、其の天性に出るなり。言うこころは、王季の天性其の兄に友愛あり。故に其その兄之を賢として之に國を讓って、卒に天命を受けて、王業の篤厚、周家の福慶を興し、又其の兄讓德の光顯を成すとなり。載は、辭なり。錫は、與うるなり。其の兄の光顯を與うるを謂う。天の福祿を受けて、保んじて失わずして、以て奄[つい]に四方を有つに至る。奄の字の義、忽遂の閒に在り。此の詩の本意は、王季を美するに在り。故に其の泰伯の讓れるは、皆王季由りすることを言い、下に文王の事を言って、亦王季に歸し本づく。維れ此の王季、帝其の心を度る。此の章には王季の德を述ぶ。帝其の心を度るとは、天其の衷誠を鑒みるを謂う。其の德音を貊[おお]いにすとは、貊の字の義、疑うらくは是れ大いなるならん。德音は、德聲なり。其の德聲旣に大にして、其の實德克く明らかなり。徒能く明らかなるに非ず、又能く類すとなり。類は、肖るなり。今の人能く知って克く之を踐まざる者は、明之に及べども、行類せざるなり。是れ誠に有するに非ざるなり。言うこころは、王季旣に明らかに、又能く類す。至德爲る所以なり。長は、能く長上の道に居するを謂う。君は、能く君として人民を撫で、此の大國に王たることを興すことを謂う。克く順うとは、又克く順わしむるなり。道に順うを謂う。民を化し後に貽さしむるは皆是れなり。夫れ身道を行わざれば、妻子にも行われず。己能く道に順って、然して後に能く人をせしむ。王季能く民を化し俗を成して、厥の子孫に貽す所以なり。故に特民をして善に遷さしむるのみにあらず、又其の子文王をして其の德を守って失わざらしむ。故に悔ゆること無し。旣に天の福祿を受けて、能く施して子孫に及ぼす。此の二句之を結んで、下文王の事を述ぶるなり。帝文王に謂[つ]ぐとは、上の章の末に王季の業子孫に施[およ]ぼすことを言い、此の章に文王王季の緒を承け、復天命を受けて、終に王業を成すことを言う。文王に至って民を救い征伐する事有り。畔援は、黨比なり、畔は、近岸。援は、攀[かか]り援[ひ]く。歆[きん]は、欲の動くなり。羨は、愛羨。誕は、但と同義。岸[きわ]まれるに登るとは、旣に濟わるるの義。天文王に謂えらく、黨援して以て强を爲すこと無く、貪欲を以て動くこと無かれ、惟れ是れ先んずる所の者は、天下を險難に濟え、と。此れ天に順って征伐するの道を謂う。是に於て密人不恭にして、我が大邦の命を拒み、旣に阮を侵して、又往いて將に共を侵さんとす。文王赫然として怒って、其の師旅を整えて、以て密人共に徂くの師を遏め止め、亂を救い人を安んじて、以て周家の福を厚くして、以て天下周を望むの心に答う。此れ文王征伐の始めなり。依りて其れ京に在りとは、依は、憑るなり。京は、周の國。文王本周の地に據って以て興る。土疆を侵し廣むること、阮自りして始む。謂ゆる密阮を侵すに、文王之を救い安んじて、遂に歸服するなり。地を開くこと益々廣くして、岐・隴に至る。高山皆之れ有り。我れ陟[のぼ]るとは、猶我が疆宇を廣むること、高岡に登るに至ると云うがごとし。矢は、陳ぬるなり。墾[ほ]り闢くを謂う。言うこころは、人我が陵阜を耕し闢くこと無けんや。陵阜は皆我が阿[くま]なり。我が水泉を飮むこと無けんや。水泉は皆我が池なり、と。言うこころは、皆其の有に屬すとなり。其の地旣に廣し。是に於て高明の處を擇んで之に安居せんとして、其の鮮原を度り相る。鮮原は、高明の地を謂う。其の地を岐山の南、渭水の傍に得。將は、猶傍のごとし。謂ゆる其の傍に其の都邑を建つるなり。其の德萬國の爲に歸向せらる。是れ天下萬民の王なり、と。帝文王に謂えらく、予れ明德を懷う、と。上の章には文王土宇を開拓して、天下歸服することを言い、此の章には乃ち其の聖德人を化すること此の如くなる所以を言う。帝文王に謂えらく、予れ爾の明德を懷う。其の聲色を大いにせずして人化す、と。夫れ聖人の誠、感ずれば通ぜずということ無し。故に過ぐる所の者化し、存する所の者神なり。豈形迹を暴し著さんや。是れ其の聲色を大いにすることを發見せざるなり。故に聖人曰く、聲色の民を化するに於るは末なり、と。其の化の人を感ずる、其の聲色を大いにせずと雖も、其の應ずること疾やかにして、人の惡長大に及ばずして革むとなり。夏は、大なり。言うこころは、遲久を待たずして化すとなり。民之に由って、日に善に遷ることを知らずして、之を爲す者を知らず。是れ識らず知らずして、夫の天理に順うなり。此れ聖人の神化、文王に非ずんば孰か能く之に及ばん。帝文王に謂えらく、爾の仇方を詢[はか]れ、と。此の章首めに文王の化を言うこと此の如く、章末に聖人の化を言うこと此の如し。而れども天下に昏惡の甚だしくして、化すること能わざる者有れば、伐って之を誅すれば、則ち天下皆善して王業成るなり。帝文王に謂えらく、當に爾と仇を爲すの方を謀るべし、と。詢は、謀るなり。爾の兄弟の國を同じくして、爾の攻伐の具を以て、以て仇を爲すの崇を伐てとなり。鉤援[こうえん]は、城に登る梯。臨・衝は、二車、皆兵車。臨衝閑閑たり。此の章には崇を伐って天下畏服することを述ぶるなり。閑閑は、徐緩の狀。言言は、猶齗齗[ぎんぎん]のごとし。校訟して服せざるの狀。凡そ聖人の伐は、未だ其の心を革めて順い服することを俟たざる者有らず。旣に服せずして、然して後に之を攻む。崇侯惡に迷って、文王の徐緩の時に當たらば、則ち齗齗として服せず。故に文王遂に之に兵を加う。訊を執ること連連として之れ多きなり。連連は、屬續の狀。訊は、生きながら獲る者なり。安安は、輕暴ならざるなり。馘[かく]は、斬獲なり。聖人の伐は、其の犯すを殺して、順う者は輕々しく肆に殺戮するに非ず。故に馘するに於て安安然として審重にす。又類・禡[ば]の祭を爲す。古は出征するには、上帝に類し、征する所の地に禡す。其の罪を暴し明らかにして、之を神明に告ぐる所以なり。其の當に誅伐すべきことを言って、伐って之を神明に告ぐるは、其の伐神明の道に合えばなり。又其の罪惡を明らかにして、以て逆順の理を著す。是れ服せざる所を致して其の人を來し附かしむ可し。是に於て四方畏服して、敢えて侮り慢ること莫し。伐って猶服せず、是に於て力めて之を攻む。茀茀[ふつふつ]は、盛强の狀。旣に力めて之を攻むるに、崇乃ち仡仡[きつきつ]然たり。仡仡は、壯勇の狀。堅く拒み守るなり。是れ其の惡の終に革めざる者なり。是に於て之を攻め伐つ。肆は、縱に攻むるを謂う。絕は、之を滅ぼす。忽は、滅ぼすなり。天の誅旣に行われて、四方畏服して、敢えて違拂する者無し。文王の征密に始むるは、王功の始めなり。崇に終わって、天下遂に服せずということ無きは、王功の成れるなり。文王有聲に豐を作るは崇を伐つの後に在ることを言う。而れども此に居を度ることを言うこと乃ち前の章に在る者は、蓋し此の章侵すこと阮の疆自りして、其の疆宇を廣めて、以て遠くに及ぶに至ることを言うに自って、都邑を建つることも一に倂せて盡く之を言うのみ。事崇を伐つの前に在りと謂うには非ず。


参考文献
『和刻本漢籍 二程全書』(中文出版社)
『二程集』(里仁書局)