二程全書卷之六十  伊川先生文二

表疏

辭免西京國子監敎授表(元豐八年十一月)
【読み】
西京の國子監敎授を辭免する表(元豐八年十一月)

臣頤言、今月日準汝州牒、送到官誥一道。伏蒙聖恩、授臣汝州團練推官、充西京國子監敎授者。臣愚陋小儒、晦處草野。忽承明命、不任震驚(中謝。)
【読み】
臣頤言[もう]す、今月日汝州の牒に準じて、官誥一道を送到す。伏して聖恩を蒙って、臣に汝州の團練推官を授けられ、西京の國子監敎授に充てらるる者あり。臣は愚陋の小儒、草野に晦處す。忽ち明命を承けて、震驚に任[た]えず(中謝。)。

伏念臣才識迂疏、學術膚淺、自治不足、焉能敎人。豈敢貪冒寵榮、致朝廷於過舉。所降誥命、不敢當受。謹奉表辭免以聞。
【読み】
伏して念うに臣才識迂疏に、學術膚淺にして、自ら治むるすら足らず、焉んぞ能く人を敎えん。豈敢えて寵榮を貪り冒して、朝廷を過舉に致さんや。降す所の誥命、敢えて受くるに當たらず。謹んで表を奉って辭免して以て聞す。


再辭免表
【読み】
再び辭免する表

臣頤言、今月日準汝州牒、備到尙書禮部符。奉聖旨、不許辭免恩命者(中謝。)
【読み】
臣頤言す、今月日汝州の牒に準じて、備えて尙書禮部の符に到る。聖旨を奉って、恩命を辭免することを許したまわざる者あり(中謝。)

伏以皇帝陛下嗣位之初、方圖大治、首拔一人於畎畝之中。宜得英異之才、寘之於位、則天下聳動、知朝廷急賢、不特濟一時之用、足以爲後世之光。今乃取庸常之人、命之以官、則天下何望、後世何觀。朝廷之舉也何爲、臣之受也何義。臣雖至愚、敢貪寵祿、以速戾厥躬。是以罔虞刑威、而必盡其辭也。臣願陛下擴知臣之明以照四方、充取臣之心以求眞賢。求之以其方、待之以其道、雖聖賢亦將爲陛下出。況如臣者、何足道哉。冒犯天嚴、臣無任戰恐激切屛營之至。
【読み】
伏して以[おもん]みるに皇帝陛下位を嗣ぎたまうの初め、方に大治を圖って、首めて一人を畎畝の中に拔く。宜しく英異の才を得て、之を位に寘[お]かば、則ち天下聳動して、朝廷の賢を急にすることを知るべく、特一時の用を濟すのみにあらず、以て後世の光を爲すに足れり。今乃ち庸常の人を取って、之に命ずるに官を以てせば、則ち天下何をか望み、後世何をか觀ん。朝廷の舉ぐるや何の爲にして、臣が受くるや何の義ならん。臣至愚と雖も、敢えて寵祿を貪って、以て戾[つみ]を厥の躬に速やかにせんや。是を以て刑威を虞ること罔くして、必ず其の辭を盡くす。臣願わくは陛下臣を知るの明を擴めて以て四方を照らし、臣を取るの心を充たして以て眞賢を求めたまえ。之を求むるに其の方を以てし、之に待するに其の道を以てせば、聖賢と雖も亦將陛下の爲に出ん。況んや臣が如き者、何ぞ道うに足らんや。天嚴を冒し犯して、臣戰恐激切屛營の至りに任うること無し。


辭免館職狀(元祐元年閏二月二十四日)
【読み】
館職を辭免する狀(元祐元年閏二月二十四日)

伏蒙聖恩、授臣宣德郎・秘書省校書郎。聞命震驚、不知所措。臣昨蒙恩、授西京國子監敎授。方再具辭免。奉聖旨、令乘遞馬赴闕。祗命而來、未獲進見、遽然有此除授。伏念臣草萊之人、旣蒙賜召。禮合見君。先受恩命、義理未安。況祖宗朝布衣被召者、故事具存。伏望聖慈令臣入見。所降誥命、不敢當受。伏候勑旨。
【読み】
伏して聖恩を蒙って、臣に宣德郎・秘書省校書郎を授けらる。命を聞いて震驚して、措く所を知らず。臣昨[さき]に恩を蒙って、西京の國子監敎授を授けらる。方に再び具に辭免す。聖旨を奉って、遞馬[ていば]に乘じて闕に赴かしむ。命を祗んで來りて、未だ進み見ることを獲ざるに、遽然として此の除授有り。伏して念うに臣草萊の人、旣に賜召を蒙る。禮合に君に見ゆるべし。先に恩命を受くることは、義理未だ安からず。況んや祖宗の朝布衣召さるる者、故事具に存するをや。伏して望むらくは聖慈臣をして入り見えしめたまえ。降す所の誥命、敢えて受くるに當たらず。伏して勑旨を候[ま]つ。


乞再上殿論經筵事劄子
【読み】
再び上殿して經筵の事を論ぜんと乞う劄子

新授汝州團練推官・西京國子監敎授臣程頤右臣昨日上殿、辭免前降恩命、面奉德音、除臣崇政殿說書。臣雖瀝懇辭避、不蒙兪俞允。臣輒有愚誠昧死上聞天聽。
【読み】
新授の汝州團練推官・西京の國子監敎授臣程頤右臣昨日上殿して、前降の恩命を辭免するに、面りに德音を奉って、臣の崇政殿の說書に除せらる。臣懇を瀝[したた]りて辭避すと雖も、兪允[ゆいん]を蒙らず。臣輒ち愚誠昧死して天聽に上聞すること有り。

竊以知人則哲、帝堯所難。雖陛下聖鑒之明、然臣方獲進對於頃刻之閒、陛下見其何者、遽加擢任。今取臣於畎畝之中、驟置經筵、蓋非常之舉。朝廷責其報效、天下之所觀矚。苟或不當、則失望於今而貽譏於後。可不愼哉。
【読み】
竊かに以みるに人を知るは則ち哲というは、帝堯の難んずる所。陛下聖鑒の明と雖も、然れども臣方に頃刻の閒に進對することを獲るに、陛下其の何者をか見て、遽に擢任を加えたまうや。今臣を畎畝の中に取って、驟に經筵に置くことは、蓋し非常の舉なり。朝廷其の報效を責むるは、天下の觀矚する所なり。苟し或は當たらずんば、則ち望みを今に失して譏りを後に貽さん。愼まざる可けんや。

臣亦未敢必辭、只乞再令臣上殿、進劄子三道、言經筵事。所言而是、則陛下用臣爲不誤、臣之受命爲無愧。所言而非是、其才不足用也。固可聽其辭避。如此、則朝廷無舉動之過、愚臣得去就之宜。伏望聖慈特賜兪允。臣無任。
【読み】
臣亦未だ敢えて必ずしも辭せず、只再び臣をして上殿せしめて、劄子三道を進めて、經筵の事を言うことを乞う。言う所而も是なるときは、則ち陛下の臣を用いたまうこと誤らずとし、臣が命を受くること愧づること無しとせん。言う所而も是に非ずんば、其の才用うるに足らず。固に其の辭避を聽[ゆる]したまう可し。此の如くなるときは、則ち朝廷舉動の過ち無く、愚臣去就の宜しきを得ん。伏して望むらくは聖慈特に兪允を賜え。臣任うること無し。

貼黃
臣不候命下、便有奏陳、蓋欲朝廷審處於未授之前、免煩回改成命。
【読み】
貼黃
臣命下ることを候たずして、便ち奏陳すること有るは、蓋し朝廷審らかに未だ授けざるの前に處して、煩回を免れ成命を改めんことを欲してなり。

貼黃
如以臣昨日已上殿、只乞旨揮許臣實封劄子進呈。逐一分明貼黃。亦與口陳無異。
【読み】
貼黃
如し臣昨日已に上殿することを以てせば、只旨揮臣が實封の劄子進呈することを許さんことを乞う。逐一分明にして貼黃す。亦口陳と異なること無し。


論經筵第一劄子
【読み】
經筵を論ずる第一の劄子

臣伏觀自古人君守成而致盛治者、莫如周成王。成王之所以成德、由周公之輔養。昔者周公輔(一作傅。)成王、幼而習之、所見必正事、所聞必正言、左右前後皆正人。故習與智長、化與心成。今士大夫家善敎子弟者、亦必延名德端方之士、與之居處、使之薰染成性。故曰、少成若天性、習慣如自然。
【読み】
臣伏して觀るに古自り人君守成して盛治を致す者は、周の成王に如くは莫し。成王の德を成す所以は、周公の輔養に由れり。昔周公成王を輔(一に傅に作る。)くる、幼にして之を習わしむるに、見る所は必ず正事、聞く所は必ず正言、左右前後皆正人なり。故に習い智と與に長じ、化心と與に成る。今士大夫の家善く子弟を敎うる者は、亦必ず名德端方の士を延[ひ]いて、之と與に居處せしめ、之をして薰染して性を成さしむ。故に曰く、少成天性の若く、習慣自然の如し、と。

伏以皇帝陛下春秋之富、雖睿聖之資得於天稟、而輔養之道不可不至。所謂輔養之道、非謂告詔以言、過而後諫也、在涵養薰陶而已。大率一日之中、親賢士大夫之時多、親寺人宮女之時少、則自然氣質變化、德器成就。欲乞朝廷愼選賢德之士、以待勸講。講讀旣罷、常留二人直日、夜則一人直宿、以備訪問。皇帝習讀之暇、遊息之閒、時於内殿召見、從容宴語、不獨漸磨道義、至於人情物態、稼穡艱難、積久自然通達。比之常在深宮之中、爲益豈不甚大。
【読み】
伏して以みるに皇帝陛下春秋の富、睿聖の資天稟に得たまうと雖も、而れども輔養の道至らずんばある可からず。所謂輔養の道とは、告げ詔ぐるに言を以てし、過ちて而して後に諫むるを謂うに非ず、涵養薰陶に在るのみ。大率一日の中、賢士大夫に親しむ時多く、寺人宮女に親しむ時少なきときは、則ち自然に氣質變化して、德器成就す。朝廷に乞いて愼んで賢德の士を選んで、以て勸講に待せんことを欲す。講讀旣に罷まば、常に二人を留めて直日せしめ、夜は則ち一人直宿して、以て訪問に備う。皇帝習讀の暇、遊息の閒、時々内殿に於て召見し、從容宴語したまわば、獨り道義を漸磨するのみにあらず、人情物態、稼穡艱難に至るまで、久しきを積んで自然に通達せん。之を常に深宮の中に在りたまうに比するに、益爲ること豈甚大ならずや。

竊聞、閒日一開經筵、講讀數行、羣官列侍、儼然而退、情意略不相接。如此而責輔養之功、不亦難乎。今主上沖幼、太皇太后慈愛、亦未敢便乞頻出。但時見講官、久則自然接熟。大抵與近習處久熟則生褻慢、與賢士大夫處久熟則生愛敬。此所以養成聖德、爲宗社生靈之福。天下之事、無急於此。取進止。
【読み】
竊かに聞く、閒日に一たび經筵を開き、講讀數行にして、羣官列侍、儼然として退いて、情意略相接せず、と。此の如くにして輔養の功を責めば、亦難からずや。今主上沖幼、太皇太后慈愛したまいて、亦未だ敢えて便ち頻出したまうことを乞わず。但時々講官を見、久しきときは則ち自然に接熟す。大抵近習と處すること久しく熟するときは則ち褻慢を生じ、賢士大夫と處すること久しく熟するときは則ち愛敬を生ず。此れ聖德を養成する所以、宗社生靈の福爲り。天下の事、此より急なるは無し。進止を取る。

貼黃
臣竊料衆人之意、必以爲皇帝尙幼、未煩如此。此乃淺近之見。夫幼而習之、爲功則易。發然後禁、禮經所非。古人所以自能食能言而敎者、蓋爲此也。
【読み】
貼黃
臣竊かに料るに衆人の意、必ず以爲えらく、皇帝尙幼にして、未だ煩わしきこと此の如くせざれ、と。此れ乃ち淺近の見なり。夫れ幼にして之を習えば、功を爲すこと則ち易し。發して然して後に禁ずるは、禮經の非る所。古人能く食し能く言う自りして敎うる所以の者は、蓋し此が爲なり。

第二

臣聞、三代之時、人君必有師傅保之官。師、道之敎訓、傅、傅其德義、保、保其身體。後世作事無本、知求治而不知正君、知規過而不知養德。傅德義之道固已疏矣、保身體之法復無聞焉。
【読み】
臣聞く、三代の時、人君必ず師傅保の官有り。師は、之を道いて敎訓し、傅は、其の德義を傅け、保は、其の身體を保たしむ、と。後世事を作すこと本無く、治を求むることを知って君を正すことを知らず、過ちを規すことを知って德を養うことを知らず。德義を傅くるの道固に已に疏かに、身體を保つの法復聞くこと無し。

伏惟太皇太后陛下聰明睿哲、超越千古。皇帝陛下春秋之富、輔養之道、當法先王。臣以爲、傅德義者、在乎防見聞之非、節嗜好之過、保身體者、在乎適起居之宜、存畏愼之心。臣欲乞皇帝左右扶侍祗應宮人内臣、竝選年四十五已上、厚重小心之人、服用器玩皆須質朴、一應華巧奢麗之物、不得至於上前。要在侈靡之物不接於目、淺俗之言不入於耳。及乞擇内臣十人、充經筵祗應以伺候皇帝起居。凡動息必使經筵官知之、有翦桐之戲則隨事箴規、違持養之方則應時諫止。調護聖躬、莫過於此。取進止。
【読み】
伏して惟みるに太皇太后陛下聰明睿哲、千古に超越す。皇帝陛下春秋の富、輔養の道、當に先王に法るべし。臣以爲えらく、德義を傅くとは、見聞の非を防ぎ、嗜好の過ぐるを節するに在り、身體を保つとは、起居の宜しきに適い、畏愼の心を存するに在り、と。臣乞わんと欲す、皇帝の左右扶侍祗[まさ]に宮人内臣、竝びに年四十五已上、厚重小心の人を選ぶ應く、服用器玩皆須く質朴なるべく、一に華巧奢麗の物、上の前に至ることを得ざる應し。要は侈靡の物目に接せず、淺俗の言不耳に入れざるに在り。及び乞う、内臣十人を擇んで、經筵に充て祗に以て皇帝の起居を伺候せしむ應し。凡そ動息必ず經筵の官をして之を知らしめ、翦桐の戲れ有れば則ち事に隨いて箴規し、持養の方に違えば則ち時に應じて諫止す。聖躬を調護すること、此より過ぎたるは莫し。進止を取る。

貼黃
今不設保傅之官、傅德義、保身體之責皆在經筵。皇帝在宮中語言動作衣服飮食、皆當使經筵官知之。
【読み】
貼黃
今保傅の官を設けずして、德義を傅け、身體を保つの責め皆經筵に在り。皇帝宮中に在りて語言動作衣服飮食、皆當に經筵の官をして之を知らしむべし。

第三

臣竊以人主居崇高之位、持威福之柄、百官畏懼、莫敢仰視、萬方承奉、所欲隨得。苟非知道畏義、所養如此、其惑可知。中常之君、無不驕肆、英明之主、自然滿假。此自古同患、治亂所繫也。故周公告成王、稱前王之德、以寅畏祗懼爲首。從古以來、未有不尊賢畏相而能成其聖者也。
【読み】
臣竊かに以みるに人主崇高の位に居し、威福の柄を持して、百官畏れ懼れて、敢えて仰ぎ視ること莫く、萬方承奉して、欲する所隨って得る。苟も道を知り義を畏るるに非ずして、養う所此の如くならば、其の惑い知る可し。中常の君は、驕肆ならざること無く、英明の主は、自然に滿假す。此れ古自り同患にして、治亂の繫かる所なり。故に周公成王に告げて、前王の德を稱するに、寅畏祗懼を以て首めとす。古從り以來、未だ賢を尊び相を畏れずして能く其の聖を成す者は有ざるなり。

皇帝陛下未親庶政、方專問學。臣以爲輔養聖德、莫先寅恭。動容周旋、當主於此。歲月積習、自成聖性。臣竊聞、經筵臣寮侍者皆坐、而講者獨立。於禮爲悖。欲乞今後特令坐講。不惟義理爲順、所以養主上尊儒重道之心。取進止。
【読み】
皇帝陛下未だ庶政を親らせずして、方に問學を專らにす。臣以爲えらく、聖德を輔養するは、寅恭より先なるは莫し、と。動容周旋、當に此を主とすべし。歲月積習せば、自づから聖性を成さん。臣竊かに聞く、經筵の臣寮侍者皆坐して、講者獨り立つ、と。禮に於て悖るとす。今より後特に坐講せしめんことを乞わんと欲す。惟義理順とするのみにあらず、主上儒を尊び道を重んずるの心を養う所以なり。進止を取る。

貼黃
竊聞、講官在御案旁、以手指書。所以不坐。欲乞別一人指書、講官稍遠御案坐講。
【読み】
貼黃
竊かに聞く、講官御案の旁に在って、手を以て指書す。所以に坐せず、と。別に一人指書して、講官稍御案を遠ざけて坐講せんことを乞わんと欲す。

貼黃
臣竊意朝廷循沿舊體、只以經筵爲一美事。臣以爲、天下重任、唯宰相與經筵。天下治亂繫宰相、君德成就責經筵。由此言之、安得不以爲重。
【読み】
貼黃
臣竊かに意うに朝廷舊體に循い沿[よ]ること、只經筵を以て一の美事とす、と。臣以爲えらく、天下の重任は、唯宰相と經筵となり、と。天下の治亂は宰相に繫かり、君德の成就は經筵を責む。此に由って之を言えば、安んぞ以て重しとせざることを得ん。


辭免崇政殿說書表
【読み】
崇政殿の說書を辭免する表

臣頤言、準閤門告報。伏蒙聖恩、除臣通直郎、充崇政殿說書者。臣昨上殿、面奉德音、已嘗瀝懇辭避、及繼有陳奏、愚誠已竭、天聽不回(中謝。)
【読み】
臣頤言す、閤門に準じて告報す。伏して聖恩を蒙って、臣を通直郎に除し、崇政殿の說書に充てらるる者あり。臣昨に上殿して、面りに德音を奉じ、已に嘗て懇を瀝りて辭避し、及び繼いで陳奏すること有りて、愚誠已に竭くせども、天聽回[まど]わず(中謝。)

竊以儒者得以經術進說於人主之前、言信則志行。自昔抱道之士、孰不願之。顧恨弗獲。臣何人哉、有此遭遇。然臣竊觀前古君臣道合、靡不由至誠感動、信以發志。今臣道未行於家室、善未信於郷黨、何足以感動人主之心乎。苟不度其誠之未至、而欲善辭說於進對之閒、爲一時之觀則可矣。必欲通於神明、光於四海、久誠而無斁、臣知其不可也。臣是以欲進而思義、喜時而愧己、冒犯天威、而盡其區區之說。
【読み】
竊かに以みるに儒者經術を以て人主の前に進み說くことを得て、言信ぜらるれば則ち志行わる。昔自り道を抱くの士、孰か之を願わざらん。顧みるに恨むらくは獲られざらんことを。臣は何人ぞや、此の遭遇有る。然も臣竊かに觀るに前古君臣道合うは、至誠感動して、信じて以て志を發するに由らざるは靡し。今臣道未だ家室に行われず、善未だ郷黨に信ぜられず、何ぞ以て人主の心を感動するに足らんや。苟も其の誠の未だ至らざることを度らずして、辭說を進對の閒に善くせんと欲するは、一時の觀[みもの]とすれば則ち可なり。必ず神明に通じ、四海に光り、久しく誠にして斁[いと]うこと無からんことを欲せば、臣其の不可なることを知る。臣是を以て進まんと欲して義を思い、時を喜んで己を愧ぢ、天威を冒し犯して、其の區區の說を盡くす。

伏以皇帝陛下春秋之富、方賴左右前後之人輔養聖性。勸講之職、任莫重焉。竊惟海宇之廣、賢俊至多。臣願朝廷博謀羣臣、旁加收擇、期得出類之賢、寘諸左右、輔成聖德、爲廟社生靈之福。如臣之愚、實懼不足以當重任。所有誥命、不敢當受。謹奉表辭免以聞。
【読み】
伏して以みるに皇帝陛下春秋の富、方に左右前後の人聖性を輔養するに賴る。勸講の職、任焉より重きは莫し。竊かに惟みるに海宇の廣き、賢俊至って多し。臣願わくは朝廷博く羣臣に謀り、旁く收擇を加え、出類の賢を得ることを期して、諸を左右に寘いて、聖德を輔成せば、廟社生靈の福爲り。臣が愚の如き、實に以て重任に當たるに足らざることを懼る。有る所の誥命、敢えて受くるに當たらず。謹んで表を奉って辭免して以て聞す。


再辭免狀
【読み】
再び辭免する狀

臣蒙恩授通直郎・崇政殿說書。尋具表辭免、準尙書省劄子。奉聖旨、不許辭免者。
【読み】
臣恩を蒙って通直郎・崇政殿の說書を授かる。尋いで表を具[の]べて辭免して、尙書省の劄子に準ず。聖旨を奉って、辭免を許さざる者あり。

臣聞、古之人見行可而後仕。臣雖至愚、讀書爲儒、敢不先民是憲。臣近進劄子三道、未聞進止。伏望聖慈、更賜省覽。如小有可用、則臣受命、不敢復辭。或狂妄無取、則乞許臣辭避。所貴朝廷無取人之失、小臣盡進退之道。臣山野之人、不能文飾、傾竭悃誠。願賜開納。伏候勑旨。
【読み】
臣聞く、古の人は行わる可きを見て後に仕う、と。臣至愚なりと雖も、書を讀んで儒爲り、敢えて先民に是れ憲らざらんや。臣近ごろ劄子三道を進めども、未だ進止を聞かず。伏して望むらくは聖慈、更に省覽を賜え。如し小しく用う可きこと有らば、則ち臣命を受けて、敢えて復辭せじ。或は狂妄にして取るべき無くんば、則ち乞う、臣が辭避を許したまえ。貴ぶ所は朝廷人を取るの失無くして、小臣進退の道を盡くさんことを。臣は山野の人、文飾すること能わずして、悃誠を傾竭す。願わくは開納を賜え。伏して勑旨を候つ。


乞六參日上殿劄子(元祐元年四月)
【読み】
六參日上殿せんことを乞う劄子(元祐元年四月)

臣竊以朝廷置勸講之官、輔導人主、豈止講明經義。所以薰陶性質。古所謂承弼厥辟、出入起居者焉。宜朝夕納誨、以輔上德。自來暑熱罷講、直至中秋、方御經筵。數月之閒、講讀官無由進見。夫以文・武之齊聖、而欲旦夕承弼。今乃數月不接儒臣、甚非先王輔導養德之意。方主上春秋之富、輔養之道、豈可疏略如此。臣欲乞未御講筵、每遇六參日、宰臣奏事退、許講讀官上殿問聖體。數日一對儒臣、不惟有益人主、在勸講之禮亦當然。伏望聖慈特賜兪允。
【読み】
臣竊かに以みるに朝廷勸講の官を置いて、人主を輔導する、豈止經義を講明するのみならんや。性質を薰陶する所以なり。古に所謂厥の辟を承け弼けて、出入起居すという者なり。宜しく朝夕誨を納れて、以て上德を輔くべし。自來暑熱講を罷め、直に中秋に至って、方に經筵に御す。數月の閒、講讀の官進見するに由無し。夫れ文・武の齊聖を以てすら、而も旦夕承け弼けんことを欲す。今乃ち數月儒臣に接せざるは、甚だ先王輔導養德の意に非ず。方に主上春秋の富、輔養の道、豈疏略なること此の如くなる可けんや。臣未だ講筵に御せざるとき、六參日に遇う每に、宰臣事を奏し退いて、講讀の官上殿して聖體を問うことを許さんことを乞わんと欲す。數日に一たび儒臣に對せば、惟人主に益有るのみにあらず、勸講の禮に在っても亦當に然るべし。伏して望むらくは聖慈特に兪允を賜え。


上太皇太后書(元祐元年)
【読み】
太皇太后に上る書(元祐元年)

六月日、具位臣程頤、昧死再拜上書太皇太后陛下。
【読み】
六月日、具位臣程頤、昧死再拜して書を太皇太后陛下に上る。

臣愚鄙之人、自少不喜進取、以讀書求道爲事、于茲幾三十年矣。當英祖朝曁神宗之初、屢爲當塗者稱薦。臣於斯時、自顧學之不足、不願仕也。及皇帝陛下嗣位、太皇太后陛下臨朝、求賢願治。大臣上體聖意、搜揚巖穴、首及微賤、蒙恩除西京學官。臣於斯時、未有意於仕也。辭避方再、而遽有召命。臣門下學者、促臣行者半、勸臣勿行者半。促臣行者則曰、君命召、禮不俟駕。勸臣勿行者則曰、古之儒者、召之則不往。臣以爲、召而不往、惟子思・孟軻則可。蓋二人者、處賓師之位、不往所以規其君也。己之微賤、食土之毛而爲王民。召而不至、邦有常憲。是以奔走應命到闕、蒙恩授館職。方以義辭、遂蒙召對。臣於斯時、尙未有意於仕也。進至簾前、咫尺天光、未嘗敢以一言及朝政。陛下視臣、豈求進者哉。旣而親奉德音、擢至經筵。事出望外、惘然驚惕。臣竊内思、儒者得以道學輔人主。蓋非常之遇、使臣自擇所處、亦無過於此矣。臣以斯時、雖以不才而辭、然許國之心、實已萌矣。尙慮陛下貪賢樂善、果於取人、知之或未審也。故又進其狂言、以覬詳察。曰如小有可用、則敢不就職。或狂妄無取、則乞聽辭避。章再上。再命祗受。是陛下不以爲妄也、臣於是受命。供職而來、夙夜畢精竭慮、惟欲主上德如堯・舜。異日天下享堯・舜之治、廟社固無窮之基、乃臣之心也。臣本山野之人、稟性朴直、言辭鄙拙、則有之矣。至於愛君之心、事君之禮、告君之道、敢有不盡。上賴聖明、可以昭鑒。臣自惟至愚蒙陛下特達之知、遭遇如此。願効區區之誠、庶幾毫發之補。惟陛下留意省覽、不勝幸甚。
【読み】
臣愚鄙の人、少き自り進み取ることを喜ばず、書を讀み道を求むるを以て事と爲すこと、茲に幾ど三十年なり。英祖の朝曁び神宗の初めに當たって、屢々當塗の者の爲に稱薦せらる。臣斯の時に於て、自ら學の足らざることを顧みて、仕うることを願わず。皇帝陛下位を嗣ぎたまうに及んで、太皇太后陛下朝に臨んで、賢を求め治を願う。大臣上聖意を體して、巖穴を搜揚して、首めて微賤に及び、恩を蒙って西京の學官に除せらる。臣斯の時に於て、未だ仕うるに意有らず。辭避方に再びすれども、而れども遽に召命有り。臣が門下の學者、臣が行くことを促す者半ば、臣が行くこと勿からんことを勸むる者半ばなり。臣が行くことを促す者は則ち曰く、君命じて召すときは、禮駕を俟たず、と。臣が行くこと勿からんことを勸むる者は則ち曰く、古の儒者、之を召すときは則ち往かず、と。臣以爲えらく、召して往かざるは、惟り子思・孟軻は則ち可なり。蓋し二人は、賓師の位に處して、往かざるは其の君を規す所以なり。己が微賤、土の毛を食して王の民爲り。召して至らずんば、邦に常の憲有り。是を以て奔り走って命に應じて闕に到り、恩を蒙って館職を授かる。方に義を以て辭して、遂に召對を蒙る。臣斯の時に於て、尙未だ仕うるに意有らず。進んで簾前に至り、咫尺天光、未だ嘗て敢えて一言朝政に及ぶことを以てせず。陛下の臣を視る、豈進むことを求むる者ならんや。旣にして親しく德音を奉り、擢かれて經筵に至る。事望外に出、惘然として驚惕す。臣竊かに内思するに、儒者は道學を以て人主を輔くることを得。蓋し非常の遇、臣をして自ら處する所を擇ばしむること、亦此より過ぎたるは無し、と。臣斯の時を以て、不才を以て辭すと雖も、然れども國に許す心、實に已に萌せり。尙慮る、陛下賢を貪り善を樂しめども、果たして人を取るに於て、之を知ること或は未だ審らかならざらんことを。故に又其の狂言を進めて、以て詳察を覬[ねが]う。曰く、如し小しく用うる可きこと有らば、則ち敢えて職に就かざらんや。或は狂妄取ること無くんば、則ち乞う、辭避を聽したまえ。章再び上る。再び命ぜられて祗んで受く。是れ陛下以て妄とせざれば、臣是に於て命を受く。職に供してより而來、夙夜に精を畢くし慮りを竭くして、惟主上德堯・舜の如くならんことを欲す。異日天下堯・舜の治を享け、廟社無窮の基を固くせば、乃ち臣が心なり。臣は本山野の人、稟性朴直、言辭鄙拙なるは、則ち之れ有らん。君を愛するの心、君に事うるの禮、君に告ぐるの道に至っては、敢えて盡くさざること有らんや。上聖明、以て昭鑒す可きを賴む。臣自ら惟うに至愚陛下特達の知を蒙って、遭遇此の如し。願わくは區區の誠を効[いた]して、庶幾わくは毫發の補いあらんことを。惟陛下意を留めて省覽したまわば、幸甚に勝えず。

伏以太皇太后陛下、心存至公、躬行大道、開納忠言、委用耆德。不止維持大業、且欲興致太平、前代英主所不及也。但能日愼一日、天下之事不足慮也。臣以爲、今日至大至急、爲宗社生靈長久之計、惟是輔養上德而已。歷觀前古、輔養幼主之道、莫備於周公。周公之爲、萬世之法也。臣願陛下擴高世之見、以聖人之言爲可必信、先王之道爲可必行、勿狃滯於近規、勿遷惑於衆口。古人所謂周公豈欺我哉。周公作立政之書、舉言常伯至於綴衣虎賁、以爲知恤茲者鮮。一篇之中、丁寧重複、惟在此一事而已。又曰、僕臣正、厥后克正。又曰、后德惟臣、不德惟臣。又曰、侍御僕從、罔匪正人。以旦夕承弼厥辟、出入起居、罔有不欽。是古人之意、人主跬步不可離正人也。蓋所以涵養氣質、薰陶德性。故能習與智長、化與心成。後世不復知此、以爲人主就學、所以涉書史、覽古今也。不知涉書史、覽古今、乃一端爾。若止於如是、則能文宮人可以備勸講、知書内侍可以充輔導。何用置官設職、精求賢德哉。大抵人主受天之命、稟賦自殊。歷考前史、帝王才質、鮮不過人。然而完德有道之君至少、其故何哉。皆輔養不得其道、而位勢使之然也。
【読み】
伏して以みるに太皇太后陛下、心至公を存し、躬大道を行い、忠言を開納し、耆德を委用す。止大業を維持するのみにあらず、且太平を興し致さんと欲すること、前代英主の及ばざる所なり。但能く日に一日より愼まば、天下の事慮るに足らず。臣以爲えらく、今日の至大至急、宗社生靈長久の計を爲すは、惟是れ上德を輔養するのみ、と。歷く前古を觀るに、幼主を輔養するの道は、周公より備われるは莫し。周公の爲[しわざ]は、萬世の法なり。臣願わくは陛下高世の見を擴めて、聖人の言を以て必ず信ず可しと爲し、先王の道必ず行う可しと爲して、近規に狃滯すること勿く、衆口に遷惑すること勿かれ。古人の所謂周公豈我を欺かんや。周公立政の書を作って、舉[ことごと]く常伯より綴衣虎賁に至るまでを言うに、以爲えらく、茲を恤うることを知る者は鮮し、と。一篇の中、丁寧重複、惟此の一事に在るのみ。又曰く、僕臣正しければ、厥の后克く正し、と。又曰く、后の德も惟臣、不德も惟臣、と。又曰く、侍御僕從、正人に匪ざるは罔し。以て旦夕厥の辟を承け弼けて、出入起居も、欽まざること有ること罔し、と。是れ古人の意、人主跬步[きほ]も正人に離る可からずとするなり。蓋し氣質を涵養し、德性を薰陶する所以なり。故に能く習い智と長じ、化心と成る。後世復此を知らずして、以爲えらく、人主學に就くは、書史に涉り、古今を覽る所以なり、と。書史に涉り、古今を覽るは、乃ち一端なることを知らざるのみ。若し是の如きに止まらば、則ち文を能くする宮人以て勸講に備う可く、書を知る内侍以て輔導に充つ可し。何ぞ官を置き職を設けて、精しく賢德を求むることを用いんや。大抵人主は天の命を受けて、稟賦自づから殊なり。歷く前史を考うるに、帝王の才質、人に過ぎざるは鮮し。然れども完德有道の君至って少なきは、其の故何ぞや。皆輔養其の道を得ずして、位勢之をして然らしむるなり。

伏惟皇帝陛下、天資粹美、德性仁厚、必爲有宋令主。但恨輔養之道有未至爾。臣供職以來、六侍講筵。但見諸臣拱手默坐、當講者立案傍、解釋數行而退。如此、雖彌年積歲、所益幾何。與周公輔養成王之道、殊不同矣。或以爲、主上方幼。且當如此。此不知本之論也。古人生子、能食能言而敎之大學之法、以豫爲先。人之幼也、知思未有所主、便當以格言至論日陳於前。雖未曉知、且當薰聒、使盈耳充腹、久自安習。若固有之、雖以他言惑之、不能入也。若爲之不豫、及乎稍長、私意(一作思慮。)偏好生於内、衆口辯言鑠於外、欲其純完、不可得也。故所急在先入。豈有太早者乎。
【読み】
伏して惟みるに皇帝陛下、天資粹美、德性仁厚、必ず有宋の令主爲らん。但恨むらくは輔養の道未だ至らざること有るのみ。臣職に供して以來、六たび講筵に侍す。但諸臣手を拱して默坐し、當講の者案傍に立って、數行を解釋して退くを見る。此の如くならば、彌年の歲を積むと雖も、益する所幾何ぞや。周公成王を輔養するの道と、殊に同じからず。或るひと以爲えらく、主上方に幼し。且つ當に此の如くすべし、と。此れ本を知らざるの論なり。古人子を生んでは、能く食し能く言いて之を敎うるに大學の法、豫めするを以て先とす。人の幼なるとき、知思未だ主る所有らず、便ち當に格言至論を以て日に前に陳ぶるべし。未だ曉知せずと雖も、且つ當に薰聒して、耳に盈て腹に充たしむべく、久しくして自づから安習せん。若し固く之を有せば、他言を以て之を惑わすと雖も、入ること能わず。若し之をすること豫めせず、稍長ずるに及べば、私意(一に思慮に作る。)の偏好内に生じ、衆口の辯言外に鑠して、其の純完を欲すとも、得る可からず。故に急にする所は先入に在り。豈太だ早き者有らんや。

或又以爲、主上天資至美、自無違道。不須過慮。此尤非至論。夫聖莫聖於舜、而禹・皋陶未嘗忘規戒、至曰無若丹朱好慢遊作傲虐。且舜之不爲慢遊傲虐、雖至愚亦當知之。豈禹而不知乎。蓋處崇高之位、儆戒之道不得不如是也。且人心豈有常哉。以唐太宗之英睿、躬歷艱難、力平禍亂、年亦長矣、始惡隋煬侈麗、毀其層觀廣殿、不六七年、復欲治乾陽殿。是人心果可常乎。所以聖賢雖明盛之際、不廢規戒、爲慮豈不深遠也哉。況沖幼之君、閑邪拂違之道、可少懈乎。
【読み】
或るひと又以爲えらく、主上天資至美にして、自づから道に違うこと無し。須く過慮すべからず、と。此れ尤も至論に非ず。夫れ聖は舜より聖なるは莫くして、禹・皋陶未だ嘗て規戒することを忘れず、丹朱が慢遊を好み傲虐を作すが若くなること無しと曰うに至る。且つ舜の慢遊傲虐をせざること、至愚と雖も亦當に之を知るべし。豈禹にして知らざらんや。蓋し崇高の位に處せば、儆戒[けいかい]の道是の如くならざることを得ざるなり。且つ人の心豈常有らんや。唐の太宗の英睿を以て、躬ら艱難を歷、力めて禍亂を平らげ、年亦長じて、始めて隋煬の侈麗を惡んで、其の層觀廣殿を毀てども、六七年ならずして、復乾陽殿を治めんと欲す。是れ人の心果たして常なる可けんや。所以に聖賢は明盛の際と雖も、規戒を廢せず、慮りを爲すこと豈深遠ならざらんや。況んや沖幼の君、邪を閑ぎ違を拂うの道、少しく懈る可けんや。

伏自四月末閒、以暑熱罷講、比至中秋、蓋踰三月。古人欲旦夕承弼、出入起居。而今乃三月不一見儒臣。何其與古人之意異也。今士大夫家子弟、亦不肯使經時累月不親儒士。初秋漸涼、臣欲乞於内殿或後苑淸涼處、召見當日講官、俾陳說道義。縱然未有深益、亦使天下知太皇太后用意如此。又一人獨對、與衆見不同、自然情意易通、不三五次、便當習熟。若不如此、漸致待其自然、是輔導官都不爲力、將安用之。將來伏假旣開。且乞依舊輪次、直日所貴常得一員獨對。
【読み】
伏して四月の末閒自り、暑熱を以て講を罷め、中秋に至るに比[およ]んで、蓋し三月を踰う。古人旦夕承け弼け、出入起居までせんことを欲す。而るに今乃ち三月に一たび儒臣を見ず。何ぞ其れ古人の意と異なるや。今士大夫の家の子弟すら、亦肯えて時を經月を累ねて儒士に親しまざらしめず。初秋漸く涼しく、臣内殿或は後苑淸涼の處に於て、當日の講官を召し見て、道義を陳說せしむることを乞わんと欲す。縱然[たと]い未だ深き益有らずとも、亦天下をして太皇太后意を用うること此の如くなることを知らしめん。又一人獨對すると、衆見と同じからず、自然に情意通じ易くして、三五次ならずして、便ち當に習熟すべし。若し此の如くならず、漸く其の自然を待つことを致さば、是れ輔導の官都て力を爲さず、將安んぞ之を用いん。將來の伏假旣に開かん。且つ乞う、舊の輪次に依って、直日の貴ぶ所常に一員を得て獨對せんことを。

開發之道、蓋自有方。朋習之益、最爲至切。故周公輔成王、使伯禽與之處。聖人所爲、必無不當。眞廟使蔡伯希侍仁宗、乃師古也。臣欲乞擇臣寮家子弟、十歲已上、十二已下、端謹穎悟者三人、侍上左右、上所讀之書、亦使讀之、辨色則入、昏而罷歸。常令二人入侍、一人更休。每人擇有年宮人、内臣二人、隨逐看承、不得暫離。常情笑語、亦勿禁止。唯須言語必正、舉動必莊。仍使日至資善堂、呈所習業。講官常加敎勸、使知嚴憚。年纔十三、便令罷去、歲月之閒、自覺其益。
【読み】
開發の道、蓋し自づから方有り。朋習の益、最も至切とす。故に周公成王を輔くるに、伯禽をして之と處らしむ。聖人のする所、必ず當たらずということ無けん。眞廟蔡伯希をして仁宗に侍せしむるも、乃ち古を師としてなり。臣乞わんと欲す、臣寮の家の子弟、十歲已上、十二已下、端謹穎悟なる者三人を擇んで、上の左右に侍して、上の讀む所の書、亦之を讀ましめ、色を辨ずるときは則ち入り、昏にして罷め歸る。常に二人入侍し、一人更々休せしめん。每に人年有る宮人、内臣二人を擇んで、隨逐看承して、暫くも離るることを得ざらしめん。常情笑語は、亦禁止すること勿かれ。唯須く言語必ず正しく、舉動必ず莊かにすべし。仍[しばしば]日に資善堂に至って、習う所の業を呈せしむ。講官常に敎勸を加えて、嚴憚を知らしむ。年纔かに十三なるとき、便ち罷め去らしめば、歲月の閒、自づから其の益を覺らん。

自來、宰臣十日一至經筵、亦止於默坐而已。又閒日講讀、則史官一人立侍。史官之職、言動必書。施於視政之時則可。經筵講疑(一作肄。)之所、乃燕處也。主上方問學之初、宜心泰體舒、乃能悅懌。今則前對大臣、動虞有失、旁立史官、言出輒書。使上欲遊其志、得乎。欲發於言、敢乎。深妨問學。不得不改。欲乞特降指揮、宰臣一月兩次、與文彥博同赴經筵。遇宰臣赴日、卽乞就崇政殿講說、因令史官入侍。崇政殿說書之職、置來已久。乃是講說之所。漢・唐命儒士講論、亦多在殿上、蓋故事也。邇英迫狹、講讀官内臣近三十人、在其中。四月閒尙未甚熱、而講官已流汗。況主上氣體嫩弱、豈得爲便。春夏之際、人氣烝薄、深可慮也。祖宗之時、偶然在彼、執爲典故、殊無義理。欲乞今後只於延和殿講讀。後楹垂簾、簾前置御座、太皇太后每遇政事稀簡、聖體康和、時至簾下觀講官進說、不惟省察主上進業、於陛下聖聰、未必無補。兼講官輔導之閒、事意不少、有當奏稟、便得上聞、亦不可煩勞聖躬。限以日數、但旬月之閒意適、則往可也。
【読み】
自來、宰臣十日に一たび經筵に至り、亦默坐するに止まるのみ。又閒日に講讀するときは、則ち史官一人立侍す。史官の職は、言動必ず書す。政を視る時に施すときは則ち可なり。經筵講疑(一に肄に作る。)の所は、乃ち燕處なり。主上問學の初めに方って、宜しく心泰らかに體舒べて、乃ち能く悅懌せしむべし。今は則ち前に對する大臣、動けば失有らんこと虞り、旁に立つ史官、言出れば輒ち書す。上をして其の志を遊ばせしめんと欲せしむとも、得んや。言を發せんと欲すとも、敢えてせんや。深く問學を妨ぐ。改めざることを得ず。特に指揮を降して、宰臣一月に兩次、文彥博と同じく經筵に赴くことを乞わんと欲す。宰臣赴く日に遇っては、卽ち崇政殿に就いて講說し、因りて史官をして入侍せしむることを乞う。崇政殿說書の職、置き來ること已に久し。乃ち是れ講說の所なり。漢・唐儒士に命じて講論せしむること、亦多く殿上に在るは、蓋し故事なり。邇英の迫狹なる、講讀官の内臣三十人に近くして、其の中に在り。四月の閒尙未だ甚だしくは熱せざれども、講官已に汗を流す。況んや主上氣體嫩弱[どんじゃく]、豈便なりとすることを得んや。春夏の際は、人氣烝薄、深く慮る可し。祖宗の時、偶然として彼に在り、執って典故とすること、殊に義理無し。今より後只延和殿に於て講讀せんことを乞わんと欲す。後楹簾を垂れ、簾前御座を置き、太皇太后政事稀簡、聖體康和なるに遇う每に、時々簾下に至って講官の進み說くを觀ば、惟主上業に進むを省察するのみにあらず、陛下の聖聰に於ても、未だ必ずしも補い無くんばあらず。兼ねて講官輔導の閒、事意少なからず、當に奏稟すべき有らば、便ち上聞することを得ば、亦聖躬を煩勞す可からず。限るに日數を以てして、但旬月の閒意適すれば、則ち往いて可なり。

今講讀官共五人四人皆兼要職。獨臣不領別官、近復差修國子監太學條制。是亦兼他職也。乃無一人專職輔導者。執政之意可見也。蓋惜人才、不欲使之閑爾。又以爲、雖兼他職、不妨講讀。此尤不思之甚也。不敢言告君之道、只以告衆人言之。夫告於人者、非積其誠意、不能感而入也。故聖人以蒲蘆喩敎。謂以誠化之也。今夫鐘、怒而擊之則武、悲而擊之則哀、誠意之感而入也。告於人亦如是。古人所以齋戒而告君者、何謂也。臣前後兩得進講。未嘗敢不宿齋豫戒、潛思存誠、覬感動於上心。若使營營於職事、紛紛其思慮、待至上前、然後善其辭說、徒以頰舌感人。不亦淺乎。此理、非知學者不能曉也。道衰學廢。世俗何嘗聞此。雖聞之、必以爲迂誕。陛下高識遠見、當蒙鑒知。以朝廷之大、人主之重、置二三臣專職輔導、極非過當。今諸臣所兼皆要官。若未能遽罷、且乞免臣修國子監條制、俾臣夙夜精思竭誠、專在輔導。不惟事理當然、且使天下知朝廷以爲重事、不以爲閑所也。
【読み】
今講讀官共に五人四人皆要職を兼ぬ。獨り臣別官を領せず、近ごろ復差して國子監太學の條制を修めせしむ。是れ亦他職を兼ぬるなり。乃ち一人も專ら輔導を職とする者無し。執政の意見る可し。蓋し人才を惜しんで、之をして閑ならしむることを欲せざるのみ。又以爲えらく、他職を兼ぬと雖も、講讀を妨げず、と。此れ尤も思わざるの甚だしきなり。敢えて君に告ぐるの道を言わずして、只衆人に告ぐるを以て之を言わん。夫れ人に告ぐる者は、其の誠意を積むに非ずんば、感じて入ること能わず。故に聖人蒲蘆を以て敎に喩う。謂ゆる誠を以て之を化すればなり。今夫れ鐘は、怒って之を擊つときは則ち武く、悲しんで之を擊つときは則ち哀しきは、誠意の感じて入ればなり。人に告ぐるも亦是の如し。古人齋戒して君に告ぐる所以の者は、何の謂ぞや。臣前後兩に進講することを得。未だ嘗て敢えて宿より齋し豫め戒め、思いを潛め誠を存して、上の心を感動することを覬わずんばあらず。若し職事に營營として、其の思慮を紛紛たらしめて、上の前に至るを待って、然して後に其の辭說を善くせんとせば、徒に頰舌を以て人を感じせしめんとするなり。亦淺からずや。此の理、學を知る者に非ずんば曉ること能わず。道衰え學廢る。世俗何ぞ嘗て此を聞かん。之を聞くと雖も、必ず以て迂誕とせん。陛下の高識遠見、當に鑒知を蒙るべし。朝廷の大なる、人主の重きを以て、二三の臣を置いて專ら輔導を職とすること、極めて過當に非ず。今諸臣の兼ぬる所は皆要官なり。若し未だ遽に罷むること能わずんば、且つ臣が國子監の條制を修することを免じて、臣をして夙夜に思いを精しくし誠を竭くして、專ら輔導に在らしめんことを乞う。惟事理當然なるのみにあらず、且天下をして朝廷以て重事と爲して、以て閑所と爲さざることを知らしめん。

陛下擇臣於草野之中、蓋以其讀聖人書、聞聖人道。臣敢不以其所學、上報聖明。竊以聖人之學、不傳久矣。臣幸得之於遺經、不自度量、以身任道。天下駭笑者雖多、而近年信從者亦衆。方將區區駕其說以示學者。覬能傳於後世。不虞天幸之至、得備講說於人主之側。使臣得以聖人之學、上沃聖聰、則聖人之道有可行之望。豈特臣之幸哉。如陛下未以臣言爲信、何不一賜訪問。臣當陳聖學之端緒、發至道之淵微。陛下聖鑒高明、必蒙照納。如其妄僞、願從誅殛。臣愚不任懇悃惶懼待罪之至。
【読み】
陛下臣を草野の中に擇ぶことは、蓋し其の聖人の書を讀み、聖人の道を聞くを以てなり。臣敢えて其の學ぶ所を以て、上聖明に報ぜざらんや。竊かに以みるに聖人の學、傳わらざること久し。臣幸いに之を遺經に得て、自ら度量せずして、身を以て道を任ず。天下駭き笑う者多しと雖も、近年信じ從う者も亦衆し。方に將に區區として其の說を駕して以て學者に示さんとす。覬わくは能く後世に傳えんことを。虞らざるに天幸至って、講說に人主の側に備わることを得。臣をして聖人の學を以て、上聖聰に沃することを得せしめば、則ち聖人の道行わる可きの望み有り。豈特臣が幸いのみならんや。如し陛下未だ臣が言を以て信ずることをせずんば、何ぞ一たび訪問を賜わざる。臣當に聖學の端緒を陳べ、至道の淵微を發すべし。陛下の聖鑒高明、必ず照納を蒙らん。如し其れ妄僞ならば、願わくは誅殛に從わん。臣愚懇悃惶懼罪を待つの至りに任えず。


辭免判登聞鼓院奏狀(元祐元年八月)
【読み】
登聞鼓院に判たることを辭免する奏狀(元祐元年八月)

臣今月二十二日、準尙書省黃牒、奉勑差臣兼權判登聞鼓院。臣不敢避斧鉞之誅、傾瀝悃誠、上煩天聽。竊以勸講之官、體宜專任。臣昨於六月中所進文字、論之甚詳。不敢重疊敍陳。伏望聖慈將臣前來文字、再賜省覽。惟求義理之當、不以臣微賤而廢其言。前件勑命不敢當受。伏乞特降睿旨、許令辭免。冒瀆宸嚴、臣無任。
【読み】
臣今月二十二日、尙書省の黃牒に準じて、勑を奉って臣を差して登聞鼓院に權判たることを兼ねしむ。臣敢えて斧鉞の誅を避けず、悃誠を傾け瀝りて、上天聽を煩わす。竊かに以みるに勸講の官、體宜しく專任すべし。臣昨に六月中進むる所の文字に於て、之を論ずること甚だ詳らかなり。敢えて重疊して敍陳せず。伏して望むらくは聖慈臣が前來の文字を將って、再び省覽を賜え。惟義理の當たることを求めて、臣が微賤を以て其の言を廢せざれ。前件の勑命敢えて受くるに當たらず。伏して乞う、特に睿旨を降して、辭免せしむることを許したまえ。宸嚴を冒し瀆して、臣任うること無し。

貼黃
自來鼓院官出入以時。若使兼領、遇講說日、或有急訴訟、必須留滯。伏望聖慈特賜詳察。
【読み】
貼黃
自來鼓院の官出入時を以てす。若し兼領せしめば、講說の日に遇い、或は急に訴訟すること有れば、必ず須く留滯すべし。伏して望むらくは聖慈特に詳察を賜え。


再辭免狀
【読み】
再び辭免する狀

臣準尙書省劄子、以臣辭免兼權判登聞鼓院。奉聖旨不許辭免者。微賤小官、冒瀆天威、甘從顯戮。旣荷朝廷寬大之賜、敢復盡其區區之誠。如陛下擢臣草野之中、置之勸講之列、天下聳然知陛下崇儒重道、留意大本。豈特一時之美事。足(一作將。)爲後世之盛談。今復命臣兼判鼓院。使臣入則侍人主而談道德、出則坐司局而領訴訟、臣愚竊謂失朝廷用人之體。況臣稟性朴愚、唯知爲學。今時之務、皆所未諳。使臨事局、必致廢闕。若得專心致志、窮研聖學、以備顧問、臣愚不勝至願。伏望聖慈矜察、特許辭免。伏候勑旨。
【読み】
臣尙書省の劄子に準じて、以て臣登聞鼓院に權判たることを兼ぬることを辭免す。聖旨を奉るに辭免を許さざる者あり。微賤の小官、天威を冒し瀆して、甘んじて顯戮に從う。旣に朝廷寬大の賜を荷って、敢えて復其の區區の誠を盡くす。陛下臣草野の中に擢き、之を勸講の列に置くが如き、天下聳然として陛下儒を崇び道を重んじ、意を大本に留めたまうことを知る。豈特一時の美事ならんや。後世の盛談とするに足れり(一に將に作る。)。今復臣に命じて鼓院に判たることを兼ねしむ。臣をして入りては則ち人主に侍して道德を談じ、出ては則ち司局に坐して訴訟を領せしめば、臣愚竊かに謂うに朝廷人を用うるの體を失せん。況んや臣稟性朴愚にして、唯學を爲むることを知る。今時の務めは、皆未だ諳[そら]んせざる所なり。事局に臨ませしめば、必ず廢闕を致さん。若し心を專らにし志を致し、聖學を窮め研[きわ]めて、以て顧問に備うることを得ば、臣愚至願に勝えず。伏して望むらくは聖慈矜察して、特に辭免を許したまえ。伏して勑旨を候つ。


論冬至稱賀劄子(元祐元年)
【読み】
冬至の稱賀を論ずる劄子(元祐元年)

臣伏聞、冬至日、百官拜表稱賀。臣以爲、節序變遷、時思方切。若受表賀、大失居喪之禮、萬方後世、輕笑朝廷、無以風化天下。臣欲乞特降中旨、改賀作慰。臣備員勸講職、在以經術輔導人主。見此違經失禮、不敢不言。取進止。
【読み】
臣伏して聞く、冬至の日、百官拜表稱賀す、と。臣以爲えらく、節序變遷、時思方に切なり。若し表賀を受くれば、大いに喪に居るの禮を失して、萬方後世、朝廷を輕笑して、以て天下を風化すること無けん。臣特に中旨を降して、賀を改めて慰と作すことを乞わんと欲す。臣員に勸講の職に備わって、經術を以て人主を輔導する在り。此の經に違い禮を失するを見て、敢えて言わずんばあらず。進止を取る。

貼黃
臣竊慮聖意以去年冬至及今歲旦已受賀表、不欲改更。此甚不然。後是可以蓋前非。改過不吝、成湯所以稱聖也。
【読み】
貼黃
臣竊かに慮るに聖意去年冬至及び今歲旦已賀表を受くるを以て、改め更むることを欲せず。此れ甚だ然らず。後是れ以て前非を蓋う可し。過ちを改めて吝ならざるは、成湯の聖と稱する所以なり。


又上太皇太后疏(元祐二年春)
【読み】
又太皇太后に上る疏(元祐二年春)

臣頤傾竭愚誠、冒聞天聽。狂妄之誅、非所敢避。伏念臣草萊賤士、蒙陛下拔擢、置之勸講之列。夙夜畢精竭慮、思所以補報萬一。昨於去年六月中、嘗有奏陳、言輔導人主之事。已踰半年、不蒙施行一事。臣愚竊思、所言甚多。如皆不可用、其狂妄亦甚矣。雖朝廷寬大、不欲以言罪人、然主上春秋方富。宜親道德之士。豈可以狂妄之人置之左右。臣彷徨疑慮、不能自已。況臣所言、非出己意、皆先王之法、祖宗之舊、不應無一事合聖心者。臣竊疑文字煩多、陛下不能詳覽、或雖蒙覽、而未察愚意。臣不敢一一再言。止取一事最切者、復爲陛下陳之。
【読み】
臣頤愚誠を傾け竭くして、天聽に冒聞す。狂妄の誅、敢えて避くる所に非ず。伏して念うに臣は草萊の賤士、陛下の拔擢を蒙って、之を勸講の列に置く。夙夜精を畢くし慮りを竭くして、萬一を補報する所以を思う。昨に去年六月中に於て、嘗て奏陳すること有って、人主を輔導する事を言す。已に半年を踰うれども、一事を施し行うことを蒙らず。臣愚竊かに思うに、言う所甚だ多し。如し皆用う可からずんば、其の狂妄亦甚だし。朝廷の寬大、言を以て人を罪することを欲せずと雖も、然れども主上春秋方に富む。宜しく道德の士に親しむべし。豈狂妄の人を以て之を左右に置く可けんや。臣彷徨疑慮して、自ら已むこと能わず。況んや臣が言う所は、己が意より出るに非ず、皆先王の法、祖宗の舊、應に一事も聖心に合うこと無からしむべからざる者なり。臣竊かに疑うらくは文字煩多にして、陛下詳らかに覽ること能わず、或は覽ることを蒙ると雖も、而れども未だ愚意を察せざらん、と。臣敢えて一一再び言さざらんや。止一事最も切なる者を取って、復陛下の爲に之を陳べん。

臣前上言、乞於延和殿講讀、太皇太后每遇政事稀簡、聖體康和、時至簾下觀講官進說。不惟省察主上進業、於陛下聖聰、未必無補。兼講官輔導之閒、事意不少。有當奏稟。便得上聞。臣今思之、太皇太后雙日垂簾聽政、隻日若更親臨講讀、亦恐煩勞聖躬。欲乞只就垂簾日聽政罷、聖體不倦時、召當日講官至簾前、問當主上進業次第、講說所至、如何開益、使天下知陛下於輔養人主之道、用意如此。延對儒臣、自古以爲美事。陛下試從臣言、後當知其不謬。此一時之事、且非定制。如其無益、罷之何晩。自來經筵、賜坐啜茶。蓋人主崇儒重道之體。今太皇太后省察主上進業、雖或使之講說、亦無此禮。臣所以再言此一事者、蓋輔導之閒、有當奏知之事、無由上達。若得時至簾前、可以陳說。所繫甚大。
【読み】
臣前に上言して、延和殿に於て講讀して、太皇太后政事稀簡、聖體康和なるに遇う每に、時々簾下に至って講官の進み說くを觀んことを乞う。惟主上業に進むを省察するのみにあらず、陛下の聖聰に於ても、未だ必ずしも補い無くんばあらず。兼ねて講官輔導の閒、事意少なからず。當に奏稟すべき有り。便ち上聞することを得ん、と。臣今之を思うに、太皇太后雙日簾を垂れて政を聽き、隻日若し更に親ら講讀に臨まば、亦恐れらくは聖躬を煩勞せん。乞わんと欲す、只垂簾の日政を聽くこと罷めて、聖體倦まざる時に就いて、當日の講官を召して簾前に至らしめて、當主上業に進むの次第、講說の至る所、如何にか開益すということを問わば、天下をして陛下人主を輔養するの道に於て、意を用うること此の如きことを知らしめん。儒臣を延き對するは、古自り以て美事とす。陛下試みに臣が言に從わば、後當に其の謬たざることを知るべし。此れ一時の事にして、且つ定制に非ず。如し其れ益無くんば、之を罷めんこと何ぞ晩からん。自來經筵、坐して茶を啜ることを賜う。蓋し人主儒を崇び道を重んずるの體なり。今太皇太后主上の業に進むを省察するに、或は之をして講說せしむと雖も、亦此の禮無けん。臣再び此の一事を言う所以の者は、蓋し輔導の閒、當に奏し知らしむべき事有れども、上達するに由無ければなり。若し時々簾前に至ることを得ば、以て陳說す可し。繫かる所甚だ大なり。

陛下必謂、主上幼沖、閒日講讀足矣。更無他事。此甚不然。蓋從前不曾有爲陛下極陳輔養少主之道者。故陛下未深思爾。願陛下聖明、不以臣之微賤而忽其言、察臣區區之心。豈有他哉。惟欲有補於人主爾。臣披瀝肝膽、言盡於此。伏望聖慈采納、天下幸甚。
【読み】
陛下必ず謂わん、主上幼沖、閒日に講讀して足れり。更に他事無し、と。此れ甚だ然らず。蓋し從前曾て陛下の爲に極めて少主を輔養するの道を陳ぶる者有らず。故に陛下未だ深く思わざるのみ。願わくは陛下の聖明、臣が微賤を以てして其の言を忽にせずして、臣が區區の心を察したまえ。豈他有らんや。惟人主に補い有らんことを欲するのみ。臣肝膽を披き瀝りて、言此に盡くす。伏して望むらくは聖慈采納したまわば、天下幸甚なり。


乞就寬涼處講讀奏狀(元祐二年三月二十六日)
【読み】
寬涼處に就いて講讀せんことを乞う奏狀(元祐二年三月二十六日)

臣伏見邇英閣講讀、入夏漸熱。去年四月後、侵晨講讀、亦甚有暑氣。恐於聖體非宜。欲乞特降聖旨、移就一寬涼處。貴得穩便。謹錄奏聞、伏候勑旨。
【読み】
臣伏して邇英閣の講讀を見るに、夏に入れば漸く熱す。去年四月の後、晨を侵して講讀すれども、亦甚だ暑氣有り。恐れらくは聖體に於て宜しきに非ず。特に聖旨を降して、移して一の寬涼處に就かんことを乞わんと欲す。貴ぶらくは穩便を得ん。謹んで錄して奏聞して、伏して勑旨を候つ。

貼黃
雖祖宗以來只在邇英、緣主上聖體少嫩、尤須過意愼護。祖宗法度、固有不可改者、至於講讀處所、卽無不可從便之理。
【読み】
貼黃
祖宗以來只邇英に在りと雖も、主上聖體少嫩なるに緣りて、尤も須く過意に愼護すべし。祖宗の法度、固に改む可からざる者有れども、講讀處の所に至っては、卽ち便に從う可からざるの理無し。

貼黃
如別無穩便、只乞就崇政或延和殿。隻日講讀與雙日垂簾、自不相妨。
【読み】
貼黃
如し別に穩便無くんば、只崇政或は延和殿に就かんことを乞う。隻日の講讀と雙日の垂簾と、自づから相妨げず。


又上太皇太后書(元祐二年四月)
【読み】
又太皇太后に上る書(元祐二年四月)

月日、具位臣程頤、昧死再拜上書太皇太后陛下。
【読み】
月日、具位臣程頤、昧死再拜して書を太皇太后陛下に上る。

臣近言邇英講讀漸熱、乞移就寬涼處。貼黃稱、如別無穩便處所、只乞就崇政或延和殿。竊聞給事中顧臨有言、以延和講讀爲不可。臣本謂邇英熱、恐於聖體非宜。今聞修展邇英。苟得寬涼、則臣志願遂矣。於臨之言、在臣自可不恤。然有所甚害、不得不爲陛下辨之。若臨之言止於移惑太皇太后聖意、臣官非諫諍、不辨尙可也。今以臨言爲是、則誤主上知見。臣職當輔導。安得不辨。
【読み】
臣近ごろ邇英の講讀漸く熱きことを言して、寬涼處に移し就かんことを乞う。貼黃に稱す、如し別に穩便處の所無くんば、只崇政或は延和殿に就かんことを乞う、と。竊かに聞く、給事中顧臨言すこと有って、延和の講讀を以て不可とす、と。臣本邇英の熱きことを謂うは、恐れらくは聖體に於て宜しきに非ざればなり。今邇英を修展すと聞く。苟も寬涼を得ば、則ち臣が志願遂げん。臨が言に於ては、臣に在っては自ら恤えざる可し。然れども甚だ害する所有り、陛下の爲に之を辨ぜざることを得ず。若し臨が言太皇太后の聖意を移し惑わすに止まらば、臣が官は諫諍に非ざれば、辨ぜずとも尙可なり。今臨が言を以て是とせば、則ち主上の知見を誤らん。臣が職は輔導に當たる。安んぞ辨ぜざることを得ん。

臣竊謂、自古國家所患、無大於在位者不知學。在位者不知學、則人主不得聞大道、朝廷不能致善治。不聞道、則淺俗之論易入、道義之言難進。人君功德高下、一繫於此。臣非敢以諛言悅陛下。竊聞、陛下博覽前史。請陛下歷觀簡策、前世母后臨朝、有不壞紀綱者乎。有以至公爲心、孜孜求治爲英主之事、如陛下者乎。此陛下所自知也。陛下有簡策所無之盛德、則天下亦望陛下爲簡策所無之功業。不止維持歲月、俟人主長大而已、蓋望陛下致海内於治安、詒孫謀於久大。詒謀致治之道、當使聖德日躋、善治日新。進德在於求道、圖治莫如稽古。道必詢於有道之士。古必訪諸稽古之人。若夫世俗淺士、以守道爲迂、以稽古爲泥、適足惑亂人主之聽。
【読み】
臣竊かに謂えらく、古自り國家の患うる所は、在位の者學を知らざるより大なるは無し、と。在位の者學を知らざるときは、則ち人主大道を聞くことを得ず、朝廷善治を致すこと能わず。道を聞かざれば、則ち淺俗の論入り易く、道義の言進み難し。人君の功德高下、一に此に繫かる。臣敢えて諛言を以て陛下を悅ばしむるに非ず。竊かに聞く、陛下博く前史を覽る、と。請う陛下歷く簡策を觀たまうに、前世母后朝に臨んで、紀綱を壞らざる者有らんや。至公を以て心とし、孜孜として治を求むること有るは英主の事とすること、陛下の如き者あらんや。此れ陛下自ら知りたまう所なり。陛下簡策無き所の盛德有れば、則ち天下も亦陛下簡策無き所の功業を爲さんことを望まん。止歲月を維持して、人主の長大を俟つのみにあらず、蓋し陛下海内を治安に致し、孫謀を久大に詒さんことを望まん。謀を詒し治を致す道は、當に聖德日に躋[のぼ]り、善治日に新たにせしむべし。德に進むは道を求むるに在り、治を圖るは古を稽うるに如くは莫し。道は必ず有道の士に詢[と]う。古は必ず諸を古を稽うる人に訪う。若し夫れ世俗淺士、道を守るを以て迂とし、古を稽うるを以て泥むとせば、適に人主の聽を惑亂するに足れり。

近年以來、士風益衰、志趣汙下、議論鄙淺、高識遠見之士益少、習以成風矣。此風不革、臣以爲、非興隆之象。乃陵替之勢也。大率淺俗之人、以順從爲愛君、以卑折爲尊主、以隨俗爲知變、以習非爲守常。此今日之大患也。苟如是者衆、則人君雖有高世之見、豈能獨任哉。臣不知進道德之言、足以增益聖德者有幾。而損陛下之遠圖、移陛下之善意則有矣。如顧臨之言是也。
【読み】
近年以來、士風益々衰え、志趣汙下、議論鄙淺にして、高識遠見の士益々少なくして、習って以て風を成す。此の風革めずんば、臣以爲えらく、興隆の象に非ず、と。乃ち陵替の勢なり。大率淺俗の人は、順從を以て君を愛すとし、卑折を以て主を尊ぶとし、俗に隨うを以て變を知るとし、非を習うを以て常を守るとす。此れ今日の大患なり。苟も是の如き者衆きときは、則ち人君高世の見有りと雖も、豈能く獨り任ぜんや。臣道德の言を進めて、以て聖德を增益するに足れる者幾か有ることを知らず。而して陛下の遠圖を損し、陛下の善意を移すことは則ち有り。顧臨が言の如き是れなり。

臣料臨之意、不過謂講官不可坐於殿上、以尊君爲說爾。夫殿上講說、義理之至當、古者所常行也。臣不暇遠引、只以本朝故事言之、太祖皇帝召王昭素講易、眞宗令崔頤正講書、邢昺講春秋、皆在殿上。當時仍是坐講。立講之儀、只始於明肅大后之意。此乃祖宗尊儒重道之盛美、豈獨子孫當以爲法。萬世帝王所當法也。而臨以爲非。臨謂講官不可坐殿上、則昭素布衣之士、其不可更甚矣。邇英講讀、只自仁宗時、亦從便爾。非是避殿上也。若避殿上、則不應置崇政說書之職。雖以殿名設職、不必須在本殿說書。然亦必不肯於不可講說之處置說書官也。臣每進講、未嘗不規勸主上以祖宗美事爲法。如臨之意、則是禁止主上不得復爲優禮昭素之事、及有崇政設職之意、祖宗美事、而使主上獨不得爲。若主上信以爲然、所損豈不甚大。殿上說書、亦是常事。人主崇儒之道、甚有重於此者。臣今口未敢言、然中心惟欲輔養主上重道之心。如前代明王、光耀史册、不止此一事而已。臨之見與臣之心、何其異也。且講經與飮宴孰重。眞宗・仁宗時皆宴講讀官於崇政殿。從來侍宴皆在殿上。而講經獨不得在殿上、臣未諭其義也。臨之意必曰、彼一時之事爾。日常則不可。夫於義苟當、日常何害。義或不可、一時亦不可也。
【読み】
臣臨が意を料るに、講官殿上に坐せしむ可からずと謂うに過ぎざるは、君を尊ぶを以て說を爲すのみ。夫れ殿上の講說は、義理の至當、古者常に行う所なり。臣遠く引くに暇あらず、只本朝の故事を以て之を言うに、太祖皇帝王昭素を召して易を講ぜしめ、眞宗崔頤正をして書を講ぜしめ、邢昺[けいへい]をして春秋を講ぜしむること、皆殿上に在り。當時仍[なお]是れ坐講なり。立講の儀は、只明肅大后の意に始まる。此れ乃ち祖宗儒を尊び道を重んずるの盛美、豈獨り子孫當に以て法とするべきのみならんや。萬世の帝王當に法るべき所なり。而るに臨以て非とす。臨が講官は殿上に坐す可からずと謂うときは、則ち昭素布衣の士、其の不可なること更に甚だし。邇英の講讀は、只仁宗の時自り、亦便に從うのみ。是れ殿上を避くるに非ず。若し殿上を避けば、則ち應に崇政說書の職を置くべからず。殿の名を以て職を設くと雖も、必ずしも本殿に在って說書することを須いじ。然れども亦必ず肯えて講說す可からざるの處に於て說書の官を置かじ。臣進講する每に、未だ嘗て主上祖宗の美事を以て法とすることを規勸せずんばあらず。臨が意の如きは、則ち是れ主上を禁止して復昭素を優禮する事を爲すことを得ざらしめ、及び崇政職を設くるの意有るは、祖宗の美事にして、主上をして獨り爲すことを得ざらしむ。若し主上信じて以て然りとせば、損する所豈甚大ならずや。殿上の說書は、亦是れ常事。人主儒を崇ぶの道、甚だ此より重き者有り。臣今口未だ敢えて言わざれども、然れども中心惟主上道を重んずるの心を輔養せんと欲す。前代の明王、史册に光耀するが如き、止此の一事のみにあらず。臨が見と臣が心と、何ぞ其れ異なるや。且つ講經と飮宴と孰れか重き。眞宗・仁宗の時皆講讀官を崇政殿に宴す。從來侍宴は皆殿上に在り。而るに講經獨り殿上に在ることを得ざること、臣未だ其の義を諭さず。臨が意必ず曰わん、彼は一時の事のみ。日常は則ち不可なり、と。夫れ義に於て苟も當たらば、日常何ぞ害あらん。義或は不可ならば、一時も亦不可なり。

臣始言之、執政大臣未以爲非也、及臨一言、則是而從之。以臣度之、以臨之言爲是者、亦或有之。若謂四五大臣皆以爲是、則必不然。蓋非難知之事、不應四五人所見皆如是也。特以陛下信臨之言、而又迫於尊君之意、故不敢言爾。恐非以道事君之義。今世俗之人、能爲尊君之言、而不知尊君之道。人君唯道德益高則益尊。若位勢則崇高極矣、尊嚴至矣、不可復加也。過禮則非禮、强尊則不尊。漢明帝於桓榮、親自執業、可謂謙屈矣。周宣帝稱天、自比上帝、羣臣齋戒淸身數日方得朝見、可謂自尊矣。然以理觀之、漢明帝賢明之君、百世所尊也。周宣帝昏亂之主、百世所賤也。如臨之見、則必以桓榮爲不能尊君、以周宣之臣爲能尊君矣。不知道之人益進、不合理之言日聞、雖人主聖明、習熟見聞、亦恐不能無損爾。後世功業益卑、先王粹美之道不復見於世者、正由淺俗之論易信而得行爾。
【読み】
臣始め之を言うに、執政大臣未だ以て非とせず、臨が一たび言うに及んで、則ち是として之に從う。臣を以て之を度るに、臨が言を以て是とする者は、亦或は之れ有らん。若し謂ゆる四五の大臣皆以て是とするときは、則ち必ず然らず。蓋し知り難き事に非ず、應に四五人の見る所皆是の如くなるべからず。特陛下臨が言を信じて、又君を尊ぶの意に迫るを以て、故に敢えて言わざるのみ。恐らくは道を以て君に事うるの義に非ず。今世俗の人、能く君を尊ぶの言を爲して、君を尊ぶの道を知らず。人君唯道德益々高きときは則ち益々尊し。位勢の若きは則ち崇高極まれり、尊嚴至れり、復加う可からず。過禮は則ち禮に非ず、强尊は則ち尊からず。漢の明帝の桓榮に於る、親しく自ら業を執るは、謙屈すと謂う可し。周の宣帝天と稱して、自ら上帝に比し、羣臣齋戒して身を淸くすること數日にして方に朝見することを得るは、自ら尊くすと謂う可し。然れども理を以て之を觀るに、漢の明帝は賢明の君にして、百世尊ぶ所なり。周の宣帝は昏亂の主にして、百世賤しくする所なり。臨が見の如きは、則ち必ず桓榮を以て君を尊ぶこと能わずとし、周宣の臣を以て能く君を尊ぶとするなり。道を知らざる人益々進み、理に合わざる言日に聞えば、人主の聖明と雖も、見聞に習熟せば、亦恐らくは損すること無きこと能わざらんのみ。後世功業益々卑くして、先王粹美の道復世に見ざる者は、正に淺俗の論信ぜられ易くして行わるることを得るに由るのみ。

夫先王之道、雖未能盡行、然稽古之心、不可無也、猶學者於聖賢之事雖未能盡行、然希慕之心、不可無也。此乃進學求益之道。今臨之意、則以古先之事爲不足法、今日之事足矣。不可更有進也。此乃塞進善之門、絕稽古之路。方主上春秋之富、進德之際、而其所獻納如是。使勸講官稍思職業、敢不辨乎。若陛下以臣言爲非、則狂妄之誅、不可避也。萬一以臣言爲是、則願陛下明示好古求道之意、使朝廷在位皆知之。雖鄙陋之人、見陛下聖慮高明、不喜淺近、亦將勉思義理、不敢任其卑俗之見、懼獲鄙於聖鑒矣。誠如是、則將見道學日明、至言日進、弊風日革。爲益孰大於此。臣職當辨明、義不敢默。臣無任懇切惶懼待罪之至。
【読み】
夫れ先王の道、未だ盡く行うこと能わずと雖も、然れども古を稽うるの心、無くんばある可からざるは、猶學者聖賢の事に於て未だ盡く行うことを能わずと雖も、然れども希慕の心、無くんばある可からざるがごとし。此れ乃ち學に進み益を求むるの道なり。今臨が意は、則ち古先の事を以て法るに足らずとし、今日の事足れりとす。更に進むこと有る可からず。此れ乃ち善に進むの門を塞ぎ、古を稽うるの路を絕つ。主上春秋の富、德に進むの際に方って、其の獻納する所是の如し。勸講の官をして稍職業を思わしめば、敢えて辨ぜざらんや。若し陛下臣が言を以て非とせば、則ち狂妄の誅、避く可からず。萬一臣が言を以て是とせば、則ち願わくは陛下明らかに古を好み道を求むるの意を示して、朝廷の在位をして皆之を知らしめたまえ。鄙陋の人と雖も、陛下の聖慮高明にして、淺近を喜ばざることを見ば、亦將勉めて義理を思って、敢えて其の卑俗の見に任ぜずして、聖鑒に鄙しまるることを獲んことを懼れん。誠に是の如くならば、則ち將に道學日に明らかに、至言日に進み、弊風日に革まることを見んとす。益を爲すこと孰れか此より大ならん。臣職辨明に當たって、義敢えて默せず。臣懇切惶懼罪を待つの至りに任うること無し。


論開樂御宴奏狀(元祐二年夏)
【読み】
樂を開き宴を御することを論ずる奏狀(元祐二年夏)

臣伏覩有司排備開樂御宴。臣備員勸講職、在以經義輔導人主、事有害義、不敢不言。夫居喪用喪禮、除喪用吉禮、因事而行、乃常道也。今若爲開樂張宴、則是特爲一喜慶之事。失禮意、害人情、無大於此。雖曰故事、祖宗亦不盡行、或以故而罷、或因事而行。臣愚竊恐、祖宗之意、亦疑未安故也。
【読み】
臣伏して覩るに有司樂を開き宴を御することを排備す。臣員に勸講の職に備わって、經義を以て人主を輔導するに在り、事義を害すること有れば、敢えて言わずんばあらず。夫れ喪に居しては喪の禮を用い、喪を除しては吉禮を用い、事に因りて行うは、乃ち常の道なり。今若し樂を開き宴を張ることをするは、則ち是れ特一喜慶の事とす。禮意を失し、人情を害すること、此より大なるは無し。故事と曰うと雖も、祖宗亦盡くは行わず、或は故を以て罷め、或は事に因って行う。臣愚竊かに恐るらくは、祖宗の意、亦疑うらくは未だ安からざる故ならん、と。

自古太平日久、則禮樂純備。蓋講求損益而漸至爾。雖祖宗故事、固有不可改者、有當隨事損益者。若以爲皆不可改、則是昔所未遑、今不得復作、前所未安、後不得復正。朝廷之事、更無損益之理。得爲是乎。況先朝美事、亦何嘗必行。臣前日所言殿上講說是也。故事未安、則守而不改。臣前日所言冬至受表賀是也。
【読み】
古自り太平日久しきときは、則ち禮樂純備す。蓋し講求損益して漸く至るのみ。祖宗の故事と雖も、固より改む可からざる者有り、當に事に隨って損益すべき者有り。若し以て皆改む可からずとせば、則ち是れ昔未だ遑あらざる所は、今復作すことを得ず、前に未だ安からざる所は、後に復正すことを得ず。朝廷の事、更に損益するの理無し。是とすることを得んや。況んや先朝の美事、亦何ぞ嘗て必ず行わん。臣前日言す所の殿上の講說是れなり。故事未だ安からざれば、則ち守って改めず。臣前日言す所の冬至に表賀を受くる是れなり。

臣前後累進狂言、未嘗得蒙采用。而言之不已者、蓋職之所當、不敢曠廢。伏望聖慈特賜聽納、自中降旨、罷開樂宴。直候因事而用、於義爲安。冒瀆天威、臣無任。
【読み】
臣前後累りに狂言を進むれども、未だ嘗て采用を蒙ることを得ず。而れども之を言うこと已めざる者は、蓋し職の當たる所、敢えて曠廢せざればなり。伏して望むらくは聖慈特に聽納を賜い、中自り旨を降して、樂宴を開くことを罷めたまうことを。直に事に因って用を候[うかが]えば、義に於て安しとす。天威を冒し瀆して、臣任うること無し。


乞歸田里第一狀(元祐二年十一月初六日)
【読み】
田里に歸らんことを乞う第一の狀(元祐二年十一月初六日)

臣昨任崇政殿說書。忽奉勑差權同管勾西京國子監。傳聞有言事官言臣罪狀。臣旣知是責命、禮當奔走就職。今已到任訖。方敢傾瀝懇誠、仰干天聽。
【読み】
臣昨に崇政殿の說書に任ず。忽ち勑を奉って權同管勾西京の國子監に差せらる。傳え聞く、事を言すの官臣が罪狀を言すこと有り、と。臣旣に是の責命を知らば、禮當に奔走して職に就くべし。今已に任に到り訖[お]う。方に敢えて懇誠を傾け瀝りて、仰いで天聽を干す。

竊念臣本草萊之人、因二三大臣論薦、遂蒙朝廷擢任、寘之經筵、故(徐本無故字。)授以朝階。今旣有罪、不使勸講、則所受之官、理當還奪。雖朝廷務存寬厚、在臣義所難處。伏望聖慈許臣納官歸田里、以安愚分。冒瀆宸嚴、臣無任。
【読み】
竊かに念うに臣は本草萊の人、二三の大臣論薦するに因って、遂に朝廷の擢任を蒙って、之を經筵に寘く、故に(徐本故の字無し。)授くるに朝階を以てす。今旣に罪有って、勸講せしめざるときは、則ち受くる所の官、理當に還奪すべし。朝廷務めて寬厚を存すと雖も、臣に在っては義の處し難き所なり。伏して望むらくは聖慈臣が官を納め田里に歸って、以て愚分を安んずることを許したまえ。宸嚴を冒し瀆して、臣任うること無し。

貼黃
若臣元是朝官、朝廷用爲說書、雖罷說書、却以朝官去、乃其分也。臣本無官。只因說書授以朝官。旣罷說書、獨取朝官而去、極無義理。
【読み】
貼黃
若し臣元是れ朝官にして、朝廷用いて說書とせば、說書を罷むと雖も、却って朝官を以て去ること、乃ち其の分なり。臣は本官無し。只說書に因りて授くるに朝官を以てしたまう。旣に說書を罷めて、獨り朝官を取って去るは、極めて義理無し。

第二狀(十二月十八日)
【読み】
第二の狀(十二月十八日)

臣今月十四日準河南府送到尙書省劄子一道。以臣乞歸田里、奉聖旨不允所乞者。聞命惶懼、不知所安。須至再竭悃誠、上煩天聽。
【読み】
臣今月十四日河南府に準じて尙書省の劄子一道を送到す。臣田里に歸ることを乞うを以て、聖旨を奉るに乞う所の者を允[ゆる]さず。命を聞いて惶懼して、安んずる所を知らず。須く再び悃誠を竭くして、上天聽を煩わすに至るべし。

臣昨自崇政殿說書受勑權同管勾西京國子監。傳聞因諫官有言。臣雖不知所言何事、必是罪惡有實。竊念臣畎畝之人、因司馬光、呂公著、韓絳等以行義稱薦、蒙朝廷受官。今旣有罪惡、是無行義。自當追奪、以正誤朝廷之罪。尙叨祿位、有何義理。臣愚竊意朝廷顧惜事體、以嘗旌用、不欲放棄。臣竊以爲、不然。始聞其善而用之、陛下急賢之心也。後見其惡而去之、至公之道也。伏望聖慈俯鑒丹誠、許歸田里。
【読み】
臣昨に崇政殿の說書自り勑を受けて權同管勾西京の國子監たり。傳え聞く、諫官言すこと有るに因る、と。臣言す所何事ということを知らずと雖も、必ず是れ罪惡實有らん。竊かに念うに臣は畎畝の人、司馬光、呂公著、韓絳等行義を以て稱薦するに因って、朝廷官を受くることを蒙る。今旣に罪惡有れば、是れ行義無し、と。自ら當に追い奪って、以て朝廷を誤るの罪を正すべし。尙祿位を叨[みだ]りにするは、何の義理か有る。臣愚竊かに意うに朝廷事體を顧惜して、嘗て旌用することを以て、放棄することを欲せざるならん。臣竊かに以爲えらく、然らず、と。始め其の善を聞いて之を用うるは、陛下賢を急にするの心なり。後に其の惡を見て之を去るは、至公の道なり。伏して望むらくは聖慈俯して丹誠を鑒て、田里に歸ることを許したまえ。

第三狀(元祐三年春)
【読み】
第三の狀(元祐三年春)

臣竊(徐本竊作切。)以見善而用、見不善而退、人主黜陟之至公、道合則從、不合則去、儒者進退之大節。黜陟失當、則亂所由生、進退忘義、則道所由廢。
【読み】
臣竊か(徐本竊を切に作る。)に以みるに善を見て用い、不善を見て退くるは、人主黜陟の至公、道合えば則ち從い、合わざれば則ち去るは、儒者進退の大節なり。黜陟當たることを失えば、則ち亂由って生ずる所、進退義を忘るれば、則ち道由って廢する所なり。

愚臣無狀、蒙陛下擢、自衡茅寘之勸講。旋以人言、至於黜逐。朝廷信其惡矣。愚臣道不用矣。信其惡而使之在官、恐非黜陟之當。道不用而徒茲苟祿、殊乖進退之義。臣是以不敢遑寧、繼上封章、願歸田里。待命三月、未奉(一作聞。)兪音。在臣義旣當去、敢不固請。與其至於瀆而加罪、曷若因其請而使去。臣非不知享祿勝於躬耕、貧匱不如溫足。顧以讀書爲儒、粗知廉恥、不敢枉道以求苟安。伏望聖慈矜察至誠、俾完素守。苟遂丘園之請、敢忘天地之恩。罔避誅夷、必期兪允。
【読み】
愚臣無狀にして、陛下の擢を蒙って、衡茅自り之を勸講に寘く。旋[つ]いで人の言を以て、黜逐に至る。朝廷其の惡を信ずるなり。愚臣道用いられざるなり。其の惡を信じて之をして官に在らしめば、恐らくは黜陟の當たるに非ず。道用いられずして徒に茲に祿を苟もせば、殊に進退の義に乖く。臣是を以て敢えて遑あき寧んぜず、繼いで封章を上って、田里に歸らんことを願う。命を待つこと三月までに、未だ兪音を奉らず(一に聞に作る。)。臣に在っては義旣に當に去るべく、敢えて固く請わざらんや。其の瀆して罪を加うるに至らん與りは、曷ぞ其の請うに因って去らしむるに若かん。臣享祿躬耕に勝り、貧匱溫足に如かざることを知らざるには非ず。顧みるに書を讀んで儒と爲って、粗廉恥を知るを以て、敢えて道を枉げて以て苟も安んずることを求めず。伏して望むらくは聖慈至誠を矜察して、素守を完うせしめたまえ。苟も丘園の請いを遂げば、敢えて天地の恩を忘れんや。誅夷を避くこと罔くして、必ず兪允を期す。


乞致仕第一狀
【読み】
仕を致[かえ]すことを乞う第一の狀

臣伏自到任、三具奏陳、乞歸田里。待命又已三月、未得指揮。在臣所以求去之義、前後陳述盡矣。不敢重疊、煩瀆聖聽。竊(徐本竊作切。)以朝廷特起臣於畎畝之中、寘之經筵、使輔導人主、非常之舉也。旣以罪去。若包羞苟得、不顧去就之義、實懼萬世之下、非笑聖朝之舉臣。是以屢冒天威、必期得請。自古爲臣陳力不能則致其仕、禮也。竊(徐本竊作切。)恐朝廷顧惜事體、旣已招來、不欲放棄。臣更不敢乞歸田里。只乞令臣致仕。伏望聖慈察其懇誠、特賜兪允。
【読み】
臣伏して任に到って自り、三たび奏陳を具べて、田里に歸らんことを乞う。命を待つこと又已に三月までに、未だ指揮を得ず。臣が去らんことを求むる所以の義に在っては、前後陳述盡くせり。敢えて重疊して、聖聽を煩瀆せず。竊か(徐本竊を切に作る。)に以みるに朝廷特に臣を畎畝の中に起こして、之を經筵に寘いて、人主を輔導せしむるは、非常の舉なり。旣に罪を以て去る。若し羞を包んで得ることを苟もして、去就の義を顧みずんば、實に懼れらくは萬世の下、聖朝の臣を舉することを非笑せん。是を以て屢々天威を冒して、必ず請いを得ることを期す。古自り臣と爲りて力を陳ぶること能わざれば則ち其の仕を致すは、禮なり。竊か(徐本竊を切に作る。)に恐る、朝廷事體を顧惜して、旣已に招來して、放棄することを欲せざらんことを。臣更に敢えて田里に歸ることを乞わず。只臣をして仕を致さしむることを乞う。伏して望むらくは聖慈其の懇誠を察して、特に兪允を賜え。

第二狀
【読み】
第二の狀

臣自到任、三請歸田、一乞致仕、至今未得指揮。須至再竭懇誠、仰冀省察。
【読み】
臣任に到って自り、三たび田に歸らんことを請い、一たび仕を致すことを乞えども、今に至るまで未だ指揮を得ず。須く再び懇誠を竭くして、仰いで省察を冀うに至るべし。

方皇帝陛下嗣位之初、太皇太后臨朝之始、一新政事、首及人才、擢臣草野之中、處以勸講之職。觀陛下好賢之心、可謂至矣。惟陛下用人之意、不其深乎。歷觀簡策、自古母后臨朝、未有能爲如此之事者。豈止聳動一時。足以輝光千古。臣旣遭遇如此。宜有令德重望、爲朝廷光。而乃德義不修、誠意不至、上不能取信人主、下不能鎭服浮議、遂致詆毀潛加罪釁、陰積招延未幾、斥逐隨至。使陛下高古之盛美、翻爲天下所譏議。古之君子、用之則其君尊榮。今臣之進、乃爲聖明之累、則臣之罪大矣。尙以何義、復齒仕列。臣是以累上封章、願歸田里。臣若得去、則天下後世當謂、陛下前日招延、雖不得獲上有道、明哲保身之士、猶不失行己有恥、進退顧義之人、則朝廷之舉、未爲大過、二三大臣之薦、未爲甚欺。故臣之累請、不止自爲、亦所以爲朝廷也。
【読み】
皇帝陛下位を嗣ぐの初め、太皇太后朝に臨むの始めに方って、一たび政事を新たにして、首めて人才に及び、臣を草野の中に擢いて、處するに勸講の職を以てす。陛下賢を好むの心を觀るに、至れりと謂う可し。惟れ陛下人を用うるの意、其れ深からずや。歷く簡策を觀るに、古自り母后朝に臨んで、未だ能く此の如き事を爲す者は有らず。豈止一時を聳動するのみならんや。以て千古を輝光するに足れり。臣旣に遭遇すること此の如し。宜しく令德重望有って、朝廷の光を爲すべし。而るに乃ち德義修まらず、誠意至らず、上信を人主に取ること能わず、下浮議を鎭服すること能わず、遂に詆毀を致して潛かに罪釁を加え、陰積招延して未だ幾ならずして、斥逐隨い至る。陛下高古の盛美をして、翻って天下の爲に譏議せられしむ。古の君子、之を用うるときは則ち其の君尊榮なり。今臣の進む、乃ち聖明の累いを爲すときは、則ち臣の罪大なり。尙何の義を以て、復仕列に齒せん。臣是を以て累りに封章を上って、田里に歸らんことを願う。臣若し去ることを得ば、則ち天下後世當に謂うべし、陛下前日の招延、上に獲るに道有ることを得ずと雖も、明哲身を保んずる士は、猶己を行うに恥づること有ることを失せず、進退義を顧みる人は、則ち朝廷の舉、未だ大なる過ちとせず、二三大臣の薦むる、未だ甚だ欺けりとせず、と。故に臣が累りに請うこと、止自ら爲にするのみならず、亦朝廷の爲にする所以なり。

不知臣者、不以臣爲忿躁、必以臣爲沽激。臣豈然哉。臣身傳至學、心存事道。不得行於時、尙當行於己、不見信於今、尙期信於後。安肯失禮害義、以自毀於後世乎。蓋質之聖賢、考之經義、爲當然爾。況去就之義、豈獨臣知之。學道者所共知也。願陛下遍詢輔臣、臣之請爲義乎、爲非義乎。如以爲非義、是臣所學偏謬。不敢避愚妄煩瀆之罪。如以爲義、則乞從臣之請。或朝廷顧惜事體、不欲使歸田里、只乞令臣致仕。
【読み】
臣を知らざる者は、臣を以て忿躁すとせずんば、必ず臣を以て沽激すとせん。臣豈然らんや。臣が身至學を傳えて、心道を事とすることを存す。時に行わるることを得ずんば、尙當に己に行うべく、今に信ぜられずんば、尙後に信ぜられんことを期す。安んぞ肯えて禮を失し義を害して、以て自ら後世に毀[そし]られんや。蓋し之を聖賢に質し、之を經義に考うるに、當然とするのみ。況んや去就の義、豈獨り臣之を知るのみならんや。道を學ぶ者共に知る所なり。願わくは陛下遍く輔臣に詢[と]いたまえ、臣が請うこと義とするか、非義とするか、と。如し以て非義とせば、是れ臣が學ぶ所偏に謬るなり。敢えて愚妄煩瀆の罪を避けず。如し以て義とせば、則ち乞う、臣の請いに從いたまえ。或は朝廷事體を顧惜して、田里に歸らしめんことを欲せずんば、只乞う、臣をして仕を致さしめたまえ。


辭免服除直秘閣判西京國子監狀(元祐七年四月)
【読み】
服に直秘閣判西京の國子監に除せらるるを辭免する狀(元祐七年四月)

臣今月一日、準河南府差人送到官誥一道。伏蒙聖恩、授臣左通直郎・直秘閣・權判西京國子監者。臣昨被責命、出爲外官、夙夜靡遑、惟是内省。始蒙招致之禮、旋爲黜逐之人。將胡顏以立朝。當自劾而引去。至於五請而未聽、豈可力辯以求伸。遂且從容、以須替罷。未及任滿、遽丁家艱。思無忝於所生、惟堅持於素節。未終喪制、已降除書。上體眷恩、内深愧懼。
【読み】
臣今月一日、河南府に準じて人を差して官誥一道を送到す。伏して聖恩を蒙って、臣に左通直郎・直秘閣・權判西京の國子監を授くる者あり。臣昨に責命を被って、出ては外官となり、夙夜遑あき靡くして、惟是れ内に省みる。始め招致の禮を蒙って、旋いで黜逐の人と爲る。將に胡の顏にしてか以て朝に立たん。當に自ら劾して引き去るべし。五たび請うに至るも未だ聽されず、豈力め辯じて以て伸ぶることを求む可けんや。遂に且從容として、以て須く替罷すべし。未だ任滿つるに及ばずして、遽に家艱に丁[あ]たる。所生を忝[はづかし]むること無からんことを思って、惟堅く素節を持す。未だ喪の制を終えずして、已に除書を降す。上眷恩を體して、内愧懼深し。

伏念臣志存守道、識昧隨時。俗所忌憎、動招謗毀。昨蒙擢任、旣以人言被黜、爲朝廷羞矣。今復授以職任。適足重爲朝廷羞。無所益於明時、徒取笑於後世。伏望聖慈矜察愚誠、追寢恩命。臣昨因丁憂旣已去官。今來所降誥命、不敢祗受、已於河南府寄納。伏乞朝廷撿會臣前來五次奏陳、特賜指揮、許歸田里。
【読み】
伏して念うに臣志道を守るに存して、識時に隨うに昧し。俗に忌憎せられて、動もすれば謗毀を招く。昨に擢任を蒙って、旣に人の言を以て黜けらるること、朝廷の爲に羞づ。今復授くるに職任を以てす。適に重ねて朝廷の爲に羞づるに足れり。明時に益する所無くして、徒に笑いを後世に取らん。伏して望むらくは聖慈愚誠を矜れみ察して、恩命を追い寢[や]めたまえ。臣昨に憂えに丁たるに因りて旣已に官を去る。今來降す所の誥命、敢えて祗んで受けざること、已に河南府に於て寄納す。伏して乞うらくは朝廷臣が前來五次の奏陳を撿會して、特に指揮を賜って、田里に歸ることを許したまえ。


再辭免表
【読み】
再び辭免する表

臣頤言、昨蒙聖恩、授臣左通直郎・直秘閣・權判西京國子監。尋具狀辭免。今月十九日、河南府送到尙書省劄子、奉聖旨不許辭免者。斥逐之人、分當遠引、甄收之命、義實難安(中謝。)
【読み】
臣頤言す、昨に聖恩を蒙って、臣に左通直郎・直秘閣・權判西京の國子監を授く。尋いで狀を具べて辭免す。今月十九日、河南府より送到する尙書省の劄子、聖旨を奉るに辭免を許さざる者あり。斥逐の人、分當に遠引すべく、甄收[けんしゅう]の命、義實に安んじ難し(中謝。)

伏念臣力學有年、以身任道。唯知耕養以求志、不希聞達以干時。皇帝陛下詔起臣於草野之中、面授臣以講說之職。臣切思之、得以講學侍人主。苟能致人主得堯・舜・禹・湯・文・武之道、則天下享唐・虞・夏・商・周之治。儒者逢時、孰過於此。臣是以躍然有許國之心、在職歲餘、夙夜畢精竭慮。蓋非徒爲辯辭解釋文義、唯欲積其誠意、感通聖心、徯交發志之孚、方進沃心之論。實覬不傳之學復明於今日、作聖之效遠繼於先王。自二年春後來、臣每進說、陛下常首肯應臣。臣知陛下聖資樂學、誠自以謂千載之遇也。
【読み】
伏して念うに臣力め學んで年有って、身を以て道を任ず。唯耕養して以て志を求むることを知って、聞達して以て時に干[もと]むることを希わず。皇帝陛下詔して臣を草野の中に起こして、面りに臣に授くるに講說の職を以てす。臣切に之を思うに、講學を以て人主に侍することを得。苟に能く人主堯・舜・禹・湯・文・武の道を得ることを致さば、則ち天下唐・虞・夏・商・周の治を享けん。儒者時に逢うこと、孰か此に過ぎん。臣是を以て躍然として國に許すの心有って、職に在ること歲餘、夙夜精を畢くし慮りを竭くす。蓋し徒に辯辭を爲して文義を解釋せんとには非ず、唯其の誠意を積んで、聖心を感通せしめんと欲して、徯[ま]つに志を發するの孚を交え、方に心に沃[そそ]ぐの論を進む。實に覬わくは不傳の學復今日に明らかに、聖と作るの效遠く先王に繼がんことを。二年の春自り後來、臣每に說を進むるに、陛下常に首肯して臣に應ず。臣陛下の聖資學を樂しむことを知って、誠に自ら以謂えらく、千載の遇なり、と。

而不思道大則難容、跡孤者易躓、入朝見嫉、世俗之常態、名高毀甚、史册之明言。如臣至愚、豈免衆口。不能取信於上、而欲爲繼古之事、成希世之功。人皆知其難也。臣何狂簡、敢爾覬幸。宜其獲罪明時、見嗟公論。志旣乖於事道。義當致於爲臣。屢懇請而未從、俄遭憂而罷去。銜恤旣終於喪制、退身當遂於初心。豈舍王哉。忠戀之誠雖至、不得已也。去就之義當然。
【読み】
而して道大なれば則ち容れられ難く、跡孤なる者は躓き易く、朝に入って嫉まるるは、世俗の常態、名高くして毀り甚だしきは、史册の明言なることを思わず。臣が至愚の如き、豈衆口を免れんや。信を上に取ること能わずして、古に繼ぐ事を爲し、世に希なる功を成さんと欲す。人皆其の難きことを知るなり。臣何の狂簡にしてか、敢えて爾[しか]く覬幸するや。宜なり其の罪を明時に獲、公論に嗟さるること。志旣に道を事とするに乖く。義當に於臣爲ることを致すべし。屢々懇請すれども未だ從わず、俄に憂えに遭って罷め去る。恤えを銜[ふく]んで旣に喪の制を終え、身を退いて當に初心を遂ぐべし。豈王を舍つるならんや。忠戀の誠至れりと雖も、已むことを得ざればなり。去就の義當に然すべし。

自惟衰邁之軀、得就安閑之地。聞今傳後、更有望於殘年。行道致君、甘息心於聖世。豈期矜貸。尙俾甄升。恩雖甚隆、義則難處。前日朝廷不知其不肖、使之勸學人主。不用則亦已矣。若復無恥以苟祿位、孟子所謂是爲壟斷也。儒者進退、當如是乎。臣非苟自重。實懼上累聖明。使天下後世謂朝廷特起之士乃貪利苟得之人、甚可羞也。臣猶羞之。況朝廷乎。在臣無可受之理。敢冒萬死、上還恩命。伏乞撿會臣前後累奏、特賜指揮。
【読み】
自ら惟うに衰邁の軀、安閑の地に就くことを得んことを。今に聞え後に傳うること、更に殘年に望むこと有り。道を行い君を致すこと、甘んじて心を聖世に息む。豈矜貸を期せんや。尙甄升せしむ。恩甚隆なりと雖も、義則ち處し難し。前日朝廷其の不肖を知らず、之をして學を人主に勸めしむ。用いられずんば則ち亦已みなん。若し復恥づること無くして以て祿位を苟もせば、孟子の所謂是れ壟斷を爲すなり。儒者の進退、當に是の如くすべけんや。臣苟も自ら重んずるに非ず。實に上聖明を累わさんことを懼る。天下後世をして朝廷特起の士は乃ち利を貪り得ることを苟もする人と謂わしめば、甚だ羞づ可し。臣猶之を羞づ。況んや朝廷をや。臣に在って受く可きの理無し。敢えて萬死を冒して、上恩命を還す。伏して乞う、臣が前後の累奏を撿會して、特に指揮を賜え。

貼黃
臣家傳忠孝、世受國恩。擢自草萊、久侍經閣。豈無愛君報國之心。義迫當去、無路自效。惟今日冒死、爲陛下陳儒者進退之道、爲臣去就之義。覬望有補。乃區區上報之心也。
【読み】
貼黃
臣の家忠孝を傳えて、世々に國恩を受く。草萊自り擢かれて、久しく經閣に侍す。豈君を愛し國に報ずる心無からんや。義當に去るべきに迫って、自ら效すに路無し。惟今日死を冒して、陛下の爲に儒者進退の道、臣と爲して去就するの義を陳ぶ。覬み望むらくは補い有らんことを。乃ち區區として上報ずるの心なり。

貼黃
臣求去與辭官前後七章、陳說進退之義、旣已詳明、言亦盡於此矣。皆據經義、非出私意。伏望聖明特賜省察。
【読み】
貼黃
臣去らんことを求むると官を辭すると前後七章、進退の義を陳說すること、旣已に詳明にして、言亦此に盡くせり。皆經義に據って、私意に出るに非ず。伏して望むらくは聖明特に省察を賜え。


謝管勾崇福宮狀(元祐七年五月)
【読み】
崇福宮に管勾たるを謝する狀(元祐七年五月)

臣昨蒙聖恩、除臣左通直郎・直秘閣・權判西京國子監。兩具表狀辭免、乞歸田里。今月十日、準勑特授左通直郎・管勾西京嵩山崇福宮者。誤蒙甄錄、再露封章。不敢遜言。惟盡敬主之意、深陳古義。蓋存報國之心。天聽至高、言已盡而誠孚未格、君威難犯。慮其瀆而憂懼交深。非特畏於刑章、實願存於國體。幸蒙寬貸。豈敢頻煩。臣更不敢固違朝命、所降勑牒、臣已領訖。伏爲見患腰跨、拜受未得。候痊損日、謝恩就職次。
【読み】
臣昨に聖恩を蒙って、臣を左通直郎・直秘閣・權判西京の國子監に除せらる。兩たび表狀を具べて辭免して、田里に歸らんことを乞う。今月十日、勑に準じて特に左通直郎・管勾西京嵩山崇福宮を授けらるる者あり。誤って甄錄を蒙って、再び封章を露す。敢えて遜言せざらんや。惟主を敬するの意を盡くし、深く古義を陳ぶ。蓋し國に報ずるの心を存すればなり。天聽至高、言已に盡きて誠孚未だ格らず、君威犯し難し。其の瀆さんことを慮って憂懼交々深し。特に刑章を畏るるのみに非ず、實に國體を存せんことを願う。幸いに寬貸を蒙る。豈敢えて頻りに煩わさんや。臣更に敢えて固く朝命に違わじ、降す所の勑牒、臣已に領し訖えぬ。伏して見るに腰跨を患うるが爲に、拜受すること未だ得ず。痊損の日を候って、恩を謝して職次に就かん。


申河南府乞尋醫狀(元祐七年八月)
【読み】
河南府に申して醫を尋ねんことを乞う狀(元祐七年八月)

頤昨準勑授左通直郎・管勾嵩山崇福宮。尋具奏聞、爲患腰跨、拜受未得、候痊損日、謝恩就職次。今來已滿百日、未得痊安。竊懼久稽朝命。欲乞尋醫、謹具申西京留府、伏乞依條施行。
【読み】
頤昨に勑に準じて左通直郎・管勾嵩山崇福宮を授けらる。尋いで奏聞を具べて、腰跨を患うるが爲に、拜受すること未だ得ず、痊損の日を候って、恩を謝して職次に就かんとす。今來已に百日に滿つれども、未だ痊安を得ず。竊かに懼る、久しく朝命を稽[とど]むることを。醫を尋ねんことを乞わんと欲して、謹んで具べて西京の留府に申し、伏して乞う、條に依って施行せんことを。


辭免再除直秘閣判監狀(元祐九年春)
【読み】
再び直秘閣判監に除せらるるを辭免する狀(元祐九年春)

臣今月十四日、準河南府送到官誥一道、尙書省劄子一道。伏蒙聖恩、授臣依前左通直郎・直秘閣・權判西京國子監、專主敎導者。祗荷睿恩、不任惶懼。
【読み】
臣今月十四日、河南府に準じて官誥一道、尙書省の劄子一道を送到す。伏して聖恩を蒙って、臣に授けたまうこと前の左通直郎・直秘閣・權判西京の國子監に依って、專ら敎導を主らしめんとする者あり。祗んで睿恩を荷って、惶懼に任えず。

恭以皇帝陛下親政之初、萬邦黎獻、至于海隅蒼生、夷狄蠻貊之人、莫不仰首以觀、傾耳而聽。今聽政未及兩月、而念及勸學舊臣、收錄於退藏之中。茲見陛下聖明、崇儒重道、事無不察、足以聳動天下。然而處得其道、用當其人、乃允公論、爲盛美之事。不然則四方傳議、反累聖政。
【読み】
恭しく以みるに皇帝陛下政を親らするの初め、萬邦黎獻より、海隅の蒼生、夷狄蠻貊の人に至るまで、首を仰いで以て觀、耳を傾けて聽かずということ莫し。今政を聽くこと未だ兩月に及ばずして、念い勸學の舊臣に及んで、退藏の中に收錄す。茲に陛下の聖明、儒を崇び道を重んじて、事察せずということ無きを見て、以て天下を聳動するに足れり。然して處すること其の道を得、用うること其の人に當たらば、乃ち允に公論、盛美の事とせん。然らずんば則ち四方傳議して、反って聖政を累わさん。

伏念臣去年丁憂服闋之初、已蒙朝廷授此職任。臣以於義未安、兩具奏辭免。陳儒者進退之義、已極詳明。但恐微賤之言、繫常程文字、卽以付外、不曾得經聖覽。旣而改命祠宮、遂以尋醫得去、方安愚分。忽被誤恩。雖仰荷於甄收、敢自渝其節守。伏望聖慈曲憐舊物、深鑒丹誠、將臣前來辭免表狀、特賜省覽、則知臣所以辭者、蓋守古義、非出私意。所降誥命、不敢祗受、已於河南府寄納。冒瀆宸嚴、臣無任。
【読み】
伏して念うに臣去年憂えに丁たって服闋[や]むの初め、已に朝廷此の職任を授くることを蒙る。臣義に於て未だ安からざるを以て、兩たび奏を具べて辭免す。儒者進退の義を陳ぶること、已に詳明を極む。但恐れらくは微賤の言、常程の文字に繫かり、卽ち付外を以てして、曾つて聖覽を經ることを得ざらんことを。旣にして命を祠宮に改めらるれども、遂に醫を尋ぬるを以て去ることを得て、方に愚分を安んず。忽ち誤恩を被る。仰いで甄收を荷うと雖も、敢えて自ら其の節守を渝[か]えんや。伏して望むらくは聖慈曲に舊物を憐れみ、深く丹誠を鑒みて、臣が前來辭免する表狀を將って、特に省覽を賜わば、則ち臣が辭する所以の者、蓋し古義を守って、私意に出るに非ざることを知りたまわん。降す所の誥命、敢えて祗んで受けず、已に河南府に於て寄納す。宸嚴を冒し瀆して、臣任うること無し。


再辭免狀
【読み】
再び辭免する狀

臣昨蒙聖恩、授臣依前左通直郎・直秘閣・權判西京國子監。尋具狀辭免。今月十七日、河南府送到尙書省劄子一道、奉聖旨不許辭免者。聞命惶懼、不知所措。臣聞邦有道、危言危行、邦無道、危行言孫。今主上親政之初、臣未極其言、而遽爲孫言、則不敬莫大乎是。臣是以不避斧鉞之誅、而必盡其辭也。
【読み】
臣昨に聖恩を蒙って、臣に授くること前の左通直郎・直秘閣・權判西京の國子監に依る。尋いで狀を具べて辭免す。今月十七日、河南府より尙書省に送到する劄子一道、聖旨を奉って辭免を許さざる者あり。命を聞いて惶懼して、措く所を知らず。臣聞く、邦道有れば、言を危うくし行いを危うくす、邦道無ければ、行いを危うくし言孫[したが]う、と。今主上政を親らするの初め、臣未だ其の言を極めずして、遽に孫言を爲さば、則ち不敬是より大なるは莫し。臣是を以て斧鉞の誅を避けずして、必ず其の辭を盡くす。

臣昨被恩命、卽具奏陳。乞將臣丁憂服闋之初、辭免表狀、特賜省覽、則知臣所以辭者、蓋守古義、非出私意。今奉聖旨、不許辭免。臣誠至愚、不喩朝廷之意。不知以臣前日所陳進退之義爲是乎、爲非乎。若以爲是、則受爲非義。臣四十年學聖人之道、敢以非義而受、致朝廷於過舉乎。若以臣前日所陳爲非、是臣狂妄不知義理。狂妄不知義理之人、使去宜也。豈可處敎導之職。不知使臣以何義受之。
【読み】
臣昨に恩命を被るとき、卽ち具に奏陳す。乞う臣が憂えに丁たり服闋むの初め、辭免するの表狀を將って、特に省覽を賜わば、則ち臣が辭する所以の者、蓋し古義を守って、私意に出るに非ざることを知らん。今聖旨を奉るに、辭免を許さず。臣誠に至愚にして、朝廷の意を喩さず。知らず、臣が前日陳ぶる所の進退の義を以て是とするか、非とするか。若し以て是とせば、則ち受くるを非義とす。臣四十年聖人の道を學んで、敢えて非義を以て受けて、朝廷を過舉に致さんや。若し臣が前日陳ぶる所を以て非とせば、是れ臣が狂妄義理を知らざるなり。狂妄にして義理を知らざる人は、去らしむること宜なり。豈敎導の職に處せしむ可けんや。知らず、臣をして何の義を以て之を受けしむるや。

臣竊思之、豈非朝廷以臣微賤、去就不足爲輕重、故忽棄其言。下不經省覽、而輔臣莫以告也。臣誠微賤。然臣之言、本諸聖賢之言、臣之進退、守儒者進退之道。雖朝廷不見省察、臣恐天下後世有誦其言、思其義、而以進退儒者之道議朝廷也。故臣區區愛君之意、不能自已、尙冀微誠、感悟聖心。謹昧死以聞、不敢受命。再瀆宸嚴、臣無任。
【読み】
臣竊かに之を思うに、豈朝廷臣が微賤を以て、去就輕重を爲すに足らずとして、故[ことさら]に其の言を忽棄するに非ずや。陛下省覽を經ずして、輔臣以て告すこと莫ければなり。臣は誠に微賤なり。然れども臣が言は、諸を聖賢の言に本き、臣が進退は、儒者進退の道を守る。朝廷省察せられずと雖も、臣恐れらくは天下後世其の言を誦し、其の義を思って、儒者を進退する道を以て朝廷を議すること有らん。故に臣區區として君を愛するの意、自ら已むこと能わず、尙冀わくは微誠、聖心を感悟せんことを。謹んで昧死以て聞して、敢えて命を受けず。再び宸嚴を瀆して、臣任うること無し。


謝復官表(元符三年十月)
【読み】
官に復するを謝する表(元符三年十月)

臣頤言、今月二十日、準河南府送到官誥一道。伏蒙聖恩、授臣通直郎・權判西京國子監者。始竄遐荒、分甘終廢。豈期洪造、復畀舊官。仰荷恩私、伏增愧懼(中謝。)
【読み】
臣頤言す、今月二十日、河南府に準じて官誥一道を送到す。伏して聖恩を蒙って、臣に通直郎・權判西京の國子監を授くる者あり。始め遐荒に竄[ざん]せられて、分終に廢せらることを甘んず。豈期せんや洪造、復舊官を畀[たま]わんとは。仰いで恩私を荷い、伏して愧懼を增す(中謝。)

竊念臣天資愚暗、自致放投。旣仰荷於寬恩、如安居於樂土。忽遇非常之宥、繼蒙牽復之恩。玆蓋伏遇皇帝陛下道大兼容、明無不照、念先帝經筵之舊、推至仁愛物之心。臣敢不益善其身、勵精所學。期有傳於後世、以上報於深恩。
【読み】
竊かに念うに臣天資愚暗にして、自ら放投を致す。旣に仰いて寬恩を荷って、樂土に安居するが如し。忽ち非常の宥に遇い、繼いで牽復の恩を蒙る。玆れ蓋し伏して皇帝陛下道大にして兼容し、明照らさずということ無くして、先帝經筵の舊を念って、至仁物を愛するの心を推すに遇えばなり。臣敢えて益々其の身を善くして、學ぶ所を勵精せざらんや。後世に傳うること有って、以て上深恩に報ぜんることを期す。


参考文献
『和刻本漢籍 二程全書』(中文出版社)
『二程集』(里仁書局)