二程全書卷之六十三  伊川先生文五

書啓

爲家君上宰相書
【読み】
家君の爲に宰相に上る書

珦聞、古之君子相其君而能致天下於大治者、無他術、善惡明而勸懲之道至焉爾。勸得其道而天下樂爲善、懲得其道而天下懼爲惡、二者爲政之大權也。然行之必始於朝廷、而至要莫先於諡法。何則、刑罰雖嚴、可警於一時、爵賞雖重、不及於後世。惟美惡之諡一定、則榮辱之名不朽矣。故歷代聖君賢相、莫不持此以勵世風(一作也。)。伏惟閣下以上賢之資、爲聖主之輔、深功厚德、卓出前古。所以致今日之治者、蓋由盡心勸懲之道、而天下之善惡明也。今若有善人于此而不得彰顯、以至于泯沒、則於閣下豈不甚惜而欲聞之乎。珦是以敢忘其僭易之罪、而布其誠懇於左右。
【読み】
珦聞く、古の君子其の君を相けて能く天下を大治に致す者は、他の術無し、善惡明らかにして勸懲の道至れるのみ。勸めて其の道を得て天下善をすることを樂しみ、懲らして其の道を得て天下惡をすることを懼る、二つの者は政を爲むるの大權なり。然して之を行うこと必ず朝廷より始めて、至要は諡法より先んずるは莫し。何となれば則ち、刑罰嚴なりと雖も、一時に警む可く、爵賞重しと雖も、後世に及ばず。惟美惡の諡一たび定まるときは、則ち榮辱の名朽ちざればなり。故に歷代の聖君賢相、此を持して以て世風(一に也に作る。)を勵ましめずということ莫し。伏して惟みるに閣下上賢の資を以て、聖主の輔爲り、深功厚德、卓として前古に出づ。今日の治を致す所以の者は、蓋し心を勸懲の道に盡くして、天下の善惡明らかなるに由れり。今若し此に善人有って彰顯を得ずして、以て泯沒に至るときは、則ち閣下に於て豈甚だ惜しんで之を聞くことを欲せざらんや。珦是を以て敢えて其の僭易の罪を忘れて、其の誠懇を左右に布く。

伏念珦之曾祖、當五代之亂、棄官避世、以俟眞主之興。我朝受命、首赴闕庭、一言遭遇、受聖祖非常之知。及太宗皇帝之在晉藩、親自選擢、俾之輔佑。于時眞宗皇帝親受經訓。太宗纂緒、顧遇益隆。凡所獻替、無不開納。稱其忠厚、待以腹心、前後兩欲相之、而姦臣盧多遜惡其方正、皆因四方之事、薦之使行。曁于還朝、復將大用、而先祖自以衰老、瀝懇辭避。乃特爲改置文明殿學士之職、俾處庶僚之右。制辭丁寧、復示終用爲相之旨、至於沒身、不許告老。歷事兩朝、受恩三聖、終始一節、存沒異遇。考於諡法、宜得美名。而當時有司失於舉行、門生故吏不能論請、以至于今、未有易其名者。
【読み】
伏して念うに珦の曾祖、五代の亂に當たって、官を棄て世を避けて、以て眞主の興るを俟つ。我が朝命を受けて、首めて闕庭に赴き、一言遭遇して、聖祖非常の知を受く。太宗皇帝の晉藩に在るに及んで、親しく自ら選擢して、之をして輔佑せしむ。時に眞宗皇帝親しく經訓を受く。太宗緒を纂[つ]いで、顧遇益々隆んなり。凡そ獻替する所、開納せずということ無し。其の忠厚、待するに腹心を以てするを稱して、前後兩たび之を相とせんと欲すれども、而れども姦臣盧多遜其の方正を惡んで、皆四方の事に因って、之を薦めて行かしむ。朝に還るに曁んで、復將に大いに用いんとすれども、而れども先祖自ら衰老を以て、懇を瀝りて辭し避く。乃ち特に爲に改めて文明殿學士の職を置いて、庶僚の右に處らしむ。制辭丁寧、復終に用いて相とするの旨を示して、身を沒[お]うるに至るまで、老を告ぐることを許さず。兩朝に歷事し、恩を三聖に受けて、終始節を一にし、存沒遇を異にす。諡法を考うるに、宜しく美名を得るべし。而るに當時の有司舉行に失し、門生故吏論請すること能わずして、以て今に至るまで、未だ其の名を易うる者有らず。

珦大懼、年祀浸遠、遂至湮晦。近三請於朝廷、而有司引條例、以旣葬爲限。夫聖人作諡之意、本以彰善癉惡。若以請之後時、遂廢其禮、則是爲善者未必見褒、而爲惡者得以自隱也。況國家推恩、率循舊例。竊見近日王嗣宗輩、亦是已葬、朝廷恩旨、特許追賜。獨珦之曾祖以條例爲限、某竊惑焉。
【読み】
珦大いに懼る、年祀浸[やや]遠くして、遂に湮晦に至らんことを。近ごろ三たび朝廷に請えども、有司條例を引いて、旣に葬るを以て限とす。夫れ聖人諡を作るの意は、本善を彰[あき]らかにし惡を癉[にく]むことを以てす。若し請うことの時に後るるを以て、遂に其の禮を廢せば、則ち是れ善を爲す者未だ必ずしも褒められずして、惡を爲す者以て自ら隱すことを得ん。況んや國家の推恩は、率ね舊例に循う。竊かに見るに近日王嗣宗が輩、亦是れ已に葬れども、朝廷の恩旨、特に追賜を許す。獨り珦の曾祖條例を以て限とすること、某竊かに惑えり。

若以官言之、則三品以上、皆應令文。以德言之、則先祖淸儉之節、淳厚之德、寬大之量、周通之才、比於嗣宗、誠亦無愧。何嗣宗得請於無例之前、而先祖見抑於有例之後。若以先祖非兩府而異之耶、則太宗皇帝眷遇如此、累將柄用、至於老疾、聖意未已。制詞具在、遺旨如存。繼聖之朝、得不念之哉。
【読み】
若し官を以て之を言うときは、則ち三品以上、皆令文に應ず。德を以て之を言うときは、則ち先祖淸儉の節、淳厚の德、寬大の量、周通の才、嗣宗に比するに、誠に亦愧づること無し。何ぞ嗣宗例無きの前に請うことを得て、先祖例有るの後に抑えられん。若し先祖兩府に非ざるを以て之を異にするやとならば、則ち太宗皇帝の眷遇此の如く、累りに將に柄用せんとして、老疾に至るまで、聖意未だ已まず。制詞具に在って、遺旨存するが如し。繼聖の朝、之を念わざることを得んや。

古之聖賢、生非其時、身無其位、不得主懲勸於天下、尙猶論古之人、觀其言、考其世、以分別其賢愚善惡、何哉。有至仁之心、而自任之重也。故人有一善、晦而不顯、其心愧恥、若已揜之。今閣下當明盛之時、居宰執之任、褒賢勸善、是所職也。若使本朝賢士名跡湮晦、以爲朝廷之闕、閣下得不惜之乎。矧主上以至孝御天下、祖宗之朝、一政一令、靡所更易、一器一玩、弗忍遺棄、而恩舊之臣、豈不存念。伏望閣下體聖祖選擢之意、感神宗恩遇之厚、念眞皇受經之舊、副主上繼志之心、力賜主張、許循近例。如此則恩滿泉底、光生後昆、則珦闔門粉骨、不足以報厚德矣。
【読み】
古の聖賢、生まるること其の時に非ず、身其の位無くして、懲勸を天下に主ることを得ざれば、尙猶古の人を論じて、其の言を觀、其の世を考えて、以て其の賢愚善惡を分別するは、何ぞや。至仁の心有って、自ら任ずること重ければなり。故に人一善有って、晦[かく]れて顯れざれば、其の心愧ぢ恥ぢて、已之を揜[おお]うが若くす。今閣下明盛の時に當たり、宰執の任に居して、賢を褒め善を勸むること、是れ職とする所なり。若し本朝の賢士をして名跡湮晦して、以て朝廷の闕爲らしめば、閣下之を惜しまざることを得んや。矧んや主上至孝を以て天下を御して、祖宗の朝、一政一令、更易する所靡く、一器一玩、遺棄するに忍びずして、恩舊の臣、豈存念せざらんや。伏して望むらくは閣下聖祖選擢の意を體し、神宗恩遇の厚きに感じ、眞皇受經の舊を念い、主上繼志の心に副って、力めて主張を賜って、近例に循うことを許したまえ。此の如きときは則ち恩泉底に滿ち、光後昆に生ずるときは、則ち珦が闔門粉骨、以て厚德に報ずるに足らじ。


謝呂晦叔待制書
【読み】
呂晦叔待制に謝する書

竊以古之時、公卿大夫求於士。故士雖自守窮閻、名必聞、才必用。今之時、士求於公卿大夫。故干進者顯榮、守道者沈晦。頤處乎今之世、才微學寡、不敢枉道妄動、雖親戚郷閭閒、鮮克知其所存者。矧敢期知於公卿大夫乎。伏承閣下屈近侍之尊、下顧愚陋。仰荷厚禮、愧不足以當之。
【読み】
竊かに以みるに古の時は、公卿大夫士に求む。故に士自ら窮閻を守ると雖も、名必ず聞え、才必ず用いらる。今の時は、士公卿大夫に求む。故に進むことを干むる者は顯榮し、道を守る者は沈晦す。頤今の世に處して、才微に學寡けれども、敢えて道を枉げ妄りに動かず、親戚郷閭の閒と雖も、克く其の存する所を知る者鮮し。矧んや敢えて公卿大夫に知らるることを期せんや。伏して承るに閣下近侍の尊きを屈して、愚陋を下顧す。仰いで厚禮を荷って、以て之に當たるに足らざることを愧づ。

噫、公卿不下士久矣。頤晦於賤貧、世莫之顧。而公獨降禮以就之。非好賢樂善之深、孰能如是乎。幸甚幸甚。願閣下持是好賢之心、廣求之之方、盡待之之道、異日登廟堂、翊明天子治、以之自輔、以福天下、豈不厚與。鄙朴之人、不善文詞。姑竭其區區、少致謝懇。
【読み】
噫、公卿士に下らざること久し。頤賤貧に晦れて、世之を顧みること莫し。而るに公獨り降禮して以て之に就く。賢を好み善を樂しむの深きに非ずんば、孰か能く是の如くならんや。幸甚なり幸甚なり。願わくは閣下是の賢を好むの心を持して、之を求むるの方を廣め、之を待するの道を盡くさば、異日廟堂に登って、明天子の治を翊[たす]くるに、之を以て自ら輔けて、以て天下に福せば、豈厚からざるや。鄙朴の人、文詞を善くせず。姑く其の區區を竭くして、少しく謝懇を致す。


爲家君請宇文中允典漢州學書
【読み】
家君の爲に宇文中允漢州の學に典たらんことを請う書

中允明公執事、竊以生民之道、以敎爲本。故古者自家黨遂至於國、皆有敎之之地、民生八年則入於小學。是天下無不敎之民也。旣天下之人莫不從敎、小人修身、君子明道。故賢能羣聚於朝、良善成風於下。禮義大行、習俗粹美、刑罰雖設而不犯。此三代盛治由敎而致也。後世不知爲治之本、不善其心而驅之以力。法令嚴於上、而敎不明於下、民放僻而入於罪、然後從而刑之。噫、是可以美風俗而成善治乎。
【読み】
中允明公執事、竊かに以みるに生民の道は、敎を以て本とす。故に古は家黨自り遂に國に至るまで、皆之を敎うるの地有って、民生八年なるときは則ち小學に入る。是れ天下敎えざるの民無きなり。旣に天下の人敎に從らざること莫ければ、小人は身を修め、君子は道を明らかにす。故に賢能朝に羣がり聚まり、良善風を下に成す。禮義大いに行われ、習俗粹美にして、刑罰設くと雖も而れども犯さず。此れ三代の盛治敎に由って致すなり。後世治を爲むるの本を知らず、其の心を善くせずして之を驅るに力を以てす。法令上に嚴なれども、敎下に明らかならず、民放僻にして罪に入って、然して後に從って之を刑す。噫、是れ以て風俗を美して善治を成す可けんや。

往者朝廷深念其然、究思治本、詔京師至于郡縣皆立學。雖未能如古之時、比屋人人而敎之、可以敎爲士者矣。誠能敎之由士始、使爲士者明倫理而安德義、知治亂之道、政化之本、處足以爲郷里法、出可以備朝廷用。如是、則雖未能詳備如古之敎、亦得其大端、近古而有漸矣。是朝廷爲敎之意、非不正也。顧州縣之吏奉承之何如爾。
【読み】
往[さき]に朝廷深く其の然ることを念って、治本を究め思って、詔して京師より郡縣に至るまで皆學を立つ。未だ古の時、比屋人人にして之を敎うるが如くなること能わずと雖も、以て士爲る者を敎う可し。誠に能く之を敎うること士由り始め、士爲る者をして倫理を明らかにして德義に安んじ、治亂の道、政化の本を知らしめば、處しては以て郷里の法とするに足り、出ては以て朝廷の用に備う可し。是の如くなるときは、則ち未だ詳備古の敎の如くなること能わずと雖も、亦其の大端を得て、古に近くして漸有らん。是れ朝廷敎を爲すの意、正しからざるには非ず。州縣の吏之を奉承すること何如と顧みるのみ。

珦庸瑣之質、叨恩領郡。雖才不足以有爲、然少承父師之訓、久從士大夫之後、涉聞學古爲政之道、不敢斷斷俗吏之爲、專以簿書期會爲事。勉思所以副朝廷明敎化、育賢才之意、以學校爲先務。然念敎道之職、非得豪傑之士、學術足以待問、行義足以率人、則何以爲衆人之矜式。
【読み】
珦庸瑣の質、叨[みだり]に恩せられて郡を領す。才以てすること有るに足らずと雖も、然れども少しく父師の訓を承け、久しく士大夫の後に從って、古を學び政を爲むるの道を涉聞して、敢えて俗吏の爲[しわざ]に斷斷たらず、專ら簿書期會を以て事とす。勉めて朝廷敎化を明らかにし、賢才を育するの意に副う所以を思うに、學校を以て先務とす。然れども敎道の職を念うに、豪傑の士、學術以て問いを待つに足り、行義以て人を率いるに足るを得るに非ずんば、則ち何を以てか衆人の矜式とせん。

竊聞、執事懿文高行、爲時所推。仕不合則奉身而退、不爲榮利屈其志。歸安田閭、道義爲郷里重。豈特今人之難能。古人所難能也。愚謂執事非甘於退處而樂於自善也。蓋道旣不偶、去就之義、不得不然。在執事之心、諒無一日忘天下、不以行道濟物爲意也。蓋聞、賢人君子未得其位、無所發施其素蘊、則推其道以淑諸人、講明聖人之學、開導後進、使其敎益明、其傳益廣。故身雖隱而道光、跡雖處而敎行、出處雖異、推己及人之心則一也。此郷人所望於執事、而執事所以自任也。珦是以敢布其區區之意。
【読み】
竊かに聞く、執事懿文高行、時の爲に推さる。仕えて合わざるときは則ち身を奉じて退いて、榮利の爲に其の志を屈せず。田閭に歸り安んじて、道義郷里の爲に重んぜらる、と。豈特今人の能くし難きのみならんや。古人も能くし難き所なり。愚謂えらく、執事退く處を甘んずるに非ずして自ら善くすることを樂しむ、と。蓋し道旣に偶わざれば、去就の義、然らざることを得ず。執事の心に在っては、諒に一日も天下を忘るること無くして、道を行い物を濟うを以て意とせざらんや。蓋し聞く、賢人君子未だ其の位を得ず、其の素蘊を發し施す所無きときは、則ち其の道を推して以て人に淑[よ]くせしめ、聖人の學を講明して、後進を開き導いて、其の敎をして益々明らかに、其の傳をして益々廣からしむ。故に身隱ると雖も道光り、跡處すと雖も敎行われて、出處異なりと雖も、己を推し人に及ぼすの心は則ち一なり、と。此れ郷人執事に望む所にして、執事自ら任ずる所以なり。珦是を以て敢えて其の區區の意を布く。

願執事從郷人之望、枉屈軒馭、來憩郡庠、俾後進子弟得所依歸、不獨一郡學者漸被善敎、四方之士聞風慕義、亦將奔走門下。是執事之道雖未用於時、而所及人者固已博矣。孟子所謂天下之樂也。執事豈無意乎。或賜允從、不勝幸甚。
【読み】
願わくは執事郷人の望みに從い、枉げて軒馭を屈して、郡庠に來り憩い、後進の子弟をして依歸する所を得せしめば、獨り一郡の學者漸く善敎を被るのみにあらず、四方の士風を聞き義を慕って、亦將に門下に奔走せんとす。是れ執事の道未だ時に用いられずと雖も、人に及ぼす所の者固に已に博し。孟子の所謂天下の樂しみなり。執事豈意無けんや。允從を賜うこと或らば、幸甚に勝えじ。


再書

近者書其鄙懇、陳于左右、輒欲邀致軒從。内省不度、方負愧惕。辱敎之答、詞意甚厚且承、燕居休適、感慰深矣。然而過持謙巽、未許臨屈、區區之意、有所未盡。輒敢再浼聽覽。
【読み】
近ごろ其の鄙懇を書して、左右に陳べて、輒ち軒從を邀[むか]え致さんことを欲す。内に省みるに度らずして、方に愧惕を負う。敎を辱くするの答え、詞意甚だ厚く且つ承る、燕居休適、感慰深し、と。然れども過ぎて謙巽を持して、未だ臨屈を許さずんば、區區の意、未だ盡くさざる所有り。輒ち敢えて再び聽覽を浼[けが]す。

珦至郡之初、延見僚吏士民、首道朝廷所以憂念遠方、愛養元元之意。旣則詢州郡之賢人、足以取則爲治者。於是聞執事之名於衆人之口。珦退而三思三省之始曰、彼郷先生也、吾將奉之以敎郡人。旣而曰、賢者以類至。惟賢能致賢。彼賢豈我屑耶。旣又曰、賢者雖有爲而退、豈將自善其身耶。必將化導郷里、敎育後進。自古賢者、未有不然者也。豈特守之爲乎。於是決之不疑、以請於左右。豈意執事未賜深亮、拒而弗從。
【読み】
珦郡に至るの初め、僚吏士民を延見して、首めて朝廷遠方を憂念し、元元を愛養する所以の意を道う。旣に則ち州郡の賢人、以て則を取り治を爲すに足れる者を詢[と]う。是に於て執事の名を衆人の口に聞く。珦退いて三たび思い三たび省みて始めて曰く、彼の郷の先生や、吾れ將に之を奉じて以て郡人を敎えしめんとす、と。旣にして曰く、賢者は類を以て至る。惟賢のみ能く賢を致す。彼が賢豈我れ屑しとせんや、と。旣に又曰く、賢者すること有って退くと雖も、豈將に自ら其の身を善くせんや。必ず將に郷里を化導し、後進を敎育せんとす。古自り賢者、未だ然らざる者は有らず。豈特之を守ることをせんや、と。是に於て之を決すること疑わずして、以て左右に請う。豈意わんや、執事未だ深亮を賜わず、拒みて從わざらんとは。

珦竊觀在易觀之上九曰、觀其生、君子無咎。象曰、觀其生、志未平也。上九以陽剛之德、居無位之地。是賢人君子抱道德而不居其位、爲衆人仰觀法式者也。雖不當位、然爲衆人所觀。固不得安然放意、謂己無與於天下也。必觀其所生君子矣。乃得無咎。聖人又從而讚之謂、志當在此。固未得安然平定、無所慮也。觀聖人敎示後賢如是之深、賢者存心如是之仁。與夫索隱行怪、獨善其身者異矣。今執事居是郷、爲一郷所宗仰、適當觀上九之義。豈得圖一身之安逸、而不以化導爲意乎。
【読み】
珦竊かに觀るに易の觀の上九に在り曰く、其の生を觀るに、君子なれば咎無し、と。象に曰く、其の生を觀るとは、志未だ平らかならず、と。上九は陽剛の德を以て、無位の地に居す。是れ賢人君子道德を抱いて其の位に居せず、衆人の爲に仰ぎ觀法り式らるる者なり。位に當たらずと雖も、然れども衆人の爲に觀らる。固より安然として意を放にすることを得ず、己天下に與ること無しと謂わんや。必ず其の生ずる所を觀るに君子なり。乃ち咎無きことを得る。聖人又從って之を讚して謂く、志當に此に在るべし。固より未だ安然として平定てし、慮る所無きことを得ず、と。聖人後賢に敎え示すこと是の如く深く、賢者心を存すること是の如く仁なることを觀る。夫の隱れたるを索め怪しきを行って、獨り其の身を善くする者と異なり。今執事是の郷に居して、一郷の爲に宗仰せらるること、適々觀の上九の義に當たれり。豈一身の安逸を圖って、化導を以て意とせざることを得んや。

見諭日(一作曰。)近多微疾、憚於應接。此大不然。古者庠序爲養老之地。所養皆眉壽之人。其禮有扶有杖、有鯁噎之祝、則其羸廢可知。蓋資其道德模範。豈尙其筋力也哉。幸執事觀觀爻之義、詳聖人讚之之意、思賢人君子所當用心、勉從郷人之願、不勝幸甚。
【読み】
諭を見るに日(一に曰に作る。)く、近ごろ微疾多くして、應接に憚る、と。此れ大いに然らず。古は庠序は老を養うの地爲り。養う所は皆眉壽の人なり。其の禮扶有り杖有り、鯁噎[こうえつ]の祝有るときは、則ち其の羸廢[るいはい]知る可し。蓋し其の道德模範に資る。豈其の筋力を尙ばんや。幸いに執事觀の爻の義を觀、聖人之を讚するの意を詳らかにし、賢人君子當に心を用うべき所を思って、勉めて郷人の願いに從わば、幸甚に勝えず。


答橫渠先生書
【読み】
橫渠先生に答うる書

累書所論、病倦不能詳說、試以鄙見道其畧。幸不責其妄易。觀吾叔之見、至正而謹嚴。如虛無卽氣則虛(徐本虛作無。)無之語、深探遠賾、豈後世學者所嘗慮及也(然此語未能無過。)。餘所論、以大概氣象言之、則有苦心極力之象、而無寬裕溫厚(一作和。)之氣。非明睿所照、而考索至。此故意屢偏而言多窒。小出入時有之(明所照者、如目所觀、纖微盡識之矣。考索至者、如揣料於物、約見髣髴爾。能無差乎。)。更願完養思慮、涵泳義理、他日自當條暢。何日得拜見、當以來書爲據。句句而論、字字而議、庶及精微。牽勉病軀、不能周悉。
【読み】
累ねて書に論ずる所、病倦んで詳らかに說くこと能わず、試みに鄙見を以て其の畧を道う。幸いに其の妄易を責めざれ。吾叔の見を觀るに、至正にして謹嚴なり。虛無は卽ち氣則ち虛(徐本虛を無に作る。)無の語の如き、深く遠賾を探る、豈後世の學者嘗て慮り及ぶ所ならんや(然るに此の語未だ過ち無きこと能わず。)。餘の論ずる所、大概の氣象を以て之を言うときは、則ち心を苦しめ力を極むるの象有って、寬裕溫厚(一に和に作る。)の氣無し。明睿の照らす所に非ずして、考索至る。此の故に意屢々偏にして言多くは窒がる。小しく出入すること時に之れ有り(明照らす所の者は、目の觀る所、纖微盡く之を識るが如し。考索至る者は、物を揣[はか]り料って、約するとき見ること髣髴たるが如きのみ。能く差い無けんや。)。更に願わくは完く思慮を養い、義理に涵泳せば、他日自づから當に條暢すべし。何れの日か拜見を得て、當に來書を以て據とすべけん。句句にして論じ、字字にして議せば、庶わくは精微に及ばん。病軀を牽き勉めて、周悉すること能わず。

謝生佛祖禮樂之說、相知之淺者、亦可料也。何吾叔更見問大哥書中云聖人之悟。前後矛盾、不知謂何。莫不至此否。
【読み】
謝生佛祖禮樂の說、相知ることの淺き者、亦料る可し。何ぞ吾叔更に大哥に問う書の中に聖人の悟りと云うを見る。前後矛盾、知らず何とか謂う。此に至らざること莫しや否や。


再答

昨書中所示之意、於愚意未安、敢再請於左右。今承盈幅之諭、詳味三反、鄙意益未安。此非侍坐之閒、從容辨析、不能究也。豈尺書所可道哉。況十八叔大哥皆在京師、相見且請熟議。異日當請聞之。
【読み】
昨の書中に示す所の意、愚に於て意未だ安からず、敢えて再び左右に請う。今盈幅の諭を承くる、詳らかに味わい三たび反するに、鄙意益々未だ安からず。此れ侍坐の閒、從容として辨析するに非ずんば、究むること能わず。豈尺書の道う可き所ならんや。況んや十八叔大哥皆京師に在り、相見且つ熟議を請う。異日當に之を請聞すべし。

内一事云、已與大哥議而未合者、試以所見言之。所云孟子曰、必有事焉而勿正心、勿忘勿助長也。此信乎入神之奧。若欲以思慮求之、是旣已自累其心於不神矣。惡得而求之哉。頤以爲、有所事、乃有思也。無思則無所事矣。孟子之是言、方言養氣之道如是。何遽及神乎。氣完則理正、理正則不私。不私之至、則神。自養氣至此猶遠、不可驟同語也。以孟子觀之、自見其次第也。當以必有事焉而勿正爲句、心字屬下句。此說與大哥之言固無殊。但恐言之未詳爾。遠地未由拜見、豈勝傾戀之切。餘意未能具道。
【読み】
内の一事に云く、已に大哥と議して未だ合わざる者、試みに見る所を以て之を言う。所云孟子く曰く、必ず事とすること有って心に正[あてて]すること勿かれ、忘るること勿かれ長ずることを助くること勿かれ、と。此れ信なるかな神に入るの奧なり。若し思慮を以て之を求めんと欲せば、是れ旣已に自ら其の心を神ならざるに累わす。惡んぞ得て之を求めんや、と。頤以爲えらく、事とする所有るは、乃ち思うこと有るなり。思うこと無きときは則ち事とする所無し。孟子の是の言は、方に氣を養うの道是の如くなることを言う。何ぞ遽に神に及ばんや。氣完きときは則ち理正しく、理正しきときは則ち私あらず。私あらざるの至りは、則ち神なり。自づから氣を養い此に至ること猶遠くして、驟に同じく語る可からず。孟子を以て之を觀れば、自づから其の次第を見るなり。當に必ず事とすること有って正すること勿かれというを以て句と爲して、心の字は下の句に屬すべし。此の說大哥の言と固より殊なること無し。但恐らくは之を言うこと未だ詳らかならざるのみ。遠地未だ拜見するに由あらず、豈傾戀の切なるに勝えんや。餘意未だ具に道うこと能わず。

所諭勿忘者、但不舍其虛明善應之心爾。此言恐未便。旣有存於心而不舍、則何謂虛明。安能善應邪。虛明善應、乃可存而不忘乎。
【読み】
諭す所、忘るること勿かれというは、但其の虛明善應の心を舍てざるのみ、と。此の言恐らくは未だ便ならず。旣に心に存すること有りて舍てずんば、則ち何ぞ虛明と謂わん。安んぞ能く善應せんや。虛明善應は、乃ち存す可くして忘れざるか。


上富鄭公書
【読み】
富鄭公に上る書

伊川程頤齋心裁書、再拜獻於致政司空相公閣下。頤鄙野之人、未嘗請謁有位。故不獲從郷里士子趨進門下。今者來自山中、聞太皇太后厭代。心誠有所迫切、無路上達、敢以聞於左右。蓋非公無可告者、非公無肯爲者。
【読み】
伊川程頤齋心して書を裁し、再拜して致政司空相公の閣下に獻ず。頤は鄙野の人、未だ嘗て有位に請謁せず。故に郷里の士子に從って門下に趨り進むことを獲ず。今は山中自り來て、太皇太后の厭代を聞く。心誠に迫切なる所有れども、上達するに路無くして、敢えて以て左右に聞す。蓋し公に非ざれば告ぐ可き者無く、公に非ざれば肯えてする者無ければなり。

頤頃歲見治昭陵制度規畫、一出匠者之拙謀、中人之私意、宰執而下、受成而已莫復置思。以巨木架石爲之屋。計不百年、必當損墜。旣又觀陵中之物、見所謂鐵罩者。鐵幾萬斤、以木爲骨、大不及三寸、其相穿叩之處、厚才纔餘。遠不過二三十年、決須摧朽、壓于梓宮。于時私心惶駭、不能自已。使人聞於魏公、魏公不以爲意。以魏公之忠孝於仁皇、非不盡心、惟其蔽於衆論、昧於遠慮。以天下之力、葬一人於至危之地、可不痛哉。陵土旣復、固知無可奈何。然每一念之、心悸魄喪、或終夕不寐。今郷鄰之閒、有如是事、可爲謀而不以告人、必謂之不信。況仁皇天下父母乎。
【読み】
頤頃歲昭陵を治むる制度規畫を見るに、一に匠者の拙謀、中人の私意に出て、宰執よりして下、受け成して已に復思いを置くこと莫し。巨木を以て石を架して之が屋とす。計るに百年ならずして、必ず當に損墜すべし。旣に又陵中の物を觀て、所謂鐵罩[てっとう]という者を見る。鐵幾萬斤、木を以て骨と爲し、大きさ三寸に及ばず、其の相穿ち叩く處、厚さ纔かに寸餘なり。遠くは二三十年に過ぎずして、決して須く摧朽して、梓宮を壓[お]すべし。時に私心惶駭して、自ら已むこと能わず。人をして魏公に聞せしむれども、魏公以て意とせず。魏公の仁皇に忠孝あるを以て、心を盡くさざるには非ず、惟其れ衆論に蔽われ、遠慮に昧ければなり。天下の力を以て、一人を至危の地に葬る、痛まざる可けんや。陵土旣に復せば、固に奈何ともす可き無きことを知る。然して一たび之を念う每に、心悸[わなな]き魄喪って、或は終夕寐られず。今郷鄰の閒、是の如き事有って、爲に謀る可くして以て人に告げずんば、必ず之を不信と謂わん。況んや仁皇天下の父母をや。

今也不幸太皇太后奄棄宮闈。因此事會可爲之謀。夫合葬之禮、周公以來、未之有改。近取諸唐、帝后亦或同穴。至于乾陵、乃是再啓。太祖皇帝神謀遠慮、超越萬古、昭憲太后、亦合安陵。稽典禮則得尊親之道、徇俗法則皆享福之永。此爲可行、無足疑者。
【読み】
今や不幸にして太皇太后奄[たちま]ち宮闈を棄てたまう。此の事に因りて會々之が謀を爲う可し。夫れ合葬の禮は、周公以來、未だ之を改むること有らず。近く諸を唐に取るに、帝后亦或は穴を同じくす。乾陵に至って、乃ち是れ再び啓す。太祖皇帝神謀遠慮、萬古に超越するも、昭憲太后、亦安陵に合す。典禮を稽うるときは則ち親を尊ぶの道を得、俗法に徇うときは則ち皆福を享くること永し。此れ行う可しと爲して、疑うに足る者無し。

伏願公忠誠奮發、爲朝廷極論其事、請奉太皇太后合祔昭陵、因得撤去鐵罩、用厚陵石槨之制、仍更別加裁處、使異日雖木壞石墜、不能爲害、救仁皇必至之禍、成主上莫大之孝。任此事者、非公孰能。誠能爲之、天祐忠孝、必俾公熾昌壽臧、子孫保無疆之休。
【読み】
伏して願わくは公忠誠奮發して、朝廷の爲に極めて其の事を論じて、請う太皇太后を奉じて昭陵に合祔し、因りて鐵罩を撤去することを得、厚陵石槨の制を用い、仍って更に別に裁處を加え、異日木壞れ石墜つと雖も、害を爲すこと能わざらしめば、仁皇必ず至るの禍を救い、主上莫大の孝を成さん。此の事に任ずる者、公に非ずんば孰か能くせん。誠に能く之をせば、天忠孝に祐[さいわい]して、必ず公をして熾昌壽臧ならしめ、子孫無疆の休を保たん。

竊惟公事仁宗皇帝三十餘年、位極人臣、恩遇無比。料公之心、苟能使仁皇聖體保其安全、雖陷(一作蹈。)禍患、所不避也。況一言之易、肯顧慮而不發乎。事理至明、顧主上素未知爾。以公言之重、竭誠致懇、再三陳之、不憂朝廷之不悟。獨繫公爲不爲爾。哀誠憤激、語辭鄙直、内省狂易、戰灼無地。不宣。
【読み】
竊かに惟みるに公仁宗皇帝に事うること三十餘年、位人臣を極め、恩無比に遇う。公の心を料るに、苟も能く仁皇の聖體をして其の安全を保たしめば、禍患に陷る(一に蹈に作る。)と雖も、避けざる所ならん。況んや一言の易き、肯えて顧み慮って發せざらんや。事理至って明らかなれども、顧みるに主上素より未だ知らざるのみ。公の言の重きを以て、誠を竭くし懇を致して、再三之を陳ぶれば、朝廷悟らざることを憂えず。獨り公せざることをするに繫かるのみ。哀誠憤激、語辭鄙直、内に省みるに狂易にして、戰灼地無し。不宣。


答富公小簡
【読み】
富公に答うる小簡

昨日妄有布聞、方懷煩瀆之懼。乃辱敎誨、加賜酒食。仰荷台意之厚、不勝愧悚。尊者之賜、禮不敢辭。然頤方有言於左右。公若見取、雖執鞭門下、蓋所欣慕。況受賜乎。苟不見從、是忘忠義。公之賜也、實爲頤羞、未敢拜貺。謹復上納、瀆冒台嚴。第深戰慄。
【読み】
昨日妄りに布聞すること有って、方に煩瀆の懼れを懷く。乃ち敎誨を辱くし、酒食を賜うことを加う。仰いで台意の厚きを荷って、愧悚に勝えず。尊者の賜、禮敢えて辭せず。然れども頤方に左右に言すこと有り。公若し取ることを見ば、鞭を門下に執ると雖も、蓋し欣慕する所なり。況んや賜を受くるをや。苟も從うことを見[しめ]さずんば、是れ忠義を忘るるなり。公の賜、實に頤羞づることをせば、未だ敢えて拜貺せず。謹んで復上納して、台嚴を瀆し冒す。第[ただ]深く戰慄す。


上河東帥書
【読み】
河東の帥に上る書

頤荷德旣深。思報宜異、輒以狂言、浼聞台聽。公到鎭之初、必多詢訪衆人。對公之語、頤能料之、當曰虜旣再寇河外、必不復來、公可高枕矣。是常言也。未知奇勝之道。兵法曰、攻必取者、攻其所不守也。謂其不來、乃其所以來也。又曰、彼興大衆、豈徒然哉。河外空矣、復來何利。是大不然。誠使彼得出不意、破蕩數壘、足以勞弊一道、爲利大矣。何必負載而歸、然後爲利也。竊恐謀士悅於寬憂、計司幸於緩責、衆論旣一、公雖未信、而上下之心已懈矣。是可慮也。
【読み】
頤德を荷うこと旣に深し。報を思うに宜しく異なるべく、輒ち狂言を以て、台聽に浼聞す。公鎭に到るの初め、必ず多く衆人に詢訪せよ、と。公に對うる語、頤能く之を料るに、當に虜旣に再び河外に寇す、必ず復來たらじと曰わば、公枕を高くす可べし。是れ常の言なり。未だ奇勝の道を知らず。兵法に曰く、攻めて必ず取る者は、其の守らざる所を攻む、と。其の來たらじと謂うは、乃ち其の來る所以なり。又曰く、彼大衆を興す、豈徒然ならんや。河外空しくせば、復來るとも何の利あらん、と。是れ大いに然らず。誠に彼をして不意に出ることを得て、數壘を破蕩せしめば、以て一道を勞弊するに足りて、利とすること大ならん。何ぞ必ずしも負載して歸って、然して後に利とせんや。竊かに恐れらくは謀士寬憂を悅び、計司緩責を幸いとして、衆論旣に一ならば、公未だ信ぜずと雖も、而れども上下の心已に懈らん。是れ慮る可し。

寧捐力於不用、毋惜功而致悔。莫若使彼聞嚴備而絕意、則疆場安矣。豈獨使敵人知有備而不來。當使内地之人信可恃而願往、則一二年閒、便可致完實長久之策也。自古乘塞禦敵、必用驍猛。招徠撫養、多在儒將。今日之事則異矣。願公念之。
【読み】
寧ろ力を用いざるに捐[す]てて、功を惜しんで悔いを致すこと毋かれ。彼をして嚴備を聞いて意を絕たしめて、則ち疆場安きに若くは莫し。豈獨敵人をして備え有ることを知って來らざらしむるのみならんや。當に内地の人をして恃む可きことを信じて往くことを願わしめば、則ち一二年の閒に、便ち完實長久の策を致す可し。古自り塞に乘じ敵を禦ぐには、必ず驍猛を用う。招徠撫養は、多くは儒將に在り。今日の事は則ち異なり。願わくは公之を念え。


答人示奏草書
【読み】
人奏草を示すに答うる書

辱示奏藁。足以見仁人君子愛民之心深切如此。欽服、欽服、子弟當勉。公以速且堅、何可已也。然於愚意有未安者、敢布左右。
【読み】
奏藁を示すことを辱くす。以て仁人君子民を愛するの心深切なること此の如くなることを見るに足れり。欽服、欽服、子弟當に勉むべし。公速やかに且つ堅きを以て、何ぞ已む可き。然れども愚意に於て未だ安からざる者有り、敢えて左右に布く。

觀公之意、專以畏亂爲主。頤欲公以愛民爲先。力言百姓饑且死、丐朝廷哀憐、因懼將爲寇亂可也。不惟告君之體當如是、事勢亦宜爾。公方求財以活人。祈之以仁愛、則當輕財而重民。懼之以利害、則將恃財以自保。古之時得丘民則得天下、財散則人聚。後世苟私利於目前、以兵制民、以財聚衆、聚財者能守、保民者爲迂。秦・漢而下、莫不然也。竊慮廟堂諸賢、未能免此。惟當以誠意感動、覬其有不忍之心而已。淺見無取。惟公裁之。
【読み】
公の意を觀るに、專ら亂を畏るるを以て主とす。頤公民を愛するを以て先とせんことを欲す。力めて百姓饑えて且に死せんとす、朝廷の哀憐を丐[こ]わんことをと言いて、因りて懼れらくは將に寇亂を爲さんとすとして可なり。惟君に告ぐるの體當に是の如くなるのみにあらず、事勢も亦宜しく爾るべし。公方に財を求めて以て人を活かす。之を祈るに仁愛を以てするときは、則ち當に財を輕くして民を重くすべし。之を懼るるに利害を以てするときは、則ち將に財を恃んで以て自ら保たんとす。古の時丘民を得るときは則ち天下を得、財散ずるときは則ち人聚まる。後世苟も利を目前に私して、兵を以て民を制し、財を以て衆を聚めて、財を聚むる者は能く守るとし、民を保んずる者は迂なりとす。秦・漢よりして下、然らずということ莫し。竊かに慮るに廟堂の諸賢、未だ此を免るること能わず。惟當に誠意を以て感動して、其の忍びざるの心有ることを覬[のぞ]むべきのみ。淺見取ること無し。惟公之を裁せよ。


答朱長文書(或云、明道先生之文。)
【読み】
朱長文に答うる書(或るひと云う、明道先生の文、と。)

相去之遠、未知何日復爲會合。人事固難前期也。中前奉書、以足下心虛氣損、奉勸勿多作詩文。而見答之辭、乃曰、爲學上能探古先之陳迹、綜羣言之是非、欲其心通而默識之、固未能也。又曰、使後人見之、猶庶幾曰不忘乎善也。苟不如是、誠懼沒而無聞焉。此爲學之末。宜兄之見責也。使吾日聞夫子之道。而忘乎此、豈不善哉(恐不記書中之言。故却錄去。)。此疑未得爲至當之言也。某於朋友閒、其問不切者、未嘗敢語也。以足下處疾、罕與人接、渴聞議論之益、故因此可論、而爲吾弟盡其說。庶幾有小補也。
【読み】
相去ることの遠き、未だ知らず何れの日か復會合することをせん。人事固に前に期し難し。前書を奉ずるに中って、足下心を虛しくし氣を損するを以て、多く詩文を作ること勿かれということを勸め奉る。而るに答えらるるの辭に、乃ち曰く、學を爲め上能く古先の陳迹を探り、羣言の是非を綜[す]べ、其の心通じて默して之を識らんことを欲すれども、固に未だ能わず、と。又曰く、後人をして之を見せしめば、猶庶幾わくは善を忘れずと曰わん。苟も是の如くならずんば、誠に懼れらくは沒して聞ゆること無けんことを。此を學の末とす。宜なり兄の責めらるること。吾をして日に夫子の道を聞かしむ。而るに此を忘れて、豈不善ならんや、と(書中の言を記せざることを恐る。故に却って錄し去る。)。此れ疑うらくは未だ至當の言とすることを得ず。某朋友の閒に於て、其の問い切ならざる者には、未だ嘗て敢えて語らず。足下疾に處して、人と接すること罕にして、議論を聞くの益に渴するを以て、故に此に因りて論ず可くして、吾が弟の爲に其の說を盡くす。庶幾わくは小補有らんことを。

向之云無多爲文與詩者、非止爲傷心氣也、直以不當輕作爾。聖賢之言、不得已也。蓋有是言、則是理明。無是言、則天下之理有闕焉。如彼耒耜陶冶之器、一不制、則生人之道有不足矣。聖人之言、雖欲已、得乎。然其包涵盡天下之理、亦甚約也。後之人始執卷、則以文章爲先、平生所爲、動多於聖人。然有之無所補、無之靡所闕、乃無用之贅言也。不止贅而已、旣不得其要、則離眞失正、反害於道必矣。詩之盛莫如唐。唐人善論文莫如韓愈。愈之所稱、獨高李・杜。二子之詩、存者千篇、皆吾弟所見也。可考而知矣。苟足下所作皆合於道、足以輔翼聖人、爲敎於後、乃聖賢事業、何得爲學之末乎。某何敢以此奉責。
【読み】
向に多く文と詩とを爲ること無かれと云う者は、止心氣を傷るが爲のみに非ず、直に當に輕々しく作るべからざるを以てするのみ。聖賢の言は、已むことを得ざればなり。蓋し是の言有れば、則ち是の理明らかなり。是の言無ければ、則ち天下の理闕くること有り。彼の耒耜陶冶の器の如き、一つも制せざれば、則ち生人の道足らざること有り。聖人の言、已めんと欲すと雖も、得んや。然も其の天下の理を包涵し盡くすこと、亦甚だ約なり。後の人始めて卷を執るときは、則ち文章を以て先として、平生のする所、動[ややもす]れば聖人より多し。然れども之れ有れども補う所無く、之れ無けれども闕くる所靡きは、乃ち無用の贅言なり。止贅なるのみにあらず、旣に其の要を得ざるときは、則ち眞を離れ正を失して、反って道を害すること必せり。詩の盛んなるは唐に如くは莫し。唐人善く文を論ずるは韓愈に如くは莫し。愈が稱する所は、獨り李・杜を高しとす。二子の詩、存する者千篇、皆吾が弟の見る所なり。考えて知る可し。苟も足下の作る所皆道に合って、以て聖人を輔翼するに足りて、敎を後に爲さば、乃ち聖賢の事業、何ぞ學の末とすることを得んや。某何ぞ敢えて此を以て責めを奉らん。

又言、欲使後人見其不忘乎善。人能爲合道之文者、知道者也。在知道者、所以爲文之心、乃非區區懼其無聞於後、欲使後人見其不忘乎善而已。此乃世人之私心也。夫子疾沒世而名不稱焉者、疾沒身無善可稱云爾。非謂疾無名也。名者可以厲中人。君子所存、非所汲汲。
【読み】
又言く、後人をして其の善を忘れざることを見せしめんと欲す、と。人能く道に合うの文を爲る者は、道を知る者なり。道を知ること在る者は、文を爲る所以の心、乃ち區區として其の後に聞ゆること無からんことを懼るるに非ず、後人をして其の善を忘れざることを見せしめんと欲するのみ。此れ乃ち世人の私心なり。夫子世を沒うるまで名の稱せられざるを疾む者は、身を沒うるまで善の稱す可き無きを疾むと爾か云う。名無きを疾むと謂うには非ず。名は以て中人を厲ます可し。君子の存する所は、汲汲たる所に非ず。

又云、上能探古先之陳迹、綜羣言之是非、欲其心通默識、固未能也。夫心通乎道、然後能辨是非、如持權衡以較輕重。孟子所謂知言是也。揆之以道、則是非了然、不待精思而後見也。學者當以道爲本。心不通乎道、而較古人之是非、猶不持權衡而酌輕重。竭其目力、勞其心智、雖使時中、亦古人所謂億則屢中。君子不貴也。
【読み】
又云く、上能く古先の陳迹を探り、羣言の是非を綜べ、其の心通じて默して識らんことを欲すれども、固に未だ能わず、と。夫れ心道に通じて、然して後に能く是非を辨ずること、權衡を持して以て輕重を較ぶるが如し。孟子の所謂言を知るという是れなり。之を揆[はか]るに道を以てするときは、則ち是非了然として、精しく思って而して後に見ることを待たず。學者當に道を以て本とすべし。心道に通ぜずして、古人の是非を較ぶるは、猶權衡を持せずして輕重を酌るがごとし。其の目力を竭くし、其の心智を勞して、時に中らしむと雖も、亦古人の所謂億[おもんばか]るときは則ち屢々中るなり。君子は貴びず。

臨紙遽書、不復思繹。故言無次序、多注改。勿訝辭過煩矣。理或未安、却請示下。足以代面話。
【読み】
紙に臨んで遽に書して、復思繹せず。故に言次序無く、多く注改む。辭の過煩を訝ること勿かれ。理或は未だ安からずんば、却って示下を請え。以て面話を代うるに足れり。


上文潞公求龍門庵地小簡
【読み】
文潞公に上って龍門の庵地を求むる小簡

頤竊見勝善上方舊址、從來荒廢、爲無用之地。野人率易、敢有干聞、欲得葺幽居於其上、爲避暑著書之所。唐王龜構書堂於西谷、松齋之名、傳之至今。頤雖不才、亦能爲龍門山添勝跡於後代、爲門下之美事。可否俟命。
【読み】
頤竊かに見るに勝善上方の舊址、從來荒廢して、無用の地と爲る。野人率易に、敢えて干し聞すること有り、幽居を其の上に葺くことを得て、暑を避け書を著す所とせんと欲す。唐の王龜書堂を西谷に構えて、松齋の名、之を傳えて今に至る。頤不才なりと雖も、亦能く龍門山の爲に勝跡を後代に添えて、門下の美事とせんとす。可否命を俟つ。


上韓持國資政書
【読み】
韓持國資政に上る書

頤輒恃顧遇之厚、敢以哀誠、上煩台聽。家兄學術才行、爲世所重。自朝廷至於草野、相知何啻千數。今將歸葬伊川、當求誌述、以傳不朽。然念相知者雖多也、能知其道者則鮮矣。有文者亦衆也。而其文足以發明其志意、形容其德美者則鮮矣。能言者非少也。而名尊德重、足以取信於人者則鮮矣。如是、誌之作豈易哉。
【読み】
頤輒ち顧遇の厚きを恃んで、敢えて哀誠を以て、上台聽を煩わす。家兄學術才行、世の爲に重んぜらる。朝廷自り草野に至るまで、相知ること何ぞ啻千數のみならん。今將に伊川に歸し葬らんとするに、當に誌述して、以て不朽に傳えんことを求む。然れども念うに相知る者多しと雖も、能く其の道を知る者は則ち鮮し。文有る者も亦衆し。而れども其の文以て其の志意を發明し、其の德の美を形容するに足れる者は則ち鮮し。言を能くする者も少なきに非ず。而れども名尊く德重くして、足以て信を人に取る者は則ち鮮し。是の如くなれば、誌の作豈易からんや。

頤竊謂、智足以知其道學、文足以彰其才德、言足以取信後世、莫如閣下。家兄素出門下、受知最深。不幸早世。當蒙哀惻。顧其道不得施於時、學不及傳之書、遂將泯沒無聞。此尤深可哀也。恭惟閣下至誠待物與人有終、知其生必當念其死、愛其人必欲成其名。願丐雄文、以光窀穸、俾伯夷不泯於西山、展季得顯於東國、則死生受賜。子孫敢忘。捐軀殞命、未足爲報。率妄之罪、非所敢逃。
【読み】
頤竊かに謂えらく、智以て其の道學を知るに足り、文以て其の才德を彰すに足り、言以て信を後世に取るに足れること、閣下に如くは莫し。家兄素より門下に出て、知を受くること最も深し。不幸にして早世す。當に哀惻を蒙るべし。顧みるに其の道時に施すことを得ず、學之を書に傳うるに及ばず、遂に將に泯沒して聞ゆること無からんとす。此れ尤も深く哀しむ可し。恭しく惟みるに閣下至誠物を待って人に與すること終わり有り、其の生を知るときは必ず當に其の死を念うべく、其の人を愛するときは必ず其の名成すことを欲せん。願わくは雄文を丐いて、以て窀穸[ちゅんせき]を光[み]たして、伯夷西山に泯びず、展季東國に顯ることを得せしめば、則ち死生賜を受くるなり。子孫敢えて忘れんや。軀を捐て命を殞[お]とすとも、未だ爲に報ずるに足らず。率妄の罪、敢えて逃るる所に非ず。


上孫叔曼侍郎書
【読み】
孫叔曼侍郎に上る書

頤輒恃垂顧、敢以哀誠、上煩台聽。家兄學術才行、爲時所重、出入門下、受知最深。不幸短命、天下孰不哀之。又其功業不得施於時、道學不及傳之書、遂將泯沒無聞。此尤深可哀也。
【読み】
頤輒ち垂顧を恃んで、敢えて哀誠を以て、上台聽を煩わす。家兄學術才行、時の爲に重んぜられ、門下に出入して、知を受くること最も深し。不幸短命、天下孰か之を哀しまざらん。又其の功業時に施すことを得ず、道學之を書に傳うるに及ばず、遂に將に泯沒して聞ゆること無からんとす。此れ尤も深く哀しむ可し。

(徐本竊作切。)惟自昔有道之士、名或未彰、賢人君子爲之發揚而後顯於後世者多矣。今將歸葬伊川。太一資政韓公爲誌其墓。思得大賢之筆、共久其傳。恭惟閣下、名足以取重將來、道足以流光後世、致誠待物、與人有終、知其生必當念其死、愛其人必欲成其名。願求眞蹟、以賁窀穸。倘蒙哀矜、曲賜開允、則死生受賜。子孫敢忘。内循率妄、戰越無地。
【読み】
竊かに(徐本竊を切に作る。)惟みるに昔自り有道の士、名或は未だ彰れざれば、賢人君子之が爲に發揚して而して後に後世に顯る者多し。今將に伊川に歸し葬らんとす。太一資政韓公其の墓に誌すことをす。大賢の筆を得て、共に其の傳を久しくせんことを思う。恭しく惟みるに閣下、名以て重きことを將來に取るに足り、道以て光を後世に流すに足り、誠を致し物を待って、人に與すること終わり有り、其の生を知るときは必ず當に其の死を念うべく、其の人を愛するときは必ず其の名を成すことを欲せん。願わくは眞蹟を求めて、以て窀穸を賁[かざ]らんとす。倘[も]し哀矜を蒙って、曲げて開允を賜わば、則ち死生賜を受くるなり。子孫敢えて忘れんや。内率妄に循って、戰越地無し。


答楊時慰書
【読み】
楊時の慰に答うる書

頤泣啓。頤罪惡不弟、感招禍變、不自死滅、兄長喪亡。哀苦怨痛、肝心摧裂。日月迅速、忽(徐本忽作勿。)將三月。追思痛切、不可堪處。遠承慰問、及寄示祭文哀辭、足見歲寒之意。
【読み】
頤泣啓す。頤罪惡不弟、禍變を感招して、自ら死滅せずして、兄長喪亡す。哀苦怨痛、肝心摧裂す。日月迅速、忽ち(徐本忽を勿に作る。)三月に將[ゆ]く。追思痛切にして、堪處す可からず。遠く慰問を承り、及び祭文哀辭を寄せ示さる、歲寒の意を見るに足れり。

家兄道學行義、足以澤世垂後。不幸至此。天乎奈何。頤悲苦之餘、僅存氣息。筋骸支離、尤倦執筆。況哀誠非書所能盡。所幸老父經此煩惱、飮食起居如常。不煩深慮。伏紙摧咽、言不倫次。頤泣啓楊君法曹。(九月十二日。)
【読み】
家兄道學行義、以て世を澤し後に垂るるに足れり。不幸にして此に至る。天なるかな奈何せん。頤悲苦の餘、僅かに氣息を存す。筋骸支離して、尤も執筆に倦む。況んや哀誠書の能く盡くす所に非ず。幸いなる所は老父此の煩惱を經て、飮食起居常の如し。深く慮ることを煩わさじ。紙に伏して摧咽して、言倫次せず。頤楊君法曹に泣啓す。(九月十二日。)

十月二十四日葬。韓持國爲誌。行狀頤自作。徐當寄去。
【読み】
十月二十四日に葬る。韓持國誌を爲る。行狀は頤自ら作る。徐[しづ]かに當に寄せ去るべし。


(徐本謝作上。)韓康公啓
【読み】
韓康公に謝する(徐本謝を上に作る。)

竊以朝廷取士、所以爲致治之先。公卿薦賢、固必有(徐本有作爲。)知人之哲。允諧公議、始厭衆聞。頤也不才、少而從學、致知格物、粗窺聖道之端倪、明善誠身、未得古人之髣髴。徒忘懷於白首、竊有志於斯文。時和歲豐、已足素望。言揚德進。敢有覬心。屬嗣皇訪落之初、乃元老告猷之會。豈虞過聽猥被明揚。文陛進登、被德音之溫厚、西淸入侍、密宸扆之光輝。考於近世而來、可謂非常之遇。荷恩爲愧、惴分則逾。若何行爲、可以報稱。惟殫素學、勉副厚知。過此以還、不知所措。未緣望履、徒切向風。悃愊所懷、敷宣罔旣。
【読み】
竊かに以みるに朝廷士を取るは、治を致すの先とする所以。公卿賢を薦むるは、固に必ず人を知るの哲有り(徐本有を爲に作る。)。允に公議に諧[かな]って、始めて衆聞を厭う。頤は不才、少くして學に從い、知を致し物に格って、粗聖道の端倪を窺い、善を明らかにし身を誠にして、未だ古人の髣髴を得ず。徒に懷を白首に忘れて、竊かに斯の文に志有り。時和し歲豐かにして、已に素望に足る。言揚げられ德進む。敢えて覬む心有らんや。屬[このごろ]嗣皇訪落の初め、乃ち元老猷を告ぐるの會なり。豈虞らんや、過聽して猥りに明揚を被らんとは。文陛進み登られて、德音の溫厚を被り、西淸入侍して、宸扆[しんい]の光輝を密にす。近世より而來を考うるに、非常の遇なりと謂う可し。恩を荷って愧づることをし、分を惴[おそ]るれば則ち逾ゆ。若何にか行い爲して、以て報稱す可き。惟素學を殫[つ]くして、勉めて厚知に副わんとす。此を過ぎて以て還って、措く所を知らず。未だ望み履むに緣あらず、徒に切に風に向かう。悃愊の所懷、敷宣旣くること罔し。


又謝簡

頤惶恐再拜啓。仲夏毒熱、伏惟臺候動止萬福。頤執耕畎畝於門下、未嘗有一日之素。猥蒙過聽、薦之于朝、沾被恩命。何以稱報。未由展覿。伏冀上爲宗社、善護寢興。下情區區之至。
【読み】
頤惶恐再拜して啓す。仲夏毒熱、伏して惟みるに臺候動止萬福。頤畎畝を門下に耕すことを執って、未だ嘗て一日の素有らず。猥りに過聽を蒙って、之を朝に薦めて、恩命を被るに沾[うるお]う。何を以て報に稱わん。未だ展覿[てんてき]に由あらず。伏して冀わくは上宗社の爲に、善く寢興を護せよ。下情區區の至りなり。


答呂進伯簡三
【読み】
呂進伯に答うる簡三つ

相別累年、區區企渴之深、言不盡意。按部往來。想在勞止。秦人瘡瘵未復、而偶此旱暵。賴賢使者措置、受賜何(徐本何作河。)涯。儒者逢時、生靈之幸。勉成休功、乃所願望。頤備員於此、夙夜自竭、未見其補時望。賜書開諭不逮。與叔每過從、至慰至幸。引素門牆、坐馳神爽。所欲道者、非面不盡。惟千萬自愛。
【読み】
相別るること累年、區區たる企渴の深き、言意を盡くさず。部を按じて往來す。想うに勞止すること在らん。秦人瘡瘵[そうさい]未だ復せずして、此の旱暵[かんかん]に偶う。賢使者の措置に賴って、賜を何(徐本何を河に作る。)の涯に受けんや。儒者時に逢えるは、生靈の幸いなり。勉めて休功を成さんこと、乃ち願い望む所なり。頤員に此に備わり、夙夜に自ら竭くせども、未だ其の時の望みを補うことを見ず。賜書開諭逮ばず。與叔每に過從、至慰至幸なり。素を門牆に引いて、坐馳神爽なり。道わんと欲する所の者、面りに非ずんば盡くさず。惟千萬自愛せよ。

別紙見諭、持法爲要、其來已久矣。旣爲今日官、當於今日事中、圖所設施。舊法之拘、不得有爲者、舉世皆是也。以頤觀之、苟遷就於法中、所可爲者尙多。先兄明道之爲邑、及民之事多。衆人所謂法所拘者、然爲之未嘗大戾於法、衆亦不甚駭。謂之得伸其志則不可。求小補、則過今之爲政者遠矣。人雖異之、不至指爲狂也。至謂之狂、則大駭矣。盡誠爲之、不容而後去。又何嫌乎。鄙見如此。進伯以爲如何。
【読み】
別紙に諭さるる、持法を要と爲すこと、其の來ること已に久し。旣に今日の官と爲っては、當に今日の事の中に於て、設け施す所を圖るべし。舊法拘わるとして、すること有ることを得ざる者、世を舉げて皆是れなり、と。頤を以て之を觀るに、苟に遷って法中に就くに、す可き所の者尙多し。先兄明道の邑を爲むる、民の事に及ぶこと多し。衆人の所謂法に拘わらるるとする者、然も之を爲して未だ嘗て大いに法に戾らず、衆も亦甚だしくは駭がず。之を其の志を伸ぶることを得ると謂うときは則ち不可なり。小補を求むるときは、則ち今の政を爲むる者に過ぎたること遠し。人之を異[あや]しむと雖も、指して狂とするに至らず。之を狂と謂うに至れば、則ち大いに駭く。誠を盡くして之を爲して、容れられずして而して後に去る。又何ぞ嫌わんや。鄙見此の如し。進伯以て如何とかする。

荷公知遇之厚、輒有少見上補聰明、亦久懷憤鬱、無所控告。遇公而伸爾。王者父天母地。昭事之道、當極嚴恭。漢武遠祀地祗於汾雎、旣爲非禮。後世復建祠宇、其失已甚。因唐妖人作韋安道傳、遂爲塑像以配食、誣瀆天地。天下之妄、天下之惡、有大於此者乎。公爲使者、此而不正、將正何事。願以其像投之河流、愼勿先露。先露則傳駭觀聽矣。勿請勿議。必見沮矣。毋虞後患。典憲不能相及、亦可料也。願公勿疑。
【読み】
公の知遇の厚きを荷って、輒ち少しく上聰明を補うことを見ること有り、亦久懷憤鬱、控[つ]げ告ぐる所無し。公に遇って伸ぶるのみ。王者は天を父とし地を母とす。昭らかに事うるの道、當に嚴恭を極むべし。漢武遠く地祗を汾雎に祀るすら、旣に非禮とす。後世復祠宇を建つる、其の失已に甚だし。唐の妖人韋安道が傳を作るに因りて、遂に塑像を爲って以て配食せしめて、天地を誣瀆す。天下の妄、天下の惡、此より大なる者有らんや。公使者と爲って、此にして正さずんば、將に何事をか正さん。願わくは其の像を以て之を河流に投じて、愼んで先露すこと勿かれ。先露すときは則ち觀聽を駭かすことを傳えん。請うこと勿かれ議すること勿かれ。必ず沮[はば]まれん。後の患えを虞ること毋かれ。典憲相及ぶこと能わざること、亦料る可し。願わくは公疑うこと勿かれ。


與呂大臨論中書(此書其全不可復見。今只據呂氏所錄到者編之。)
【読み】
呂大臨中を論ずるに與うる書(此の書其の全き復見る可からず。今只呂氏錄し到る所の者に據って之を編す。)

大臨云、中者道之所由出。
【読み】
大臨が云く、中は道の由って出る所なり、と。

先生曰、中者道之所由出、此語有病。
【読み】
先生曰く、中は道の由って出る所という、此の語病有り、と。

大臨云、謂中者道之所由出、此語有病、已悉所諭。但論其所同、不容更有二名、別而言之、亦不可泥爲一事。如所謂天命之謂性、率性之謂道、又曰中者天下之大本、和者天下之達道、則性與道、大本與達道、豈有二乎。
【読み】
大臨が云く、謂ゆる中は道の由って出る所という、此の語病有りとすること、已に諭す所を悉[つ]くす。但其の同じき所を論ずれば、更に二つの名有る容からず、別けて之を言えば、亦泥んで一事とす可からず。所謂天の命之を性と謂い、性に率う之を道と謂う、又曰く、中は天下の大本、和は天下の達道というが如き、則ち性と道と、大本と達道と、豈二つ有らんや、と。

先生曰、中卽道也。若謂道出於中、則道在中外(徐本外作内。)、別爲一物矣。所謂論其所同、不容更有二名、別而言之、亦不可混爲一事、此語固無病。若謂性與道、大本與達道、可混而爲一、卽未安。在天曰命、在人曰性、循性曰道。性也、命也、道也、各有所當。大本言其體、達道言其用。體用自殊。安得不爲二乎。
【読み】
先生曰く、中は卽ち道なり。若し道中に出づと謂うときは、則ち道中の外(徐本外を内に作る。)に在って、別に一物とす。所謂其の同じき所を論ずれば、更に二つの名有る容からず、別けて之を言えば、亦混じて一事とす可からずという、此の語固より病無し。若し性と道と、大本と達道と、混じて一とす可しと謂わば、卽ち未ら安からず。天に在っては命と曰い、人に在っては性と曰い、性に循っては道と曰う。性や、命や、道や、各々當たる所有り。大本は其の體を言い、達道は其の用を言う。體用自づから殊なり。安んぞ二つとせざることを得んや、と。

大臨云、旣云率性之謂道、則循性而行莫非道。此非性中別有道也。中卽性也。在天爲命、在人爲性、由中而出者莫非道。所以言道之所由出也。與率性之謂道之義同。亦非道中別有中也。
【読み】
大臨が云く、旣に性に率う之を道と謂うと云うときは、則ち性に循って行えば道に非ずということ莫し。此れ性の中別に道有るに非ず。中は卽ち性なり。天に在っては命とし、人に在っては性とし、中由りして出る者道に非ずということ莫し。所以に道の由って出る所と言う。性に率う之を道と謂うの義と同じ。亦道の中別に中有るに非ず、と。

先生曰、中卽性也、此語極未安。中也者、所以狀性之體段(若謂性有體段亦不可。姑假此以明彼。)。如稱天圓地方。遂謂方圓卽天地可乎。方圓旣不可謂之天地、則萬物決非方圓之所出。如中旣不可謂之性、則道何從稱出於中。蓋中之爲義、自過不及而立名。若只以中爲性、則中與性不合。與率性之謂道其義自異。性道不可(一作可以。)合一而言。中止可言體、而不可與性同德。
【読み】
先生曰く、中は卽ち性なりという、此の語極めて未だ安からず。中なる者は、性を狀[かたど]る所以の體段なり(若し性に體段有りと謂わば亦不可なり。姑く此を假りて以て彼を明かす。)。天は圓く地は方と稱するが如し。遂に方圓は卽ち天地なりと謂わば可ならんや。方圓旣に之を天地と謂う可からざるときは、則ち萬物は決して方圓の出す所に非ず。如し中旣に之を性と謂う可からざるときは、則ち道何に從ってか中に出ると稱せん。蓋し中の義爲る、過不及自りして名を立つ。若し只中を以て性とせば、則ち中と性と合わず。性に率う之を道と謂うと其の義自づから異なり。性道は合一して言う可(一に可以に作る。)からず。中は止體を言う可くして、性と德を同じくす可からず、と。

○又曰、觀此義(一作語。)、謂不可與性同德字、亦未安。子居對以中者性之德。却爲近之。(子居、和叔之子。一云、義山之字。)
【読み】
○又曰く、此の義(一に語に作る。)を觀るに、謂ゆる性と德を同じくす可からずという字、亦未だ安からず。子居對うるに中は性の德というを以てす。却って之に近しとす、と。(子居は、和叔の子。一に云く、義山の字、と。)

○又曰、不偏之謂中。道無不中。故以中形道。若謂道出於中、則天圓地方、謂方圓者天地所自出、可乎。
【読み】
○又曰く、偏ならざる之を中と謂う。道中ならずということ無し。故に中を以て道を形る。若し道中に出づと謂わば、則ち天の圓く地の方なる、方圓は天地の自って出る所と謂わば、可ならんや、と。

大臨云、不倚之謂中、不雜之謂和。
【読み】
大臨が云く、倚ならざる之を中と謂い、雜じらざる之を和と謂う、と。

先生曰、不倚之謂中、甚善(語猶未瑩。)。不雜之謂和、未當。
【読み】
先生曰く、倚ならざる之を中と謂うは、甚だ善し(語猶未だ瑩[あき]らかならず。)。雜じらざる之を和と謂うは、未だ當たらず、と。

大臨云、喜怒哀樂之未發、則赤子之心。當其未發、此心至虛、無所偏倚。故謂之中。以此心應萬物之變、無往而非中矣。孟子曰、權然後知輕重、度然後知長短。物皆然。心爲甚。此心度物、所以甚於權衡之審者、正以至虛無所偏倚故也。有一物存乎其閒、則輕重長短皆失其中矣。又安得如權如度乎。故大人不失其赤子之心、乃所謂允執其中也。大臨始者有見於此、便指此心名爲中。故前言中者道之所由出也。今細思之、乃命名未當爾。此心之狀、可以言中。未可便指此心名之曰中。所謂以中形道、正此意也。率性之謂道者、循性而行、無往而非理義也。以此心應萬事之變、亦無往而非理義也。皆非指道體而言也。若論道體、又安可言由中而出乎。(先生以爲此言未是。)
【読み】
大臨が云く、喜怒哀樂の未だ發せざるは、則ち赤子の心なり。其の未だ發せざるに當たって、此の心至虛にして、偏倚する所無し。故に之を中と謂う。此の心を以て萬物の變に應ずれば、往くとして中に非ずということ無し。孟子曰く、權ありて然して後に輕重を知り、度ありて然して後に長短を知る。物皆然り。心を甚だしとす、と。此の心物を度ること、權衡の審らかなるより甚だしき所以の者は、正に至虛にして偏倚する所無きを以ての故なり。一物も其の閒に存すること有るときは、則ち輕重長短皆其の中を失す。又安んぞ權の如く度の如くなることを得んや。故に大人は其の赤子の心を失わず、乃ち所謂允に其の中を執るなり。大臨始めは此に見ること有って、便ち此の心を指して名づけて中とす。故に前に中は道の由って出る所と言えり。今細かに之を思うに、乃ち名を命ずること未だ當たらざるのみ。此の心の狀、以て中と言う可し。未だ便ち此の心を指して之を名づけて中と曰う可からず。所謂中を以て道を形るというは、正に此の意ならん。性に率う之を道と謂うは、性に循って行わば、往くとして理義に非ずということ無し。此の心を以て萬事の變に應ずれば、亦往くとして理義に非ずということ無し。皆道體を指して言うに非ず。若し道體を論ぜば、又安んぞ中由りして出づと言う可けんや、と。(先生以爲えらく、此の言未だ是ならず、と。)

先生曰、喜怒哀樂未發謂之中。赤子之心、發而未遠於中。若便謂之中、是不識大本也。
【読み】
先生曰く、喜怒哀樂の未だ發せざる之を中と謂う。赤子の心は、發して未だ中に遠からざるなり。若し便ち之を中と謂わば、是れ大本を識らざるなり、と。

大臨云、聖人智周萬物、赤子全未有知、其心固有不同矣。然推孟子所云、豈非止取純一無僞、可與聖人同乎。非謂無毫髮之異也。大臨前日所云、亦取諸此而已。此義、大臨昔者旣聞先生。君子之敎、反求諸己。若有所自得、參之前言往行、將無所不合。由是而之焉。似得其所安。以是自信不疑、拳拳服膺、不敢失墜。今承敎、乃云已失大本。茫然不知所向。竊恐辭命不明、言不逮意、致高明或未深喩。輒露所見、求益左右。卒爲賜敎、指其迷謬、幸甚。
【読み】
大臨が云く、聖人は智萬物に周く、赤子は全く未だ知有らず、其の心固より同じからざること有り。然れども孟子の云う所を推すに、豈止純一に僞り無きこと、聖人と同じかる可きことを取るに非ずや。毫髮の異なり無しと謂うには非ず。大臨前日云う所、亦此を取るのみ。此の義、大臨昔旣に先生に聞けり。君子の敎は、反って己に求む。若し自得する所有れば、之を前言往行に參うるに、將に合わざる所無し、と。是に由って之く。其の安んずる所を得るに似れり。是を以て自ら信じて疑わず、拳拳として膺に服けて、敢えて失墜せず。今敎を承るに、乃ち已に大本を失すと云う。茫然として向かう所を知らず。竊かに恐れらくは辭命明らかならず、言意に逮ばずして、高明或は未だ深く喩さざることを致さんことを。輒ち所見を露して、益を左右に求む。卒に敎を賜うことを爲して、其の迷謬を指したまわば、幸甚ならん。

聖人之學、以中爲大本。雖堯・舜相授以天下、亦云允執其中。中者、無過不及之謂也。何所準則而知過不及乎。求之此心而已。此心之動、出入無時。何從而守之乎。求之於喜怒哀樂未發之際而已。當是時也、此心卽赤子之心(純一無僞。)、卽天地之心(神明不測。)、卽孔子之絕四(四者有一物存乎其閒、則不得其中。)、卽孟子所謂物皆然、心爲甚(心無偏倚、則至明至平、其察物甚於權度之審。)、卽易所謂寂然不動、感而遂通天下之故。此心所發、純是義理、與天下之所同然。安得不和。大臨前日敢指赤子之心爲中者、其說如此。
【読み】
聖人の學は、中を以て大本とす。堯・舜相授くるに天下を以てすと雖も、亦允に其の中を執れと云う。中は、過不及無きの謂なり。何の準則する所にしてか過不及を知らんや。之を此の心に求むるのみ。此の心の動く、出入時無し。何に從ってか之を守らんや。之を喜怒哀樂未發の際に求むるのみ。是の時に當たって、此の心は卽ち赤子の心なり(純一にして僞り無し。)、卽ち天地の心なり(神明にして測られず。)、卽ち孔子の絕四なり(四つの者一物も其の閒に存すること有れば、則ち其の中を得ず。)、卽ち孟子の所謂物皆然り、心を甚だしとするなり(心偏倚無きときは、則ち至明至平にして、其の物を察すること權度の審らかなるより甚だし。)、卽ち易に所謂寂然として動かず、感じて遂に天下の故に通ずるなり。此の心の發する所、純ら是れ義理にして、天下の同じく然る所に與る。安んぞ和せざることを得ん。大臨前日敢えて赤子の心を指して中とする者は、其の說此の如し。

來敎云、赤子之心可謂之和、不可謂之中。大臨思之、所謂和者、指已發而言之。今言赤子之心、乃論其未發之際。(一有竊謂字。)純一無僞、無所偏倚、可以言中。若謂已發、恐不可言心。
【読み】
來敎に云く、赤子の心は之を和と謂う可く、之を中と謂う可からず、と。大臨之を思うに、所謂和は、已發を指して之を言う。今赤子の心と言うは、乃ち其の未發の際を論ず。(一に竊かに謂えらくの字有り。)純一にして僞り無く、偏倚する所無きは、以て中と言う可し。若し已發を謂わば、恐らくは心と言う可からず。

來敎云、所謂循性而行、無往而非理義、言雖無病、而聖人氣味殊少。大臨反而思之、方覺辭氣迫窘、無沈浸醲厚之風。此則淺陋之罪、敢不承敎。大臨更不敢拜書先生左右。恐煩往答。只令義山持此請敎。蒙塞未達、不免再三浼瀆。惟望乘閒口諭義山、傳誨一二、幸甚、幸甚。
【読み】
來敎に云く、所謂性に循って行わば、往くとして理義に非ずということ無しという、言病無しと雖も、而れども聖人の氣味殊に少なし、と。大臨反って之を思うに、方に辭氣迫窘[はくきん]にして、沈浸醲厚の風無きことを覺う。此れ則ち淺陋の罪、敢えて敎を承けざらんや。大臨更に敢えて先生の左右に拜書せざらんや。恐れらくは往答を煩わさんことを。只義山をして此を持して敎を請わしむ。蒙塞未だ達せず、再三浼瀆することを免れず。惟望むらくは閒に乘じて口づから義山に諭して、一二を傳え誨えば、幸甚、幸甚、と。

先生曰、所云非謂無毫髮之異、是有異也。有異者得爲大本乎。推此一言、餘皆可見。
【読み】
先生曰く、云う所の毫髮の異なり無しと謂うには非ずという、是れ異なり有るなり。異なり有る者は大本とすることを得んや。此の一言を推して、餘は皆見る可し、と。

大臨云、大臨以赤子之心爲未發、先生以赤子之心爲已發。所謂大本之實、則先生與大臨之言、未有異也。但解赤子之心一句不同爾。大臨初謂赤子之心、止取純一無僞、與聖人同(一有處字。)。恐孟子之義亦然。更不曲折一一較其同異。故指以爲言。固未嘗以已發不同處爲大本也。先生謂凡言心者、皆指已發而言。然則未發之前、謂之無心可乎。竊謂未發之前、心體昭昭具在。已發乃心之用也。此所深疑未喩。又恐傳言者失指。切望指敎。
【読み】
大臨が云く、大臨は赤子の心を以て未發とし、先生は赤子の心を以て已發とす。所謂大本の實は、則ち先生と大臨の言と、未だ異なること有らず。但赤子の心を解する一句同じからざるのみ。大臨初め赤子の心を謂うは、止純一にして僞り無きは、聖人と同じき(一に處の字有り。)に取るのみ。恐らくは孟子の義も亦然らん。更に曲折に一一其の同異を較べず。故に指して以て言を爲す。固より未だ嘗て已發不同の處を以て大本とするにはあらず。先生凡そ心と言う者は、皆已發を指して言うと謂う。然らば則ち未發の前は、之を心無しと謂いて可ならんや。竊かに謂えらく、未發の前、心の體昭昭として具に在り。已發は乃ち心の用なり、と。此の所深く疑って未だ喩さず。又恐れらくは傳え言う者指を失せんことを。切に指敎を望む、と。

先生曰、所論意、雖以已發者爲未發、反(一作及。)求諸言、却是認已發者爲說。詞之未瑩、乃是擇之未精爾。凡言心者、指已發而言、此固未當。心一也。有指體而言者(寂然不動是也。)、有指用而言者(感而遂通天下之故是也。)、惟觀其所見如何耳。大抵論愈精微、言愈易差。所謂傳言者失指、及反覆觀之、雖曰有差、亦不失大意。又如前論中卽性也、已是分而爲二。不若謂之性中(性中語未甚瑩。)。以謂聖人氣味殊少、亦不須言聖人。第二書所答去者、極分明矣。
【読み】
先生曰く、論ずる所の意、已發の者を以て未發とすと雖も、反って(一に及に作る。)言に求むるに、却って是れ已發の者を認めて說を爲す。詞の未だ瑩らかなざるは、乃ち是れ擇ぶこと未だ精しからざるのみ。凡そ心は、已發を指して言うと言うは、此れ固に未だ當たらず。心は一なり。體を指して言う者有り(寂然として動かざる是れなり。)、用を指して言う者有り(感じて遂に天下の故に通ずる是れなり。)、惟其の見る所如何と觀るのみ。大抵論愈々精微にして、言愈々差い易し。所謂傳え言う者指を失すとも、反覆して之を觀るに及んでは、差い有りと曰うと雖も、亦大意を失せじ。又前論に中は卽ち性なりというが如き、已に是れ分かちて二つとす。之を性中と(性中という語未だ甚だ瑩らかならず。)謂うに若かず。以て聖人の氣味殊に少なしと謂うも、亦須く聖人と言うべからず。第二書に答え去る所の者、極めて分明なり、と。


答楊時論西銘書
【読み】
楊時西の銘を論ずるに答うる書

前所寄史論十篇、其意甚正。纔一觀、便爲人借去。俟更子細看。西銘之論、則未然。橫渠立言、誠有過者、乃在正蒙。西銘之爲書、推理以存義、擴前聖所未發、與孟子性善養氣之論同功(二者亦前聖所未發。)。豈墨氏之比哉。西銘明理一而分殊、墨氏則二本而無分(老幼及人、理一也。愛無差等、本二也。)。分殊之蔽、私勝而失仁、無分之罪、兼愛而無義。分立而推理一、以止私勝之流、仁之方也。無別而迷兼愛、至於無父之極、義之賊也。子比而同之、過矣。且謂、言體而不及用。彼欲使人推而行之。本爲用也。反謂不及、不亦異乎。
【読み】
前に寄する所の史論十篇、其の意甚だ正し。纔かに一たび觀て、便ち人の爲に借り去らる。更に子細に看ることを俟つ。西の銘の論は、則ち未だ然らず。橫渠言を立つること、誠に過まれる者有り、乃ち正蒙に在り。西の銘の書爲る、理を推して以て義を存して、前聖の未だ發せざる所を擴め、孟子性善養氣の論と功を同じくす(二つの者亦前聖の未だ發せざる所なり。)。豈墨氏の比ならんや。西の銘は理一にして分殊なることを明かし、墨氏は則ち本を二つにして分無し(老幼人に及ぼすは、理一なり。愛に差等無きは、本二つなり。)。分殊なるの蔽は、私勝って仁を失い、分無きの罪は、兼ね愛して義無し。分立ちて理一を推して、以て私勝つの流れを止むるは、仁の方なり。別無くして兼愛に迷い、父を無みするの極みに至るは、義の賊なり。子比して之を同じくするは、過れり。且つ謂う、體を言いて用に及ばず、と。彼人をして推して之を行わしめんと欲す。本用と爲さんとなり。反って及ばずと謂うは、亦異ならずや。


代人上宰相論鄭白渠書
【読み】
人に代わって宰相に上って鄭白渠を論ずる書

某聞天下之事、有甚難而易者、有甚易而難者、獨繫在上之人、爲與不爲而已。昔韓欲罷秦兵、使鄭國說、以鑿涇水漑田、注塡閼之水、漑瀉鹵之地、四萬頃畝收常一鍾、關中遂爲沃壤、無凶年、秦以富强。至漢白公復引涇水以漑田、民得其饒。歌之曰、田於何所、池陽谷口。鄭國在前、白渠起後。衣食關中億萬之口。此兩渠之功也。秦・漢而下、皆獲其利。熙寧中、神宗皇帝講求治功、興葺遺利。時先祖殿丞、建明鄭・白之利。神宗皇帝賜對便殿、大稱聖心、付以其事。興役踰年、功已有敍、而害能者巧爲沮止、不終厥功。陝右之人、至今爲恨。某每思神宗皇帝知其利而欲興之意、與先祖盡其力而被沮之恨、某未嘗不憤歎至於流涕也。閣下嘗尹長安矣。必聞其事。
【読み】
某聞く、天下の事、甚だ難くして易き者有り、甚だ易くして難き者有り、獨り上に在る人、するとせざるとに繫かるのみ、と。昔韓秦の兵を罷めんと欲して、鄭國をして說かしめて、以て涇水を鑿ちて田に漑[そそ]ぎ、塡閼の水を注いで、瀉鹵の地に漑いで、四萬頃の畝收むること常に一鍾、關中遂に沃壤と爲り、凶年無くして、秦以て富强なり。漢の白公に至って復涇水を引いて以て田に漑いで、民其の饒[ゆた]かなることを得。歌って曰く、何れの所にか田づくらん、池陽谷口。鄭國前に在り、白渠後に起こる、と。關中億萬の口を衣食するは、此れ兩渠の功なり。秦・漢よりして下、皆其の利を獲。熙寧中に、神宗皇帝治功を講求し、遺利を興葺せんとす。時に先祖殿丞、鄭・白の利を建明す。神宗皇帝便殿に對することを賜って、大いに聖心に稱って、付するに其の事を以てす。役を興すこと年を踰えて、功已に敍づること有れども、能を害する者巧みに沮止を爲して、厥の功を終えず。陝右の人、今に至るまで恨みとす。某每に神宗皇帝其の利を知って興さんと欲するの意と、先祖其の力を盡くして沮めらるるの恨みとを思うに、某未だ嘗て憤歎して涕を流すに至らずんばあらず。閣下は嘗て長安に尹たり。必ず其の事を聞かん。

今則又非昔年之比也。涇水低下、渠口高仰、灌漑之功、幾盡廢矣。民用困之、物斛踊貴、職此之由。今方外有不順之羌、師旅之興、儲偫爲急。誠使秦中歲增穀數百千萬斛、所濟豈不甚大。某關西陋儒也。自幼小稔知其事、人微處遠、無由自伸其憤鬱。幸遇僕射相公、以經緯之才、逢時得君、以天下事爲己任。某是以敢不避狂妄之誅、塵瀆鈞聽。倘蒙采錄、或致成功、不使先祖抱恨泉下、則某平生志願足矣。
【読み】
今は則ち又昔年の比に非ず。涇水低く下り、渠口高く仰いで、灌漑の功、幾ど盡く廢す。民用之に困しみ、物斛踊貴するは、此を職[もと]とするの由なり。今方外に不順の羌有り、師旅の興る、儲偫[ちょじ]を急とす。誠に秦中をして歲々穀數百千萬斛を增さしめば、濟う所豈甚大ならずや。某は關西の陋儒なり。幼小自り其の事を稔[う]み知れども、人微に處遠くして、自ら其の憤鬱を伸ぶるに由無し。幸いに僕射相公、經緯の才を以て、時に逢い君を得て、天下の事を以て己が任とするに遇う。某是を以て敢えて狂妄の誅を避けず、鈞聽を塵瀆す。倘し采錄を蒙って、或は成功を致して、先祖をして恨みを泉下に抱かしめずんば、則ち某平生の志願足りなん。


上謝帥師直書
【読み】
謝帥師直に上る書

頤皇恐上書(徐本書作訴。)于知府安撫寶文閣下。頤至愚學道幾五十年、惟是自信、行其所知、不敢爲世俗所移。知之罪之、則繫乎人焉。
【読み】
頤皇恐して書(徐本書を訴に作る。)を知府安撫寶文の閣下に上る。頤至愚にして道を學ぶこと幾ど五十年、惟是れ自ら信じて、其の知る所を行って、敢えて世俗の爲に移されず。之を知り之を罪することは、則ち人に繫かれり。

伏覩律節文、諸醫爲人合藥、誤不如本方殺人者、徒二年半。故不如本方殺傷人者、以故殺傷論。雖不傷人、杖六十。古人造律之意、非特矜死者之無辜、亦以警懼庸醫、使不敢輕妄、致害人命、則其爲益、豈不甚大。近世以來、律雖存而實不用。俗吏拘文、乃云律稱合藥誤不如本方。若用藥不如方論、雖日殺千人、法所不禁、官不當治也。遂使庸醫輩恣其盲妄、無所忌憚、殺人如麻。耳目所聞見、士大夫爲庸醫反陰陽、背方論而殺之者、不可勝數。況天下之大、民庶之衆、可勝言哉。獨嘉祐中、族兄太中嗣宗、知扶溝縣、嘗以醫者用藥過劑殺人、送府鞭其背。過劑乃用藥之失、非合藥誤也。當時衆論稱之、蓋他人未嘗用此律故也。
【読み】
伏して覩るに律の節文に、諸醫人の爲に合藥して、誤って本方の如くせずして人を殺す者は、徒すること二年半。故[ことさら]に本方の如くせずして人を殺傷する者は、故に殺傷するを以て論ず。人を傷つけずと雖も、杖すること六十、と。古人律を造るの意、特死者の辜無きを矜れむのみに非ず、亦以て庸醫を警懼せしめて、敢えて輕妄に、人の命を害することを致さざらしむるときは、則ち其の益爲ること、豈甚大ならずや。近世以來、律存すと雖も而れども實に用いられず。俗吏文に拘わって、乃ち云く、律合藥誤って本方の如くせざるを稱す。若し用藥方論の如くせざるは、日に千人を殺すと雖も、法の禁ぜざる所にして、官當に治むるべからず、と。遂に庸醫の輩をして其の盲妄を恣にして、忌み憚る所無くして、人を殺すこと麻の如くならしむ。耳目の聞見する所、士大夫庸醫の陰陽に反し、方論に背くが爲にして之を殺す者、勝げて數う可からず。況んや天下の大なる、民庶の衆き、勝げて言う可けんや。獨り嘉祐中、族兄太中嗣宗、知扶溝縣、嘗て醫者藥を用うるに劑を過って人を殺すを以て、府に送って其の背を鞭うつ。劑を過るは乃ち藥を用うるの失にして、合藥の誤りに非ず。當時衆論之を稱すは、蓋し他人未だ嘗て此の律を用いざる故なり。

今死者之家、莫肯與醫者辨者。其故有三。以當官者無愛人之心、苟欲省事、不肯爲之窮辨、一也。與醫者習熟、不忍訟之、二也。慮今而後、難復用醫(徐本醫作藥。)、三也。是皆以利害爲心、而不顧骨肉之義、知其冤死而不爲之辨、骨肉之義絕矣。旣不能辨、則爲之詞曰、彼無惡意。又曰、訟之無益矣。又曰、己之命也。此皆至愚、不知義理之言。
【読み】
今死者の家、肯えて醫者と辨ずる者莫し。其の故は三つ有り。當官の者人を愛するの心無きを以て、苟も事を省かんと欲して、肯えて之が爲に窮辨せざる、一なり。醫者と習熟して、之を訟うるに忍びざる、二なり。今よりして後、復醫(徐本醫を藥に作る。)を用い難からんことを慮る、三なり。是れ皆利害を以て心と爲して、骨肉の義を顧みず、其の冤死を知って之が爲に辨ぜず、骨肉の義絕う。旣に辨ずること能わずして、則ち之が詞を爲して曰く、彼惡意無し、と。又曰く、之を訟えて益無し、と。又曰く、己が命なり、と。此れ皆至愚にして、義理を知らざるの言なり。

彼有惡意、自當從故殺傷之法。此律正爲無故意者設也。辨之所以申骨肉之義。豈繫有益無益也。謂己之命、則爲人毆而殺之、亦可以不校矣。世之人、雖其父母本非死疾、爲醫所殺、隱忍而不辨者多矣。衆人觀之、亦不以爲非也。習俗之迷人也如是。今之士大夫、使馬醫治馬、誤殺馬而杖馬醫者、目所常見、耳所常聞、衆人不以爲非也。至以父母骨肉爲醫所殺而責醫者、則未嘗見。豈愛親不若愛馬乎。愚惑不思之甚也。
【読み】
彼惡意有らば、自づから當に故[もと]より殺傷するの法に從うべし。此の律は正に故意無き者の爲に設くるなり。之を辨ずるは骨肉の義を申ぶる所以なり。豈益有り益無きに繫からんや。己が命なりと謂わば、則ち人毆って之を殺すことをすれども、亦以て校[あらが]わざる可けんや。世の人、其の父母本死疾に非ずして、醫の爲に殺さると雖も、隱し忍んで辨ぜざる者多し。衆人之を觀て、亦以て非とせず。習俗の人を迷わすこと是の如し。今の士大夫、馬醫をして馬を治せしむるに、誤って馬を殺して馬醫を杖する者、目常に見る所、耳常に聞く所にして、衆人以て非とせず。父母骨肉を以て醫の爲に殺さるに至って醫を責むる者は、則ち未だ嘗て見ず。豈親を愛すること馬を愛するに若かざらんや。愚惑思わざるの甚だしきなり。

凡人之疾病、誤醫者多矣。若風疾與氣藥、肝病而攻脾之類、雖不中病、未能害人。其死乃病死。未得爲醫殺之也。若醫經明言下之則死、是不下則不死也。今下而殺之、與操刃而斷其喉何異。古人立法、原其意本不惡。故罪止於徒、恕之至也。若聽其妄殺人而不加治、豈爲政之道乎。
【読み】
凡そ人の疾病、誤り醫する者多し。風疾に氣藥を與え、肝病にして脾を攻むるの類の若き、病に中らずと雖も、未だ人を害すること能わず。其の死は乃ち病死なり。未だ醫之を殺すとすることを得ず。醫經に明らかに之を下せば則ち死すと言うが若きは、是れ下さずんば則ち死せず。今下して之を殺すは、刃を操って其の喉を斷つと何ぞ異ならん。古人の法を立つる、其の意を原ぬるに本惡からず。故に罪徒に止むるは、恕の至りなり。若し其の妄りに人を殺すを聽して治を加えずんば、豈政を爲むるの道ならんや。

姪子某爲令醴泉、病陰證傷寒。而邑之醫者乃大下之、又與洗心散、遂至冤死。今有狀披訴。伏惟明公居大帥之任、操勸懲之柄、經術政事聞於天下、高識遠見卓然絕俗。法之所無者、尙可權其宜而行之。況有法可依者乎。民之於令、其義最重。致令之死、而不加一毫之罪、於義得爲安乎。竊聞邑中憤嘆不平之聲、聞於道路。豈當任者獨不念之乎。重思閣下天下吏師。誠能行之、郡縣必多效之者。若使遠近傳之、庸醫之輩皆知戒懼、不敢輕視人命、則公及人之功、豈細也哉。匪惟先兄父子懷結草之報、當獲上天之祐、後昆享繁衍盛大之福。不勝哀懇、頤皇恐上訴。
【読み】
姪子某醴泉に令爲るとき、陰證の傷寒を病む。而るに邑の醫者乃ち大いに之を下し、又洗心散を與えて、遂に冤死に至る。今狀有って披訴す。伏して惟みるに明公大帥の任に居して、勸懲の柄を操り、經術政事天下に聞え、高識遠見卓然として俗に絕[す]ぐる。法の無き所の者も、尙其の宜しきを權って之を行う可し。況んや法の依る可き有る者をや。民の令に於る、其の義最も重し。令の死を致して、一毫の罪を加えずんば、義に於て安しとすることを得んや。竊かに聞く、邑中憤嘆不平の聲、道路に聞う、と。豈任に當たる者獨り之を念わざらんや。重ねて思うに閣下は天下の吏師なり。誠に能く之を行わば、郡縣必ず之に效う者多からん。若し遠近をして之を傳えしめば、庸醫の輩皆戒め懼るることを知って、敢えて輕々しく人命を視ざるときは、則ち公人に及ぼすの功、豈細ならんや。惟先兄父子草を結ぶの報を懷うのみに匪ず、當に上天の祐、後昆繁衍盛大の福を享くることを獲るべし。哀懇に勝えずして、頤皇恐して上訴す。


與金堂謝君書
【読み】
金堂謝君に與うる書

頤啓。前月末、吳齋郎送到書信、卽遞中奉報。計半月方達。冬寒、遠想雅履安和。僑居旋爲客次、日以延望。乃知止行、甚悒悒也。來春江水穩、善候有所授、能一訪甚佳。只云忠涪閒看親、人必不疑也。
【読み】
頤啓す。前月の末、吳齋郎送り到るの書信、卽ち遞中報を奉る。計るに半月にして方に達せん。冬寒、遠く想うに雅履安和ならん。僑居旋[やや]客次を爲して、日に以て延望す。乃ち知る、行を止めて、甚だ悒悒たることを。來春江水穩やかにして、善候授くる所有り、能く一たび訪わば甚だ佳ならん。只云う、忠涪の閒親を看れば、人必ず疑わじ、と。

頤偕小子甚安。來春本欲作春秋文字。以此無書故未能、却先了論・孟或禮記也。春秋大義數十、皎如日星。不容遺忘。只恐微細義例、老年精神有所漏落。且請推官用意尋究、後日見助。如往年所說、許止・蔡般書葬類是也。若欲治易、先尋繹令熟、只看王弼・胡先生・王介甫三家文字、令通貫。餘人易說無取。枉費功、年亦長矣。宜汲汲也。未相見閒、千百愼愛。十一月初九日、頤啓知縣推官。
【読み】
頤小子と偕[とも]に甚だ安し。來春本春秋の文字を作らんと欲す。此の書無きを以ての故に未だ能わず、却って先づ論・孟或は禮記を了えんとす。春秋の大義數十、皎たること日星の如し。遺忘す容からず。只恐れらくは微細の義例、老年の精神漏落する所有らんことを。且請う、推官意を用いて尋究せば、後日助を見ん。往年說く所の、許止・蔡般葬ると書す類の如き是れなり。若し易を治めんと欲せば、先づ尋繹して熟せしめ、只王弼・胡先生・王介甫三家の文字を看て、通貫せしめよ。餘人の易說は取るべき無し。枉げて功を費さば、年亦長ぜん。宜しく汲汲たるべし。未だ相見ざるの閒、千百愼愛せよ。十一月初九日、頤知縣推官に啓す。


答周孚先問(竝跋。)
【読み】
周孚先が問いに答う(竝びに跋。)

問、先生舊語門人云、天下至忙者、無如禪客。市井之人、雖曰營利、猶有休息時。禪客行住坐臥、無不在道、存無不在道之心。便是至忙。孚先竊謂、此語如孟子所謂必有事焉而勿正、心勿忘勿助長也。若正若助長、卽是忙也。或者謂、此語非爲學者設。謂以聖人方之禪客未嘗閑。若學者須是行住坐臥在道。
【読み】
問う、先生舊門人に語って云く、天下の至忙なる者は、禪客に如くは無し。市井の人は、利を營むと曰うと雖も、猶休息する時有り。禪客は行住坐臥、道に在らずということ無く、存して道の心在らずということ無し。便ち是れ至忙なり、と。孚先竊かに謂えらく、此の語孟子の所謂必ず事とすること有って正すること勿かれ、心忘るること勿かれ長ずることを助けしむること勿かれというが如し。若し正し若し長ずることを助けしめば、卽ち是れ忙なり。或るひと謂えらく、此の語は學者の爲に設くるに非ず。聖人を以て之を禪客に方べて未だ嘗て閑ならずと謂う。學者の若きは須く是れ行住坐臥道に在るべし、と。

存無不在道之心、便是助長。方其學也、固當有事、亦當知助長之非。
【読み】
存して道の心在らずということ無きは、便ち是れ長ずることを助けしむるなり。其の學に方べて、固より當に事とすること有るべく、亦當に長ずることを助けしむるの非を知るべし。

問、書曰、惟聖罔念作狂、惟狂克念作聖。孚先竊謂、聖者謂有聖人資質、一不念則流入於狂。狂者進取。曾晳之徒是也。借如顏子、不能拳拳服膺、亦必至於此。若是聖人、則從心所欲不踰矩。雖不念亦無害也。
【読み】
問う、書に曰く、惟れ聖も念うこと罔ければ狂と作る、惟れ狂も克く念えば聖と作る、と。孚先竊かに謂えらく、聖というは聖人の資質有れども、一たび念わざれば則ち流れて狂に入るを謂う。狂というは進み取るなり。曾晳の徒是れなり。借い顏子の如きも、拳拳として膺に服くこと能わずんば、亦必ず此に至る。若し是れ聖人は、則ち心の欲する所に從えども矩を踰えず。念わずと雖も亦害無けん、と。

六德、知仁聖義中和。聖、通明之稱。狂、狂愚之稱。
【読み】
六德は、知仁聖義中和。聖は、通明の稱。狂は、狂愚の稱。

問、孔子曰、知者樂水、仁者樂山。知者動、仁者靜。知者樂、仁者壽。孚先竊謂、樂山樂水、狀仁知之體。動靜述仁知之用。樂與壽明仁知之效。知則能知之。能知之則務窮物理。務窮物理則運用不息、故樂水。水謂其周流也、故動。動謂其理之無窮也、故樂。樂謂其無疑也。仁則能體之。能體之則有得於所性。有得於所性則循理而行之、故樂山。山謂其安止也、故靜。靜謂其無待於外也、故壽。壽謂其達生理也。
【読み】
問う、孔子曰く、知者は水を樂しみ、仁者は山を樂しむ。知者は動き、仁者は靜かなり。知者は樂しみ、仁者は壽し、と。孚先竊かに謂えらく、山を樂しみ水を樂しむとは、仁知の體を狀るなり。動靜は仁知の用を述ぶるなり。樂と壽とは仁知の效を明かすなり。知は則ち能く之を知る。能く之を知るときは則ち務めて物理を窮む。務めて物理を窮むるときは則ち運用息まず、故に水を樂しむ。水は其の周流するを謂う、故に動く。動は其の理の窮まること無きを謂う、故に樂しむ。樂は其の疑うこと無きを謂う。仁は則ち能く之を體す。能く之を體するときは則ち性とする所を得ること有り。性とする所を得ること有るときは則ち理に循って之を行う、故に山を樂しむ。山は其の安んじ止まるを謂う、故に靜かなり。靜は其の外に待つこと無きを謂う、故に壽し。壽は其の生理に達することを謂う、と。

言意未能體仁知。且宜潛思。
【読み】
言意未だ仁知を體すること能わず。且に宜しく潛思すべし。

問、孔子曰、知及之、仁不能守之、雖得之、必失之。知及之、仁能守之、不莊以涖之、則民不敬。知及之、仁能守之、莊以涖之、動之不以禮、未善也。孚先竊謂、此語是告學者。亦是入道之序。故知及之者、見得到也。仁能守之者、孳孳於此也。莊以涖之者、外設藩垣以遠暴慢也。動之以禮、觀時應用皆欲中節也。或者謂此是人君事。
【読み】
問う、孔子曰く、知之に及べども、仁之を守ること能わざれば、之を得ると雖も、必ず之を失う。知之に及び、仁能く之を守れども、莊にして以て之に涖まざれば、則ち民敬せず。知之に及び、仁能く之を守り、莊にして以て之に涖めども、之を動かすに禮を以てせざれば、未だ善ならざるなり、と。孚先竊かに謂えらく、此の語は是れ學者に告ぐるなり。亦是れ道に入るの序なり。故に知之に及ぶとは、見得して到るなり。仁能く之を守るとは、此に孳孳たるなり。莊にして以て之に涖むとは、外に藩垣を設けて以て暴慢を遠ざくるなり。之を動かすに禮を以てするは、時を觀用に應ずること皆節に中らんことを欲するなり。或るひと謂えらく、此は是れ人君の事、と。

臨政處己、莫不皆然。所謂仁能守之者、孳孳於此也、此言未能盡仁。且宜致思。仁則安矣。所以云守也。
【読み】
政に臨み己を處する、皆然らずということ莫し。所謂仁能く之を守るとは、此に孳孳たるなりという、此の言未だ仁を盡くすこと能わず。且に宜しく思いを致すべし。仁なれば則ち安し。守ると云う所以なり。

孚先舊講習太學。建中靖國庚辰冬、過洛陽、遊伊川先生之門、預羣弟子之列、親炙模範、時聞誨語。越明年暮春、歸省庭闈。期歲復入學、以所疑爲書、請質於先生。皆得親筆開諭。逮今幾四十年矣。以今日視前日、固知學之不博、問之不切。日月逝矣。功不加倍、祗益自歉。紹興丁巳冬、周孚先謹書。
【読み】
孚先舊太學に講習す。建中靖國庚辰の冬、洛陽に過って、伊川先生の門に遊んで、羣弟子の列に預り、模範に親炙して、時々誨語を聞く。越[ここ]において明年の暮春、庭闈に歸省す。期歲にして復學に入って、疑う所を以て書することを爲して、先生に請い質す。皆親筆して開諭することを得。今に逮んで幾ど四十年なり。今日を以て前日に視ぶるに、固より學の博からず、問いの切ならざることを知る。日月逝きぬ。功加倍せずして、祗に自ら歉らざることを益す。紹興丁巳の冬、周孚先謹んで書す。


答張閎中書
【読み】
張閎中に答うる書

易傳未傳、自量精力未衰、尙覬有少進爾。然亦不必直待身後、覺耄則傳矣。書雖未出、學未嘗不傳也。第患無受之者爾。
【読み】
易傳未だ傳えざるは、自ら量るに精力未だ衰えず、尙少しく進むこと有らんことを覬むのみ。然れども亦必ずしも直に身後を待つにあらず、耄を覺えば則ち傳えん。書未だ出さずと雖も、學未だ嘗て傳えずんばあらず。第之を受くる者無きを患うるのみ。

來書云、易之義本起於數。謂義起於數則非也。有理而後有象、有象而後有數。易因象以明理、由象而知數。得其義、則象數在其中矣。必欲窮象之隱微、盡數之毫忽、乃尋流逐末、術家之所尙、非儒者之所務也。管輅・郭璞之徒是也。
【読み】
來書に云く、易の義は本數に起こる、と。謂うに義數に起こるというは則ち非なり。理有って而して後に象有り、象有って而して後に數有り。易は象に因って以て理を明かし、象に由って數を知る。其の義を得れば、則ち象數其の中に在り。必ず象の隱微を窮め、數の毫忽を盡くさんと欲するは、乃ち流れを尋ね末を逐う、術家の尙ぶ所にして、儒者の務むる所に非ず。管輅・郭璞が徒是れなり。

理無形也。故因象以明理。理旣見乎辭矣、則可由辭以觀象。故曰、得其義、則象數在其中矣。
【読み】
理は形無し。故に象に因って以て理を明かす。理旣に辭に見るときは、則ち辭に由って以て象を觀る可し。故に曰く、其の義を得れば、則ち象數其の中に在り、と。


答楊時書
【読み】
楊時に答うる書

頤啓。相別多年、常深渴想。前日自伊川歸得、十一月十五日南康發來書、知赴新任。體況安佳、甚慰遠懷。頤如常。自去冬來、多在伊川。見謀居伊、力薄未能遽成耳。
【読み】
頤啓す。相別るること多年、常に深く渴想す。前日伊川自り歸り得て、十一月十五日南康にして來書を發して、新任に赴くことを知る。體況安佳、甚だ遠懷を慰す。頤常の如し。去冬自り來[このかた]、多くは伊川に在り。伊に居ることを謀ることを見れども、力薄くして未だ遽に成すこと能わざるのみ。

朝廷設敎官、蓋欲敎人修身齊家治國平天下之道。苟能修職、則不素餐兮、孰大於是。赴省試令子、不知其名、中第可喩及也。名迪者好學質美。當成遠器。應未有北來期兩小子(大者項城尉、小者鄢陵尉。)。承問故及之。此獨與諸孫處、歲計稔則自餘無足道。春暄、惟進學自愛。不宣。頤啓楊君敎授。(三月六日。)
【読み】
朝廷敎官を設くるは、蓋し人々身を修め家を齊え國を治め天下を平らかにするの道を敎えんと欲するなり。苟も能く職を修めば、則ち素[むな]しく餐[は]まざること、孰か是より大ならん。省試に赴く令子、其の名を知らず、第に中らば喩し及ぼす可し。迪[てき]と名づくる者學を好んで質美なり。當に遠器と成るべし。未だ北來兩小子(大は項城尉、小は鄢陵尉。)と期すること有らざる應し。問いを承くる故に之に及ぶ。此れ獨り諸孫に與うる處、歲計稔れば則ち自づから餘は道うに足ること無し。春暄[けん]、惟學に進んで自愛せよ。不宣。頤楊君敎授に啓す。(三月六日。)


答楊迪書
【読み】
楊迪に答うる書

相別累月、思渴。前承惠書。恐已出京。故不復奉答。近又收書、乃知未行。喜聞夏暑安佳。
【読み】
相別れて累月、思い渴す。前に書を惠まるることを承る。恐らくは已に京を出んことを。故に復奉答せず。近ごろ又書を收めて、乃ち未だ行かざることを知る。喜び聞く、夏暑安佳なることを。

前書所問心迹之說、固知未能無疑也。若以心迹有判、則象憂亦憂、乃僞矣。是宜精索。未易曉也。又云、有道、又有易、何如。此語全未是。更將傳序詳思、當自通矣(變易而後合道。易字與道字不相似也。)。大率所論辭、與意太多。孔・孟之門人、豈能盡與孔・孟同。唯其不敢信己而信其師之說。是以能思而卒同也。若紛然致疑、終亦必亡而已。勉之、勉之。盛暑在途、千百自愛。
【読み】
前書に問う所の心迹の說、固より未だ疑うこと無きこと能わざることを知る。若し心迹を以て判つこと有るときは、則ち象憂うれば亦憂うるも、乃ち僞りならん。是れ宜しく精索すべし。曉かし易からず。又云く、道有って、又易有るは、何如、と。此の語全く是ならず。更に傳の序を將って詳らかに思わば、當に自づから通ずべし(變易して而して後に道に合う。易の字と道の字とは相似ず。)。大率論ずる所の辭、意に與ること太だ多し。孔・孟の門人、豈能く盡く孔・孟と同じからんや。唯其れ敢えて己を信ぜずして其の師の說を信ず。是を以て能く思って卒に同じ。若し紛然として疑うことを致さば、終に亦必ず亡びんのみ。之を勉めよ、之を勉めよ。盛暑途に在り、千百自愛せよ。


答門人書
【読み】
門人に答うる書

前者奉答、適病倦不能詳。後來親知講論、幾盈箱矣。設端雖多、大率意不相遠。於大概尙弗識。況屈伸久速之際乎。平日不謂至如是。豈皆知不足以及之。蓋爲衆說漂喣、不能自立爾。此由見信不篤故也。孔・孟之門豈皆賢哲。固多衆人。以衆人觀聖賢、弗識者多矣。惟其不敢信己而信其師。是故求而後得。今諸君於頤、言纔不合則置不復思。所以終異也。不可便放下、更且思之。致知之方也。姑求自曉、無庸他恤。深尤不知者、甚無謂也。
【読み】
前に奉答する、適々病倦んで詳らかにすること能わず。後來親ら知る、講論、幾く箱に盈たんことを。端を設くること多しと雖も、大率意相遠からず。大概に於て尙識らず。況んや屈伸久速の際をや。平日謂わざりき、是の如くなるに至らんとは。豈皆知以て之に及ぶに足らざらんや。蓋し衆說漂喣[ひょうく]するが爲に、自ら立つこと能わざるのみ。此れ信を見ること篤からざるに由る故なり。孔・孟の門豈皆賢哲んらんや。固より衆人多し。衆人を以て聖賢を觀れば、識らざる者多し。惟其れ敢えて己を信ぜずして其の師を信ず。是の故に求めて而して後に得。今諸君の頤に於る、言纔かに合わざれば則ち置いて復思わず。終に異なる所以なり。便ち放下す可からず、更に且つ之を思え。知を致すの方なり。姑く自ら曉かすことを求めて、他の恤えを庸うること無かれ。深く不知を尤むる者は、甚だ謂うこと無し。


答鮑若雨書幷答問
【読み】
鮑若雨に答うる書幷びに答問

頤咨諸君處、常問知動止。忽領惠書、審已安康。其慰可知。頤如常不煩。見念示及所疑、百忙中謝君告行。不暇周悉。畧奉答。思之可也。袢(徐本袢作夏。)暑千百善愛。五月十日、頤咨鮑君秀才。
【読み】
頤諸君に咨[と]う處、常に動止を知ることを問う。忽ち書を惠まるることを領して、已に安康なることを審らかにす。其の慰知る可し。頤常の如くにして煩わしからず。疑わしき所を示し及ばるることを見念うに、百忙中謝君行を告ぐ。周悉なるに暇あらず。畧答えを奉る。之を思って可なり。袢(徐本袢を夏に作る。)暑千百善愛せよ。五月十日、頤鮑君秀才に咨う。

疑難六。謹寫拜呈。伏乞詳賜指諭。若雨拜覆。
【読み】
疑い難ずる六つ。謹んで寫して拜呈す。伏して乞う、詳らかに指諭を賜え。若雨拜覆す。

佛氏輸廻之說、凡爲善者死、則復生爲善人、爲惡者死、則變而爲禽獸之類、雖無此實應、竊恐有此理。何則、凡稟沖氣以生者、未始不同。聖人先得人之所同者而踐履之。故能保全太和、至死、其氣冥會於中和之所、造化之中、自然有復生爲人之理。愚者平居作惡、而沖氣已喪、至死、其氣則會於繆戾之所、造化之中、自然有爲禽獸之理。故曰、恐有此理也。
【読み】
佛氏輸廻の說、凡そ善を爲す者死するときは、則ち復生じて善人と爲り、惡を爲す者死するときは、則ち變じて禽獸と爲るの類、此の實應無しと雖も、竊かに恐らくは此の理有らん。何となれば則ち、凡そ沖氣を稟けて以て生ずる者は、未だ始めより同じからずんばあらず。聖人は先づ人の同じき所の者を得て之を踐み履む。故に能く太和を保全して、死に至るときは、其の氣中和の所、造化の中に冥會して、自然に復生じて人と爲るの理有り。愚者は平居惡を作して、沖氣已に喪んで、死に至るときは、其の氣則ち繆戾の所、造化の中に會して、自然に禽獸と爲るの理有り。故に曰く、恐らくは此の理有らん、と。

夫子曰、未知生、焉知死。知生則知死矣。能原始則能要終矣。
【読み】
夫子曰く、未だ生を知らず、焉んぞ死を知らんや、と。生を知るときは則ち死を知る。能く始めを原ぬるときは則ち能く終わりを要す。

易曰、陰陽不測之謂神。又曰、神妙萬物而爲言。觀此、則佛氏所謂鬼神者妄矣。然祖考來格、敬鬼神而遠之之說、則似乎有。佛氏所謂意者、氣類感應處、便是來格。但當致(徐本致作至。)誠、不當褻近。近得却有也。不知此說如何。
【読み】
易に曰く、陰陽測られざる之を神と謂う、と。又曰く、萬物に神妙にして言を爲す、と。此を觀れば、則ち佛氏が謂う所の鬼神は妄なり。然れども祖考來格、鬼神を敬して之に遠ざくるの說は、則ち有るに似れり。佛氏が謂う所の意は、氣類感應の處、便ち是れ來格なり。但當に誠を致す(徐本致を至に作る。)べく、當に褻し近づくべからず。近づき得れば却って有り、と。知らず、此の說如何。

潛心久當自明。
【読み】
心を潛めて久しくして當に自ら明らかなるべし。

孟子曰、其爲氣也、至大至剛。以直養而無害、則塞於天地之閒。嘗謂凡人氣量窄狹、只爲私心隔斷。苟以直養而無害、則無私心。苟無私心、則志氣自然廣大、充塞於天地之閒。氣象有(徐本有作自。)可以意會而莫能狀者、此所謂難言也。或謂塞於天地之閒、只是到處去得。此言似無氣味。
【読み】
孟子曰く、其の氣爲ること、至大至剛。直を以て養って害すること無きときは、則ち天地の閒に塞がる、と。嘗て謂えらく、凡そ人氣量窄狹にして、只私心の爲に隔斷せらる。苟も直を以て養って害すること無きときは、則ち私心無し。苟も私心無きときは、則ち志氣自然に廣大にして、天地の閒に充塞す。氣象意を以て會す可くして能く狀ること莫き者有り(徐本有を自に作る。)、此れ所謂言い難きなり、と。或るひと謂えらく、天地の閒に塞がるというは、只是れ到る處に去り得る、と。此の言氣味無きに似れり。

如是涵養。
【読み】
是の如く涵養せよ。

樂正子見孟子。孟子曰、子又來見我乎(云云。)。觀此一篇、都無聖人氣象。或謂樂正子從子敖。有激而云。不得不然。
【読み】
樂正子孟子に見[あ]う。孟子曰く、子又來りて我に見うか、と(云云。)。此の一篇を觀るに、都て聖人の氣象無し。或るひと謂えらく、樂正子子敖に從う。激すること有って云う。然らざることを得ず、と。

此無疑。眞孟子之言。
【読み】
此れ疑い無し。眞に孟子の言なり。

今之成人者何必然。見利思義、見危授命、久要不忘平生之言、亦可以爲成人矣。此言是子路說耶、孔子說耶。
【読み】
今の成人は何ぞ必ずしも然らん。利を見ては義を思い、危うきを見ては命を授け、久要にも平生の言を忘れざるを、亦以て成人と爲す可し、と。此の言は是れ子路の說か、孔子の說か。

仲尼言。
【読み】
仲尼の言なり。

孟子曰、不孝有三。無後爲大。所謂二不孝何如。說者謂陷父於不義、與家貧親老、不求祿仕。竊恐不然。
【読み】
孟子曰く、不孝に三つ有り。後無きを大なりとす、と。所謂二つの不孝は何如。說く者謂く、父を不義に陷ると、家貧しく親老いて、祿仕を求めざるとなり、と。竊かに恐らくは然らじ。

何以知不然。所謂祿仕、凡所以養皆同。
【読み】
何を以て然らざることを知る。所謂祿仕も、凡そ養う所以は皆同じ。


定親書
【読み】
親を定むる書

頤啓。伏以古重大婚、蓋將傳萬世之嗣。禮稱至敬、所以合二姓之歡。顧族望之非華、愧聲猷之弗競、不量非偶、妄意高門。以頤第幾男、雖已勝冠、未諧受室。恭承賢閤第幾小娘子、性質(一作資。)甚茂、德容有光。輒緣事契之家、敢有婚姻之願。豈期謙厚遽賜允從。穆卜良辰、恭伸言定。有少儀物、具如別箋。
【読み】
頤啓す。伏して以みるに古大婚を重んずるは、蓋し萬世の嗣を傳うるを將ってなり。禮に至敬を稱するは、二姓の歡を合する所以なり。族望の華に非ざることを顧み、聲猷の競わざることを愧ぢて、非偶を量らず、意を高門に妄りにす。以みるに頤が第幾くの男、已に冠するに勝うと雖も、未だ室を受くることを諧[かな]えず。恭しく承くるに賢閤第幾くの小娘子、性質(一に資に作る。)甚だ茂ん、德容光有り、と。輒ち事契の家に緣って、敢えて婚姻の願い有り。豈期せんや、謙厚遽に允從を賜わんとは。穆として良辰を卜して、恭しく言定まることを伸ぶ。少しき儀物有り、具うること別箋の如し。


又書

不量衰族、久慕高閎。輒憑咫尺之書、已諾婚姻之好。有少儀物、具如別箋。
【読み】
衰族を量らずして、久しく高閎を慕う。輒ち咫尺の書に憑[よ]って、已に婚姻の好を諾す。少しき儀物有り、具うること別箋の如し。


答求婚書
【読み】
婚を求むるに答うる書

頤啓。族望非高、聲猷弗競、猥蒙謙眷、屢致勤誠。爰稽合姓之文、將卜宜家之慶。伏承某人、性質挺立、器蘊夙成。以頤第幾女子、年已及筓。義當有適。特枉緘題之及、俾交秦・晉之歡。仰認深誠。敢言非偶。在姆師之訓、雖愧未閑、而箕帚之勤、願俾恭事。
【読み】
頤啓す。族望高きに非ず、聲猷競わず、猥りに謙眷を蒙り、屢々勤誠を致す。爰に姓を合するの文を稽え、將に家に宜しきの慶を卜せんとす。伏して承るに某人、性質挺立し、器蘊夙に成る、と。以みるに頤が第幾くの女子、年已に筓するに及ぶ。義當に適くこと有るべし。特に緘題[かんだい]の及ぶを枉げ、秦・晉の歡を交えしむ。仰いで深誠を認む。敢えて非偶を言わんや。姆師の訓に在って、未だ閑[なら]わざることを愧づと雖も、箕帚の勤め、願わくは事を恭しくせしめん。


参考文献
『和刻本漢籍 二程全書』(中文出版社)
『二程集』(里仁書局)