書經集註(寸雲子昌易書)を参考とした。

書經集傳序

慶元 宋寧宗年號。己未冬、先生文公、令沈作書集傳。明年先生沒。又十年、始克成編。總若干萬言。
【読み】
慶元 宋の寧宗の年號。己未[つちのと・ひつじ]の冬、先生文公、沈をして書の集傳を作らしむ。明年先生沒せり。又十年にして、始めて克く編を成す。總べて若干[そこばく]萬言なり。

嗚呼書豈易言哉。二帝 堯・舜。三王 禹・湯・文・武。 鄒氏季友曰、治字本平聲。借用乃爲去聲。故陸氏於諸經中、平聲者、竝無音。去聲者、乃音直吏反。而讀者不察。乃或皆作去聲讀之。今二聲竝音、以矯其弊。平聲者、脩理其事、方用其力也。去聲者、事有條理、已見其效也。諸篇中、有不及盡音者、以此推之、皆可見矣。天下之大經大法、皆載此書。而淺見薄識、豈足以盡發蘊奧。
【読み】
嗚呼書は豈言い易けんや。二帝 堯・舜。三王 禹・湯・文・武。天下を治むる 鄒氏季友が曰く、治の字は本平聲。借り用いて乃ち去聲とす。故に陸氏諸經の中に於て、平聲なる者は、竝[とも]に音[こえ]無し。去聲は、乃ち音は直吏反なり、と。而して讀む者察せず。乃ち或は皆去聲と作して之を讀む。今二聲竝に音して、以て其の弊を矯む。平聲は、其の事を脩理して、方に其の力を用うるなり。去聲は、事條理有りて、已に其の效を見すなり。諸篇の中に、盡く音するに及ばざること有る者は、此を以て之を推して、皆見る可し、と。の大經大法、皆此の書に載せたり。而れども淺見薄識、豈以て盡く蘊奧を發するに足らんや。

且生於數千載之下、而欲講明於數千載之前、亦已難矣。然二帝三王之治、本於道。二帝三王之道、本於心。得其心、則道與治、固可得而言矣。
【読み】
且つ數千載の下に生まれて、數千載の前を講明せんと欲せんことも、亦已に難し。然れども二帝三王の治は、道に本づく。二帝三王の道は、心に本づく。其の心を得るときは、則ち道と治と、固に得て言う可し。

何者、精一執中、堯・舜・禹相授之心法也。建中建極、商湯・周武相傳之心法也。曰德曰仁、曰敬曰誠、言雖殊、而理則一。無非所以明此心之妙也。至於言天、則嚴其心之所自出。言民、謹其心之所由施。禮樂敎化、心之發也。典章文物、心之著也。家齊國治、而天下平、心之推也。心之德其盛矣。
【読み】
何となれば、精一にして中を執るは、堯・舜・禹相授くるの心法なり。中を建て極を建つるは、商の湯・周武相傳の心法なり。德と曰い仁と曰い、敬と曰い誠と曰う、言殊なりと雖も、而して理は則ち一なり。以て此の心の妙を明らかにする所に非ざる無し。天を言うに至りては、則ち其の心の自って出づる所を嚴かにす。民を言うときは、其の心の由って施す所を謹む。禮樂敎化は、心の發なり。典章文物は、心の著るなり。家齊え國治めて、天下平らかなるは、心の推すなり。心の德其れ盛んなるかな。

二帝三王、存此心者也。夏桀・商受、亡此心者也。太甲・成王、困而存此心者也。存則治、亡則亂。治亂之分、顧其心之存不存如何耳。
【読み】
二帝三王は、此の心を存する者なり。夏の桀・商の受は、此の心を亡する者なり。太甲・成王は、困しみて此の心を存する者なり。存するときは則ち治まり、亡するときは則ち亂る。治亂の分は、其の心の存すると存せざると如何と顧みるのみ。

後世人主、有志於二帝三王之治、不可不求其道。有志於二帝三王之道、不可不求其心。求心之要、舍是書何以哉。
【読み】
後世の人主、二帝三王の治に志すこと有らば、其の道に求めずんばある可からず。二帝三王の道に志すこと有らば、其の心を求めずんばある可からず。心を求むるの要は、是の書を舍[お]いて何を以てかせんや。

沈自受讀以來、沈潛其義參考衆說、融會貫通、迺敢折衷。微辭奧旨、多述舊聞。
【読み】
沈受け讀みてより以來、其の義を沈潛し衆說を參考し、融會貫通して、迺[すなわ]ち敢えて折衷す。微辭奧旨、多く舊聞を述べり。

二典禹謨、先生蓋嘗是正。手澤尙新。嗚呼惜哉。先生改本、已附文集中、其閒亦有經承先生口授指畫、而未及盡改者、今悉更定、見本篇。
【読み】
二典禹謨は、先生蓋し嘗て是正せり。手澤尙新たなり。嗚呼惜しいかな。先生の改本、已に文集の中に附して、其の閒亦先生口授指畫を經承して、未だ盡く改むるに及ばざる者有り、今悉く更に定めて、本篇に見ゆ。

集傳本先生所命。故凡引用師說、不復識別。四代 虞・夏・商・周。之書、分爲六卷。虞一巻、夏一巻、商一巻、周三巻。○書凡百篇。遭秦火後、今所存者、僅五十八篇。
【読み】
集傳は本先生の命ずる所。故に凡そ師說を引き用うるは、復識別せず。四代 虞・夏・商・周。の書は、分けて六卷とす。虞一巻、夏一巻、商一巻、周三巻。○書は凡て百篇。秦火に遭って後、今存する所の者は、僅かに五十八篇なり。

文以時異、治以道同。聖人之心見於書、猶化工之妙著於物。非精深不能識也。是傳也、於堯・舜・禹・湯・文・武・周公之心、雖未必能造其微、於堯・舜・禹・湯・文・武・周公之書、因是訓詁 通古今之言也。亦可得其指意之大略矣。
【読み】
文は時を以て異なり、治は道を以て同じ。聖人の心の書に見るる、猶化工の妙の物に著るるがごとし。精深に非ずんば識ること能わざるなり。是の傳は、堯・舜・禹・湯・文・武・周公の心に於て、未だ必ずしも能く其の微に造[いた]らずと雖も、堯・舜・禹・湯・文・武・周公の書に於て、是の訓詁 古今の言に通ずるなり。に因りて、亦其の指意の大略を得る可し。

嘉定 亦寧宗年號。己巳三月、旣望。武夷蔡沈序。沈俗作沉非。沈音澄。沈、字仲默、建寧府建陽縣人。西山先生之仲子。從學_朱文公、隱居不仕。自號九峯先生。
【読み】
嘉定 亦寧宗の年號。己巳[つちのと・み]三月、旣望。武夷の蔡沈序す。沈を俗に沉に作るは非なり。沈は音澄。沈、字は仲默、建寧府建陽縣の人なり。西山先生の仲子。_朱文公に從いて學び、隱居して仕えず。自ら九峯先生と號す。