二程全書卷之五十八  明道先生文五

南廟試佚道使民賦(民得終佚、勞固無怨。)
【読み】
南廟佚道民を使うということを試みる賦(民終に佚することを得れば、勞すれども固に怨むこと無し。)

人情莫不樂利。聖政爲能使民以佚道、而敦敕、俾當時之服循。敎本於農、雖極勤勞之事、功收於後、自無怨讟之因。
【読み】
人情利を樂しまずということ莫し。聖政能く民を使うに佚道を以てすることをして、敦く敕して、當時に服循せしむ。敎農に本づけば、勤勞の事を極むと雖も、功後に收めて、自づから怨讟[えんとく]の因無し。

厥惟生民、各有常職、勞而獲養、則樂服其事、勤而無利、則重煩其力。惟王謹以政令、驅之稼穡。且爲生之本、宜敎使以良勤、則從上也輕。蓋豐餘之自得。蠢爾農俗、陶乎敎風、知所勞者爲乎己、圖所利者存乎終。莫不勉勉以從令、于于而勸功。志在便人、役以農疇之務、時雖畢力、樂於歲事之豐。雖復敎令時頒、科條日出、嚴刑以董。其或惰加賦以戒其不一。然而俗樂趨勸、時無怨疾、擇可勞而勞也、敢憚初勤。因所利而利焉、自全終佚。
【読み】
厥れ惟れ生民、各々常の職有り、勞して養を獲るときは、則ち其の事に服することを樂しみ、勤めて利無きときは、則ち其の力を煩わすことを重んず。惟王謹んで政令を以て、之を稼穡に驅りたまえ。且生を爲すの本、宜しく敎え使うに良勤を以てするときは、則ち上に從うこと輕かるべし。蓋し豐餘自ら得ればなり。蠢たる爾の農俗、敎風に陶すれば、勞する所の者己が爲にすることを知り、利する所の者終わりに存することを圖る。勉勉として以て令に從い、于于として功に勸めずということ莫し。志人に便するに在れば、役するに農疇の務めを以てして、時に力を畢[つ]くすと雖も、歲事の豐かなることを樂しむ。復敎令時に頒かち、科條日に出づと雖も、刑を嚴にして以て董[ただ]す。其れ或は惰れば賦を加えて以て其の一ならざることを戒む。然れども俗趨り勸むることを樂しみ、時怨み疾むこと無きは、勞す可きを擇んで勞すれば、敢えて初めを勤むるに憚らんや。利する所に因って利して、自づから終に佚することを全くす。

大抵善治俗者、率俗以敦本、善使民者、順民而不勞。道皆出於優佚、令無勤於繹騷。不奪其時、導以厚生之利、將求其欲。豈聞力穡之逃。勿謂民之冥而無知。勿謂農之勞而不務。趨其利則雖勞而樂、害其事則雖冥而懼。志取豐益、業其安固。使爾農於墾殖、縱極勤劬。異有國之力征、自膺饒裕(徐本裕作俗。)。得非納於豐富之道、敎以便安之途。在服勞而雖至、顧有憾以曾無。體兌彖之悅民、下安其敎、同周詩之戒事、衆樂而趨。异夫、雖上之行、抑民所願。或躬籍以爲率、或名官而申勸。是皆俾民有樂佚之道焉。雖勞何怨。
【読み】
大抵善く俗を治むる者は、俗を率いて以て本を敦くし、善く民を使う者は、民に順って勞せず。道皆優佚に出て、繹騷を勤むること無からしむ。其の時を奪わず、導くに生を厚くするの利を以てすれば、將に其の欲を求めんとす。豈力穡を逃るることを聞かんや。謂うこと勿かれ、民冥[くら]くして知ること無し、と。謂うこと勿かれ、農勞して務めず、と。其の利に趨るときは則ち勞すと雖も樂しみ、其の事に害あれば則ち冥しと雖も懼る。志豐益を取るときは、業其れ安固なり。爾の農をして墾殖に於て、縱に勤劬を極めしむ。有國の力征に異にして、自ら饒裕(徐本裕を俗に作る。)を膺[う]く。豐富を納るるの道に非ざることを得て、敎うるに便安の途を以てす。勞に服すに在って至ると雖も、顧みて憾むこと有ること以て曾て無し。兌彖の民を悅ばしむるに體して、下其の敎を安んじ、周詩の事を戒むるに同じくして、衆樂しんで趨る。异[こと]なるかな、上の行と雖も、抑々民の願う所なり。或は躬ら籍して以て率いることを爲し、或は官に名づけて勸むることを申す。是れ皆民をして佚を樂しむの道有らしむ。勞すと雖も何ぞ怨みん。


南廟試九敍惟歌論
【読み】
南廟九敍惟歌うということを試みる論

論曰、民受天地之中而生者也。水・火・金・木・土・穀、民所賴而生者也。樹之君、使修舉其所賴而養之者也。修之有道、行之有節。上焉天順之、下焉民樂之、正德焉、利用焉、厚生焉。此其所以秉統持正而制天下之命者也。在書禹之謨曰、九功惟敍、九敍惟歌。其指言乎是也。舜・禹明其道、聖也。後世不及焉。功也、萬世所利焉。宜其事有次敍、而民歌樂之也。
【読み】
論に曰く、民は天地の中を受けて生ずる者なり。水・火・金・木・土・穀は、民の賴って生ずる所の者なり。之が君を樹つるは、其の賴る所を舉げて之を養うことを修めしむる者なり。之を修むるに道有り、之を行うに節有り。上にして天之に順い、下にして民之を樂しみ、德を正しくし、用を利し、生を厚くす、と。此れ其の統を秉り正を持して天下の命を制する所以の者なり。書の禹の謨に在り曰く、九功惟れ敍で、九敍惟れ歌う、と。其れ是を指し言えり。舜・禹其の道を明らかにするは、聖なればなり。後世及ばず。功は、萬世の利する所なり。宜なり其の事次敍有りて、民之を歌い樂しむこと。

噫、舜之君、禹之臣、其歌之之民、日聞其道、日被其澤。其見而知之、或言或歌可矣。今去聖久遠、逾數千祀。然可覆而舉之者、何也。得非一於道乎。道之大原在於經。經爲道、其發明天地之秘、形容聖人之心、一也。然當推本夫明其次、著其跡者言之。在洪範之九章。一曰五行。次二曰五事。統之以大中、終之以福極。聖人之道、其見於是乎。
【読み】
噫、舜の君、禹の臣、其れ之を歌う民、日に其の道を聞いて、日に其の澤を被る。其の見て之を知るときは、或は言い或は歌って可なり。今聖を去ること久遠にして、數千祀を逾ゆ。然れども覆して之を舉ぐ可き者は、何ぞや。道に一なるに非ざることを得んや。道の大原は經に在り。經の道を爲す、其の天地の秘を發明し、聖人の心を形容すること、一なり。然れども當に夫の其の次を明らかにし、其の跡を著す者に推し本づけて之を言うべし。洪範の九章に在り。一に曰く、五行、と。次の二に曰く、五事、と。之を統ぶるに大中を以てし、之を終うるに福極を以てす。聖人の道、其れ是に見るるか。

蓋五行者天之道也、五事者人之道也。修人事而致天道。此王者所以治也。五事修、五行敍、則其生材也美焉、阜焉。民居其中、享其利而安焉。豈非皇極之道用而致乎。五材之生、天也、非人也。五事之修、人也、非天也。雖然、五事正、則五材自然得其性矣。是則天之道、亦王者之所爲也。王者旣修五事而致五材、則又舉正德之敎而率之、明利用之源而阜之、開厚生之道而養之、五行協於上、六府利於下、三事舉於中。修焉、其功之敍也。和焉、其德之行也。如是、則民浩浩然、于于然、驩娛於下而歌頌其政矣。
【読み】
蓋し五行は天の道なり、五事は人の道なり。人事を修めて天道を致す。此れ王者の治むる所以なり。五事修まり、五行敍づるときは、則ち其の材を生すこと美なり、阜[おお]いなり。民其の中に居り、其の利を享けて安んず。豈皇極の道用て致すに非ずや。五材生ずるは、天なり、人に非ざるなり。五事修むるは、人なり、天に非ざるなり。然りと雖も、五事正しきときは、則ち五材自然に其の性を得。是れ則ち天の道は、亦王者のする所なり。王者旣に五事を修めて五材を致すときは、則ち又德を正しくするの敎を舉げて之を率い、用を利するの源を明らかにして之を阜いにし、生を厚くするの道を開いて之を養い、五行上に協[かな]い、六府下に利し、三事中に舉ぐ。修むるは、其の功の敍なり。和するは、其の德の行なり。是の如きときは、則ち民浩浩然、于于然として、下に驩娛して其の政を歌頌す。

或曰、子之言五行然矣。然六府之兼乎穀、何也。答曰、五行、氣也。五材、形也。君之所致者氣也。民之所用者形也。五氣旣敍、五材旣豐、民竝用焉。然穀者、民之所生也。不可一日無之。此六府所以兼穀也。要其本、則五氣之生而已。夫何惑焉。
【読み】
或るひと曰く、子の五行を言うは然り。然るに六府の穀を兼ぬるは、何ぞや、と。答えて曰く、五行は、氣なり。五材は、形なり。君の致す所の者は氣なり。民の用うる所の者は形なり。五氣旣に敍で、五材旣に豐かにして、民竝び用う。然も穀は、民の生ずる所なり。一日も之れ無くんばある可からず。此れ六府の穀を兼ぬる所以なり。其の本を要するときは、則ち五氣の生のみ。夫れ何ぞ惑わん、と。

竊原春秋之文、求聖人之志、火之書者十一、大水之書者七、不雨之書者九、大旱之書者二、無麥苗、大無麥禾之書者各一。蓋言五行失其序、則六府失其宜。物失其宜、則尙何次敍之有乎。民失其所、則尙何歌詠之有乎。可以見聖人之心、重時政而謹民事、勤勤乎如是也。
【読み】
竊かに春秋の文を原[たづ]ねて、聖人の志を求むるに、火の書する者十一、大水の書する者七、雨ふらざるの書する者九、大旱の書する者二、麥苗無く、大いに麥禾無きの書する者各々一。蓋し五行其の序を失すれば、則ち六府其の宜しきを失することを言う。物其の宜しきを失するときは、則ち尙何の次敍することか之れ有らんや。民其の所を失するときは、則ち尙何の歌詠することか之れ有らんや。以て聖人の心、時政を重んじて民事を謹めること、勤勤乎たること是の如きことを見る可し。

由是言之、則舜之德其至也。地平天成矣、萬世永賴矣。其民陶其敎、遂其生、九功之德皆歌之矣。戒之用休、董之用威、勸之以九歌、俾勿壞其終之之道也。道是而已矣。
【読み】
是に由って之を言えば、則ち舜の德其れ至れり。地平らかに天成り、萬世永く賴る。其の民其の敎に陶し、其の生を遂げて、九功の德皆之を歌う。之を戒むるに休[よ]きを用てし、之を董すに威を用てし、之を勸むるに九歌を以てして、其の之を終うるの道を壞ること勿からしむ。道は是れのみ。

或問、行於後者當何如。曰、五事本也。謹而明之。六府外也。時而治之。敎之以德、節之以政。古之五正各司其方。可復也。周之六官各主其事。可用也。此其略也。其道則具於經矣。推而明之、勤而修之、是亦舜之政也。夫何遠哉。顧力行何如爾。謹論。(此篇經爲道、道是而已矣兩處、疑有脫誤。)
【読み】
或るひと問う、後に行う者當に何如にすべき、と。曰く、五事は本なり。謹んで之を明らかにす。六府は外なり。時にして之を治む。之を敎うるに德を以てし、之を節するに政を以てす。古の五正各々其の方を司る。復す可し。周の六官各々其の事を主る。用う可し。此れ其の略なり。其の道は則ち經に具わる。推して之を明らかにし、勤めて之を修めば、是れ亦舜の政なり。夫れ何ぞ遠からんや。力め行うこと何如と顧みるのみ、と。謹んで論ず。(此の篇經爲道、道是而已矣の兩處、疑うらくは脫誤有らん。)


南廟試策五道
【読み】
南廟の試策五道

第一道
問、禮曰、凡養老、五帝憲、三王有乞言。厚人倫之義也。是以鰥寡孤獨皆有養。後世則不然。敎化之不明、衣食之不足、黎民老而不得其養、饑寒轉死於溝壑者、往往而是。今將考古養老之禮而行之、惟帝堯而上、不可聞已。虞・夏・商・周之時、其所養何老、所處何學、所衣何服、所食何禮、一歲凡幾行之。宜誦所聞、悉著於篇。
【読み】
第一道
問う、禮に曰く、凡そ老を養う、五帝は憲[のっと]る、三王は有[また]言を乞う、と。人倫を厚くするの義なり。是を以て鰥寡孤獨皆養有り。後世は則ち然らず。敎化の明らかならず、衣食の足らず、黎民老いて其の養を得ず、饑寒して溝壑に轉死する者、往往にして是れなり。今將に古の老を養うの禮を考えて之を行わんとするに、惟帝堯より上は、聞く可からざるのみ。虞・夏・商・周の時、其の養う所は何の老、處る所は何の學、衣る所は何の服、食する所は何の禮、一歲に凡そ幾たび之を行うぞ。宜しく所聞を誦して、悉く篇に著すべし、と。

對、王者高拱於穆淸之上、而化行於裨海之外。何修何飾而致哉。以純王之心、行純王之政爾。純王之心、純王之政(此疑缺字。)、老吾老以及人之老、幼吾幼以及人之幼、此純王之心也。使老者得其養、幼者得其所、此純王之政也。尙慮其末也、則又尊國老而躬事之、優庶老而時養之。風行海流、民陶其化。孰有怠於親而慢於長者哉。虞・夏・商・周之盛、王由是道也。人倫以正、風俗以厚、鰥寡孤獨無不得其養焉。後世禮廢法壞、敎化不明、播棄其老、饑寒轉死者往往而是。嗚呼、率是而行、而欲王道之成、猶却行而求及前。抑有甚焉爾。今朝廷淸明、政敎修舉、方欲稽講墜典、以風天下、明執事欲將明上意。故訪諸生以古之道、俾講求其說。敢不道其所聞、以裨一二哉。
【読み】
對う、王者高く穆淸の上に拱して、化裨海[ひかい]の外に行わる。何を修し何を飾して致さんや。純王の心を以て、純王の政を行うのみ。純王の心、純王の政(此れ疑うらくは缺字あらん。)、吾が老を老として以て人の老に及ぼし、吾が幼を幼として以て人の幼に及ぼす、此れ純王の心なり。老者をして其の養を得、幼者をして其の所を得せしむる、此れ純王の政なり。尙其の末を慮れば、則ち又國老を尊んで躬ら之に事え、庶老を優[ゆたか]にして時に之を養う。風のごとくに行き海のごとくに流れて、民其の化に陶す。孰か親に怠って長を慢る者有らんや。虞・夏・商・周の盛んなるは、王是の道に由ればなり。人倫以て正しく、風俗以て厚く、鰥寡孤獨其の養を得ずということ無し。後世禮廢れ法壞れて、敎化明らかならず、其の老を播棄して、饑寒轉死する者往往にして是れなり。嗚呼、是に率って行わば、王道の成ることを欲すとも、猶却って行って前に及ぶことを求むるがごとし。抑々焉より甚だしきこと有るのみ。今朝廷淸明、政敎修め舉げて、方に墜典を稽講して、以て天下を風せんと欲し、明執事將に上意を明らかにせんと欲す。故に諸生に訪うに古の道を以てして、其の說を講求せしむ。敢えて其の聞く所を道いて、以て一二を裨[おぎな]わざらんや。

蓋古者擇三公之有年德者、天子以父事之。謂之三老。孤卿之有年德者、天子以兄事之。謂之五更。皆一人爾。大夫士之以年致仕者、亦皆養之於其郷里之庠序焉。所處、則有虞氏、國老養於上庠、庶老養於下庠。夏後氏、國老養於東序、庶老養於西序。商人、國老養於右學、庶老養於左學。周人、國老養於東膠、庶老養於虞庠、是也。所服、則深燕縞玄之衣、四代所服也。所食、則饗燕食之禮、三代之制也。周人修而兼用之。一歲所行之數、則禮所謂春饗孤子、秋饗耆老。與夫釋菜釋奠之禮、亦其時乎。此古之略也。若夫潤飾之、則在乎時矣。謹對。
【読み】
蓋し古は三公の年德有る者を擇んで、天子以て之に父とし事う。之を三老と謂う。孤卿の年德有る者、天子以て之に兄とし事う。之を五更と謂う。皆一人のみ。大夫士の年を以て仕を致す者も、亦皆之を其の郷里の庠序に養う。處る所は、則ち有虞氏は、國老上庠に養い、庶老下庠に養う。夏後氏は、國老東序に養い、庶老西序に養う。商人は、國老右學に養い、庶老左學に養う。周人は、國老東膠に養い、庶老虞庠に養うは、是れなり。服する所は、則ち深燕縞玄の衣、四代の服する所なり。食する所は、則ち饗燕食の禮、三代の制なり。周人修めて之を兼ね用う。一歲行う所の數は、則ち禮に所謂春は孤子を饗し、秋は耆老を饗す、と。夫の釋菜釋奠の禮と、亦其の時か。此れ古の略なり。若し夫れ之を潤飾することは、則ち時に在り。謹んで對う、と。

第二道
問、昔者孔子傷時王之無政而作春秋、所以褒善貶惡、爲後王法也。自去聖旣遠、諸儒異論、聖人之法得之者寡。至唐陸質學於啖・趙、號爲達者。其存書有纂例・微旨・義統、今之學者莫不觀焉。若夫諸儒之所失、與陸氏之所得、學者必有所取舍也。試爲條其大要、庶以質其是非。
【読み】
第二道
問う、昔孔子時王の政無きことを傷んで春秋を作る、善を褒め惡を貶として、後王の法とする所以なり。聖を去ること旣に遠く、諸儒異論して自り、聖人の法之を得る者寡し。唐に至って陸質啖・趙に學んで、號して達者とす。其の存する書纂例・微旨・義統有り、今の學者觀ざるということ莫し。若し夫れ諸儒の失する所と、陸氏の得る所と、學者必ず取舍する所有らん。試みに爲に其の大要を條して、庶わくは以て其の是非を質せ、と。

對、春秋何爲而作哉。其王道之不行乎。孟子有言曰、春秋、天子之事。是也。去聖逾遠、諸儒紛紜、家執異論、人爲殊說、互相彈射、甚於仇讐。開元秘書言春秋者、蓋七百餘家矣。然聖人之法、得者至寡、至於棄經任傳。雜以符緯、膠固不通、使聖人之心鬱而不顯。吁、可痛也。獨唐陸淳得啖先生・趙夫子而師之、講求其學。積三十年、始大光瑩、絕出於諸家外。雖未能盡聖作之蘊、然其攘異端、開正途、功亦大矣。惜夫其書之粹者、在乎集傳、而世微其傳矣。今所存者、請概言其一二。亦可以觀其道之所至焉。
【読み】
對う、春秋は何の爲にして作れるや。其れ王道行わざればなり。孟子言えること有り曰く、春秋は、天子の事、と。是れなり。聖を去ること逾々遠く、諸儒紛紜として、家々に異論を執り、人々殊說を爲して、互いに相彈射すること、仇讐より甚だし。開元秘書に春秋を言う者、蓋し七百餘家なり。然れども聖人の法、得る者至って寡くして、經を棄てて傳に任ずるに至る。雜じうるに符緯を以てして、膠固して通ぜず、聖人の心をして鬱[ふさ]がしめて顯れざらしむ。吁[ああ]、痛む可し。獨り唐の陸淳啖先生・趙夫子を得て之を師として、其の學を講求す。積むこと三十年にして、始めて大いに光瑩して、諸家の外に絕出す。未だ聖作の蘊を盡くすこと能わずと雖も、然れども其の異端を攘[はら]い、正途を開くこと、功亦大なり。惜しいかな其の書の粹なる者、集傳に在って、世に其の傳微[な]きこと。今存する所の者、請う、概ね其の一二を言わん。亦以て其の道の至る所を觀る可し。

春秋之法、大者在乎侵伐戰取、圍入執殺、盟會如聘、禘郊蒸嘗、歸復入納、災異賦役焉。然諸家之論、前矛後盾、未見其能一也。其閒書侵者五十七、伐者二百一十三、書圍者四十四、入者二十七。聖人之意、其詳其備也如是。豈苟然哉。蓋誅其禍亂之道耳。彼豈有是哉。先儒徒隨事而傳之、三傳往往從而美之者有矣、未有一言發明聖人誅之之心者也。獨陸君用啖氏之說曰、春秋紀師、何無曲直之辭。曰一之也。不一則禍亂之門闢矣。若夫其差者甚者、則在乎其文矣。此則見聖人絕惡之源、原情之法。此表裏之論也。其餘若盟若會、其法皆用是也。
【読み】
春秋の法、大なる者は侵伐戰取、圍入執殺、盟會如聘、禘郊蒸嘗、歸復入納、災異賦役に在り。然れども諸家の論、前矛後盾して、未だ其の能く一なることを見ず。其の閒侵を書する者五十七、伐つ者二百一十三、圍を書する者四十四、入る者二十七。聖人の意、其れ詳らかに其れ備わること是の如し。豈苟然ならんや。蓋し其の禍亂を誅するの道のみ。彼豈是れ有らんや。先儒徒に事に隨って之を傳して、三傳往往に從って之を美する者有り、未だ一言も聖人之を誅するの心を發明する者有らず。獨り陸君啖氏の說を用いて曰く、春秋に紀の師、何ぞ曲直の辭無き。曰く、之を一にすればなり。一にせざれば則ち禍亂の門闢く。若し夫れ其の差う者甚しき者は、則ち其の文に在り、と。此れ則ち聖人惡を絕つの源、情を原ぬるの法を見す。此れ表裏の論なり。其の餘若しくは盟若しくは會、其の法皆是を用うるなり。

禘郊之義、詭譎殊狀、左氏之文、略而不解。公・穀之論、泥而失眞。何・杜之流、汎汎其閒耳。陸氏之學、獨能斥先鄭之失、明諸侯之僭、謂禘爲王者之祭、明郊非周公之志。皆足以見其所存之博大。得聖師救亂、明上下之心也。
【読み】
禘郊の義は、詭譎殊狀、左氏の文は、略して解せず。公・穀の論は、泥んで眞を失う。何・杜の流は、其の閒に汎汎たるのみ。陸氏の學、獨り能く鄭に先だつの失を斥け、諸侯の僭を明らかにし、禘を謂いて王者の祭とし、郊を明らかにして周公の志に非ずとす。皆以て其の存する所の博大を見すに足れり。聖師亂を救うことを得、上下を明らかにするの心なり。

餘若書鄭伯之克、謂克下之辭、明君臣之義。異乎所謂如二君與能殺者、屑屑之論矣。書次於郎、則言非有俟而次、則意將爲賊爾。防兵亂之源、殊乎所謂過信次止者、區區之談矣。發言侵言伐之例、則曰無名行師與稱罪致討之異、遠乎闊略之言、賊害之語矣。且取邑之條、則云力得之、不是其專奪、異乎不用師徒、不宜取之淺矣。其餘稱將稱師、紀名紀氏之類、亦皆度越於諸家遠甚。
【読み】
餘は鄭伯の克つと書すが若き、克つと謂って之が辭を下すは、君臣の義を明らかにす。異なるかな所謂二君の如しと能く殺すという者は、屑屑の論なり、と。郎に次[やど]ることを書しては、則ち言く、俟つこと有るに非ずして次るときは、則ち意將に賊を爲さんとするのみ。兵亂を防ぐの源、殊なるかな所謂信を過ぎて次止するという者は、區區の談なり、と。侵すと言い伐つと言うの例を發しては、則ち曰く、名のること無くして師を行[や]ると罪を稱して討を致すの異なること、遠いかな闊略の言、賊害の語なり、と。且邑を取るの條には、則ち云く、力めて之を得て、是れ其の專ら奪わず、異なるかな師徒を用いざれば、宜しく之を取るべからずというの淺きなり、と。其の餘は將と稱し師と稱し、名を紀し氏を紀すの類も、亦皆諸家に度越すること遠きこと甚だし。

旨義之衆、莫可歷數。要其歸、以聖人之道公、不以己得、他見而立異。故其所造也遠、而所得也深。噫、聖門之學、吾不得而見焉。幸得見其幾者矣。則子厚之願掃其門。宜乎、對問之下、不能詳悉。故獻其略、謹對。
【読み】
旨義の衆々、歷く數う可き莫し。其の歸を要するに、聖人の道公なるを以てして、己を以て得たりとせず、他を見て異を立つ。故に其の造る所遠くして、得る所深し。噫、聖門の學、吾れ得て見ず。幸いに其の幾き者を見ることを得。則ち子厚の其の門を掃わんことを願う。宜なるかな、問いに對うる下、詳悉なること能わず。故に其の略を獻じて、謹んで對う、と。

第三道
問、官之有屬、猶身之有臂、臂之有指也。自建官以來、未有無屬焉者也。舉今之官、則治其小者有屬、治其大者無屬。外郡縣、内羣有司、此治其小者。内公府、外刺部、此治其大者。治其小、且有屬、治其大、乃無屬。何其輕重勞佚之不侔哉。豈因其故常而恬莫之舉歟。抑舉之未見其益歟。刺部之屬、向嘗增之、直與其長等爾。非所謂屬也。公府之屬、今或存之、直他官而已。非所謂屬也。請悉陳前古治大有屬之法、可施於今者、皆何名、何選、何職。古何以有、而今何以無、古何以可、而今何以不可。詳之於說、以究當今之便。
【読み】
第三道
問う、官の屬有るは、猶身の臂有り、臂の指有るがごとし。官を建てし自り以來、未だ焉に屬する者無きは有らず。今の官を舉するは、則ち其の小を治むる者は屬有って、其の大を治むる者は屬無し。外の郡縣、内の羣有司は、此れ其の小を治むる者なり。内の公府、外の刺部は、此れ其の大を治むる者なり。其の小を治むるには、且屬有って、其の大を治むるには、乃ち屬無し。何ぞ其れ輕重勞佚の侔[ひと]しからざるや。豈其の故常に因って恬として之を舉すること莫きか。抑々之を舉して未だ其の益を見ざるか。刺部の屬、向[さき]に嘗て之を增すは、直に其の長と等しきのみ。所謂屬には非ず。公府の屬、今或は之を存するは、直に他官のみ。所謂屬には非ず。請う悉く前古大を治むるに屬有るの法、今に施す可き者、皆何れの名、何れの選、何れの職ということを陳べよ。古何を以て有って、今何を以て無く、古何を以て可にして、今何を以て不可なる。之を說くに詳らかにして、以て當今の便を究めよ、と。

對、竊觀治天下之道、如構室焉。其大者棟也、梁也。棟梁豈能獨立哉。其所與相助而承上者、榱桷也。置官亦如是矣。古之三公之府、諸侯郡國各有其屬、以成其政。後世改易不常。今則外之一郡一邑、内之一官一局、各有屬焉。至於公府機務之煩、外臺刺舉之重、則反無之。此誠小大重輕之貿焉。非必謂無益而莫之爲也、直因循故常未之更爾。
【読み】
對う、竊かに觀るに天下を治むる道は、室を構えるが如し。其の大なる者は棟なり、梁なり。棟梁豈能く獨り立たんや。其の與に相助けて上に承る所の者は、榱桷なり。官を置くことも亦是の如し。古の三公の府、諸侯郡國各々其の屬有って、以て其の政を成す。後世改易して常ならず。今は則ち外の一郡一邑、内の一官一局、各々屬有り。公府機務の煩わしき、外臺刺舉の重きに至っては、則ち反って之れ無し。此れ誠に小大重輕の貿[ひと]しければなり。必ずしも益無しと謂いて之をすること莫きには非ず、直に故常に因循して未だ之を更めざるのみ。

嚮者漕計之司、嘗爲之置副矣。副則誠亞其長者也。其下亦嘗創賓從之名者矣、是亦其屬也。第旋去之耳。近世宰相之官、兼門下之目、則府以其省名矣。今其屬者、乃省官爾。非丞相之屬。
【読み】
嚮[さき]に漕計の司、嘗て之が爲に副を置く。副は則ち誠に其の長に亞ぐ者なり。其より下も亦嘗て賓從の名を創る者あり、是も亦其の屬なり。第[ただ]旋[やや]之を去るのみ。近世宰相の官、門下の目を兼ぬるときは、則ち府其の省を以て名づく。今其の屬は、乃ち省官のみ。丞相の屬に非ず。

策謂前古治大有屬之法可施於今者、則周冢宰之職有小宰焉、小宰之下皆其屬也。其餘五官亦各有屬焉。然其爵位有尊卑之差矣。外則牧伯之國、今刺舉之任也。其屬則其臣爾。漢之三公、府則有長史司直焉、東曹西曹之掾焉、内則御史、外則刺部、亦各自用其吏爲掾屬。其選之之道、則周六官以下、其屬皆命於天子・牧伯之臣、則其卿而下、其君選於其國爾。漢之三公、開府辟召、唐之藩鎭、亦自薦延其位其職、則繫其長之所任而分治之耳。
【読み】
策に前古大を治むるに屬有るの法今に施す可き者と謂うは、則ち周の冢宰の職に小宰有り、小宰の下は皆其の屬なり。其の餘の五官も亦各々屬有り。然れども其の爵位に尊卑の差有り。外は則ち牧伯の國、今の刺舉の任なり。其の屬は則ち其の臣のみ。漢の三公、府は則ち長史司直、東曹西曹の掾有り、内は則ち御史、外は則ち刺部、亦各々自ら其の吏を用いて掾屬とす。其の之を選ぶ道は、則ち周の六官以下、其の屬皆天子・牧伯の臣を命ずるときは、則ち其の卿よりして下、其の君其の國に選ぶのみ。漢の三公、開府辟召、唐の藩鎭も、亦自ら薦めて其の位其の職を延[ひ]くときは、則ち其の長の任ずる所に繫かって之を分かち治めしむるのみ。

今公府任其小事者非無也、直無若三公之孤、六卿之丞、共其事者爾。其治文書、掌勞役者備矣。其職亦幾矣。苟欲愼其選、淸其流、而易其官之名、則可矣。若欲夫預聞政事、則賢明之佐、謨謀於廟堂之上、又何細吏之閒焉。若夫刺舉之屬、則在選任之爾。謹對。
【読み】
今公府其の小事に任ずる者無きには非ず、直三公の孤、六卿の丞、其の事を共にするが若くなる者無きのみ。其の文書を治め、勞役を掌る者は備われり。其の職も亦幾し。苟も其の選を愼まんと欲せば、其の流を淸くして、其の官の名を易えば、則ち可なり。若し夫の政事を預り聞くことを欲せば、則ち賢明の佐、廟堂の上に謨謀することは、又何ぞ細吏の閒ならん。若し夫れ刺舉の屬は、則ち選んで之を任ずるに在るのみ。謹んで對う、と。

第四道
問、今天下費益廣、財益匱、食加冗、農加困、貨愈籠、文愈密、而旱乾水溢、無歲無之。又未嘗得淸源端本之術、少紓其弊。雖有智者、或任非其責、噤不出一語。嗚呼、忍而視斯民之殘也、今欲使財無匱、農無困、文無密、以拯斯民之殘。敢問何策之爲先。何修而後可。勿疎勿泛、以直所論。
【読み】
問う、今天下費益々廣く、財益々匱[とぼ]しく、食加々冗[いそが]しく、農加々困しみ、貨愈々籠[こも]り、文愈々密にして、旱乾水溢、歲として之れ無きは無し。又未だ嘗て源を淸くし本を端すの術、少しく其の弊を紓[ゆる]むることを得ず。智者有りと雖も、或は任其の責に非ずとして、噤[つぐ]んで一語を出さず。嗚呼、忍んで斯の民の殘を視るに、今財匱しきこと無く、農困しむこと無く、文密なること無からしめて、以て斯の民の殘を拯[すく]わんと欲す。敢えて問う、何の策を先とせん。何を修めて後に可ならん。疎にすること勿く泛すること勿くして、以て論ずる所を直せよ、と。

對、天下大器、群生重畜、惟君上所制養焉。今土地之廣、人民之衆、較之近代、未爲甚盛也。然近歲費益廣、財益匱、食加冗、農加困、貨愈籠、文愈密者、何也。殆基本似有所未立、法度似有所未舉爾。三代之制、今不能收功於旦夕也。試取其切近於體務者言之。
【読み】
對う、天下の大器、群生の重畜は、惟君上の制養する所なり。今土地の廣き、人民の衆き、之を近代に較ぶるに、未だ甚だ盛んなりとせず。然れども近歲費益々廣く、財益々匱しく、食加々冗しく、農加々困しみ、貨愈々籠り、文愈々密なる者は、何ぞや。殆ど基本未だ立たざる所有るに似、法度未だ舉せざる所有るに似たるのみ。三代の制、今功を旦夕に收むること能わず。試みに其の體務に切近なる者を取って之を言わん。

今財之匱、食之冗、農之困、貨愈籠、文愈密者、弊雖煩、而其原一而已。其始在費益廣也。費益廣、則取於民者衆、實於府者鮮。財不得不匱、農不得不困矣。彼食冗者、亦費之一端爾。費旣廣、財旣匱、農旣困、則貨不得不籠。貨之籠、則文不得不密矣。
【読み】
今財の匱しく、食の冗しく、農の困しみ、貨愈々籠り、文愈々密なる者は、弊煩わしと雖も、其の原は一なるのみ。其の始めは費益々廣きに在り。費益々廣きときは、則ち民に取る者衆く、府に實つる者鮮し。財匱しからざることを得ず、農困しまざることを得ず。彼の食冗しき者は、亦費の一端のみ。費旣に廣く、財旣に匱しく、農旣に困しむときは、則ち貨籠らざることを得ず。貨の籠るときは、則ち文密ならざることを得ず。

所謂費益廣者、不曰、待哺之兵衆乎、夷狄之遺重乎、遊食之徒煩乎、無用之供厚乎。爲今之計、兵之衆、豈能遽去之哉。在汰其冗而擇其精。戎狄之遺、豈能遽絕之哉。在備於我而圖其後。遊食之徒煩、則在禁其末而驅之農。無用之供厚、則在絕其源而損其數。然其所以制之者、有其道也。
【読み】
所謂費益々廣しという者は、曰わずや、哺を待つ兵衆きか、夷狄の遺[おくりもの]重きか、遊食の徒煩わしきか、無用の供厚きか、と。今の計を爲すに、兵の衆き、豈能く遽に之を去らんや。其の冗を汰[よな]いで其の精を擇ぶに在り。戎狄の遺、豈能く遽に之を絕たんや。我に備えて其の後を圖るに在り。遊食の徒煩わしきときは、則ち其の末を禁じて之を農に驅るに在り。無用の供厚きときは、則ち其の源を絕って其の數を損するに在り。然れども其の之を制する所以の者は、其の道有り。

夫水利之興、屯田之制、府兵之復、義倉之設、皆濟時之大利。顧縉紳議之熟矣。惟不以爲舊說之迂而忽之、則財以豐、食以足、貨利可寬、文法可損矣。雖旱乾水溢之變、繫乎歲數之常、亦吾有備焉爾。謹對。
【読み】
夫れ水利の興る、屯田の制、府兵の復る、義倉の設けは、皆時を濟すの大利なり。顧みるに縉紳之を議すること熟せり。惟以て舊說を迂として之を忽にすることをせざるときは、則ち財以て豐かに、食以て足り、貨利寬[ゆる]やかなる可く、文法損す可し。旱乾水溢の變、歲數の常に繫かると雖も、亦吾れ備え有らんのみ。謹んで對う、と。


第五道
問、子曰、苟有用我者、三年有成。何其效之疾歟。又曰、善人爲邦百年、亦可以勝殘去殺矣。何其效之遲歟。又曰、如有王者、必世而後仁。必世云者、較諸善人則已疾、合諸聖人則已遲。三者之效、不能齊一。然則聖何道而疾、善何術而遲、王何務而必世。願以前代已然之迹、質於此三者。
【読み】
第五道
問う、子曰く、苟も我を用いる者有らば、三年にして成すこと有らん、と。何ぞ其れ效の疾[すみ]やかなるや。又曰く、善人の邦を爲むること百年、亦以て殘に勝ち殺を去る可し、と。何ぞ其の效の遲きや。又曰く、如し王者有らば、必世にして後に仁ならん、と。必世と云う者は、諸を善人に較ぶれば則ち已に疾やかに、諸を聖人に合わせば則ち已に遲し。三つの者の效、齊一なること能わず。然らば則ち聖何の道にして疾やかに、善何の術にして遲く、王何の務めにして必世なる。願わくは前代已に然るの迹を以て、此の三つの者を質せ、と。

對、聖人之道、無所苟而已矣。以聖人之才、施於天下、其易矣。猶必曰三年而有成也。然方之善人之效、則聖人之治、其疾也遠矣。仲尼曰、善人爲邦百年、亦可以勝殘去殺矣。夫善人者、所謂不踐跡、亦不入於室者也。旣不循前人之弊而守之、又不得聖人之道而行之。宜其緩且久也。有人焉、相繼而往、則百年而後可至治矣。所謂王者必世而後仁、則蒙謂作禮樂之時爾。夫民之情、不可暴而使也、不可猝而化也。三年而成、大法定矣。漸之仁、摩之義、浹於肌膚、淪於骨髓、然後禮樂可得而興也。蓋禮樂者、雖上所以敎民也、然其原則本於民、而成於上爾。則聖人之效所以疾、善人之效所以遲與。
【読み】
對う、聖人の道は、苟もする所無きのみ。聖人の才を以て、天下に施せば、其れ易し。猶必ず三年にして成すこと有らんと曰うがごとし。然れども之を善人の效に方ぶれば、則ち聖人の治は、其の疾やかなること遠し。仲尼曰く、善人の邦を爲むること百年、亦以て殘に勝ち殺を去る可し、と。夫れ善人は、所謂跡をも踐まず、亦室にも入らざる者なり。旣に前人の弊に循わずして之を守り、又聖人の道を得ずして之を行う。宜なり其の緩くして且つ久しきこと。人有り、相繼いで往くときは、則ち百年にして後に治に至る可し。所謂王者は必世にして後に仁ならんというは、則ち蒙に謂ゆる禮樂を作る時のみ。夫れ民の情は、暴にして使わしむ可からず、猝[にわか]にして化す可からず。三年にして成るは、大法定まるなり。之を仁に漸[ひた]し、之を義に摩し、肌膚に浹[うるお]し、骨髓に淪[しづ]ませて、然して後に禮樂得て興る可し。蓋し禮樂は、上の民を敎うる所以なりと雖も、然れども其の原は則ち民に本づいて、上に成るのみ。則ち聖人の效の疾やかなる所以、善人の效の遲き所以か。

夫王者之仁、其道可見矣。復請、以前代已然之迹而明之。孟子曰、小國七年、大國五年、可爲政於天下。此聖人之效也。若仲由謂三年使知方、伯禽之三年報政、雖不能若聖人之道醇且具也、然亦承聖師之敎、奉周公之政、其庶乎其次也。若漢之業創乎高祖、因循乎呂・惠、文帝守之以淳儉、孝景紹之以恭默、當時漢之興、幾百年矣。其風俗寬厚、幾致措刑。亦勝殘去殺之效乎。周承文王之業、歷武王之治、至成王之世、而周公作禮樂焉。此必世後仁之效乎。謹對。
【読み】
夫れ王者の仁、其の道見る可し。復請う、前代已に然るの迹を以てして之を明かさん。孟子曰く、小國は七年、大國は五年にして、政を天下に爲す可し、と。此れ聖人の效なり。仲由の三年にして方を知らしめんと謂い、伯禽の三年にして政を報ずというが若き、聖人の道の醇にして且つ具わるが若くなること能わずと雖も、然れども亦聖師の敎を承って、周公の政を奉ずること、其れ其の次に庶し。漢の業高祖に創め、呂・惠に因循して、文帝之を守るに淳儉を以てし、孝景之を紹[つ]ぐに恭默を以てするが若き、當時漢の興る、幾百年なり。其の風俗寬厚、幾ど刑を措くことを致す。亦殘に勝ち殺を去るの效か。周文王の業を承って、王の治を歷武し、成王の世に至って、周公禮樂を作る。此れ必世にして後に仁なるの效か。謹んで對う、と。


参考文献
『和刻本漢籍 二程全書』(中文出版社)
『二程集』(里仁書局)