二程全書卷之六十一  伊川先生文三

學制

三學看詳文(元祐元年五月)
【読み】
三學看詳の文(元祐元年五月)

一、三學制、看詳舊制、公私試試上舍、補内舍、蓋無虛月、皆糊名考校、排定高下。煩勞費用、不可勝言。於學者都無所益。學校、禮義相先之地。而月使之爭、殊非敎養之道。今立法、改試爲課、更不考定高下、只輪番請召學生、當面下點抹、敎其未至。所貴有益學者、不失庠序之體。舊制考察行藝、以不犯罰爲行、試在高等爲藝、有注官・免省試・免解三等旌擢。今不用舊考察法、只於内舍推擇才學行藝爲衆所稱者、升爲上舍。上舍學行才器堪爲時用者、長貳狀其行能、聞于朝廷。
【読み】
一、三學の制、看詳するに舊制に、公私の試上舍に試み、内舍に補い、蓋し虛月無く、皆名を糊して考校して、高下を排定す。煩勞費用、勝げて言う可からず。學者に於て都て益する所無し。學校は、禮義相先んずるの地なり。而るに月々に之をして爭わしむるは、殊に敎養の道に非ず。今法を立て、試を改めて課と爲し、更に高下を考定せず、只輪番に學生を請召して、當面に點抹を下して、其の未だ至らざるを敎う。貴ぶ所學者に益有って、庠序の體を失せず。舊制に行藝を考察するに、罰を犯さざるを以て行と爲し、試みられて高等に在るを藝と爲し、注官・免省試・免解三等の旌擢する有り。今舊の考察の法を用いず、只内舍に於て才學行藝衆の爲に稱せらるる者を推擇して、升[あ]げて上舍と爲す。上舍學行才器時の爲に用いらるるに堪えたる者は、長貳其の行能を狀して、朝廷に聞す。

一、三學制、看詳太學舊制、博士二人、同講一經、論語・孟子又置學諭分講。聖人之道雖一、而治經家法各有不同。二人同講一經、則學者所從不一。今立法、置博士十人、六人分講六經、餘四人分講論語・孟子。講大經終者、却講小經、諸經輪互講說。有專經者、亦許通那。
【読み】
一、三學の制、看詳するに太學舊制に、博士二人、同じく一經を講ぜしめ、論語・孟子又學諭を置いて分かち講ぜしむ。聖人の道一なりと雖も、而れども經を治むる家法各々同じからざること有り。二人同じく一經を講ぜしむるときは、則ち學者從る所一ならず。今法を立て、博士十人を置いて、六人は六經を分かち講ぜしめ、餘の四人は論語・孟子を分かち講ぜしむ。大經を講じ終うる者は、却って小經を講ぜしめて、諸經輪互に講說せしむ。經に專らなること有る者は、亦那に通ずることを許す。

一、律學制、看詳律學之設、蓋欲居官者知爲政之方。其未出官及未有官人、且當專意經術、竝令入太學。乃學古入官之義。今立法、到吏部人方許入律學。
【読み】
一、律學の制、看詳するに律學の設けは、蓋し官に居る者政を爲むるの方を知らんことを欲す。其の未だ官に出ず及び未だ官に有らざる人は、且當に意を經術に專らにして、竝びに太學に入らしむべし。乃ち古を學んで官に入るの義なり。今法を立て、吏部に到る人方に律學に入ることを許す。

一、武學制、看詳所治經書、有三略・六韜・尉繚子、鄙淺無取。今減去、却添入孝經・論語・孟子・左氏傳言兵事。
【読み】
一、武學の制、看詳するに治むる所の經書、三略・六韜・尉繚子有り、鄙淺にして取るべき無し。今減じ去って、却って孝經・論語・孟子・左氏傳に兵を言う事を添え入る。

一、三學制、看詳舊來條制、有期親尊長服、不許應舉。後來改法、雖祖父母喪、亦許應舉。夫尊祖之義、人道之本。若許居喪進取、深害義理。今立法、學生遭祖父母喪、給長假行服、貢舉條貫、乞朝廷指揮修改。
【読み】
一、三學の制、看詳するに舊來の條制、親尊の長服に期有って、應舉を許さず。後來法を改めて、祖父母の喪と雖も、亦應舉を許す。夫れ祖を尊ぶの義は、人道の本なり。若し喪に居して進み取ることを許さば、深く義理を害す。今法を立て、學生祖父母の喪に遭えば、長く假して服を行うことを給って、貢舉の條貫、朝廷の指揮を乞いて修し改めしむ。


論改學制事目
【読み】
學制を改めんことを論ずる事目

一、舊來博士、只是講說考校、不治學事。所以別置正錄十員。今已立法、博士分治學事、及增置職事人。其正錄竝合減罷。(所減罷官、乞與比類差遣、俸給如舊。及依元條年限改官。)
【読み】
一、舊來博士、只是れ講說考校して、學事を治めず。所以に別に正錄十員を置く。今已に法を立て、博士に學事を分かち治めしめ、及び職事の人を增し置く。其の正錄竝びに減じ罷む合し。(減じ罷むる所の官、比類に乞與して差遣し、俸給舊の如くす。及び元條の年限に依って官を改む。)

一、舊制八十齋、每齋三十人、學生以二千四百人爲額。每齋五閒、容三十人。極甚迫窄、至兩人共一臥榻。暑月難處、遂更互請假出外。學者失所如此。而願留者、止爲解額優寬而已。今欲以七閒爲一齋、容三十人。除學官職事人及諸般占使外、可爲五十齋、所容千五百人。在朝廷廣敎之意、雖爲未足、而齋舍未能遽增、所容止可如此。若朝廷選通儒爲敎導之官、去利誘、來實學之士、人數雖減、成才必多。
【読み】
一、舊制八十齋、每齋三十人、學生二千四百人を以て額と爲す。每齋五閒、三十人を容る。極めて甚だ迫窄にして、兩人一臥榻[がとう]を共にするに至る。暑月處し難くして、遂に更互に請假して外に出づ。學者所を失すること此の如し。而れども留まらんことを願う者は、止解額優寬なるが爲なるのみ。今七閒を以て一齋と爲し、三十人を容れんと欲す。學官職事の人及び諸般の占使を除いて外、五十齋、容るる所千五百人とす可し。朝廷廣く敎うるの意に在って、未だ足らずとすと雖も、而れども齋舍未だ遽に增すこと能わず、容るる所止此の如くす可し。若し朝廷通儒を選んで敎導の官と爲し、利誘を去って、實學の士を來さば、人數減ずと雖も、才を成すこと必ず多からん。

一、國學解額、嘉祐以前一百人、自元豐後欲得舉人入學、遂設利誘之法、改作太學解額五百人。又患來者遽去、復立一年之限、以拘留之。近日朝廷知其非、便已改去逐次科場一年之限。然而人數歲歲增添、以外處解名比之五百人額、當有萬餘人奔湊。使萬餘人舍父母之養、忘骨肉之愛、往來道路、旅寓他土、人心日偸、士風日薄。所費財幾何。所破產幾何。少年子弟遠父兄而放蕩者幾何。父母骨肉離別悲念以至失所者幾何。以萬餘人聚之京師、弊害不可勝言。今欲量留一百人解額、以待在學者取應、餘四百人分在州郡解額窄處。自然士人各安郷土、養其孝愛之心、息其奔趨流浪之志、風俗亦當稍厚。況人於郷里、行迹易知、冒濫之弊、因而少革。
【読み】
一、國學の解額、嘉祐以前一百人、元豐自り後舉人學に入ることを得んと欲して、遂に利誘の法を設けて、改めて太學の解額五百人と作す。又來る者遽に去らんことを患えて、復一年の限を立て、以て之を拘留す。近日朝廷其の非を知って、便ち已に逐次の科場一年の限を改め去る。然れども人數歲歲增添して、外處の解名を以て之を五百人の額に比すれば、當に萬餘人奔り湊[あつ]まること有るべし。萬餘人をして父母の養を舍て、骨肉の愛を忘れ、道路に往來し、他土に旅寓して、人心日に偸[うす]く、士風日に薄からしむ。費す所の財幾何ぞ。破る所の產幾何ぞ。少年子弟父兄を遠ざけて放蕩する者幾何ぞ。父母骨肉離別悲念して以て所を失するに至る者幾何ぞ。萬餘人を以て之を京師に聚む、弊害勝げて言う可からず。今一百人の解額を量り留めて、以て學に在る者應を取るを待ち、餘の四百人は州郡解額の窄き處に分在せしめんと欲す。自然に士人各々郷土に安んじて、其の孝愛の心を養い、其の奔趨流浪の志を息めば、風俗も亦當に稍厚かるべし。況んや人郷里に於て、行迹知り易くして、冒濫の弊、因りて少しく革まらん。

一、近年編修敕條、竝立看詳要見刪改。因依今來國子監敕令。是有司所行條貫、已立看詳。外有三學制、皆是庠序之事、與佗處條貫體面不同。今來條立所存、舊文甚少。觀文可見義理。乞更不立看詳。
【読み】
一、近年編修の敕條、竝びに看詳を立て刪り改むことを見ることを要す。因りて今來國子監の敕令に依る。是れ有司行う所の條貫、已に看詳を立つ。外に三學の制有り、皆是庠序の事、佗處の條貫と體面同じからず。今來條立の存する所、舊文甚だ少なし。文を觀て義理を見る可し。乞う更に看詳を立てざれ。


回禮部取問狀
【読み】
禮部問いを取るに回す狀

準尙書禮部帖子、仰國子監修太學條制、手分依下項所問事理、具印狀送尙書禮部。
【読み】
尙書禮部の帖子に準じて、國子監に仰[おお]す太學の條制を修し、手分下項問う所の事理に依って、印狀を具えて尙書禮部に送る。

一、本部看詳創法、有司推行之際、須有條目事實。方可經久施行。今來尊賢立堂、待賓吏師立齋、竝繫創立。卽未見得、祭酒司業以下、如何延請尊禮、學錄以下、如何供億。條目合有幾。其人在學若干歲月。朝廷如何進用。又待賓吏師二齋、不言無人卽虛。若無其人未委、合與不合亦虛。
【読み】
一、本部看詳の創法、有司推し行うの際、須く條目事實有るべし。方に久しきを經て施し行う可し。今來尊賢堂を立て、待賓吏師齋を立て、竝びに創立に繫かる。卽ち未だ見得せず、祭酒司業以下、如何にか延請尊禮し、學錄以下、如何にか供億すということを。條目幾有る合きや。其の人學に在る若干の歲月ならんや。朝廷如何にか進み用いんや。又待賓吏師の二齋、人無くんば卽ち虛しくすと言わず。若し其の人無く未だ委せざれば、合と不合と亦虛しからんや。

勘會學制、尊賢堂以延天下道德之士、學者所矜式者、長貳以下尊禮之、學錄一人、專主供億。無其人則虛之。所謂道德之士、不必遠引古者、以近時言之、如胡太常瑗・張著作載・邵推官雍之輩、所居之郷、學者不遠千里而至、願一識其面、一聞其言、以爲模楷。有如此之人至於京師、則長貳造門求見。道學者願得矜式之意、延請居於堂中、或一至、或時來、或淹留旬時、不可必其久速也。不獨學者得以矜式而已、又以見長貳之爲敎、不敢足諸己。旣上求古之人、復博采今之士、取善服義、如恐不及、乃爲敎之大本、化人之要道。如此待之、卽是尊禮。所謂供億、只是灑掃堂室、供給飮膳。學錄專主所貴整肅。不須更立條目。待賓吏師體皆相類。無人則虛、理自當爾。只於一處立文、自可見矣。
【読み】
勘會するに學制に、尊賢堂にして以て天下の道德の士、學者矜み式[のっと]る所の者を延いて、長貳以下之を尊禮し、學錄一人、專ら供億を主る。其の人無きときは則ち之を虛しくす、と。所謂道德の士は、必ずしも遠く古者を引かず、近時を以て之を言うに、胡太常瑗・張著作載・邵推官雍の輩の如き、居る所の郷、學者千里を遠しとせずして至って、一たび其の面を識り、一たび其の言を聞いて、以て模楷とせんことを願う。此の如き人有って京師に至るときは、則ち長貳門に造って見んことを求む。學者矜み式ることを得んことを願うの意を道いて、延請して堂中に居せしめ、或は一たび至り、或は時に來り、或は淹留旬時、必ずしも其れ久しく速やかにす可からず。獨り學者以て矜み式ることを得るのみにあらず、又以て長貳の敎を爲す、敢えて己に足れりとせざることを見る。旣に上古の人に求め、復博く今の士を采って、善を取り義に服して、及ばざらんことを恐るるが如き、乃ち敎を爲すの大本、人を化するの要道なり。此の如く之に待するは、卽ち是れ尊禮するなり。所謂供億は、只是れ堂室を灑掃し、飮膳を供給するなり。學錄は專ら貴ぶ所整肅なることを主る。須く更に條目を立つべからず。待賓吏師體皆相類せり。人無ければ則ち虛しくすること、理自づから當たるのみ。只一處に於て文を立つ、自づから見る可し。

一、看詳文稱、朝廷廣敎之意、不當有限。只於齋舍立定可容人數、每齋改爲七閒、繫減二十四齋、止容一千六百餘人。卽是立限、比舊更窄。又條稱、三舍每齋七楹。其看詳文却稱、七閒爲一齋。有此閒架不同。又稱、舊制每齋五閒、至兩人共一臥榻、暑月難處。未見得今來各展兩閒。設與不設三十臥榻、其太學見今屋宇、若依新立條貫。一齋七閒、修截得若干齋舍、有無妨闕。又條稱、若學行著聞、及曾得解人、竝免試使入内舍。如何容著。
【読み】
一、看詳の文に稱す、朝廷廣く敎うるの意、當に限り有るべからず、と。只齋舍に於て容る可き人數を立て定め、每齋改めて七閒と爲し、繫減すること二十四齋、止一千六百餘人を容る。卽ち是れ限りを立つること、舊に比するに更に窄し。又條に稱す、三舍每齋七楹、と。其の看詳の文に却って稱す、七閒を一齋とす、と。此れ閒架同じからざること有り。又稱す、舊制に每齋五閒、兩人一臥榻を共にして、暑月處し難きに至る、と。未だ今來各々兩閒を展ぶることを見得せず。設くると設けざると三十臥榻、其の太學今の屋宇を見るに、新たに立つる條貫に依るが若し。一齋七閒、若干の齋舍を修截し得て、妨闕無きこと有らん。又條に稱す、學行著聞、及び曾て解を得る人、竝びに免試の若き内舍に入れしむ、と。如何にか容著せん。

勘會看詳文稱朝廷廣敎之意、不當有限、蓋謂不當立定二千四百人之限。若逐齋人數、自是據地位所容、難爲强使之多。齋舍多少、則繫朝廷處之。雖使未及、徐圖之可也。蓋無立定限數之意。若不恤齋舍寬窄、苟欲人數之多、使學者不安其居、乃是徒爲美觀、不務實事、非聖朝立事之意。所稱每齋七楹、則是七閒、別無閒架不同。見今學舍、除學官・職事人及諸般占使外、可爲五十餘齋、每齋置三十臥榻、竝是量度丈尺、算計可容。舊來常是二人、或有三人共一榻、不惟暑月難處、兼褻瀆至甚。其學行著聞、及曾得解人、免試入學、逐齋人數自定、卽無容著不得之理。
【読み】
勘會するに看詳の文に朝廷廣く敎うるの意、當に限り有るべからずと稱するは、蓋し當に二千四百人の限りを立て定むるべからざることを謂う。若し逐齋の人數は、自づから是れ地位に據って容るる所、强いて之をして多からしむることを爲し難し。齋舍の多少は、則ち朝廷之を處するに繫かる。雖使い未だ及ばずとも、徐く之を圖って可なり。蓋し限數を立て定むるの意無し。若し齋舍の寬窄を恤えず、苟も人數の多からんことを欲して、學者をして其の居を安んぜざらしめば、乃ち是れ徒に美觀の爲にして、實事を務めず、聖朝事を立つるの意に非ず。稱する所の每齋七楹は、則ち是れ七閒、別に閒架の同じからざる無し。見るに今の學舍、學官・職事の人及び諸般の占使を除いて外、五十餘齋と爲す可く、每齋三十臥榻を置き、竝びに是れ量度丈尺、算計容る可し。舊來常に是れ二人、或は三人一榻を共にする有り、惟暑月處し難きのみにあらず、兼ねて褻瀆至って甚だし。其の學行著聞、及び曾て解を得る人、免試の學に入る、逐齋の人數自づから定まらば、卽ち容著し得ざるの理無し。

一、舊制考行藝、以不犯罰爲行、試在高等爲藝。今來看詳文稱、不用舊考察法、只於内舍推擇才學行藝爲衆所稱者、升爲上舍、上舍學行才器堪爲時用者、長貳狀其行能、聞於朝廷。未見得、長貳如何推擇。及狀其行能、其條目事實、各合如何聞於朝廷、如何推恩。又旣不用舊法考察、若曾犯罰、及課曾在退等、合與不合推擇、如推擇有不當、及生員在齋供課代筆、竊用佗人文字、如何防察。
【読み】
一、舊制に行藝を考うるに、罰を犯さざるを以て行と爲し、試みられて高等に在るを藝と爲す。今來看詳の文に稱す、舊の考察の法を用いず、只内舍に於て才學行藝衆の爲に稱せらるる者を推擇して、升げて上舍と爲し、上舍學行才器時の爲に用いらるるに堪えたる者を、長貳其の行能を狀して、朝廷に聞す、と。未だ見得せず、長貳如何にか推擇することを。及び其の行能を狀すること、其の條目事實、各々如何にか朝廷に聞し、如何にか推恩す合きを。又旣に舊法の考察を用いずんば、若し曾て罰を犯し、及び課曾て退等に在って、合と不合と推擇するに、如し推擇當たらざること有り、及び生員齋に在って供課代筆して、竊かに佗人の文字を用いば、如何にか防察せん。

勘會舊考察法、專據文簿計校等差。所以今來立法、只委長貳以公議推擇。凡所推擇、一繫長貳鑒裁。長貳公明與否、則繫朝廷所任用。在朝廷豈可不信所任用、而專考驗於案籍。自古推賢進善、未聞如此。今但取學行才器堪爲時用者、聞於朝廷。所推恩數、自繫朝廷裁處。有司不當立法。所狀行能、各隨人之所有、難爲更立條目。旣推學行才器之人、推擇不當、自有論。如律之文、更不須繁文。勘會犯罰退等之類、其在齋供課、明有長諭察視、不得交互。課卷之文、兼供課與舊來公私試不同、別無陞黜。自少代筆竊用之事、有則自當罰格。若更苛細、曲爲防閑、甚失庠序之體。
【読み】
勘會するに舊の考察の法は、專ら文簿に據って等差を計校す。所以に今來法を立つること、只長貳に委して公議を以て推擇す。凡そ推擇する所は、一に長貳の鑒裁に繫かる。長貳公明なると否ざるとは、則ち朝廷の任用する所に繫かる。朝廷に在って豈任用する所を信ぜずして、專ら案籍に考驗す可けんや。古自り賢を推し善を進むること、未だ此の如くなることを聞かず。今但學行才器時の爲に用いらるるに堪えたる者を取って、朝廷に聞す。推す所の恩數は、自づから朝廷の裁處に繫かる。有司當に法を立つるべからず。狀する所の行能は、各々人の有する所に隨って、更に條目を立つることを爲し難し。旣に學行才器の人を推して、推擇當たらずんば、自づから論有り。律の文の如き、更に繁文を須いず。勘會するに犯罰退等の類、其の齋に在って課に供するは、明らかに長諭有って察視して、交互することを得ず。課卷の文は、兼ねて供課と舊來公私の試と同じからず、別に陞黜すること無し。少自り代筆して竊かに用うる事、有るときは則ち自づから當に罰格すべし。若し更に苛細にして、曲げて防閑を爲せば、甚だ庠序の體を失す。

一、舉人及仕宦家子弟、鬭毆使酒等、本監採察、牒開封府、或本貫施行。本部看詳條稱仕宦家子弟。據文卽雖作工商諸色、在公之人、其家各曾仕宦、及見仕宦、亦是仕宦家子弟。如何却令國子監採察。若本監止是採察仕宦家子弟爲舉人者、卽今來立文未盡。又稱舉人及仕宦家子弟。據文卽舉人家子弟亦在其中。若本監不採察舉人家子弟、卽立文亦是未盡。兼看詳假有舉人本貫是廣南、因遊學在西川、若有犯牒與本貫施行、有無迂枉。
【読み】
一、舉人及び仕宦家の子弟、鬭毆使酒等、本監採察して、開封府に牒し、或は本貫に施し行う。本部看詳の條に仕宦家の子弟と稱す。文に據るに卽ち工商の諸色を作すと雖も、公に在る人、其の家各々曾て仕宦し、及び見るに仕宦せば、亦是れ仕宦家の子弟なり。如何ぞ却って國子監をして採察せしめん。若し本監止是れ仕宦家の子弟舉人爲る者を採察せば、卽ち今來文を立つること未だ盡くさず。又舉人及び仕宦家の子弟と稱す。文に據るに卽ち舉人家の子弟も亦其の中に在り。若し本監舉人家の子弟を採察せずんば、卽ち文を立るつこと亦是れ未だ盡くさず。兼ねて看詳するに假えば舉人の本貫是れ廣南、遊學に因って西川に在ること有って、若し犯牒本貫に施し行うに與ること有らば、迂枉無きこと有らんや。

本所勘會監敕稱舉人及仕宦家子弟、蓋是兩般、猶言舉人若仕宦家子弟也。凡文若是一事而言及者、必須以重及輕、未有以輕及重者。豈有先言舉人、以及仕宦之理。如或以爲不明、卽可改及爲若。古者四民各世其業。後世法度不立、失守易業、仕族之貴而爲工商雜類者有矣。此朝廷當禁而未能者、固未嘗立文、許其然也。旣流落入於非類、豈復能責其士人行檢。況自來條制、凡爲品官家立法、皆是仕族之體、未嘗更開說。若爲工商之類時則如何也。畧舉一二事以爲證。如舊衣服令五品以上子孫婚、聽假以爵弁、卽不言若充軍及遭黥杖者之類、許假與否。又雜令品官家雖不請券、竝聽入驛、卽不言子弟爲卒僕乞丐者之類、許入驛與否。此蓋大體立法不可、亦謂之立文不盡。欲厚風敎、當由仕族始、所以立法之意、欲幷包仕族子弟。若指定爲舉人者、則年少學業未成、或治家不暇應舉者、皆不及也。所云牒開封府或本貫施行、或者疑辭、量可而行爾。安得便見迂枉。必云牒本貫者、蓋人之惡最恥聞於郷里。立文所以爲警、且暴一罪而使之一郷知戒、所益甚大。
【読み】
本所に勘會するに監敕に舉人及び仕宦家の子弟と稱するは、蓋し是れ兩般、猶舉人若しくは仕宦家の子弟と言うがごとし。凡そ文若し是れ一事にして及びと言う者は、必ず須く重きを以て輕きに及ぼすべく、未だ輕きを以て重きに及ぼす者有らず。豈先づ舉人と言いて、以て仕宦に及ぶの理有らんや。如し或は以て明らかならずとせば、卽ち及びを改めて若しくはと爲す可し。古は四民各々其の業を世々す。後世法度立たず、守ることを失して業を易えて、仕族の貴きにして工商雜類と爲る者有り。此れ朝廷當に禁ずべくして未だ能わざる者は、固に未だ嘗て文を立てずして、其の然るを許せばなり。旣に流落して非類に入って、豈復能く其の士人の行檢を責めんや。況んや自來條制、凡そ品官家の爲に法を立つるに、皆是れ仕族の體、未だ嘗て更に開說せず。若し工商の類と爲る時は則ち如何にせん。畧一二事を舉げて以て證とせん。如し舊の衣服令五品以上の子孫の婚、聽して假るに爵弁を以てして、卽ち若しくは充軍及び黥杖に遭う者の類、假ることを許すや否やということを言わず。又雜令品官家券を請わずと雖も、竝びに驛に入ることを聽して、卽ち子弟卒僕乞丐爲る者の類、驛に入ることを許すや否やということを言わず。此れ蓋し大體法を立つること可ならず、亦之を文を立つること盡くさずと謂う。風敎を厚くせんと欲せば、當に仕族由り始むべく、法を立つる所以の意、仕族の子弟を幷包せんと欲す。若し舉人爲る者を指し定めば、則ち年少の學業未だ成らず、或は家を治めて應舉に暇あらざる者、皆及ばざるなり。云う所の開封府に牒し或は本貫に施し行うという、或というは疑いの辭、可を量って行わんのみ。安んぞ便ち迂枉を見ることを得ん。必ず本貫に牒すと云う者は、蓋し人の惡最も郷里に聞ゆることを恥づ。文を立つるは警めを爲す所以、且一罪を暴して之をして一郷に知戒せしめば、益する所甚だ大なり。

一、新制稱、四方士人願觀光者、掌儀引入、遊覽堂舍、觀禮儀、聽絃誦。唯不得入齋。願觀光者旣不得入齋、卽未見得、於何處觀禮儀、聽絃誦。又其觀聽繫在何時。若願觀光者無時得入、卽掌儀疲於接引。亦非學校之體。若限以時、則新制無法。又言、士人願觀講說者、聽堂上相見。今看詳願觀講說者、未見令何人引入。如何相見。若願觀之人衆至、位次不足、如何序齒、如何令坐。皆未有法。
【読み】
一、新制に稱す、四方の士人觀光を願う者、掌儀引き入れて、堂舍に遊覽し、禮儀を觀、絃誦を聽かしむ。唯齋に入ることを得ず、と。觀光を願う者旣に齋に入ることを得ざれば、卽ち未だ見得せず、何れの處に於てか禮儀を觀、絃誦を聽かんや。又其の觀聽繫かるに何れの時にか在る。若し觀光を願う者時と無く入ることを得ば、卽ち掌儀接引に疲れん。亦學校の體に非ず。若し限るに時を以てせば、則ち新制法無し。又言く、士人講說を觀ることを願う者は、堂上に相見ることを聽す、と。今看詳に講說を觀ることを願う者、未だ何人をして引き入らしむということを見ず。如何ぞ相見ん。若し觀ることを願う人衆く至って、位次足らざれば、如何にか齒を序で、如何にか坐せしめん。皆未だ法有らず。

本所勘會太學首善之地、將以流化天下。從來賓客不得過客位、天下之士徒聞朝廷有學、而不得見其規制、視其法度。所以今來立觀光之法。觀學者出入往來、少長有敍、威儀濟濟。卽是觀禮儀。行廊廡之閒、聞諸齋絃誦之聲。卽是聽絃誦。自可使觀光之士、以爲盛談、流傳天下。何必須入齋中。及更立處所學制、通客之時、自有明文。卽無無時得入之說。所謂掌儀疲於引接、亦無是理。以太學之大、掌儀八人之多、又早晩不許通客、不當升堂、掌禮之時、常輪一人延接四方之士、極非過當。設使美化大行、願觀者衆、數時之閒、不過數番而已。樂使人嚮善者、固不憚其煩也。況又更休願觀講說者。卽是賓客明有學制、門吏白直學後、報所見之人。相見自有常儀、坐位自有爵齒、不須煩文。往年胡博士瑗講易、常有外來請聽者多、或至千數人、孫殿丞復說春秋、初講旬日閒、來者莫知其數。堂上不容、然後謝之。立聽戶外者甚衆。當時春秋之學爲之一盛。至今數十年傳爲美事。
【読み】
本所に勘會するに太學は首善の地、將に以て天下を流化せんとす。從來賓客は客位に過ぐることを得ず、天下の士徒朝廷學有ることを聞いて、其の規制を見、其の法度を視ることを得ず。所以に今來觀光の法を立つ。學者出入往來、少長敍有り、威儀濟濟たることを觀る。卽ち是れ禮儀を觀るなり。廊廡[ろうぶ]に行く閒、諸齋絃誦の聲を聞く。卽ち是れ絃誦を聽くなり。自づから觀光の士をして、以て盛談と爲して、天下に流傳せしむ可し。何ぞ必ずしも齋中に入ることを須いん。及び更に處所の學制を立つること、客に通ずる時、自づから明文有り。卽ち時と無く入ることを得るの說無し。所謂掌儀引接に疲るること、亦是の理無し。太學の大、掌儀八人の多きを以て、又早晩客に通ずることを許さず、當に堂に升るべからず、禮を掌るの時、常に一人を輪して四方の士に延接するは、極めて過當に非ず。設使い美化大いに行われ、觀んことを願う者衆くとも、數時の閒、數番に過ぎざるのみ。人をして善に嚮かわしむることを樂しむ者は、固より其の煩わしきを憚らず。況んや又更々講說を觀ることを願う者を休するをや。卽ち是れ賓客明らかに學制有り、門吏直學に白して後、見る所の人に報ず。相見ること自づから常の儀有り、坐位自づから爵齒有って、煩文を須いず。往年胡博士瑗易を講ずるとき、常に外より來て請い聽くこと有る者多くして、或は千數人に至り、孫殿丞復春秋を說くとき、初講旬日の閒、來る者其の數を知ること莫し。堂上容れられずして、然して後に之を謝す。立って戶外に聽く者甚だ衆し。當時春秋の學之が爲に一たび盛んなり。今に至って數十年傳えて美事とす。

一、合支用條制所不載者、長貳裁度支破。今要見如何裁度支破。因何刪去舊條比類二字。
【読み】
一、合支の用條制に載せざる所の者は、長貳の裁度支破。今如何にか裁度支破することを見んと要す。何に因ってか舊條比類の二字を刪り去る。

本所勘會本監支費、隨宜應用、條制豈能具載。舊條、長貳審量比類支給。若須比類、必多拘礙、或無類例。亦須裁度、所以立法。但云裁度、刪去比類二字。用比類字、則關防之意多。去二字、則委付之意重。朝廷之任長貳、自當有體。
【読み】
本所に勘會するに本監の支費、宜しきに隨って用う應く、條制豈能く具に載せんや。舊條に、長貳審らかに比類を量って支給す、と。若し比類を須いば、必ず多くは拘礙し、或は類例無けん。亦裁度を須うるは、法を立つる所以なり。但裁度と云いて、比類の二字を刪り去る。比類の字を用うるときは、則ち關防の意多し。二字を去るときは、則ち委付の意重し。朝廷の長貳に任ずる、自づから當に體有るべし。


論禮部看詳狀
【読み】
禮部看詳を論ずる狀

準都省送下禮部狀、看詳三學制、國子監敕、勒送國子監、長貳與元修官同共再行看詳。已於某月日、與長貳同狀供去訖。竊慮朝廷只見禮部一面辭說、未盡見元初立法之意、今却將禮部看詳事節、逐一開析如後。
【読み】
都省に準じて禮部に送り下す狀、三學の制を看詳し、國子監の敕、勒して國子監に送り、長貳と元修官と同じく共に再び看詳を行う。已に某の月日に於て、長貳と同じく狀して供し去り訖わる。竊かに慮るに朝廷只禮部一面の辭說を見て、未だ盡くは元初法を立つるの意を見ず、今却って禮部看詳の事節を將って、逐一に開析すること後の如し。

一、學制、尊賢堂・待賓齋・吏師齋等、先準禮部帖子、取問修條制所。今來尊賢立堂、待賓吏師立齋。卽未見得、祭酒以下、如何延請尊禮、學錄以下、如何供億。條目各合有幾。其人在學若干歲月、朝廷如何進用。本所爲見禮部所問、與立法意全不相似、遂逐一開析供答。今來送到禮部看詳所駁之事、却已改換了。前來所難之意、却稱學士大夫有賢可尊、朝廷自當褒顯、以勸多士、不應有遺。却於學校立法、俟其自至京師、然後祭酒以下延請尊禮。再詳所駁、依前誤認立法之意。雖是朝廷褒顯之士、苟未大用、何妨學校延請。何必須待朝廷所遺、方得尊禮。不應有遺之說、大非朝廷用心。雖古盛治之世、賢才竝用、尙旁求博采、未嘗敢言已無遺也。又云、若一至、或時來、或淹留旬時、殆非尊禮之實。亦恐道德之士出處去來不應如此。此蓋因禮部取問、其人在學若干歲月。故本所如此供答。大意謂道德之士、一見其人、足以矜式、一聞其言、足以興起、得其一至、猶足爲益。況淹久乎。或速或久、繫其人所處之勢、固難必也。如此、尊賢之道可謂至矣。而禮部以爲、非尊禮之實。不知如何乃謂之實也。夫與人爲善、君子所樂。亂國之聘、夫子亦往。從太學之禮請、而云道德之士出處去來不應如此、似不知君子出處之道。本所供答禮部狀稱(全文具回禮部取問狀内。)。今來禮部看詳、引所供狀、只至矜式而已字便住、將一段文義、中閒截斷、要切義理、都將刪去。又云、尊賢堂稱無人則虛、待賓吏師二齋不言無人則虛、有司無所執守。竊(徐本竊作切。)緣學制是學校之事、將付之儒臣以治學者。與尋常吏文不同。今來禮部蓋欲全用吏文。若使吏人以吏文格之、則新修之學制、皆不可用。
【読み】
一、學制に、尊賢堂・待賓齋・吏師齋等、先に禮部の帖子に準じて、問いを條制を修むる所に取る。今來尊賢堂を立て、待賓吏師齋を立つ。卽ち未だ見得せず、祭酒以下、如何にか延請尊禮し、學錄以下、如何にか供億すということを。條目各々幾有る合し。其の人學に在ること若干の歲月、朝廷如何にか進用せん、と。本所禮部の問う所を見ること爲すに、法を立つる意と全く相似ず、遂に逐一に開析して答えに供す。今來送り到る禮部の看詳に駁する所の事、却って已に改め換え了わる。前來難んずる所の意、却って稱す、學士大夫賢尊ぶ可き有らば、朝廷自ら當に褒顯して、以て多士を勸むべくして、遺すこと有る應からず。却って學校法を立つるに於て、其の自ら京師に至るを俟って、然して後に祭酒以下延請尊禮す、と。再び駁する所を詳らかにするに、前に法を立つるの意を誤り認むるに依れり。是れ朝廷褒顯の士と雖も、苟も未だ大いに用いずんば、何ぞ學校の延請を妨げん。何ぞ必ずしも朝廷の遺す所を待って、方に尊禮することを得ることを須いん。遺すこと有る應からざるの說は、大いに朝廷の用心に非ず。古盛治の世、賢才竝び用うと雖も、尙旁く求め博く采って、未だ嘗て敢えて已に遺すこと無しと言わざるなり。又云く、若しくは一たび至り、或は時に來り、或は淹留旬時、殆ど尊禮の實に非ず。亦恐らくは道德の士出處去來此の如くなる應からず、と。此れ蓋し禮部問いを取ること、其の人學に在る若干の歲月というに因れり。故に本所此の如く答えに供す。大意謂えらく、道德の士、一たび其の人を見れば、以て矜み式るに足り、一たび其の言を聞けば、以て興起するに足らば、其の一たび至るを得るすら、猶益と爲すに足れり。況んや淹久をや。或は速やかに或は久しきは、其の人處る所の勢に繫かって、固に必とし難し。此の如きは、賢を尊ぶの道至れりと謂う可し。而るに禮部以爲えらく、尊禮の實に非ず、と。知らず、如何なるをか乃ち之を實と謂うや。夫れ人と善を爲すは、君子の樂しむ所。亂國の聘に、夫子亦往く。太學の禮請に從って、道德の士出處去來此の如くなる應からずと云うは、君子出處の道を知らざるに似れり。本所禮部に供答する狀に稱す(全文禮部問いを取るに回す狀の内に具わる。)。今來禮部の看詳、供する所の狀を引いて、只矜み式るに至れども而已の字便ち住[とど]むれば、一段の文義を將って、中閒截斷して、要切の義理、都て將に刪り去らんとす。又云く、尊賢堂人無ければ則ち虛しくすと稱して、待賓吏師の二齋人無ければ則ち虛しくすと言わず、有司執り守る所無し、と。竊かに(徐本竊を切に作る。)學制に緣るに是れ學校の事、將に之を儒臣に付して以て學者を治めしめんとす。尋常の吏文と同じからず。今來禮部蓋し全く吏文を用いんと欲す。若し吏人をして吏文を以て之を格さしめば、則ち新修の學制、皆用う可からず。

一、禮部看詳四方士人願觀光一事、但云難議施行、不言所以。伏乞朝廷詳酌。
【読み】
一、禮部の看詳四方の士人觀光を願うの一事、但施し行うことを議し難しと云いて、所以を言わず。伏して朝廷の詳酌を乞う。

一、禮部看詳、舊法、每齋五閒、容三十人。不聞有訴窄狹者。今新立條制、每齋展爲七閒、止容得一千六百餘人、有八百餘人須至遣出。勘會自來暑月齋舍中難處、須至更互請假出外。今年尤甚。應是在學已及一年、可以應舉者、往往遷出。朝廷立定齋舍閒數、豈有學者自訴窄狹之理。今來立定逐齋所容人數之法、亦須乘學者稀少之時、漸次修展(某年只幾人。)。豈有一旦遣出之事。以至增添牀榻、皆有法度、竝是據閒架丈尺算計、不惟寬涼、兼是齊整。又云、卽是齋舍數目、未有定論。夫今日所設學官職事人及其餘事、皆是。且據今日學舍爲之安用、須立數目定論。太平日久、則文風益盛、學者益衆。故唐至貞觀六年以後、學生增至三千二百。異日朝廷美化大行、事力充盛、學生之員、增至唐生員之數、未爲過也。何必須要立定數目。
【読み】
一、禮部の看詳に、舊法に、每齋五閒、三十人を容る、と。窄狹を訴うる者有ることを聞かず。今新たに立つる條制、每齋展ばして七閒と爲し、止一千六百餘人を容れ得、八百餘人須く遣出さるるに至るべき有り、と。勘會するに自來暑月齋舍の中處し難くして、須く更互に請假して外に出るに至るべし。今年尤も甚だし。應に是れ學に在ること已に一年に及んで、以て舉に應ず可き者、往往に遷出すべし。朝廷齋舍の閒數を立て定めば、豈學者自ら窄狹を訴うるの理有らんや。今來逐齋容るる所の人數の法を立て定むること、亦須く學者稀少の時に乘じて、漸次に修展すべし(某の年只幾人、と。)。豈一旦に遣出する事有らんや。以て牀榻を增添するに至って、皆法度有り、竝びに是れ閒架に據って丈尺算計あり、惟寬涼のみにあらず、兼ねて是と齊整なり。又云く、卽ち是れ齋舍の數目、未だ定論有らず。夫れ今日設くる所の學官職事の人及び其の餘事は、皆是なり。且つ今日の學舍に據って之を安んじ用うることをせば、須く數目定論を立つるべし、と。太平日に久しきときは、則ち文風益々盛んに、學者益々衆し。故に唐貞觀六年以後に至って、學生增して三千二百に至る。異日朝廷美化大いに行われ、事力充ち盛んならば、學生の員、增して唐の生員の數に至るも、未だ過ぎたりとせず。何ぞ必ずしも數目を立て定むることを須要せん。

一、三舍升補推擇法、禮部所駁最詳。竊以舊法惟三舍升補一事、最爲未便。天下人所以論議、言者所以爲言、朝廷所以重修。及爭競之端、獄訟之興、皆由於此。而禮部乃云三舍升補法、最爲完密、不可以廢、則禮部用意可見。其看詳云、行法以來、至今七年、得推恩授官纔一人、其中選艱難又如此。夫朝廷養士、唯欲成材之多。豈以艱難爲貴。以二千人之衆、七年之久、通其去來、不知幾千人矣。應授官者纔一人、何其少也。正由書行藝考察之法不可用爾。夫人之美行、天之尊爵、莫過於仁義忠信、樂善不倦。不知前日有書此而蒙考察者乎。又云、今來一切畧去此法、惟令長貳推擇、行藝衆所稱者升爲上舍。緣行藝若無法考驗、卽無事實可據。恐人情不服、別致爭訟。夫案文責跡、有司之事、非庠序育材論秀之道。且立之以格、考之以文、則人案跡以求差、殊爭心所以起也。授之賢才、重其委任、則人無辭以犯分義、訟所以息也。今以專任長貳爲不可。是不知治體之甚。古之時、天子擇宰相而任之政、宰相擇諸司長官而委之治、諸司長官各擇其屬而授以事。治功所以成也。後世朝廷授法、必達乎下、長官守法而不得有爲。前日考察之法是也。始於諸齋、而由正錄博士以及長貳。諸齋所取、學官就其中而論之、不得有易也。學官所考、長貳就其中而論之、不得有易也。易之則按文責跡、入於罪矣。是事成於下、而下得以制其上。此後世所以不治也。今欲朝廷專任長貳、長貳自委之屬官、以達於下。取舍在長貳、則上下之體順、而各得致其功。先王爲治之道也。難者必曰、長貳得人則善矣。或非其人、不若使防閑詳密、上下相制爲可循守也。此世俗鄙論、烏足以言治道。先王制法、待人而行。未聞立不得人之法也。苟長貳非人、不知敎育之道。徒守虛文密法、果足以成人才乎。自古以來、未有如是而能成治者也。
【読み】
一、三舍升補推擇の法、禮部駁する所最も詳らかなり。竊かに以みるに舊法惟三舍升補の一事、最も未だ便ならずとす。天下の人所以に論議し、言者所以に言を爲し、朝廷所以に重ねて修す。及び爭競の端、獄訟の興る、皆此に由れり。而るに禮部乃ち三舍升補の法、最も完密なりとし、以て廢す可からずと云うときは、則ち禮部の用意見る可し。其の看詳に云く、法を行ってより以來、今に至って七年、推恩授官を得ること纔かに一人、其の選に中る艱難又此の如し、と。夫れ朝廷の士を養う、唯材を成すことの多からんことを欲す。豈艱難を以て貴しとせんや。二千人の衆、七年の久しきを以て、其の去來を通ずるに、幾千人ということを知らず。授官に應ずる者纔かに一人、何ぞ其れ少なきや。正に行藝を書して考察するの法用う可からざるに由ればなり。夫れ人の美行、天の尊爵、仁義忠信、善を樂しんで倦まざるに過ぎたるは莫し。知らず、前日此を書して考察を蒙る者有りや。又云く、今來一切畧し去る此の法、惟長貳をして推擇せしめ、行藝衆の稱する所の者は升げて上舍と爲す、と。行藝に緣るに若し法の考驗すること無くんば、卽ち事實の據る可き無けん。恐らくは人情服せずして、別に爭訟を致さん、と。夫れ文を案じて跡を責むるは、有司の事、庠序材を育し秀を論ずるの道に非ず。且つ之を立つるに格を以てし、之を考うるに文を以てせば、則ち人跡を案じて以て差を求めん、殊に爭心の起こる所以なり。之に賢才を授け、其の委任を重んぜば、則ち人辭して以て分義を犯すこと無くして、訟息む所以なり。今專ら長貳に任ずるを以て不可とす。是れ治體を知らざるの甚だしきなり。古の時、天子宰相を擇んで之に政を任じ、宰相諸司の長官を擇んで之に治を委し、諸司の長官各々其の屬を擇んで授くるに事を以てす。治功成る所以なり。後世朝廷の法を授くる、必ず下に達して、長官法を守ってすること有ることを得ず。前日考察の法是れなり。諸齋に始まって、正錄博士由りして以て長貳に及ぶ。諸齋の取る所、學官其の中に就いて之を論じて、易うること有ることを得ず。學官考うる所、長貳其の中に就いて之を論じて、易うること有ることを得ず。之を易うるときは則ち文を按じて跡を責めて、罪に入る。是れ事下に成って、下以て其の上を制することを得。此れ後世の治まらざる所以なり。今朝廷專ら長貳に任じ、長貳自ら之を屬官に委して、以て下に達せんことを欲す。取舍長貳に在るときは、則ち上下の體順にして、各々其の功を致すことを得。先王治を爲すの道なり。難んずる者は必ず曰わん、長貳人を得ば則ち善し。或は其の人に非ずんば、若かず、防閑詳密ならしめて、上下相制して循い守る可しとするには、と。此れ世俗の鄙論、烏んぞ以て治道を言うに足らん。先王の制法は、人を待って行わる。未だ人を得ざるの法を立つることを聞かず。苟も長貳人に非ずんば、敎育の道を知らず。徒に虛文密法を守らば、果たして以て人才を成すに足らんや。古自り以來、未だ是の如くにして能く治を成す者は有らず。

一、禮部看詳、博士十人、六人分講六經、四人分講論語・孟子、難以施行。今詳禮部所駁之意、却是不知太學有四堂、自來分講諸經、四處各講論語・孟子。又云、諸經輪互講說、若治經家法不同、愈見紛亂。夫人講一經則終一經。是一家之學、比之人講一授。安得却爲紛亂。又云、一人日專一經、不惟己勞、如有疾故在假月日稍久、不免別那博士代講。學者所從、亦安能一。博士之職、比之佗官、極爲淸簡。日講書一授、不足爲勞。人專一經、所從自一。若疾病稍久、或他事故、則出無可奈何。不當以此爲限。
【読み】
一、禮部の看詳に、博士十人、六人は六經を分講せしめ、四人は論語・孟子を分講せしむること、以て施し行い難し、と。今禮部駁する所の意を詳らかにするに、却って是れ太學に四堂有って、自來諸經を分講せしめ、四處各々論語・孟子を講ずということを知らず。又云く、諸經輪互に講說せば、若しくは經を治むるの家法同じからずして、愈々紛亂を見ん、と。夫れ人一經を講ずるときは則ち一經を終う。是れ一家の學、之を人講じて一たび授くるに比す。安んぞ却って紛亂と爲ることを得ん。又云く、一人日に一經を專らにするは、惟己勞するのみにあらず、如し疾故有って月日を假ること稍久しきこと在らば、別に那の博士代わり講ずることを免れず。學者從る所、亦安んぞ能く一ならん、と。博士の職、之を佗官に比するに、極めて淸簡とす。日に書を講じて一たび授くるは、勞すとするに足らず。人一經に專らにすれば、從る所自づから一なり。若し疾病稍久しく、或は他の事故あれば、則ち出るは奈何ともす可き無し。當に此を以て限りと爲すべからず。

一、禮部看詳、武學入學之法、難以施行。乃是禮部未喩立法之意。乞自朝廷詳察。其中、更不引試、便入外舍、尤爲疎簡。其閒豈無隳業苟求之人。亦是禮部未詳外舍之法。其外舍立法、已甚詳密。不過一月須試、又不許請假、隳業之人、無由久容。
【読み】
一、禮部の看詳に、武學入學の法、以て施し行い難しとす。乃ち是れ禮部未だ法を立つるの意を喩らざればなり。乞う朝廷自り詳察したまえ。其の中、更に引試せず、便ち外舍に入るること、尤も疎簡とす。其の閒豈業を隳[おこた]り苟も求むる人無けんや、と。亦是れ禮部未だ外舍の法を詳らかにせざればなり。其の外舍の立法は、已に甚だ詳密なり。一月を過ぎずして須く試みるべく、又請假を許さざれば、業を隳る人、久しく容るるに由無し。

一、禮部看詳、律學本以敎習法律。今來却令講經讀史。不唯事情迂闊、兼妨廢生員專意法律。夫法律之意、蓋本諸經。先能知經、乃可議律。專意法律者、胥吏之事、可以行文案治。期會貫通經義者、士人之事也。可以爲政治民。所以律學必使兼治經史。又云、太學博士、通取幕職州縣官。律學博士、却止取承務郎以上、難以施行。緣太學生秖是布衣之士、或未出官人。設有已歷官人願入、亦是能自折節之人。律學皆是已從仕者。所以敎官須宜稍重。
【読み】
一、禮部の看詳に、律學は本法律を敎え習うことを以てす。今來却って經を講じ史を讀ましむ。唯事情迂闊なるのみにあらず、兼ねて生員を妨廢して意を法律に專らにせしむとす。夫れ法律の意は、蓋し經に本づく。先づ能く經を知って、乃ち律を議す可し。意を法律に專らにする者は、胥吏の事、以て文を行い治を案ず可し。會を期して經義に貫通する者は、士人の事なり。以て政を爲め民を治む可し。所以に律學は必ず經史を兼ね治めしむ。又云く、太學の博士は、通じて幕職州縣の官を取る。律學の博士は、却って止承務郎以上を取ること、以て施し行い難し、と。太學生に緣るに秖[ただ]是れ布衣の士、或は未だ官に出ざるの人なり。設し已に官を歷るの人入ることを願うこと有るも、亦是れ能く自ら節を折るの人なり。律學は皆是れ已に仕に從う者なり。所以に敎官は須く宜しく稍重すべし。

一、禮部看詳、武學制減去三畧・六韜・尉繚子、却合添習孝經・論語・孟子、於事情迂闊。難以施行。勘會元立法減去三畧等、蓋爲鄙淺無取。今禮部以爲有取。恐是不曾研究。其添入孝經・論語等、蓋欲武勇之士能知義理。比之漢明帝令羽林通孝經、唐太宗使飛騎受經、尙未足爲迂闊。
【読み】
一、禮部の看詳に、武學の制三畧・六韜・尉繚子を減じ去って、却って孝經・論語・孟子を添習す合きこと、事情に於て迂闊なり。以て施し行い難しとす。勘會するに元法を立て三畧等を減じ去るは、蓋し鄙淺にして取ること無きが爲なり。今禮部以て取ること有りとす。恐らくは是れ曾て研究せざるならん。其の孝經・論語等を添え入るは、蓋し武勇の士能く義理を知らんことを欲してなり。之を漢の明帝羽林をして孝經に通ぜしめ、唐の太宗飛騎をして經を受けしむるに比するに、尙未だ迂闊とするに足らず。

一、禮部看詳、未有官人、不許入律學、卽舉人盡當遣出。但立入學之法、先在學之人、久須自去。豈有遣出之理。又云、已有官人、使之習學法律、以應吏部試、格正其宜分、難令與。未有官人一例、不許入學、難以施行。夫學古入官、古之制也。未出官人、且令入太學、專治經術、最爲善意。不可改也。
【読み】
一、禮部の看詳に、未だ官有らざるの人、律學に入ることを許さずんば、卽ち舉人盡く當に遣出すべしとす。但學に入るの法を立てば、先に學に在るの人、久しくして須く自ら去るべし。豈遣出するの理有らんや。又云く、已に官有るの人、之をして法律を習學せしめ、以て吏部の試に應じ、其の宜しきを格し正して分かつこと、與せしめ難し。未だ官有らざるの人一例に、學に入ることを許さずんば、以て施し行い難しとす。夫れ古を學んで官に入るは、古の制なり。未だ官に出ざるの人は、且太學に入って、專ら經術を治めしむること、最も善意とす。改む可からず。

一、禮部看詳、國子監敕主簿・書庫官、職事不至繁重、難以不依常制舉官。勘會主簿專管莊土支收文案諸事、最爲繁重。書庫官本職外、準備本監逐時差委幹當。皆須公勤幹敏之人。立法不依常制舉官、所貴得人。禮部又引本所修立上條、不曾申明得旨、敕條不許。旣曰修條、卽須損益舊法。豈可却引舊條破難。朝廷差官修條、卽當盡其所見聽。朝廷取舍、若令逐事先申明取旨、不唯於體非是、兼亦於法無文。
【読み】
一、禮部の看詳に、國子監主簿・書庫官に敕して、職事繁重に至らずとすること、難んずるに常制の舉官に依らざるを以てす。勘會するに主簿は專ら莊土支收文案の諸事を管して、最も繁重とす。書庫官は本職の外、準じて本監に備わって時を逐って差委幹當す。皆公勤幹敏の人を須[もち]う。法を立つること常制の舉官に依らざるは、人を得ることを貴ぶ所なり。禮部又本所上條を修立するを引いて、曾て申し明かして旨を得ず、敕條許さずとす。旣に條を修すと曰わば、卽ち須く舊法を損益すべし。豈却って舊條を引いて破難す可けんや。朝廷官を差し條を修するは、卽ち當に其の見聽く所を盡くすべし。朝廷の取舍、若し逐事先づ申し明かして旨を取らしめば、唯體に於て是に非ざるのみにあらず、兼ねて亦法に於て文無し。

一、禮部看詳、助敎雖緣進納、亦繫有官人。難以却令繳納誥敕、繫牴牾。勘會上條繫舊法。竊詳元初立法之意、蓋爲助敎。皆是富民只納數百千、便得爲士人。卽恐流類混雜。又不可絕人進善。所以願納誥身、乃許入學。今來禮部駁難、必爲專指助敎。其餘進納官、却無此法。蓋進納自齋郎以上、朝廷許其臨政治民。難爲不許入學。監學立法、又不可侵議。進納條貫、所以專指助敎。
【読み】
一、禮部の看詳に、助敎は進納に緣ると雖も、亦官有る人に繫かる。難んずるに却って納誥を繳[おさ]めしめて敕するは、牴牾[ていご]に繫かるというを以てす。勘會するに上條は舊法に繫かる。竊かに元初法を立つるの意を詳らかにするに、蓋し助敎の爲にす。皆是れ富民只數百千を納めて、便ち士人と爲ることを得。卽ち恐れらくは流類混雜せんことを。又人善に進むを絕つ可からず。所以に誥身に納むることを願えば、乃ち學に入ることを許す。今來禮部の駁難、必ず專ら助敎を指すとす。其の餘は進納の官、却って此の法無し。蓋し進納齋郎自り以上は、朝廷其の政に臨み民を治むることを許す。學に入ることを許さざることを爲し難し。學を監み法を立つるも、又侵議す可からず。進納の條貫、專ら助敎を指す所以なり。

一、禮部看詳、大率以檢察士人爲不可。竊以朝廷欲厚風敎、必自士人始。近世士風薄惡、士人不修行檢、或無異於市井小人、朝廷未嘗有法以敎勵檢束之也。近年方有檢察舉人條貫、今來立法、更加增益、使之詳備。蓋欲士人有所忌憚、而天下知朝廷欲厚風敎之意、習俗漸化。今禮部難云、牒開封府或本貫施行、卽不說如何施行事節。又帖子(文具回禮部取問狀。)勘會學生在學有犯則依學規、待學者之道也。舉人及仕族子弟有犯於外、自有條法。更令本監察訪者、蓋欲朝廷有法檢束士人、知所戒懼爾。況所察皆是顯惡、失士人之行者、難爲因本監察訪、不用常憲。又云、假有舉人本貫是廣南、遊學在西川、若有所犯、却牒廣南施行、顯是迂枉。今令本監採訪、及牒開封府、則是在京。所以更云或本貫者、或者疑辭。蓋量宜可牒本貫、則牒本貫、欲其一郷知戒爾。禮部有西川牒廣南之說、乃是誤認立法之意。
【読み】
一、禮部の看詳に、大率士人を檢察するを以て不可とす。竊かに以みるに朝廷風敎を厚くせんと欲せば、必ず士人自り始むる。近世士風薄惡にして、士人行檢を修めず、或は市井の小人に異なること無きは、朝廷未だ嘗て法以て之を敎勵檢束すること有らざればなり。近年方に舉人を檢察する條貫有り、今來法を立て、更に增益を加えて、之をして詳備ならしむ。蓋し士人忌み憚る所有って、天下朝廷風敎を厚くせんと欲するの意を知って、習俗漸く化せんことを欲すればなり。今禮部難んじて云く、開封府に牒して或は本貫に施し行うこと、卽ち如何にか施し行うの事節を說かず、と。又帖子(文は禮部問いを取るに回す狀に具わる。)勘會するに學生學に在って犯すこと有れば則ち學規に依るは、學者を待つの道なり。舉人及び仕族の子弟外に犯すこと有れば、自づから條法有り。更に本監をして察訪せしむる者は、蓋し朝廷法の士人を檢束すること有って、戒め懼るる所を知らしめんと欲するのみ。況んや察する所皆是れ顯惡にして、士人の行いを失する者、本監の察訪に因って、常憲を用いざることを爲し難し。又云く、假えば舉人の本貫是れ廣南、遊學して西川に在ること有って、若し犯す所有るに、却って廣南に牒して施し行わば、顯らかに是れ迂枉なり、と。今本監をして採訪せしめ、及び開封府に牒するときは、則ち是れ京に在り。所以に更に或は本貫と云う者は、或はというは疑いの辭なり。蓋し宜しきを量って本貫に牒す可きときは、則ち本貫に牒して、其の一郷知戒せんことを欲するのみ。禮部西川廣南に牒するの說有るは、乃ち是れ法を立つるの意を誤り認むればなり。

一、禮部看詳稱、三舍升補法、不可以廢。須用命官正錄。其三舍升補舊法、事理甚明白、賢愚所共知。繫在朝廷取舍。又云、新條添置學生、充正錄人、給錢米屋若干。未見支錢米去處。竊(徐本竊作切。)緣自來職事人皆有俸錢、禮部合知支錢去處。又云、屋見繫出賃、收掠房錢、難以施行。錢旣可支、屋亦何異。新條明載於閑慢處支撥。無難行之理。
【読み】
一、禮部の看詳に稱す、三舍升補の法、以て廢す可からず。須く命官正錄を用うべし。其の三舍升補の舊法、事理甚だ明白にして、賢愚共に知る所なり。繫かるは朝廷の取舍に在り、と。又云く、新條に學生を添え置いて、正錄の人に充て、錢米屋若干を給す。未だ支錢米去る處を見ず、と。竊かに(徐本竊を切に作る。)緣るに自來職事の人皆俸錢有り、禮部支錢の去る處を知る合し。又云く、屋賃を出すに繫ることを見て、房錢を收掠すること、以て施し行い難し。錢旣に支す可くんば、屋も亦何ぞ異ならん、と。新條に明らかに閑慢處支撥することを載す。行い難きの理無し。

一、禮部看詳、舊條錢物格令所不載者、長貳審詳比類支給。今來所修新條、刪去比類二字、只令長貳裁度支破。緣存比類二字、卽臨時輕重多寡、有所依倣、不至過有支破。合依舊存比類二字。禮部先有帖子取問、本所因何刪去舊條比類二字。本所供答稱、勘會本監支費(文具回禮部取問狀内。)、其事理甚明。乞自朝廷詳酌。
【読み】
一、禮部の看詳に、舊條の錢物格令に載せざる所の者、長貳比類を審詳にして支給す。今來修する所の新條、比類の二字を刪り去って、只長貳をして裁度支破せしむ。比類の二字を存するに緣るに、卽ち時に臨んで輕重多寡、依り倣う所有って、過って支破すること有るに至らず。舊に依って比類の二字を存す合し。禮部先に帖子有って問いを取る、本所何に因ってか舊條比類の二字を刪り去る、と。本所の供答に稱す、勘會するに本監の支費(文は禮部問いを取るに回す狀の内に具わる。)、其の事理甚だ明らかなり、と。乞う朝廷自り詳酌せんことを。

一、禮部勘會、官員在職、遭祖父母喪、不許解官行服。今若獨令舉人不得應舉、考之人情、法意皆所未安。竊以官員在職、蓋守其常。舉人應舉、乃是求進。律禁冒哀求仕、不聞禁冒哀守常也。官員與舉人事體不同。又云、今乞修改貢舉條貫、及立到上條遭祖父母喪、給長假奔喪等事、難議施行。學生遭祖父母喪、非有君事官守、安然不奔、自非不孝甚惡之人、不應至此。學校所以厚人倫。立法固當敎以尊祖。若祖父母喪不許奔、深害人理。
【読み】
一、禮部の勘會に、官員職に在って、祖父母の喪に遭えば、官を解して服を行うことを許さず。今若し獨り舉人をして舉に應ずることを得ざらしめば、之を人情に考うるに、法意皆未だ安んぜざる所なり、と。竊かに以みるに官員職に在るは、蓋し其の常を守るなり。舉人舉に應ずるは、乃ち是れ進むことを求むるなり。律哀を冒して仕を求むることを禁じて、哀を冒して常を守るを禁ずることを聞かず。官員と舉人と事體同じからず。又云く、今貢舉の條貫を修改せんと乞い、及び立[たちどころ]に上條祖父母の喪に遭うに到るに、長く假して喪に奔ることを給す等の事、施し行うことを議し難しとす。學生祖父母の喪に遭って、君事官守有るに非ずして、安然として奔らざるは、自づから不孝甚惡の人に非ずんば、此に至る應からず。學校は人倫を厚くする所以なり。立法は固に當に敎うるに祖を尊ぶことを以てすべし。若し祖父母の喪奔ることを許さずんば、深く人理を害す。

一、禮部看詳、新制博士減去二員、又令一人專講一經。無輪講法。又添分治學事。比舊已是煩勞。兼月課先須考較。緣又考課卷不少、又令五人爲番請召對面點抹、慮日力不給、却成苟簡。亦生員請益、恐不暇應答。難以施行。自來學中生員整會假限、辯理事節、自有牒訴、如聽訟之所。今來修改法制、無致訟之端。學事淸簡、博士日逐說書治學事、不爲煩勞。改試爲課、乃學校大體。當面點抹敎告、爲益最多。舊來公私試排比名次、衆人爭計高下、必銖銖而校之、用功甚多。當面讀過、指其瑕病、用力甚少。一日只請三番、計人數十日可畢。今限半月。已甚優遊。又有長貳察其當否之法、無日力不足、却成苟簡之事。自來學官學生、皆不相識。今則人人相接、易爲誘益。
【読み】
一、禮部の看詳に、新制に博士二員を減じ去り、又一人をして專ら一經を講ぜしむ。輪講の法無し。又學事を分け治むることを添う。舊に比するに已に是れ煩勞なり。兼ねて月課先づ須く考較すべし。又課卷を考うること少なからざるに緣りて、又五人をして番と爲さしめて請召對面して點抹せば、慮るに日力給せずして、却って苟簡と成らん。亦生員の請益、恐らくは應答するに暇あらず。以て施し行い難しとす。自來學中の生員假限を整會し、事節を辯理して、自ら牒訴すること有って、訟を聽く所の如し。今來法制を修改して、訟を致す端無し。學事淸簡なれば、博士日に說書を逐って學事を治しめて、煩勞を爲さず。試を改めて課と爲すは、乃ち學校の大體なり。當面に點抹して敎え告ぐれば、益を爲すこと最も多し。舊來公私の試名次を排比すれば、衆人高下を爭い計って、必ず銖銖にして之を校[くら]べて、功を用うること甚だ多し。當面に讀過して、其の瑕病を指せば、力を用うること甚だ少なし。一日に只請うこと三番なれば、人數を計るに十日にして畢う可し。今半月を限る。已に甚だ優遊なり。又長貳其の當否を察するの法有って、日力足らずして、却って苟簡と成る事無し。自來學官學生、皆相識らず。今は則ち人人相接して、誘益を爲し易し。

一、禮部看詳、改齋諭爲學諭。名稱不正。自慶曆學制、逐齋置學諭。蓋學正者太學之正也。學諭者敎諭爲學者也。義各不同。非是名稱不正。齋諭之名、不成意義。今來改作學諭、本爲正名。又云、長貳選差、與舊法不同。難議施行。帖子稱、舊令繫令博士參預、不唯知接生員。親於長貳、亦或互相防檢、無所容私。新條立意、大率唯是欲朝廷重倚任。故使長貳自委其屬。禮部所難、大率唯是欲密爲防檢。恐其有私。若使屬與其長互相防檢、非先王之道。
【読み】
一、禮部の看詳に、齋諭を改めて學諭とす。名稱正しからずとす。慶曆の學制自り、逐齋學諭を置く。蓋し學正は太學の正なり。學諭は敎諭を學とする者なり。義各々同じからず。是れ名稱正しからざるに非ず。齋諭の名、意義を成さず。今來改めて學諭と作すは、本名を正さんが爲なり。又云く、長貳の選差、舊法と同じからず。施し行うことを議し難し、と。帖子に稱す、舊令繫ること博士をして參預せしめて、唯生員に接することを知らず。長貳に親しみ、亦或は互いに相防檢せば、私を容るる所無し、と。新條の立意は、大率唯是れ朝廷倚任を重くせんことを欲す。故に長貳をして自ら其の屬に委せしむ。禮部の難んずる所は、大率唯是れ密に防檢をせんことを欲す。恐らくは其れ私有らん。若し屬をして其の長と互いに相防檢せしめば、先王の道に非ず。

一、禮部看詳、保官狀式、舊條稱私罪徒。今條稱私罪情重。舊條稱徭人幷相容隱之人、不許爲保。今條内刪去。又舊條稱曾經屛斥之人、不許入保。今條内稱自來士行無闕。舊條稱未及七十。今條内稱年若干、竝無刪改因依。兼慮士行無闕、立文太泛、有司難以執用。勘會私罪雖不至徒、有情重不可爲保者。徭人與歸明無異相隱之人。及七十以上、自有海行格式。旣云士行無闕、則曾經屛斥在其中矣。
【読み】
一、禮部の看詳に、保官の狀式、舊條に私罪の徒と稱す。今條に私罪情重しと稱す。舊條に徭人幷びに相容れ隱す人、保爲ることを許さずと稱す。今條の内に刪り去る。又舊條に曾て屛斥を經る人、保に入ることを許さずと稱す。今條の内に自來士の行闕くること無しと稱す。舊條に未だ七十に及ばずと稱す。今條の内に年若干と稱して、竝びに刪り改むること無くして因り依る。兼ねて士の行闕くること無しというを慮るに、文を立つること太だ泛くして、有司以て執り用い難しとす。勘會するに私罪徒に至らずと雖も、情重くして保爲る可からざる者有り。徭人歸に與れば明らかに相隱す人に異なること無し。及び七十以上は、自づから海行の格式有り。旣に士の行闕くること無しと云うときは、則ち曾て屛斥を經るも其の中に在り。

一、禮部看詳、學規舊制、不齒之罰、一曰盜博鬭毆。今刪去盜字。卽未委犯盜、合如何施行。若謂行止乖惡、注云乖惡多端。犯名敎者皆是包盜在内。又緣謗訕・悖慢・凶恣・受賕・鬭毆之類、亦是有犯名敎、亦是合包括在内。今却分立、兼行止乖惡、舊無此一項。竊(徐本竊作切。)緣學校所以檢束學者、不可設盜賊之法。況有行止乖惡一條、凡言之醜者皆麗其中。他犯可言者、自合分立條項。
【読み】
一、禮部の看詳に、學規舊制、齒せざるの罰、一に曰く、盜博鬭毆、と。今盜の字を刪り去る。卽ち未だ盜を犯すを委せずして、合に如何にか施し行うべき。若しくは謂ゆる行止乖惡は、注して乖惡多端と云う。名敎を犯す者は皆是れ盜を包[か]ねて内に在り。又謗訕・悖慢・凶恣・受賕・鬭毆の類に緣るに、亦是れ名敎を犯すこと有り、亦是れ包括して内に在る合し。今却って分かち立つるに、行止乖惡に兼ねて、舊此の一項無しとす。竊かに(徐本竊を切に作る。)緣るに學校は學者を檢束する所以、盜賊の法を設くる可からず。況んや行止乖惡の一條有って、凡そ之を醜と言う者は皆其の中に麗[つ]く。他犯の言う可き者は、自づから條項を分かち立つる合し。


修立孔氏條制(元祐元年十月。○奏狀闕。)
【読み】
孔氏を修立する條制(元祐元年十月。○奏狀闕く。)

一、添賜田幷舊賜爲五百頃。設溝封、爲奉聖郷。世襲奉聖公爵、以奉祭祀。不使更爲他官、位在中大夫之下。如有高才重德、朝廷必賴其用、卽令嗣子奉祀事。
【読み】
一、添え賜うの田幷びに舊賜五百頃とす。溝封を設けて、奉聖郷とす。世々奉聖公の爵を襲わしめて、以て祭祀に奉ぜしむ。更に他官と爲さしめず、位中大夫の下に在り。如し高才重德有って、朝廷必ず其の用に賴れば、卽ち嗣子をして祀の事に奉ぜしむ。

一、所賜田、蠲免稅賦、依郷川厚薄、召人種佃。其佃戶(徐本戸作月。)、竝免差傜夫役。
【読み】
一、賜う所の田、稅賦を蠲免[けんめん]し、郷川の厚薄に依って、人を召して種佃せしむ。其の佃戶(徐本戸を月に作る。)、竝びに差傜夫役を免ず。

一、奉聖公表章慶賀、進奉聖節、竝依衮州例。朝廷頒歷賜衣等恩數、竝依衮州知州。每遇大禮、許入覲陪位。
【読み】
一、奉聖公の表章慶賀、奉聖の節を進むること、竝びに衮州の例に依る。朝廷頒歷賜衣等の恩數、竝びに衮州の知州に依る。大禮に遇う每に、入覲して位に陪することを許す。

一、奉聖公差當直兵士三十人(一作二十人。)
【読み】
一、奉聖公の差當兵士三十人(一に二十人に作る。)に直[あ]たる。

一、奉聖公宅敎授一人、主導翊襲封之人、及敎導其嗣子。吏部於舉到學官内選差。
【読み】
一、奉聖公の宅敎授一人、襲封の人を導き翊[たす]くることを主り、及び其の嗣子を敎え導く。吏部舉到に於て學官の内に選差す。

一、置官一員、主其家事。或只令僊源縣簿尉兼管。
【読み】
一、官一員を置いて、其の家事を主らしむ。或は只僊源縣の簿尉兼管せしむ。


参考文献
『和刻本漢籍 二程全書』(中文出版社)
『二程集』(里仁書局)