詩經集註(講習堂寸雲子昌易書)と漢籍國字解全書を参考とした。

詩經集傳序

或有問於予曰、詩何爲而作也。
【読み】
或ひと予に問うこと有りて曰く、詩は何の爲にして作れる。

予應之曰、人生而靜、天之性也。感於物而動、性之欲也。夫旣有欲矣、則不能無思。旣有思矣、則不能無言。旣有言矣、則言之所不能盡、而發於咨磋咏嘆之餘者、必有自然之音響節族<音奏>而不能已焉。此詩之所以作也。
【読み】
予之に應えて曰く、人生まれて靜なるは、天の性なり。物に感じて動くは、性の欲なり。夫れ旣に欲有れば、則ち思い無きこと能わず。旣に思い有れば、則ち言無きこと能わず。旣に言有れば、則ち言の盡くすこと能わざる所にして、咨磋咏嘆の餘に發する者、必ず自然の音響節族<音奏>有りて已むこと能わず。此れ詩の以て作れる所なり。

曰、然則其所以教者何也。
【読み】
曰く、然らば則ち其の以て教たる所の者は何ぞや。

曰、詩者人心之感物、而形於言之餘也。心之所感有邪正。故言之所形有是非。惟聖人在上、則其所感者無不正、而其言皆足以爲教。
【読み】
曰く、詩は人心の物に感じて、言の餘に形[あらわ]るなり。心の感ずる所に邪正有り。故に言の形る所に是非有り。惟聖人上に在れば、則ち其の感ずる所の者正しからざる無くして、其の言皆以て教とするに足れり。

其或感之之雜、而所發不能無可擇者、則上之人、必思所以自反、而因有以勸懲之。是亦所以爲教也。
【読み】
其の或は之を感ずるの雜[まじ]わりて、發する所擇ぶ可き無きこと能わざる者、則ち上の人、必ず以て自ら反す所を思いて、因りて以て之を勸懲する有り。是れ亦以て教とする所なり。

昔周盛時、上自郊廟朝廷、而下達於郷黨閭巷、其言粹然無不出於正者。聖人固已協之聲律、而用之郷人、用之邦國、以化天下。至於列國之詩、則天子巡守、亦必陳而觀之、以行黜陟之典。
【読み】
昔周の盛んなりし時、上、郊廟朝廷よりして、下、郷黨閭巷に達し、其の言粹然として正しきに出でざる者無し。聖人固[まこと]に已に之を聲律に協[かな]えて、之を郷人に用い、之を邦國に用いて、以て天下を化す。列國の詩に至りては、則ち天子巡守して、亦必ず陳 [つら]ねて之を觀て、以て黜陟[ちゅっちょく]の典を行う。

降自昭穆而後、寖以陵夷。至於東遷、而遂廢不講矣。孔子生於其時、旣不得位、無以行勸懲黜陟之政。於是特舉其籍、而討論之、去其重複、正其紛亂。而其善之不足以爲法、惡之不足以爲戒者、則亦刋而去之、以從簡約、示久遠、使夫學者、卽是而有以考其得失、善者師之、惡者改焉。是以其政雖不足以行於一時、而其教實被於萬世。是則詩之所以爲教者然也。
【読み】
昭穆より降りて後、寖[ようや]く以て陵夷す。東遷に至りて、遂に廢して講ぜず。孔子其の時に生まれ、旣に位を得ず、以て勸懲黜陟の政を行う無し。是に於て特に其の籍を舉げて、之を討論し、其の重複を去り、其の紛亂を正す。而して其の善の以て法とするに足らず、惡の以て戒めとするに足らざる者は、則ち亦刋 [けず]りて之を去り、以て簡約に從い、久遠に示し、夫の學者をして、是に卽いて以て其の得失を考うること有りて、善き者は之を師とし、惡き者は焉を改めしむ。是を以て其の政以て一時に行うに足らずと雖も、而るに其の教は實に萬世に被る。是れ則ち詩の以て教を爲す所の者然り。

曰、然則國風雅頌之體、其不同若是何也。
【読み】
曰く、然らば則ち國風雅頌の體、其の同じからざること是の若きは何ぞや。

曰、吾聞之。凡詩之所謂風者、多出於里巷歌謡之作、所謂男女相與詠歌、各言其情者也。惟周南召南、親被文王之化以成德、而人皆有以得其性情之正。故其發於言者、樂而不過於淫、哀而不及於傷。是以二篇獨爲風詩之正經。
【読み】
曰く、吾れ之を聞く。凡そ詩の所謂風とは、多く里巷歌謡の作より出で、所謂男女相與に詠歌し、各々其の情を言う者なり。惟周南召南は、親しく文王の化を被りて以て德を成して、人皆以て其の性情の正しきを得る有り。故に其の言に發する者、樂しみて淫に過ぎず、哀しみて傷 [やぶ]るるに及ばず。是を以て二篇のみ獨[ただ]風詩の正經とす。

自邶而下、則其國之治亂不同、人之賢否亦異、其所感而發者、有邪正是非之不齊。而所謂先王之風者、於此焉變矣。
【読み】
邶[はい]よりして下は、則ち其の國の治亂同じからず、人の賢否も亦異なり、其の感じて發する所の者、邪正是非の齊しからざる有り。而して所謂先王の風は、此に於て變ぜり。

若夫雅頌之篇、則皆成周之世、朝廷・郊廟・樂歌之詞、其語和而莊、其義寬而密。其作者、往往聖人之徒。固所以爲萬世法程、而不可易者也。
【読み】
夫れ雅頌の篇の若きは、則ち皆成周の世の、朝廷・郊廟・樂歌の詞、其の語和らぎて莊かに、其の義寬かにして密なり。其の作者、往往聖人の徒なり。固[まこと]に以て萬世の法程と爲りて、易う可からざる所の者なり。

至於雅之變者、亦皆一時賢人君子、閔時病俗之所爲、而聖人取之。其忠厚惻怛之心、陳善閉邪之意、尤非後世能言之士、所能及之。
【読み】
雅の變ずる者に至りては、亦皆一時の賢人君子、時を閔れみ俗を病[うれ]うるがする所にして、聖人之を取る。其の忠厚惻怛の心、善を陳べ邪を閉ずるの意、尤も後世能言の士の、能く之に及ぶ所に非ず。

此詩之爲經、所以人事浹於下、天道備於上、而無一理之不具也。
【読み】
此の詩の經たる、以て人事下に浹[あまね]く、天道上に備わりて、一理の具わらざる無き所なり。

曰、然則其學之也、當奈何。
【読み】
曰く、然らば則ち其の之を學ぶや、當に奈何すべき。

曰、本之二南、以求其端、參之列國、以盡其變、正之於雅、以大其規、和之於頌、以要其止。此學詩之大旨也。
【読み】
曰く、之を二南に本づけて、以て其の端を求め、之を列國に參[まじ]えて、以て其の變を盡くし、之を雅に正して、以て其の規を大いにし、之を頌に和らげて、以て其の止まることを要す。此れ詩を學ぶの大旨なり。

於是乎、章句以綱之、訓詁以紀之、諷詠以昌之、涵濡以體之、察之情性隱微之間、審之言行樞機之始、則修身及家、平均天下之道、其亦不待他求、而得之於此矣。
【読み】
是に於て、章句以て之を綱し、訓詁以て之を紀し、諷詠以て之を昌[さか]んにし、涵濡以て之を體し、之を情性隱微の間に察し、之を言行樞機の始めに審らかにすれば、則ち身を修め家に及ぼし、天下を平均するの道、其れ亦他に求むることを待たずして、之を此に得ん。

問者唯唯而退。余時方輯詩傳。因悉次是語、以冠其篇云。
【読み】
問う者唯唯して退く。余時に方に詩傳を輯む。因りて悉く是の語を次いで、以て其の篇に冠[かぶら]しむと云う。

淳煕四年丁酉冬十月戊子 新安朱熹書