二程全書卷之六十二  伊川先生文四

雜著

顏子所好何學論(先生始冠、遊太學、胡安定以是試諸生、得此論、大驚異之、卽請相見、遂以先生爲學職。)
【読み】
顏子の好む所何の學の論(先生始めて冠して、太學に遊ぶとき、胡安定是を以て諸生を試み、此の論を得て、大いに之を驚異して、卽ち請いて相見て、遂に先生を以て學職とす。)

聖人之門、其徒三千、獨稱顏子爲好學。夫詩・書六藝、三千子非不習而通也。然則顏子所獨好者、何學也。學以至聖人之道也。
【読み】
聖人の門、其の徒三千、獨り顏子を稱して學を好むとす。夫れ詩・書六藝、三千子習って通ぜざるには非ず。然らば則ち顏子獨り好む所の者は、何の學ぞや。以て聖人に至るの道を學ぶなり。

聖人可學而至歟。曰、然。學之道如何。曰、天地儲精、得五行之秀者爲人。其本也眞而靜、其未發也五性具焉。曰、仁義禮智信。形旣生矣。外物觸其形而動於中矣。其中動而七情出焉。曰、喜怒哀樂愛惡欲。情旣熾而益蕩、其性鑿矣。是故覺者約其情使合於中、正其心、養其性。故曰性其情。愚者則不知制之、縱其情而至於邪僻、梏其性而亡之。故曰情其性。凡學之道、正其心、養其性而已。中正而誠、則聖矣。君子之學、必先明諸心、知所養(一作往。)、然後力行以求至。所謂自明而誠也。故學必盡其心。盡其心、則知其性。知其性、反而誠之、聖人也。故洪範曰、思曰睿、睿作聖。誠之之道、在乎信道篤。信道篤則行之果、行之果則守之固。仁義忠信不離乎心、造次必於是、顚沛必於是、出處語默必於是、久而弗失、則居之安、動容周旋中禮、而邪僻之心無自生矣。
【読み】
聖人は學んで至る可しや。曰く、然り。學の道如何。曰く、天地精を儲けて、五行の秀を得る者を人とす。其の本や眞にして靜かに、其の未だ發せざるや五性具わる。曰く、仁義禮智信なり。形旣に生ず。外物其の形に觸れて中に動く。其の中動いて七情出づ。曰く、喜怒哀樂愛惡欲なり。情旣に熾んにして益々蕩して、其の性鑿す。是の故に覺者は其の情を約して中に合わしめ、其の心を正し、其の性を養う。故に其の情を性にすと曰う。愚者は則ち之を制することを知らず、其の情を縱にして邪僻に至り、其の性を梏して之を亡ぼす。故に其の性を情にすと曰う。凡そ學の道は、其の心を正し、其の性を養うのみ。中正にして誠なれば、則ち聖なり。君子の學は、必ず先づ心を明らかにし、養う(一に往に作る。)所を知って、然して後に力め行って以て至ることを求む。所謂明らかなる自りして誠なるなり。故に學は必ず其の心を盡くす。其の心を盡くすときは、則ち其の性を知る。其の性を知って、反って之を誠にするは、聖人なり。故に洪範に曰く、思うに睿と曰い、睿は聖と作る、と。之を誠にする道は、道を信ずること篤きに在り。道を信ずること篤きときは則ち之を行うこと果に、之を行うこと果なるときは則ち之を守ること固し。仁義忠信心に離れず、造次にも必ず是に於てし、顚沛にも必ず是に於てし、出處語默にも必ず是に於てして、久しくして失せざるときは、則ち之に居ること安んじて、動容周旋禮に中って、邪僻の心自って生ずること無し。

故顏子所事、則曰非禮勿視、非禮勿聽、非禮勿言、非禮勿動。仲尼稱之、則曰得一善、則拳拳服膺而弗失之矣、又曰不遷怒、不貳過、有不善未嘗不知、知之未嘗復行也。此其好之篤、學之之道也。視聽言動皆禮矣。所異於聖人者、蓋聖人則不思而得、不勉而中、從容中道。顏子則必思而後得、必勉而後中。故曰顏子之與聖人、相去一息。孟子曰、充實而有光輝之謂大、大而化之之謂聖、聖而不可知之謂神。顏子之德、可謂充實而有光輝矣。所未至者、守之也。非化之也。以其好學之心、假之以年、則不日而化矣。故仲尼曰、不幸短命死矣。蓋傷其不得至於聖人也。所謂化之者、入於神而自然不思而得、不勉而中之謂也。孔子曰七十而從心所欲不逾矩、是也。
【読み】
故に顏子の事とする所は、則ち禮に非ずんば視ること勿かれ、禮に非ずんば聽くこと勿かれ、禮に非ずんば言うこと勿かれ、禮に非ずんば動くこと勿かれと曰う。仲尼之を稱して、則ち一善を得れば、則ち拳拳として膺[むね]に服[つ]けて之を失わずと曰い、又怒りを遷さず、過ちを貳びせず、不善有れば未だ嘗て知らずんばあらず、之を知れば未だ嘗て復行わずと曰う。此れ其の之を好むこと篤くして、之を學ぶの道なり。視聽言動は皆禮なり。聖人に異なる所の者は、蓋し聖人は則ち思わずして得、勉めずして中り、從容として道に中る。顏子は則ち必ず思って而して後に得、必ず勉めて而して後に中る。故に顏子と聖人と、相去ること一息と曰う。孟子曰く、充實して光輝有る之を大と謂い、大にして之を化する之を聖と謂い、聖にして知る可からざる之を神と謂う、と。顏子の德は、充實して光輝有ると謂う可し。未だ至らざる所の者は、之を守ればなり。之を化するに非ざるなり。其の學を好むの心を以て、之に假すに年を以てせば、則ち日あらずして化せん。故に仲尼曰く、不幸短命にして死す、と。蓋し其の聖人に至ることを得ざるを傷んでなり。所謂之を化する者は、神に入って自然に思わずして得、勉めずして中るの謂なり。孔子七十にして心の欲する所に從って矩を逾えずと曰う、是れなり。

或曰、聖人、生而知之者也。今謂可學而至、其有稽乎。曰、然。孟子曰、堯・舜性之也。湯・武反之也。性之者、生而知之者也。反之者、學而知之者也。又曰、孔子則生而知也。孟子則學而知也。後人不達、以謂聖本生知、非學可至、而爲學之道遂失、不求諸己而求諸外、以博聞强記巧文麗辭爲工、榮華其言、鮮有至於道者、則今之學、與顏子所好異矣。
【読み】
或るひと曰く、聖人は、生まれながらにして之を知る者なり。今學んで至る可しと謂う、其れ稽[いた]ること有りや、と。曰く、然り。孟子曰く、堯・舜は之を性のままにす。湯・武は之に反る、と。之を性のままにする者は、生まれながらにして之を知る者なり。之に反る者は、學んで之を知る者なり。又曰く
、孔子は則ち生まれながらにして知るなり。孟子は則ち學んで知るなり。後人達せずして、以て聖は本生知、學んで至る可きに非ずと謂いて、學を爲むるの道遂に失して、己に求めずして外に求め、博聞强記巧文麗辭を以て工と爲し、其の言を榮華にして、道に至ること有ること鮮き者は、則ち今の學と、顏子の好む所と異なればなり。


養魚記(時年二十二)
【読み】
魚を養う記(時に年二十二)

書齋之前有石盆池、家人買魚子食貓。見其煦沫也、不忍。因擇可生者、得百餘、養其中。大者如指、細者如箸。支頤而觀之者竟日。始舍之、洋洋然、魚之得其所也。終觀之、戚戚焉、吾之感於中也。
【読み】
書齋の前に石盆池有り、家人魚子を買って貓を食[やしな]う。其の煦沫[くまつ]を見るに、忍びず。因りて生く可き者を擇んで、百餘を得て、其の中に養う。大なる者は指の如く、細なる者は箸の如し。頤を支えて之を觀る者竟日。始め之を舍して、洋洋然たるは、魚の其の所を得るなり。終わりに之を觀て、戚戚焉たるは、吾が中に感ずるなり。

吾讀古聖人書、觀古聖人之政、禁數罟不得入洿池、魚尾不盈尺不中取、市不得鬻、人不得食。聖人之仁、養物而不傷也如是。物獲如是、則吾人之樂其生、遂其性、宜何如哉。思是(一無此二十字。)魚之(一無之字。)於是時、寧有是困耶。推是魚孰不可見耶。
【読み】
吾れ古の聖人の書を讀み、古の聖人の政を觀るに、數罟[そくこ]を禁じて洿池[こち]に入ることを得ず、魚尾尺に盈たず取るに中らずんば、市鬻[ひさ]ぐことを得ず、人食うことを得ず。聖人の仁、物を養って傷めざること是の如し。物是の如くなることを獲ば、則ち吾人の其の生を樂しみ、其の性を遂ぐること、何如とす宜きや。是を思うに(一に此の二十字無し。)魚の(一に之の字無し。)是の時に於る、寧ろ是の困しみ有らんや。是を推すに魚孰か見る可からざらんや。

魚乎、魚乎、細鉤密網、吾不得禁之。於彼炮燔咀嚼、吾得免爾。於此吾知、江海之大、足使爾遂其性。思置汝於彼、而未得其路。徒能以斗斛之水、生汝之命。生汝誠吾心。汝得生已多、萬類天地中、吾心將奈何。魚乎、魚乎、感吾心之戚戚者、豈止魚而已乎。因作養魚記(一無此上十一字、有爾乎二字。)。至和甲午季夏記。
【読み】
魚よ、魚よ、細鉤密網は、吾れ之を禁ずることを得ず。彼の炮燔咀嚼に於ては、吾れ免ることを得せしめんのみ。此に於て吾れ知る、江海の大なる、爾をして其の性を遂げしむるに足れり。汝を彼に置かんことを思えども、未だ其の路を得ず。徒に能く斗斛の水を以て、汝の命を生かす。汝を生かすは誠に吾が心なり。汝生を得ること已に多くして、天地の中に萬類たらば、吾が心將に奈何とかせん。魚よ、魚よ、吾が心に感ずる戚戚たる者、豈止魚のみならんや。因りて養魚記を作る(一に此の上の十一字無くして、爾乎の二字有り。)。至和甲午季夏に記す。

吾昔作養魚記。于茲幾三十年矣。故藁中偶見之、竊自歎少(徐本少作幼。)而有志、不忍毀去。觀昔日之所知、循今日之所至、愧負初心。不幾於自棄者乎。示諸小子、當以吾爲戒。元豐己未正月戊戌、西齋南窗下書。
【読み】
吾れ昔養魚記を作る。茲に于て幾ど三十年なり。故藁の中に偶々之を見て、竊かに自ら少くして(徐本少を幼に作る。)志有って、毀ち去るに忍びざることを歎ず。昔日の知る所を觀て、今日の至る所に循うに、初心に負くことを愧づ。自棄の者に幾からずや。諸を小子に示して、當に吾を以て戒めと爲すべし。元豐己未正月戊戌、西齋南窗の下に書す。


爲家君作試漢州學策問三
【読み】
家君の爲に作する漢州の學に試みる策問三つ

問、士之所以貴乎人倫者、以明道也。若止於治聲律、爲祿利而已、則與夫工技之事、將何異乎。夫所謂道、固若大路然。人皆可勉而至也。如不可學而至、則古聖人何爲敎人勤勤如是。豈其欺後世邪。然學之之道當如何。
【読み】
問う、士の人倫を貴ぶ所以の者は、道を明らかにするを以てなり。若し止聲律を治め、祿利の爲にするのみに於てせば、則ち夫の工技の事と、將何ぞ異ならんや。夫れ所謂道は、固に大路の若く然り。人皆勉めて至る可し。如し學んで至る可からずんば、則ち古の聖人何爲れぞ人を敎えて勤勤たらしむること是の如くならんや。豈其れ後世を欺かんや。然して之を學ぶ道當に如何にかすべき。

後之儒者、莫不以爲文章、治經術爲務。文章則華靡其詞、新奇其意、取悅人耳目而已。經術則解釋辭訓、較先儒短長、立異說以爲己工而已。如是之學、果可至於道乎。仲尼之門、獨稱顏子爲好學、則曰不遷怒、不貳過也。與今之學、不其異乎。
【読み】
後の儒者、以て文章を爲り、經術を治むるを務めとせざるは莫し。文章は則ち其の詞を華靡にし、其の意を新奇にして、人の耳目を悅ばしむることを取るのみ。經術は則ち辭訓を解釋し、先儒の短長を較べ、異說を立てて以て己が工とするのみ。是の如きの學、果たして道に至る可けんや。仲尼の門、獨り顏子を稱して學を好むと爲すには、則ち怒りを遷さず、過ちを貳びせずと曰う。今の學と、其れ異ならずや。

或曰、如是則在修身謹行而已。夫檢於行者、設曰勉强之可也。通諸心者、姑謹修而可能乎。況無諸中不能强於外也。此爲儒之本。諒諸君之所素存也。幸明辨而詳著于篇。
【読み】
或るひと曰く、是の如くなるときは則ち身を修め行いを謹むに在るのみ、と。夫れ行いを檢する者は、設い之を勉强すと曰うとも可なり。心に通ずる者は、姑く謹み修めて能くす可けんや。況んや中に無ければ外に强うること能わざるなり。此れ儒の本爲り。諒に諸君の素より存する所なり。幸いに明らかに辨じて詳らかに篇に著せ。

問、聖人之道傳諸經、學者必以經爲本。然而諸經之奧、多所難明。今取其大要、各舉其一以言之。
【読み】
問う、聖人の道は諸經に傳わって、學者必ず經を以て本と爲す。然れども諸經の奧、明らかにし難き所多し。今其の大要を取って、各々其の一を舉げて以て之を言う。

夫易卦之德曰元亨利貞。或爲四。曰元也、亨也、利也、貞也。或爲二。曰大亨也、利於貞也。其詞旣同、義可異乎。所以異者何謂。
【読み】
夫れ易卦の德を元亨利貞と曰う。或は四つとす。曰く、元なり、亨なり、利なり、貞なり。或は二つとす。曰く、大いに亨るなり、貞しきに利あるなり。其の詞旣に同じくして、義異なる可けんや。異なる所以の者は何の謂ぞや。

春秋垂褒貶之法。所貶則明矣。所褒者何事。
【読み】
春秋は褒貶の法を垂る。貶する所は則ち明らかなり。褒する所の者は何事ぞ。

詩之美刺、聖人取其止乎禮義者、以爲法於後世。晉武公身爲幷奪、無衣美之。其敎安在。
【読み】
詩の美刺は、聖人其の禮義に止まる者を取って、以て法を後世に爲す。晉の武公身ら幷せ奪うことを爲して、無衣に之を美す。其の敎安にか在る。

書爲王者軌範。不獨著聖王之事以爲法也、亦存其失以示戒爾。五子之歌是也。如盤庚之遷國、穆王之訓刑、爲是而可法邪、爲非而可戒邪。
【読み】
書は王者の軌範爲り。獨り聖王の事を著して以て法と爲すのみならず、亦其の失を存して以て戒めを示すのみ。五子の歌是れなり。盤庚の遷國、穆王の訓刑の如き、是と爲して法る可けんや、非と爲して戒む可けんや。

禮記雜出於漢諸儒、所傳謬亂多矣。考之完合於聖人者、其篇有幾。
【読み】
禮記は漢の諸儒に雜出して、傳うる所謬亂多し。之を考えて完く聖人に合する者、其の篇幾か有る。

夫古人之學貴專、不以泛濫爲賢。諸君之於經、必各有所治。人言其所學可也。惟毋泛、毋畧。
【読み】
夫れ古人の學は專らなることを貴んで、泛濫を以て賢とせず。諸君の經に於る、必ず各々治むる所有らん。人々其の學ぶ所を言って可なり。惟泛すること毋かれ、畧すること毋かれ。

問、儒者積學於己、以待用也。當世之務、固當講明。若夫朝廷之治、君相謨之、斯無閒矣。以一郡而言、守之職豈不以養人爲本。然而民產不制、何術以濟乎困窮。吏繇有數、何道以寬乎力役。比閭無法、敎化何由而可行。衣食不足、風俗何緣而可厚。
【読み】
問う、儒者は學を己に積んで、以て用を待つ。當世の務め、固に當に講じ明かすべし。若し夫れ朝廷の治は、君相之を謨[はか]って、斯れ閒無し。一郡を以て言うに、守の職豈不を養うを以て本とせざらんや。然れども民產制せずんば、何の術にしてか以て困窮を濟わん。吏繇[りよう]數有らば、何の道にしてか以て力役を寬くせん。比閭法無くんば、敎化何に由って行わる可けん。衣食足らずんば、風俗何に緣って厚かる可けん。

自唐而上、世有循吏、著之史册。何今世獨無其人。豈古之治不可行於今邪。抑爲之者不得其道邪。思欲仰希前哲之爲、上副聖朝之寄、何所施設而能及斯。
【読み】
唐自りして上、世々循吏有って、之を史册に著す。何ぞ今世獨り其の人無き。豈古の治今に行う可からざるか。抑々之をする者其の道を得ざるか。思うに仰いで前哲の爲[しわざ]を希い、上聖朝の寄に副わんと欲せば、何の施し設くる所にしてか能く斯に及ばん。

諸君從事於學、旣勤且久。爲政(徐本政作敢。)之方、固當明其體要。至於民(一作風。)(一作之。)利病、皆耳目之所接也。願陳高論、得以矜式。
【読み】
諸君は事に學に從うこと、旣に勤めて且つ久し。政を(徐本政を敢に作る。)爲むる方、固に當に其の體要を明らかにすべし。民(一に風に作る。)(一に之に作る。)利病に至っては、皆耳目の接する所なり。願わくは高論を陳べて、以て矜み式[のっと]ることを得ん。


爲家君書家藏太宗皇帝寶字後
【読み】
家君の爲に家藏の太宗皇帝の寶字の後に書す

先臣少師、以府僚事太宗皇帝於開封、被眷特異、前後所賜親筆多矣。天聖中、遭家難、諸父繼亡。臣時未冠、復在遠方、京師賜第、外姻守之、寶藏之物、旣於盜手。於今在者、乃其遺也。故太宗遺書惟存十三(徐本三作二。)字。其六乃開封文移、皆緣祭祀及貢舉事。臣恭思太宗皇帝以介弟之貴、晉王之重、尹正天府、而常事之小者、皆親書之(自來大臣領州小事、多不親書。)。聖心可見矣。蓋於祀事之嚴、取士之重、雖細故必親。誠孝恭虔之心也。急賢好士之心也。嗚呼、成萬世無窮之基、豈不由是心乎。愚臣竊謂、是心也宜爲後聖法。元祐四年己巳十一月癸未、太中大夫致仕上柱國永年縣開國伯、食邑九百戶、臣程珦題。
【読み】
先臣少師、府僚を以て太宗皇帝に開封に事え、眷を被ること特に異にして、前後賜う所の親筆多し。天聖中に、家難に遭い、諸父繼いで亡ぶ。臣時に未だ冠せず、復遠方に在り、京師の賜第、外姻之を守って、寶藏の物、盜手に旣く。今に於て在る者は、乃ち其の遺りなり。故に太宗の遺書惟十三(徐本三を二に作る。)字を存するのみ。其の六は乃ち開封の文移、皆祭祀及び貢舉の事に緣る。臣恭しく思うに太宗皇帝介弟の貴き、晉王の重きを以て、天府に尹正として、常事の小なる者も、皆之を親書す(自來大臣領州小事、多く親書せず。)。聖心見る可し。蓋し祀事の嚴、士を取るの重きに於ては、細故と雖も必ず親らす。誠孝恭虔の心なり。賢を急にし士を好むの心なり。嗚呼、萬世無窮の基を成すこと、豈是の心に由らざるや。愚臣竊かに謂えらく、是の心宜しく後聖の法と爲すべし。元祐四年己巳十一月癸未、太中大夫致仕上柱國永年縣開國の伯、食邑九百戶、臣程珦題す。


禊飮詩序
【読み】
禊飮[けいいん]の詩の序

上巳禊飮、風流遠矣。而蘭亭之會、最爲後人所稱慕者、何哉。蓋其遊多豪逸之才、而右軍之書、復爲好事者所重爾。事之顯晦、未嘗不在人也。
【読み】
上巳の禊飮、風流遠し。而も蘭亭の會、最も後人の爲に稱慕せらるる者は、何ぞや。蓋し其の遊多くは豪逸の才にして、右軍の書、復事を好む者の爲に重んぜらるるのみ。事の顯晦、未だ嘗て人に在らずんばあらず。

潁川陳公廙始治洛居、則引流廻環、爲泛觴之所。元豐乙未、首修禊事。公廙好古重道、所命皆儒學之士。旣樂嘉賓形于詠歌、有不愧山陰之句。諸君屬而和者、皆有高致。野人程頤不能賦詩。因論今昔之異、而爲之評曰、以我好賢方逐樂之心、禮義爲疎曠之比、道藝當筆札之功(徐本功作工。)、誠不愧矣。安知後日之視今日、不若今人之慕昔人也哉。
【読み】
潁川の陳公廙[よく]始めて洛の居を治むること、則ち流れを引き廻り環らして、觴[さかづき]を泛[うか]ぶる所とす。元豐乙未、首めて禊事を修す。公廙古を好み道を重んじて、命ずる所皆儒學の士なり。旣に嘉賓詠歌を形すことを樂しんで、山陰の句に愧ぢざること有り。諸君屬して和する者、皆高致有り。野人程頤詩を賦すること能わず。因りて今昔の異を論じて、之が評を爲って曰く、我が賢方を好み樂を逐うの心を以てするに、禮義疎曠の比を爲し、道藝筆札の功(徐本功を工に作る。)に當たるに、誠に愧ぢず。安んぞ後日の今日を視ること、今人の昔人を慕うに若かざることを知らんや、と。


論漢文殺薄昭事
【読み】
漢文薄昭を殺す事を論ず

古人謂、忠孝不兩全、恩義有相奪。非至論也。忠孝、恩義、一理也。不忠則非孝、無恩則無義。竝行而不相悖。故或捐親以盡節、或舍君而全孝。惟所當而已。
【読み】
古人謂く、忠孝は兩ながら全からず、恩義相奪うこと有り、と。至論に非ず。忠孝、恩義は、一理なり。忠あらずんば則ち孝に非ず、恩無ければ則ち義無し。竝び行われて相悖らず。故に或は親を捐[す]てて以て節を盡くし、或は君を舍てて孝を全くす。惟當たる所のみ。

唐李衛公以爲、漢文誅薄昭、斷則明矣。義則未安。司馬溫公以爲、法者天下之公器、惟善持法者、親疎如一、無所不行。皆執一之論、未盡於義也。義旣未安、則非明也。有所不行、不害其爲公器也。不得於義、則非恩之正。害恩之正、則不得爲義。
【読み】
唐の李衛公以爲えらく、漢文薄昭を誅するは、斷は則ち明なり。義は則ち未だ安からず、と。司馬溫公以爲えらく、法は天下の公器、惟善く法を持する者は、親疎一の如くにして、行われざる所無し、と。皆一を執るの論にして、未だ義を盡くさざるなり。義旣に未だ安からざるときは、則ち明に非ず。行われざる所有るとも、其の公器爲ることを害せず。義に得ざるときは、則ち恩の正に非ず。恩の正を害するときは、則ち義爲ることを得ず。

使薄昭盜長陵土、則太后雖不食而死、昭不可不誅也。其殺漢使爲類、亦有異焉。若昭有罪、命使往治昭、執而殺之、太后之心可傷也。昭不可赦也、后若必害其生、則存昭以全后可也。或與忿爭而殺之、則貸昭以慰母心可也。此之謂能權。蓋先王之制也、八議設而後重輕得其宜。義豈有屈乎。法主於義。義當而謂之屈法、不知法者也。
【読み】
薄昭をして長陵の土を盜ましめば、則ち太后食せずして死すと雖も、昭誅せずんばある可からず。其の漢使を殺すの類爲る、亦異なること有り。若し昭罪有って、命じて往いて昭を治めしめ、執えて之を殺さば、太后の心傷む可し。昭赦す可からずとも、后若し必ず其の生を害せば、則ち昭を存して以て后を全くして可なり。或は與に忿爭して之を殺さんとすとも、則ち昭を貸して以て母の心を慰めて可なり。此れ之を權を能くすと謂う。蓋し先王の制は、八議設けて而して後に重輕其の宜しきを得。義豈屈くすこと有らんや。法は義を主とす。義當たって之を法に屈すと謂うは、法を知らざる者なり。


與人論立賑濟法事
【読み】
人と賑濟の法を立つる事を論ず

不制民之產、無儲蓄之備、飢而後發廩以食之、廩有竭而飢者不可勝濟也。今不暇論其本、救目前之死亡、唯有節則所及廣。
【読み】
民の產を制せず、儲蓄の備え無くして、飢えて後に廩を發いて以て之を食[やしな]えば、廩竭くること有って飢うる者勝げて濟う可からず。今其の本を論ずるに暇あらず、目前の死亡を救うこと、唯節有るときは則ち及ぼす所廣し。

常見今時州縣濟饑之法、或給之米豆、或食以粥飯、來者與之、不復有辨、中雖欲辨之亦不能也。穀貴之時、何人不願得食。倉廩旣竭、則殍死者在前、無以救之矣。
【読み】
常に今時州縣饑を濟うの法を見るに、或は之に米豆を給し、或は食うに粥飯を以てして、來る者之を與えて、復辨ずること有らず、中ごろ之を辨ぜんと欲すと雖も亦能わず。穀貴き時、何人か食を得ることを願わざらん。倉廩旣に竭くるときは、則ち殍死[ひょうし]の者前に在れども、以て之を救うこと無し。

數年前、一親戚爲郡守。愛恤之心、可謂至矣。雞鳴而起、親視俵散。官吏後至者、必責怒之。於是流民歌詠、至者日衆。未幾穀盡、殍者滿道。愚常矜其用心、而嗤其不善處事。
【読み】
數年の前、一親戚郡の守爲り。愛恤の心、至れりと謂う可し。雞鳴いて起きて、親ら俵散を視る。官吏後に至る者は、必ず之を責怒す。是に於て流民歌詠して、至る者日に衆し。未だ幾ならずして穀盡きて、殍者道に滿つ。愚常に其の心を用うることを矜みて、其の善く事を處せざることを嗤う。

救饑者、使之免死而已。非欲其豐肥也。當擇寬廣之處、宿戒使晨入、至巳則闔門不納、午而後與之食、申而出之(給米者午卽出。)。日得一食則不死矣。其力自能營一食者皆不來矣。比之不擇而與、當活數倍之多也。
【読み】
饑を救う者は、之をして死を免れしむるのみ。其の豐肥を欲するに非ず。當に寬廣の處を擇んで、宿しめ戒めて晨に入らしめ、巳に至っては則ち門を闔ぢて納れず、午にして而して後に之に食を與え、申にして之を出す(米を給する者は午にして卽ち出づ。)。日に一食を得るときは則ち死せず。其の力自ら能く一食を營む者は皆來ず。之を擇ばずして與うるに比するに、當に活數之に倍すること多かるべし。

凡濟饑、當分兩處。擇羸弱者、作稀粥、早晩兩給、勿使至飽。俟氣稍完、然後一給。第一先營寬廣居處、切不得令相枕藉。如作粥飯、須官員親嘗。恐生及入石灰。不給浮浪遊手。無是理也。平日當禁遊惰。至其饑餓、則哀矜之一也。
【読み】
凡そ饑を濟うに、當に兩處に分かつべし。羸弱なる者を擇んで、稀粥を作って、早晩兩たび給して、飽くに至らしむること勿かれ。氣稍完きを俟って、然して後に一たび給す。第一先づ寬廣の居處を營んで、切に相枕藉せしむることを得ざれ。如し粥飯を作らば、須く官員親ら嘗むべし。恐らくは石灰を入るるに及ぶことを生さん。浮浪の遊手に給せざれ。是の理無し。平日當に遊惰を禁ずべし。其の饑餓に至っては、則ち之を哀矜すること一なり。


記蜀守
【読み】
蜀の守を記す

成都人稱、近時鎭蜀之善者、莫如田元鈞・文潞公。語不善者、必曰蔣堂・程戡。故謠言曰、彥博虧(虧猶言不如也。)田況、程戡勝蔣堂。言最善之中、田更優、不善之中、程猶差勝也。
【読み】
成都の人稱すらく、近時蜀に鎭たるの善なる者は、田元鈞・文潞公に如くは莫し、と。不善なる者を語れば、必ず蔣堂・程戡[かん]と曰う。故に謠言に曰く、彥博は田況に虧き(虧は猶不如と言うがごとし。)、程戡は蔣堂に勝れり、と。言うこころは最も善なる中、田更に優に、不善なる中、程猶差勝れるなり、と。

予嘗訪之士大夫、以至閭里閒、察其善不善之迹、所謂善者、得民心之悅、固有可善焉。所謂最不善者、乃可謂最善者也。至今人言及蔣公時事、必有不樂之言。問其所不樂者、衆口所同、惟三事而已。減損遨樂、毀后土廟及諸淫祠、伐江瀆廟木修府舍也。其尤失人心者、節遨樂也。前蔣者數十年爲政。(後闕。)
【読み】
予嘗て之を士大夫に訪いて、以て閭里の閒に至って、其の善不善の迹を察するに、所謂善とする者は、民心の悅びを得て、固に善とす可き有り。所謂最も不善とする者は、乃ち最も善なる者と謂う可し。今の人言蔣公の時の事に及ぶに至れば、必ず樂しまざるの言有り。其の樂しまざる所の者を問えば、衆口の同じき所は、惟三事のみ。遨樂を減損し、后土の廟及び諸々の淫祠を毀ちて、江瀆の廟木を伐って府舍を修するなり。其の尤も人心を失する者は、遨樂を節にするなり。前の蔣は數十年政を爲む。(後闕く。)


雍行錄

元豐庚申歲、予行雍・華閒。關西學者相從者六七人。予以千錢掛馬鞍。比就舍則亡矣。僕夫曰、非晨裝而亡之、則涉水而墜之矣。予不覺嘆曰、千錢可惜。坐中二人應聲曰、千錢亡去。甚可惜也。次一人曰、千錢微物。何足爲意。後一人曰、水中囊中、可以一視。人亡人得。又何嘆乎。予曰、使人得之、乃非亡也。吾歎夫有用之物、若沈水中、則不復爲用矣。
【読み】
元豐庚申の歲、予雍・華の閒に行く。關西の學者相從う者六七人。予千錢を以て馬鞍に掛く。舍に就くに比[およ]んでは則ち亡[な]し。僕夫曰く、晨裝にして之を亡うに非ずんば、則ち水を涉って之を墜とすならん、と。予覺えず嘆じて曰く、千錢惜しむ可し、と。坐中の二人聲に應じて曰く、千錢亡い去る。甚だ惜しむ可きなり、と。次の一人曰く、千錢は微物なり。何ぞ意とするに足らん、と。後の一人曰く、水中の囊中、以て一視す可し。人亡えば人得。又何ぞ嘆ぜんや、と。予曰く、人をして之を得せしむれば、乃ち亡うに非ず。吾れ夫の有用の物、若し水中に沈むときは、則ち復用を爲さざることを歎ず、と。

至雍、以語呂與叔曰、人之器識固不同。自上聖至於下愚、不知有幾等。同行者數人耳。其不同如此也。與叔曰、夫數子之言何如。予曰、最後者善。與叔曰、誠善矣。然觀先生之言、則見其有體而無用也。予因書而誌之。
【読み】
雍に至って、以て呂與叔に語って曰く、人の器識は固に同じからず。上聖自り下愚に至るまで、知らず、幾等有ることを。同行の者數人のみ。其の同じからざること此の如し、と。與叔曰く、夫の數子の言何如、と。予曰く、最後の者善し、と。與叔曰く、誠に善し。然れども先生の言を觀るときは、則ち其の體有って用無きことを見る、と。予因りて書して之を誌す。

後十五年、因閱故編、偶見之。思與叔之不幸早死、爲之泣下。
【読み】
後十五年、故編を閱るに因りて、偶々之を見る。與叔の不幸にして早く死するを思って、之が爲に泣下る。


雜說三

父母之於子、愛之至也。子不孝、則愛心弛焉。聖人之於民、雖窮凶極惡而陷於刑戮、哀衿之心無有異也。情有替也、誠無息也。
【読み】
父母の子に於るは、愛の至りなり。子不孝なれば、則ち愛心弛む。聖人の民に於る、窮凶極惡にして刑戮に陷ると雖も、哀衿の心異なること有ること無し。情は替わること有って、誠は息むこと無ければなり。

言命所以安義、從義不復語命。以命安義、非循理者也。
【読み】
命を言うは義に安んずる所以、義に從えば復命を語らず。命を以て義に安んずるは、理に循う者に非ず。

仲尼之徒、豈皆聖人。其見豈能盡同於仲尼。惟其不敢信己而信其師。故常舍己以求合聖人之敎。是以卒歸於不異也。及夫子沒、則漸異也。
【読み】
仲尼の徒、豈皆聖人ならんや。其の見豈能く盡く仲尼に同じからんや。惟其れ敢えて己を信ぜずして其の師を信ず。故に常に己を舍てて以て聖人の敎に合わんことを求む。是を以て卒に異ならざるに歸す。夫子沒するに及んでは、則ち漸く異なる。


四箴(有序。)
【読み】
四箴(序有り。)

顏淵問克己復禮之目。夫子曰、非禮勿視、非禮勿聽、非禮勿言、非禮勿動。四者身之用也。由乎中而應乎外。制於外所以養其中也。顏淵事斯語、所以進於聖人。後之學聖人者、宜服膺而勿失也。因箴以自警。
【読み】
顏淵己に克ち禮に復るの目を問う。夫子曰く、禮に非ずんば視ること勿かれ、禮に非ずんば聽くこと勿かれ、禮に非ずんば言うこと勿かれ、禮に非ずんば動くこと勿かれ、と。四つの者は身の用なり。中に由って外に應ず。外に制するは其の中を養う所以なり。顏淵斯の語を事とするは、聖人に進む所以なり。後の聖人を學ぶ者、宜しく膺に服けて失すること勿かるべし。因りて箴して以て自ら警む。

視箴

心兮本虛、應物無迹。操之有要、視爲之(一作之爲。)則。蔽交於前、其中則遷。制之於外、以安其内。克己復禮、久而誠矣。
【読み】
心は本虛にして、物に應じて迹無し。之を操るに要有り、視ること之が(一に之爲に作る。)則と爲す。前に蔽交すれば、其の中則ち遷る。之を外に制して、以て其の内を安んず。己に克って禮に復ること、久しくして誠なり。

聽箴

人有秉彝、本乎天性。知誘物化、遂亡其正。卓彼先覺、知止有定。閑邪存誠、非禮勿聽。
【読み】
人彝を秉ること有るは、天性に本づく。知誘われ物に化して、遂に其の正を亡ぼす。卓たる彼の先覺は、止まるべきを知って定まること有り。邪を閑ぎ誠を存して、禮に非ずんば聽くこと勿かれ。

言箴

人心之動、因言以宣。發禁躁妄、内斯靜專。矧是樞機、興戎出好、吉凶榮辱、惟其所召。傷易則誕、傷煩則支。己肆物忤、出悖來違。非法不道。欽哉訓辭。
【読み】
人心の動く、言に因って以て宣ぶ。發すること躁妄を禁ずれば、内斯に靜專なり。矧んや是れ樞機、戎を興し好を出し、吉凶榮辱、惟其の召く所なるをや。易きに傷るれば則ち誕、煩わしきに傷るれば則ち支。己肆なれば物忤い、出ること悖れば來ること違う。法に非ずんば道わざれ。欽めや訓辭。

動箴

哲人知幾、誠之於思、志士厲行、守之於爲。順理則裕、從欲惟(一作爲。)危。造次克念、戰兢自持。習與性成、聖賢同歸。
【読み】
哲人は幾を知って、之を思うに誠にして、志士は行いを厲まして、之をするに守る。理に順えば則ち裕かに、欲に從えば惟れ(一に爲に作る。)危うし。造次にも克く念って、戰兢として自ら持す。習えば性と成って、聖賢と歸を同じくす。


印銘
【読み】
印の銘

我祖喬伯、始封於程。及其後世、以國爲姓。惟我皇考、卜居近程、復爵爲伯。子孫是稱。程伯之後、崇寧癸未歲二月丁卯、頤銘。
【読み】
我が祖喬伯、始めて程に封ぜらる。其の後世に及んで、國を以て姓とす。惟れ我が皇考、卜居程に近く、復爵伯と爲る。子孫是を稱す。程伯の後、崇寧癸未歲二月丁卯、頤銘す。


聞舅氏侯無可應辟南征詩(時年十八。)
【読み】
舅氏侯無可辟に應じて南征することを聞く詩(時に年十八。)

詞華奔競至道離。茫茫學者爭驅馳。先生獨奮孟軻舌、扶持聖敎增光輝。志期周禮制區夏。人稱孔子生關西。當途聞聲交薦牘、蒼生無福徒爾爲。道大不爲當世用、著書將期來者知。今朝有客關内至。聞從大幕征南垂。南垂凶寇陷州郡、久張螳臂抗天威。聖皇赫怒捷書緩、虎侯秉鉞驅熊羆。宏才未得天下宰、良謀且作軍中師。蕞爾小蠻何足殄。庶幾聊吐胸中奇。
【読み】
詞華奔り競って至道離る。茫茫たる學者爭って驅馳す。先生獨り奮う孟軻の舌、聖敎を扶持して光輝を增す。志は周禮の區夏を制するを期す。人稱す孔子關西に生まる、と。當途聲を聞いて薦牘せしめ、蒼生福無くして徒に爾く爲す。道大にして當世の爲に用いられず、書を著して將に期す來者の知らんことを。今朝關内に客有り至る。聞從くならく大幕南垂を征す、と。南垂の凶寇州郡を陷る、久しく螳臂[とうひ]を張って天威に抗す。聖皇赫として怒って捷書緩くし、虎侯鉞を秉って熊羆を驅る。宏才未だ天下の宰を得ず、良謀且軍中の師と作る。蕞爾[さいじ]たる小蠻何ぞ殄[つ]くすに足らん。庶幾わくは聊か胸中の奇を吐かんことを。


謝王佺期寄丹詩
【読み】
王佺期が丹を寄するを謝する詩

至誠通聖(一作化。)藥通神。遠寄衰翁濟病身。我亦有丹君信否。用時還解壽斯民。
【読み】
至誠は聖(一に化に作る。)に通じ藥は神に通ず。遠く衰翁に寄せて病身を濟う。我も亦丹有り君信ずるや否や。用うる時還って解[よ]く斯の民を壽くせんとす。


遊嵩山詩
【読み】
嵩山に遊ぶ詩

鞭羸百里遠來遊。岩谷陰雲暝不收、遮斷好山敎不見。如何天意異人謀。
【読み】
羸に鞭うって百里遠く來り遊ぶ。岩谷の陰雲暝として收まらず、好山を遮斷して見えざらしむ。如何ぞ天意人謀に異なる。


参考文献
『和刻本漢籍 二程全書』(中文出版社)
『二程集』(里仁書局)